第72話 娘とおじさん
ものすごい勢いで、複数の槍が投擲――というか射出され続ける。
おそらく、コルンさんの……ダークエルフの基礎スペックが高いのだ。俺が着ている時よりも、明らかに強い。ファビの全力駆動が、制限なく発揮されている。
「俺達だって気づいてないのか!? モンスターと勘違いしてるんじゃ……」
「いえ、その可能性は低いのです」
ラティーシャちゃんは巨木の槍を難なく回避しながら、目を眇めた。
「もとより、槍を用意して、投擲できる状況を作っておいたあたり、対空迎撃は計画通りなのでしょう。ボクが来ることを予期していた――。これは……」
ちらり、と俺を半目で見る。
「……ボクが思っているよりも遙かに酷い怒らせ方をしたようなのです。何言ったのです? ハイ正直に」
「えッ、いや俺、何言ったっけなぁ……!?」
「ともあれ、ケンゾーさんの作った防具は丸太の槍なんて弾き返せますし、槍が尽きるのを待っても良いのですが――この程度の弾幕でボクを止められると思われるのもシャクなのです」
『終局魔導演算杖フロンティア』が急加速する。
「『風壁』――!」
短い詠唱と同時に、俺達の周囲に吹き荒れる風の壁が生まれた。
ふっとい丸太の槍が、暴風によって進路を逸らされ、あらぬ方に落ちていく。
「降りるのです」
ラティーシャちゃんが広場にスタっと降り立つ。
俺は杖から転がり落ちるように着地――落下?――した。
切り開いて作られた広場の地面には五芒星が描かれ、その中央に城から持ち出した大鍋が置かれている。
……あれはまさか、『魔女鍋』をクラフとしたのか。何のために?
そのすぐそばに、大柄な和鎧が立っている。ファビだ。
〈……時間稼ぎにもならないか。さすがだよ、ラティーシャ〉
「あ、ケンゾー様、ラティーシャ様! 助けてくださいませ!」
ファビの内側から、くぐもった声が聞こえた。
何やら焦っているようだ。
「さて。どういう状況なのです? ファビさん」
〈どういう状況だと思う?〉
「あの、あの、ラティーシャ様! わたくし、どうやら『魔女鍋』とやらで煮込まれて、ファビさんと融合させられてしまうそうなのです」
「思ったよりヤバい状況なのですが!? だいぶ闇堕ちしているじゃないですか、ファビさん! ケンゾーさん早く謝るのです! どうせケンゾーさんが悪いのですから!」
「厚い信頼を感じるよォ……」
頭を掻きつつ、『魔女鍋』を見る。俺が見るに、問題なく完成している。
昨夜は満月だった。蜘蛛の目、兎の血、薬草は倉庫から持ち出したか、あるいは近辺で採集したのだろう。
「……なあ、ファビ。俺、いろいろ気に触ること言ったんだと思う。それは本当にごめん。けどさァ、コルンさんを巻き込むのは、ファビらしくないんじゃねえかなァ。どうして……どうして、そんなことしようとしたんだ?」
ファビは、すぐに返事しなかった。
数十秒黙ったあと、ぽつりと呟いた。
〈結晶が、さ〉
葉っぱから水滴が垂れるみたいな話し方だった。
〈ファビはさ。ただ、相棒とのあいだに愛の結晶が欲しいだけなんだよ〉
少し驚く。と、同時に、少しだけ――嬉しかった。
ようやく、言ってくれたのだ。ファビが、本心を。
「……それはつまり、子供が……欲しいってことか」
〈うん。でも、この鎧の体じゃ、それは無理でしょ〉
だから、コルンさんの体を奪い、融合しようと試みた。
でも、もうそんな必要はない。
「わかった。俺が何とかしてやる。だから、大人しくコルンさんを解放してくれないか。な?」
微笑みかけると、ファビが即答した。
〈え、それは無理。いまから全員を無力化して拘束するよ。そして、ダークエルフと合体してドスケベボディを手に入れたファビは相棒と子作りするんだ〉
「あれェ? これ和解して終わるやつじゃないの?」
〈ファビね。この計画を思いついたときに、ようやく気づいたんだけどさ。――かなり、独占欲強いみたい〉
瞬間、ファビの右手が閃いた。
抜き打ちの居合い。『次元刀』が空を裂き、その峰が俺を強打しかけて――がいんっ、と他の金属とぶつかり、停止した。
蒼いオーラを纏った『終局魔導演算杖フロンティア』だ。
そのあと、ようやく俺の体が回避行動を取って、尻餅をついた。おじさんの反射速度、遅すぎる。
「ボクが見逃すと思うのです?」
〈ラティーシャ。一緒に相棒を襲う、という選択肢はない?〉
「魅力的ではあるのですが、コルンさんは融合に同意しているのですか?」
「襲うのは賛成ですけれど、融合は同意しておりません!」
「ならば、容認できないのです」
ラティーシャちゃんが杖を振って、ファビを弾き飛ばす。
「このラティーシャ・ネオンプライム、白銀級冒険者として、またイザヨイ領に賊する者として、無辜の民が被害を受けるところを見逃すわけにはいきませんので」
〈ふんだ。それじゃ、ファビが相棒を食べちゃうところ、指をくわえて見ていれば良いよ〉
「はっはっは、それはボクのセリフなのです。……間違えた、そんなことさせないのです」
そんな締まらない会話から、始まった。
世界最高級の魔道士と、異世界最強の剣士の戦いが。
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