1-3. オレンジ色の瞳
(✳︎綺夏視点)
初めてキャンプにきて、どうやって過ごすのか想像がつかなかったけれど、こんなにのんびり過ごすものなんだ…
みんなでカレーを作って食べて、芝生の上で寝っ転がってゆっくりして、BBQもワイワイみんなで焼いて、夜はそれぞれがゆっくりと時間を過ごしている。大学生ってお酒を飲んで盛り上がるイメージがあったけれど、今日、ここに集まったメンバーはみんなが穏やかだった。
BBQの時もそうだったけど、思輝くんは火を起こすのがプロだった。勉強と部活ばかりしているイメージだったけれど、サバイバルスキルもあって、しかも料理男子。親友の弟、スペック高すぎないか…!
カコン
カコン
思輝くんが薪割りをしているのをただ眺める。なんか幸せだなぁ〜。ついこの前、失恋したのに、平気になっている自分に気づく。
もう、大丈夫かも…
……
キャンプファイヤーの周りに集まっていたメンバーが、どんどん寝床へ戻って行く。わたしもそろそろ寝ようかな…
眠いと思って体を横たえたのに、なぜか目が冴えてしまった。30分粘ったけれど寝付けない…やっぱり一度起きよう。
テントから一歩踏み出し、新鮮な草木の香りを胸いっぱいに吸い込む。空には一面の星が広がっていた。足先に触れる芝生は少し湿っていて、まるで草木が喜んでいるみたいだった。
そして、キャンプファイヤーのそばに一人の影があった。後ろ姿でわかる。逆三角の広い背中が炎の光に揺れている。
「みんなもう寝ちゃった?」
「寝ましたよ」
眠いのかな?いつもより柔らかくて優しい声で、思輝くんが振り向いた。
炎を背中に受けているから顔があまり見えないのに、なぜか彼の目が優しい光を帯びている気がした。
「目が冴えちゃって…横座ってもいい?」
「どうぞ。何か飲みます?ホットココア作りましょうか?」
「飲みたいかも。ありがとう」
手際よくミルクを温め、ホットココアの準備をしてくれる。カップが二つあるから、思輝くんも飲むみたい。
夜になるとこんなに寒くなるんだ…少し肌寒くて、腕を擦った。わたしの方をチラッと見てから、手に持っていた小鍋をそっと置くと、イスにかけてあった上着を拾いあげた。わたしのそばに来て、ふわっと彼のジャージを肩にかけてくれた。その瞬間、またあの香水の香りがわたしの胸をかすめる。やっぱり、この匂い好きだな。
「ありがとう。夜、意外と冷えるんだね」
「寝巻きで外に出てくるからですよ。無防備すぎですから」
む、無防備?!パジャマを着てるだけで、なぜその思考になる…?しかも、ショーパンとかの可愛いやつじゃなくて、寝心地重視のやつなのに?!
思輝くんのジャージに手を通すと、ブカブカだった。ベルガモットの香りに包まれて、まるで抱きしめられてるみたい…いやいや、親友の弟にこんなこと思ってるとか…わたし、よっぽど人肌寂しいのかな。
「ちょっと暑いかもなので火傷しないように気をつけてくださいね」
すっと差し出されたコップを両手で受け取る。また手が触れる。今日、何回目だろう…これまでこんなに触れたこと、一回もなかったよね…?彼と出会ってからの記憶をたどるけれど、印象に残っている場面は思い浮かばなかった。
ココアを冷ますためにふぅーっと息を吹きかける。両手を温めながら飲むココアが身体に染み渡った。
「うわぁ、このココアすっごく美味しい」
「美味しいですよね。これ、ヴァンホーテンのココアパウダー使ってるので」
パッケージを見せてくれた。
「ヴァンホーテンって初めて聞いたんだけど、有名なの?」
「お菓子作りの時にこれを使うと、やっぱ違うんですよね」
そうだった、この子、お菓子作りもするんだった。勉強と部活の合間に、どうやって時間を作ってるんだろう。
「思輝くんってさ、部活と勉強で忙しくないの?」
「…うーん…忙しいって思ったこと、ないかもしれないです」
「え?そうなの?わたしから見ると忙しそうだけど」
「いや…忙しいというか、やりたいことやってるだけだからですかね…?」
「忙しいって感じないってすごいね…君、本当に高校生…?」
「みんなそうじゃないですか?自分のしたいことに時間を使ってますよね?」
「やりたくないこともあるくない?」
「やりたくないことか…俺がやってることは、やりたいことのために必要なことだからかな?全然苦じゃないんですよね」
「思輝くんって、絶対モテるよね。こんなしっかりした考え方もってて尊敬するよ」
「そうですか…?せっかくなら、好きな人からモテたいですけどね」
ふと視線を感じて横を向くと、ココアを飲み終えた思輝くんが肘をついてわたしの方を見ていた。炎の光に揺れる優しいオレンジの瞳に吸い込まれそうな感覚になった。
何だろう、この不敵な笑みは…
なぜか胸がドギマギして、プイっと視線を逸らした。自分の中に起こるざわめきに気づかないフリをして、わたしは何とか言葉を絞り出す。
「思輝くんからアピールしたら余裕なのに」
パチっ
パチっ
薪が焼ける音がやけに響く…
さっきまで取り留めもなく続いていた言葉が、返ってこなくなったことに急に不安を感じた。不思議に思って顔を上げると、オレンジの瞳が何かを訴えているみたいだった。
こんなに見つめられたら…つい恥ずかしくなってしまう。なんでわたしをそんな目で見てくるの…?思輝くんは何を考えてるの…?『目は口ほどに物を言う』ってこういうこと?
多分、一瞬だった。でも、わたしにはすごく長い一瞬に感じた。
思輝くんはふと下を向いた。炎の宿る瞳から解放されて、わたしは安堵した。ふぅーっと息を吐く音が聞こえる。
ゆったりとした時間が流れてから思輝くんは聞いてきた。
「俺のことはいいですから、剣さんはどうなんですか?」
「ねぇ、前から思ってたけど、何でずっと剣さん呼びなの?他のメンバーはニックネームにさん付けなのに」
「だって、剣って苗字、めっちゃカッコいいじゃないですか?」
「え?それが理由?」
あまりにも真面目な回答に笑ってしまった。
「そうですよ。立派な理由でしょ?ところで、話し、逸らしましたよね?」
「バレた?」
わたしは笑って誤魔化した。彼の目がわたしの話の続きを促していた。簡潔に話そうと、わたしは口を開いた。
「もしかしたら、ちなつから聞いてるかもだけど…前の人は束縛が激しすぎてね。このキャンプもダメって言われて、でも彼も一緒に行くのは嫌だって。俺の言うことが聞けないなら別れるって言われて、そのまま終わっちゃったの…」
「そうだったんですね…。もう立ち直ったんですか?それとも、まだ引きずってます?」
「意外と平気なんだよね。キャンプに来て、気が紛れてるのかもしれないけど。」
「ちゃんと悲しむの、大事ですよ。感情は、感じきった方がいいと俺は思ってます。」
「感じ切るか…それって大泣きするとかってこと?」
「そうです。しっかり泣いてくださいね」
失恋して、『しっかり泣いてくださいね』ってアドバイスされたのは初めてだった。思輝くんって面白い人だな。
「わかった。」
思輝くんって、話を聞く時、誰も否定しないんだよね。女子トークだといつも彼氏側が悪いって話になることが多いけれど、思輝くんはフラットに聞いてくれるというか…
だから、励まされたりとかもしないんだけどね…そう、わたしのことを決して褒めてくれない、恋愛に関しては…
燃え上がる火を見つめながら、わたしの心の中に小さな渦が生まれていた。確かに、わたしはいつも失恋ばかりしてる。そんなわたしだけど、少しくらいいいところだってあるよね?
思輝くんに聞いたら、教えてくれるのかな…
知りたい気持ちと、思輝くんの本音を知ってしまったらショックを受けそうな気もして…そんなこと、怖くてできなかった。
3つ下の思輝くんは、きっとすぐに自分の中で答えが出るんだろうな…
キャンプファイヤーの灯火がどんどん弱まっていく。わたしの中の小さな渦もどうかこの炎と一緒に小さくなりますように…と心の中で願っていた。
【潜在意識の視点から紐解く『第1-3話の答え合わせ』】
①「感情を感じきる」は最高の浄化! 失恋を平気なフリでやり過ごす綺夏に、思輝くんが伝えた「しっかり泣いて」という言葉。潜在意識にとって【ネガティブな感情は見ないフリをせず、しっかり感じきる(認める)こと】は大切です。蓋をした感情は、また同じ現実を引き寄せてしまうからです。
②受け取り拒否と「視線の投影」 「好きな人からモテたい」と直球を投げた思輝くんの視線を、ドキドキしながらも逸らしてしまった綺夏。これも潜在意識の【受け取り拒否】です。自分への好意を信じきれず、「私なんて」という心の渦(自己否定)が彼を直視することを避けているのです。
愛され女子への道は、まず「悲しい」という本音を認めるところからですね!




