事後
チュンチュンと無く小鳥の囀りが聞こえてくる。暖かな小春日和の午後……いや、もう少し具体的な暖かさか?
ヴィルは間近に暖かい何かを感じていた。まるで布団に潜り込んできたネコの様な……。しかし、ここにネコなど居るはずが無い。なぜならここは……
「はっ!」
ヴィルが目を覚ますと、そこは普通のベッドの中だった。天井もテントの中……。
寝惚けた頭に周りのテントからは起き出してきている王国軍の兵士達の喧騒が聞こえてきている。
しかし、今日はいつになくグッスリと休む事が出来た様な気がする。まさか、異世界で抱き枕が準備されているとはヴィルは夢にも思ってみなかった。そう、適度な暖かさの抱き枕など……
寝惚けながらもヴィルが天井から視点を自身に掛けられている布団、そして何気なく布団の中に視線を移していくとそこには……
「……お、おはようございます」
布団の中で自分を見上げる様にして寄り添っているアリーナの顔があった。
「あ、ああ……おはようございます」
目を数回瞬かせながらヴィルは視線をアリーナから外す。ついでに抱き寄せていた彼女の身体からも腕をゆっくりと外していく。
(え、え〜と……?)
ヴィルは自身の置かれた状況の整理を始めていた。昨日の深夜、身体が冷えてしまったヴィルはやむなくアリーナのベッドにお邪魔した事までは覚えていた。あまりにも暖かくてすぐに寝付いてしまった事も……。
それ以外の記憶は無いし、ヴィル自身いつもの服はそのままだ。決して全裸やパンイチなんて事も無い。
一方のアリーナも……眠った時は背中合わせだったはずだが、寝ている間に体勢が変わるのはよくある話だ。
第一、彼女の服装はブラウスにスカート、ストッキングもそのままの様で、夜中に営んだとはとても考えられない整った身なりのままだった。
「あ、アリーナ? 昨日は……何も無かったよな? その、こうして寝ていただけで……」
「…………」
すぐに肯定の返事が返ってくるかと思っていたヴィルの願いに反してアリーナからの返事が無い。ヴィルが恐る恐る彼女の方に視線を向けると……
「わ、私……こういう事は初めてで……」
顔を赤らめながらアリーナは一言一言噛みしめる様に小さな声で語り始めた。
「は、初めてって……その、俺なんかとで……良かったのか?」
そんなヴィルの問いにもアリーナは静かに頷く。彼女の告白と仕草にヴィルはいよいよ観念するしか無くなってきた。
正直、全く記憶は無い。しかし、証人兼当事者が居るのでは……この期に及んで言い逃れは出来ないだろうり。第一、彼女は嘘をつく様な娘では無い。
ーバサッ!ー
頭を冷やすため、ヴィルは起き上がりアリーナに背を向けた姿勢でベッドに腰を掛ける。
「アリーナ……。もっとロマンチックにやらなくて……良かったのか? その、初めてだったんなら……何か理想とか夢とか……」
言葉を選びながら申し訳なさそうにヴィルが語り出したその時!
ーガン!ー
「いでえっ!」
突然、理不尽な痛みがヴィルの頭部を襲った。何かに突然拳骨で殴られたかの様な鈍い痛み……
「ターゲットを確認。至急、ユーマ様に報告しなければ……」
痛みに頭を抑えるヴィルの目の前の空間、空気が揺らいで見えた気がした。空気の揺らぎ……それはむしろ光学迷彩の様な超自然的な何かだった。
「誰か居るのか!」
ームニュ!ー
咄嗟に揺らで見えた眼前に突き出したヴィルの手に柔らかい何かの感触が伝わってきた。
「な、なんだこれ?」
ーシュウウウゥ……ー
次の瞬間、揺らいだ空間から一人の女性の姿が形作られ始めてきた。金髪に若草色の衣装を着たその人影は
「なにすんのよ! このドスケベ勇者ぁっ!」
ードゴオッ!ー
姿が現れるなり、ヴィルに前蹴りをかましてきたのはユーマ・キリサキとなったトマスの暴走によりユ別行動していた元パーティーメンバーのエルフィルだった。
「エルフィルさん! ご無事だったんですね! 今まで一体……」
ベッドから出てきたアリーナがエルフィルに声を掛けるが
「あ、あんた達……そういう事だったの。私があんな目に遭わせられたってのに……!」
エルフィルはベッドから出てきたアリーナとヴィルを交互に見て何かを察した様だった。
「エルフィル、お前無事だったんだな! 良かった……!」
久しぶりの再会となったエルフィルにヴィルは安堵の表情を向けるが
「何が良かったのよ……ヴィル。私がどんな気持ちで待ってたか知りもしないで……」
ヴィルを見るエルフィルは目に涙を浮かべながら彼を辛そうに睨み返していた。そんな愛憎入り混じった彼女の顔にヴィルが気後れしたその時
ーキィイイイン!ー
「うぐっ……きゃああああっ!」
何が起きたのか、突然二人の目の前でエルフィルは悲鳴を上げながら頭を抱え苦しみ始めた。
「……分かりましたユーマ様。引き上げます」
しかし、エルフィルはすぐに人が変わった様に冷静さを取り戻すと
ーシュウウウゥ……ー
再び姿を透明化させて忽然とその場から消えてしまったのだった。そして、その場に残された二人はただ呆然と彼女がいなくなった空間を見つめ続ける事しか出来なかった。




