折れないめげない、どうでもいい
こんちは、ナツメグです。
この「イセカイのお弁当屋さん」も、いよいよクライマックスに入ろうとしています。
ここまでついてきてくださったみなさん、最後までよろしくおねがいします!
そしてありがとう!
今回も、どーぞ!
「見てくれよシエル!魔法の炎で…さらに魔法陣を描く!」
「うわぁ、すごいですね、ガルザード!私も…できた!」
「えっ…?!見ただけで真似出来たのか?!すごいなシエル!」
「えへへ、たまたまですよ」
あの頃は…。
「ガルザード?」
「…何でもない、早く逃げよう」
あの頃はよかったなんて言わない。
この道を決めたのは自分自身だから。
「…………」
捻くれなかったら。
才能に嫉妬しなければ、素直なままでいられたなら。
「…シエル…」
俺はこんな道を歩まずに済んだのだろうか。
「それで、あんたは何者なのよ」
少年に向かって語り掛けるシオンの口調は、いつかの学校で子供に話していた時の柔らかいものではない。
ここまで事態の根幹を詳しく知るものが、ただの耳聡い獣人の子供です、だなんてことがありえないというのは、シオンでも理解が出来た。
「言ったろう、まだアンタらに明かすのは早いんだ」
「それはどういう意味なのかってのよ」
「一大スキャンダルでパニックでも起こして世間の皆様に迷惑をかけたら大変だからね」
シオンには、否、シオンにもシエルにも、彼の言っていることが本当なのか冗談なのかが掴めない。
以前の時のような、不可思議な雰囲気が戻ってきた。
「…正体もわからない人間の話を信じろってのは無理があるわよ」
「さっきの話に嘘偽りはない、本当だ…だが、これだけは隠さないといけない…自分で言うのもなんだが、なかなかに影響はあるんだぜ」
「…来るべき時が来たら、あなたから明かすんですか?」
「そうだ、だが、俺にはその“来るべき時”を呼び寄せるだけの力はない」
声の、重さが変わる。
彼はどうにも食えない獣人ではあるものの、その言葉に偽りを刷り込むような者ではない、と感じさせる。
しかしそれは、小さな少年には不釣り合いな、堂々たるオーラのようにも感じた。
「…王を、倒すんですか」
「君なら、王にも劣らないだろうね」
「劣らない?シエルは大陸最高の魔術師よ?」
「それもいずれ詳しく話すけど…王は並大抵の人間じゃない、とんでもなく強力な魔術師だ…そうでなきゃ、ここまで大々的な詐欺はできっこない」
シエルの実力を知ってなお、王と渡り合えるギリギリのラインと言う。
それがどれだけのことか、理解するのに難しいことは要求されない。
「…………」
「一つ言う、王はアンタと違って躊躇しない」
“躊躇”という言葉の意味。
それは、シエル自身が最もよく理解していた。
「…アンタだけに背負わせる気はないよ、やりたいようにしてくれ」
そういって少年は席を立ち、振り向くこともなく戸口を抜けていった。
「…シエル…」
「…私じゃなくたっていいじゃないですか」
「…逃げたって許されるわよ、こんなの…」
彼は確かに“伝え”に来た。
そして一方で、決して彼女に“命令”はしなかった。
「…もう、疲れちゃいました」
ならもう、いいじゃないか。
「…どうするんだ?」
「どうもこうもない、俺たちが死ぬまで王は追手を送ってくる」
「まぁ、そうだろうな…」
「だがいずれ消える」
「?」
確かに今、ガルザードたちは国中を震撼させるに十分なだけの秘密を握り、それは王としては非常に都合が悪い。
だがこれは、ガルザードたちにとっても、すぐに利用できる武器ではない。
「こんなもの明かして暴動でも起こってみろ、王の正体は知られるかもしれんが、知った人間の数だけ墓が増えるだけだ」
国民が正体を知ったからと言って、何かができるわけではない。
ましてや王は超が付くほどの魔術の使い手。
死体を闇雲に増やすだけの爆弾に着火はできない。
「そこまでは王もわかっているはずだ…せいぜい、邪魔になる前に消す程度のこと」
「だが、追手を振り払い続けられれば…」
「駒が減るだけの無意味さに気付き、追手は送らなくなる」
耐えて、耐えて、力をつけるしかない。
今残されているのは、純粋に力を追い求めるという道のみ。
奇しくもそれは、ガルザードが最初に目指していた道だった。
「…鎧の音が聞こえるぞ、ガルザード」
「いい耳をしているな、世話になるぞ」
「できる限りサポートはさせてもらう、役場勤めはお節介じゃないと勤まらないんだ」
数は4程。
未だガルバンディア中心街を離れていない。
不用意に大軍を動かすことはしない。
「舐めるなよ似非国王…」
ガルザードの目が爛々と燃えている。
彼の腕はすでに完治し、我慢が出来ないと言わんばかりに、飽和した魔力が火花となって飛び散る。
「力を求める理由が…本当の理由が出来たんだ…今の俺は…」
ランタンをこちらに向けた一人の兵がいた。
いたが、もう今では、首のない鎧飾りになっている。
「止まらんぞ」
大陸2位の実力者、かつては一度最強に手が届きかけた男。
しかし今、そんな肩書はもう要らない。
強さとは、力とは。
そんなこだわりを捨てた、その先に見えるものなのかもしれない。
数日が過ぎた。
一期一会は、短いその役目を一旦終えようとしていた。
「…次にこの店に会えるのは何時かしら」」
「…無期限の追放ですから…一生会えないかもしれませんね」
最強になんて、なるつもりはなかった。
ただ、みんなと同じことができるんだと証明したかった。
けれど、付きまとう名誉は、彼女の自由を許しはしないのだろうか。
「行こうぜ、シエルちゃん、シオンちゃん」
「そうね」
「はい」
名残は尽きない、納得もしていない。
けれど、ここで抗うことで自分以外の誰も喜びはしない。
限界だった。
「…………」
辛いのは、シオンも同じだった。
誰よりも力になりたいのに、何もできない。
彼女には力はないし、明晰な頭脳もないし、逆転のアイディアもない。
力を持ちすぎたというシエルのその隣で、力を求めてしまう自分に苛立ちを覚えた。
「バルバーリアまでは長いっスから、馬車で行きましょう」
「向こうに着くまでかなりあるけど、忘れ物とかはない?」
忘れもの。
自分が忘れてしまったもの。
そんなものがあるとするなら、それは、
「純粋さ、じゃないのか」
三人の冒険者が黙って武器を取る。
聞き覚えのある声は、忘れるはずもない、あの男のものだったからだ。
「ガルザード…?」
「離れろシエルちゃんたち」
「…警戒を解いてくれ」
しかし、一緒にいたのは、薄汚れた役場の制服を着た男、いつかの役人だ。
「あなたは…」
「事情があって、今は二人仲良く逃亡中だ…彼が、君に会いたがっていたから」
「私に?」
「…………」
武器を収める三人。
シオンも、今は、以前のような殺気を感じなかった。
「…何か用ですか」
「…………」
ガルザードは、何も言わない。
ただじっと、シエルの目を見つめている。
「…純粋さ、って言いましたか」
「そうだ」
「どういう意味ですか」
「言われないと分からないのか」
「考えるのが面倒なんです」
「…いいだろう」
するとガルザードは、掌を地面に向けた。
彼が目を閉じ、すぅ、と息を吐くと、
彼の足元から、小さな花が顔を出した。
「え…?」
「嘘…」
二人は、とても信じられないと言わんばかりに目を見開いている。
力だけを、武力だけを求めていたはずの男が、こんな魔術を覚える理由などないはず。
「…純粋さとは、何にも左右されない、混じり気のない心」
「…………」
「後先考えずに、獣人を救いたい一心で国を敵に回したお前はどこに行ったんだ」
「!!」
シエルは、
言葉を返せない。
「この国が戦火に巻き込まれるかもしれない、いや…それ以上の何かが起きるかもしれないんだ」
「………」
「強さというのが、力だけを指し示すのではないことを教えたのはお前じゃないのか、シエル」
「!!」
シエル。
そう、彼に呼ばれたのは、何年振りか。
「…俺は王を倒す」
「…できるんですか」
「そんなものを考える必要があるのか」
「?」
「やらなきゃならないことに、出来るもクソもあるかよシエル…責任に動かされているんじゃない、力があるからやるんでもない、俺がやりたいからやるんだ」
シエルは、
シエルは。
「…戻ってきたんですね、ガルザード」
「お前も戻ってこい」
泣いていた。
自分の情けなさを指摘され、その弱さを思い知ったから?
それだけじゃない。
「…また、一緒にいられますか」
「平和な世界でならな」
そうだ。
「シオンさんも、情けないですよ!」
「え、あ、あたし?」
「私には無茶できる力があるって言ったのに…思い出させてくれなかったじゃないですか」
「…はは、そうね、アンタもあたしと同じ馬鹿だったわね」
責任が付きまとっていなかったとは言わない。
シエルじゃないと出来ないことばかりだったから。
けれど、人は自由だ。
すべてを最後に決めたのは、いつだって自分自身だった。
「…一期一会は不滅です」
「邪魔が入るなら?」
「「退かして通る!!」」
そうやって、進んできた。
「力を貸してくれ、シエル」
「…はい!」
最強とか、1位とか2位とか、そんな、誰かの決めた格なんて知ったことじゃない。
やりたいからやる。
シエルには、シオンには、そしてガルザードには、その無茶を押し通す力がある。
その力の正体は、
「誰が退去なんかするもんですか!知りません!」
「偽物の国王の言うことなんか聞く必要ないわ!」
時に我儘とも表現される、純粋な心なのかもしれない。
そして人は皆、忘れてしまっているだけで、誰もがそれを持っているのだろう。
二人の魔術師、三人の冒険者、一人の不良娘の、最後の戦いが始まる。




