後の祭り
ーゾクッ!ー
その時、ヴィルは背筋に凍る何かを感じ取った。恐る恐る視線をフィオレット王女とは反対側の席に向けてみると
(…………)
ジト目というにはあまりに冷ややかなアリーナの横顔があった。
彼女も何か言いたい事があるのだろうが、王国の偉い人達の手前我慢しているのだろう。
「あ、アリーナ。違うんだこれは……。どうすれば王女様を救えるか考えてだな……」
なんとか弁明を試みるヴィルだったが、完全に浮気を見咎められた彼氏のソレでありカップルの痴話喧嘩でしかなかった。
そんな二人のやり取りを横目で眺めている年長者のクレアだが
(…………)
アリーナを嗜めるでも無くヴィルのフォローに回るでも無く、ただ生暖かく二人のやり取りを眺めているだけだった。
三人が三者三様の仕草を見せる中肝心の王国重鎮達の会議の進行状況は
「お父様、私は……勇者ヴィルヴェルヴィント様より婚約のお申し出を頂きました!」
帝国の軍勢に対しあーだこーだ談義している最中に、フィオレット王女からの爆弾発言が投下されていた。
「な……、それは真か……!」
王女の発言に国王も驚きは隠せない。いくらヴィルを勇者として認めていたとは言え、一人娘の婿にするかと言えば簡単に決められる問題でもない。
ちなみに魔王を倒した暁には姫との結婚を認めようみたいな口約束は交わした事実は全く無い。
そんな国王からの反応に緊張していたのは当のフィオレット王女だけでは無く、他ならぬヴィル自身も内心非常にドキドキしていた。
(婚約……認めないでくれ!)
今のヴィルには国王からの門前払いが唯一の希望でしか無かった。皇帝に婚約を諦めさせる為に考えたウソがいつの間にかフィオレット王女を本気にさせるとはヴィルには予想外過ぎた。
娼館通いが噂になる程に素行が悪いヴィルヴェルヴィントからの申し出ならばフィオレット王女は訝しむだろうと見込んでいたのだが、二つ返事で了承されると青天の霹靂でしか無かった。
今のヴィルの希望は父親である国王に門前払いされた上で
これを表向きな話として説明するしか道が無かった。
ヴィルと王女は既に婚約しているからという理由付けで皇帝からの申し出をお断りする算段である事を、今からこの場で説明する以外にこの場を収拾する道筋は見出せていなかった。
「王女様、よろしいのですか? 仮にもその男は……」
大臣らしい男がフィオレット王女に再考を促す。言葉を選んでいるがヴィルヴェルヴィントの女癖の悪さは有名であるらしい。
「そうですぞ。それに王女様の婚約ともなれば国家を左右しかねない大問題。当人達だけで決めた別れたやっていいものではありますまい」
今度は別の交換らしい住民が意見を述べてきた。よくある婚約破棄物の作品を敵に回しかねない問題発言であるが、一国の王女の結婚ともなれば貴重な外交カードにもなりえる虎の子同然の切り札である。
そんな奥の手をヴィルヴェルヴィントという魔王を倒した後ではほぼほぼ無価値な存在となっている勇者なんかに王家への婿入りを認めるのがという事にもなってくる。
「ふむ、フィオレット……お前は本当にそれで良いのか?」
そう王女に問う国王は一国の主では無く娘の幸せを願う父親のものとなっていた。
「……はい。私は勇者様に助けて頂いたあの日より……ずっとお慕い申しておりました」
王女のいうあの日というのも、今のヴィルには夢の中の出来事の様な朧げな記憶しか無い。なんとなく馬車に襲われていた王女様を助けた様な気もするが……
(どんなだったっけ……?)
二人の馴れ初めをヴィルは全く覚えていなかった。そんな当人を他所に王女は言葉を続ける。
「ヴィルヴェルヴィント様は多勢を相手に一歩も引かず……私とミリィを救い出して下さったのです」
王女の話に出てくるミリィとはミリジアの愛称である。彼女が勇者パーティーに加わったのもこの件からである。
「あの様な大怪我を負いながら他者の為に戦い続けるなんて……私は常に人々の為に戦うヴィルヴェルヴィント様のお力になりたいのです!」
どうやらフィオレット王女にとって困難を打ち払ってみせたヴィルヴェルヴィントは命の恩人以上の存在になっていたのかもしれない。
(俺は……そんな事をしてたのか……)
フィオレット王女との馴れ初めなど頭の片隅にも残っていなかったヴィルは、彼女を皇帝から救う為とは言え婚約を申し出てしまった事を心から後悔していた。
このまま状況を座視していても事態は好転しない雰囲気が濃厚となってきているのは明白だった。
それを全て打ち消す可能性は国王たるフィオレット王女の父の見解だが……
「解った。お前がそう言うのなら……父としては何も言うまい」
ヴィルの願いはあっさりと打ち砕かれてしまったのだった。
「へ、陛下……! よろしいのですか? あの様なふしだらな者に王女を……」
「そうですぞ! 帝国の皇帝がこの事を知ったらどの様な暴挙に走るか……」
大臣や貴族らしい重鎮達が一斉に反対意見を口にし始めた。今のヴィルにとっては彼等の頑張りに期待したいところだがその願いが叶う見込みは無かった。
「フィオレットよ。お前が勇者殿に心惹かれてしまうのも、分からなくは無い。命の恩人が美丈夫ではな」
娘の思いは汲み取りつつも、すんなり『はい』と言う訳にはいかない国王陛下も中々に難しい立ち位置なのだろう。
下手をすれば魔王を倒した個人武勇の化け物を敵に回してしまうかもしれないからだ。
もっとも今のヴィルは国王の拒否判断を渇望している訳だから利害が一致はしてはいるのである。
「しかし、お前は一人娘である以上にいずれはこの国を治めて行かなければならない代わりが無い存在なのだ」
国王の判断はフィオレット王女の意向を尊重しつつも時期尚早と言う事にして、改めて判断しようという流れになりかけていた。しかし
「お父様……実は私は既にヴィルヴェルヴィント様と結ばれ……愛し合った仲なのでございます……」
「えっ!」
ヴィル自身、記憶が定かではない爆弾発言が王女から飛び出してきたのだった。




