首の皮
しかしながら、世界観が世界観なら激昂した国王に地下牢に幽閉されて苛烈な拷問を受けていたとしてもおかしくは無い立ち位置にヴィルは置かれている訳ではある。
ヴィルは自信が無いながらも、フィオレット王女を本当に傷物にしてしまったのか彼女当人に確かめるべく決意を固め
「あ、あの〜フィオレット王女……様? 初めて会った時の事ってよく憶えておいでですか?」
心臓バックバクの中、ヴィルはフィオレットに尋ねる。ちなみに反対側のアリーナの顔はとても確認出来ない。
今のヴィルにはそんな勇気は無かった。目を合わせたら石化させられてしまうかもしれない。そんな凄みを感じさせる雰囲気が隣からは常に感じられるからだ。
「………はい。あの日の事は今も忘れません。貴方は私の……その、汚れたところに優しく口づけをして下さいました。あの時囁いて下さった言葉は……私には全てが初めての体験で身体が震える程の喜びでした」
ヴィルの質問にはフィオレット王女は頬を赤らめながら赤裸々に語り始めてきた。
(お、終わった……)
王女の語り様から最早言い逃れは出来ないと悟ってしまったヴィルは身に覚えのない勇者の不始末に頭を抱えるしか無かった。ふと反対側が気になったヴィルが
(……アリーナのやつは……大丈夫か?)
横目で聖女様を確認すると……顔を真っ赤にしながら俯いてしまっていた。
「ク〜ン……」
「キィ……」
「クェ……」
クロ達三匹もそんなアリーナの様子を心配そうに見上げている。
王女様の口から語られてしまってはヴィルに言い逃れを出来る術は無い。処刑台の前に立たされた気分のままフィオレット王女の話に耳を傾けていると
「でも、まさか……あの様な事はおとぎ話でしか聞いた事がございませんでした。まさか殿方が私の手を取ってキスをして下さるなんて……」
「へ……?」
思わずヴィルは間の抜けた声を上げてしまった。王女様と婚前交渉をしてしまったと早合点していたがもしかしたら……
「あ、あの〜フィオレット様? もしかして御手に口づけした時の話を……? その……その先は……?」
一縷の望みを賭けたヴィルがその先の話の顛末を尋ねてみる事にした。すると
「そこからは、王都まで馬車を護衛して優しくエスコートして下さいましたよね? あの時に私は決めたのです。私は貴方をお慕いしていくと……」
(セ〜フ! あっぶなぁ〜!)
どうやらフィオレット王女は勘違いをしているらしかった。彼女はヴィルに魔物から救われた際、ヴィルから貴族的な立ち振る舞いとして敬意を表す態度の一環とした手の甲にキスをされたのだろう。
頭に婚前交渉を既に致していたという先入観があったので早とちりしてしまいかけたが、いくら性欲の塊であったヴィルヴェルヴィントであろうと最低限の礼儀とボーダーラインは引いていたのかもしれない。
「あ、あの……フィオレット王女様? あの時の口付けは貴方への敬意の表れでして……その、決して貴方の純潔を侵した訳では……」
若干、心臓をバクバクさせながらもヴィルがフィオレット王女の勘違いを正そうと言葉を選びながら文章を組み立てていると
「そうだわ。そういえばあの時、ヴィルヴェルヴィント様はミリィを連れ立って茂みの奥へと向かわれましたよね?」
「んなっ?」
思わぬ場所から直撃弾がヴィルに向かって飛んできた。王女様に手を出さなかったヴィルヴェルヴィントを褒めていたらそれどころでは無くなってしまった。
「あ、あの……ミリジアから何か聞かれてましたか?」
とにかく記憶に無い話である以上、それとなく話の信憑性を確かめつつ真実を探るしか無い。
「え〜と……私達が魔物に襲われて馬車で王都に戻る初めての夜の事でした」
フィオレット王女が話すには、王都への帰り道、野営の際に皆が寝静まった後でヴィルとミリジアが茂みの奥へと消えていっていたと言うのだ。
帰ってきた時のヴィルはやる気に満ち溢れ活き活きとしていたらしい。一方のミリジアはどこか自信有り気な……まるで学院でトップの成績を取った時の様だったそう。
(マジかよ……)
フィオレット王女からの立て続けの暴露話にヴィルの胃腸は限界を迎えていた。
思い返してみればミリジアはヴィルに対してもどこか優越感を醸し出していたというか……心理的な余裕があるのを感じていた。それが男女の関係を既に構築していたからだというのも……今から考えたら頷ける話なのかもしれない。しかし……
(王女様が近くに居るのに事に及んでたのかよ! 俺も駄目だがミリジアもとんだビッチじゃねーか!)
思わぬパーティーの人間関係にヴィルが頭を抱え直していると
「はっ……!」
ーゾクッ!ー
「ヴィルさん? 一体どういう事なんですか?」
淡々と発せられるアリーナの声はヴィルを震え上がらせるに十分だった。言葉だけでは無く殺気にも似た負のオーラにすっかり当てられてしまっていたヴィルは、過去の記憶を引っ張り出すのもままならないで居た。
「あ、いや……俺とミリジアはそんな関係じゃないんだ。王女様も勘違いしてらっしゃるんだよ。ハハハ……」
ヴィルは王女様の手前、小声で隣のアリーナに弁明を試みる。残念ながら当時の記憶は今のヴィルにはまるで無い為、ヴィルヴェルヴィントの自制心に賭けるより他に手は無かった。
「ホントーですか? 嘘だったら神様が承知しませんからね?」
ヴィルの言葉をそのまま信じられていないアリーナはジト目のまま疑いの目を向けてきている。
今のヴィルにとっての幸運はミリジアがこの場に居ない事だった。こうなれば一刻も早く彼女に会って口裏合わせするなり、事実を墓まで持っていくように頼み込むしか無い。




