第64話 上長おじさん
魂の色を映す道具に、ファビの魂の色が映らなかった。
その意味っていうと……。
「……道具が人間専用だとか?」
おじさんがごまかすように言うと、
〈楽観的な見方だね。残酷なくらい楽観的だ。……いい?〉
ファビが、硬い口調でそう言った。
〈現状で推測できる、可能性の話をするよ。可能性その一、相棒が今言った通り、人間専用、あるいは非生命の存在には効かない〉
その次は、
〈可能性その二。ファビにだけ通用しない。あるいは、ファビの呪的防護が『魂見月鏡』の効力を弾いてしまっている〉
なるほど。
「そのどちらかなら、俺がアッパー版を作れば解決するよな」
〈うん。でもね? ファビを着て、その呪的防護の内側にいる相棒の魂の色が見えているんだから、可能性その二は有力とは言いがたいでしょ。だから……〉
ファビは、わざとらしいくらいいつも通りの口調で、言葉を続ける。
〈最後に、可能性その三。……ファビには、魂がない〉
その言葉に、コルンさんが口を手で押さえ、テシ子が少し俯いた。
ファビに……魂がない?
いや、そんなわけはない。
「待ってくれ。それはあり得ないんじゃないか?」
〈なぜ? ファビは、ファビに魂がなくたって、受け入れる。変な思いやりは不要だよ〉
そうじゃない。そうじゃなくて……。
「……いや、根拠がある。フレーバーテキストだ。ファビ――『防具:英霊宿る竜具足』のフレテキは『英霊の魂が憑依した鎧兜の亜種。着用した者に達人の技術を与える。』だろ? 『ソードクラフト』のフレーバーテキストは絶対だ」
その、宿った英霊の魂を見て、ファビの前世と言えるものを、記憶だけでも取り戻したい……というのが、俺達が『魂見月鏡』を求めた理由だったはずだ。
〈フレーバーテキストが、絶対じゃないとしたら? むしろ、フレーバーテキストを無理に再現しようとするあまり、ぶっ壊れた性能の物ばかり生まれてしまうのが相棒の『ソードクラフト』でしょ。現に、鏡に映ってないんだから――〉
「いや、だからそれは俺がアッパー版を作って検証すればわかる話で――」
そこで、鍛冶場の分厚い扉が音を立てて開いた。
隙間から顔を覗かせたのは戦士さんだ。
「大旦那、いま大丈夫かい。……なにか揉め事かい?」
「え? ああ、まあ……」
〈大丈夫だよ。どうしたの〉
「ファビ、話は終わってないぞ」
〈魂鑑定装置なんて作らなくていい。別にこのままでいい。何も問題ない〉
つんけんした口調で会話を切られた。シャッターが降りるみたいに。
俺は何も言えなくなって、逃げ場を求めるみたいに、
「……どうかしたかい?」
と戦士さんに言葉の先を向けた。
「ん、ああ。商人で、ちょっと厄介なのが来ていてね。上の人間を出せ、と。正直、切っちまってもいい相手なんだが、アタシの一存じゃね。許可だけくれりゃ、追い返すけど」
「いや、おじさんが対応するよ」
俺は鍛冶場を出て、応接間に向かった。ファビはすっかり黙り込んでしまって、戦士さんが説明してくれた厄介の内容についても、口を挟んでこなかった。
●
でっぷりと太った商人は、立派なひげを指でひねりながら「つまりですな」と偉そうに言った。
「ファオネム殿との約束を、今代のケンゾー殿に果たしていただきたいと、そういうお願いなのですなぁ。我が輩がグランバル領――現イザヨイ領から買い取る品物は、全て相場の半値で良い、という約束でした」
廊下を歩きながら聞いた話の通りだった。
応接室のテーブルの上には、ファオネムのサイン入りの契約書が置かれている。
「債務はネオンプライム家の元で一本化したはずですが……」
「債務は、でありましょう? これは債務の部分ではなく、貸した金の利子をゼロとする代償で、我が輩と前領主ファオネム殿との間で結ばれた契約です。一本化された債務とは、別の話だと考えるべきでしょう」
「いやあ……」
にまにま笑って言いやがる。
おそらくあれだ。おじさんを舐めているのだ。
こういう相手は、なるべく穏便にお断りしたいのだが、契約書があるんじゃなァ……。
契約書がある話を、勝手にあれこれ決めたら、あとから上司に詰められたりして大変……、って、ちょっと待てよ?
上司、いなくね?
おじさんが一番上の人間じゃね?
もちろん、実務、事務にあたってはラティーシャちゃんや戦士さん達に頼りきりではあるけれど、最終決定権を持つのは俺だった。
「断ったらどうします?」
「その程度の領主だと判断し、商人仲間でそのように共有するだけですな」
「そうですか」
戦士さんは言っていた。切ってもいい相手だ、と。
だったら、おじさんはその判断を信じて、気持ちよく決断するとしよう。
ちょうど、なんかこう、むしゃくしゃしてたしな!
「わかりました。では、あなたと、あなたと関わりのある商人――お仲間ですか? とは、取引しないことにします。どうぞ、お帰りください」
「……は? いやいや、わかっておられぬようですな。我が輩は王国の古株であり、組合の理事長も務めて――」
そこで、戦士さんが「大旦那」と口を挟んだ。
「もういいかい?」
「うん。あとは頼む」
難しい話は出来ないからねェ。
「それじゃ、いいか、商人殿。うちはもうアゾール国王お抱えの商家とも取引をしているし、切られることもない。うちと取引をすればティリクの森の恵みを得られて、これからの商取引の流れについて行けるが、そうじゃないのは置いてけぼりだ」
「……何を言いたいのです?」
「アンタらが選ぶんじゃない。力関係をわかっちゃいないようだね。大旦那は確かにこの世界のことに疎いが、馬鹿じゃないし、その気になれば一人で国一つを攻め落とせる豪傑だ。選ぶのは、アンタじゃない。大旦那が選ぶんだ」
戦士さんは目を眇めて、ぎろりと商人を睨み付けた。
「大旦那はアンタを選ばなかった。そういうこった。さ、それがわかったら、とっとと帰りな! ケツ蹴り上げられて追い出されたいってんなら、お望み通りにしてやるがね!」
商人は何か、悪態をつきながら帰って行ったが、俺はもうそんなの聞いちゃいなかった。
「……そうだよな、俺が勝手に決めたっていいんだ」
無言を貫く鎧に対して、俺は勝手に宣言した。
「魂鑑定器を作るぞ、ファビ。試すだけ試してみよう」
〈……ふんだ〉
ふてくされた返事だが、返ってきただけ、よしとしよう。




