3-1. からかわないで、年下くん
(✳︎綺夏視点)
昨日、バイトが終わってから楽しみにしていたパンを食べた。初めて聞くお店のパンだったけれど、すごく美味しかった。そのパンは見た目も味もかなり素朴で、でも素材の味がして想像以上に好きな味だった。今度、どこのお店か聞いてみようと思った。
パンを受け取ったとき、パンの包みを持つ思輝くんの手がとても大きいと気づいた。パンがすごく小さく見えて、男性らしいゴツゴツした手にドキッとした。中学まではバレーボールを頑張っていたから、あんなに大きな手なのかな…?
でも高校からは一転して水泳部。
怪我とかでやめた感じでもないから、なんでバレーを続けなかったんだろう?とふと疑問に思った。
そう…ちなつの家に遊びにいくと会うことが多いし、思輝くんと顔見知りではあるけれど、深い話とかしたことも彼の話を聞く機会もあまりないんだよね…
『俺でよければ話聞きますよ』
と、昨日言ってくれたのがとても嬉しかった。私のことを知ったら思輝くんはどう思うんだろう…もっと知って欲しいし、彼のことを知りたいと思ってしまう自分に気づく。
なんというか、頭のいい人の考えてることとか思考回路を見てみたいというのが本音。わたしのことを客観的にみて、なにが問題なのかとかも教えてくれたりして…
今日もバイトが入ってる。思輝くんは今日もあのカフェで勉強するのかな…
もしいたら、昨日のお礼をしよう。昨日はありがとうって、カフェの飲み物を奢るのくらい、してもいいよね?19:00あがりだから、先にメッセージしてみようかな…
—
思輝くん、やほ。
昨日は、美味しいパンをありがとう^^
今日もカフェで勉強する?
昨日のパンのお礼ができたらなって…!
—
来なかったら、また今度違う形でお返ししよう。わたしはケータイを閉じて仕事を始めた。
仕事中、カフェの方を向いて思輝くんの姿を見て探す。
あ…
思輝くんが友達と一緒にいる。
珍しい…
今日は友達と一緒に勉強するんだ!
いつも一人のイメージだったけど、わたし、思輝くんのこと全然知らないもんね…
高校生と大学生。
住む世界は一緒なのに、違う次元で生きている気がした…
今日は勤務時間が短い方で、休憩がないからメッセージを確認できない…思輝くん、まだいるかな…
え…
席にはさっきの男の子がいなくなり、代わりに違う人が座っていた。向かい合って座り、思輝くんの腕に両手を置いて、笑顔を向けた女の子…
ドキッ…
なぜかこの光景をみた時、ショックを受けた。カッコよくて、頭も良くて、運動もできて、優しい思輝くんがモテることなんて、簡単に想像できることなのに…彼女がいないほうがおかしい人なのに…
あれ…なんでこんなに動揺してるんだろ…
その後の仕事は時間が過ぎるのがとても長く感じた。さっきまでは仕事が終わるのが待ち遠しかったし、返信が来ているか気になっていたのに…頭の中では何度も思輝くんの腕に触れていた女の子との光景が繰り返されて…
落ち着かなかった。でも、自分の気持ちに整理をつけることもできなかった。
……
バイトが終わり、ケータイを開くと思輝くんからのメッセージが来ていた。
『今日もカフェで勉強してます。
終わるの待ってますね』
文面を読んでドキッとする。
『待ってますね』の文字に心が囚われる。
さっきの光景を見たあとだからか、高校生の輪に入ることに躊躇してしまう。でも、待ってますねの言葉が嬉しくもあって…
『今終わったよ。これから行くね!』
とりあえず、終わったことはメッセージで伝えた。ここで考えていても、時間が経つだけだし、思輝くんは待ってくれてる。
行かなきゃ…
状況を見て決めよう。
鏡で最終チェックをして、リップを塗って、休憩室を出た。
カフェに向かう途中、本屋の中を歩いていると思輝くんと一緒に来ていた男の子ともう一人の女の子が仲良く参考書のところにいた。付き合いたてのカップルの雰囲気があって、楽しそうだった。
「思輝くん、わたしじゃダメ?ずっと片思いしてるのに」
さっき、思輝くんの腕に触れていた女の子が、今も目の前にいた。
「俺、好きな人がいるって言ったよね?」
「うん。でも、諦めきれないから」
そっか、彼女ではないんだ。
そこで安心したかったのに、次は思輝くんに好きな人がいるとわかって違う動揺が体を駆け巡る。心臓が勝手にバクバクしていることを自覚する。
思輝くんがハッとこちらを見た。わたしは動揺がバレないように平然を装った。
「あ、剣さん。バイト、お疲れ様です」
「思輝くん、待っててくれてありがとう」
言った瞬間、ヤバい…と思った。これ、まるで目の前の女の子への牽制みたいな言い方じゃない?背中に冷や汗が出そうになる。
「いえ、俺が待ちたかったんで。さ、行きましょうか。」
ちょ、ちょっと思輝くん…その言い方はますます良くないんじゃ…
「思輝くん、もう行っちゃうの?せっかく二人きりだったのに」
「俺は行くよ。約束してたから。ゆみ、またね。」
塩対応なのに、『ゆみ』って呼んでるんだ…まんざらでもないってこと?頭の中が、はてなだらけで、自分の気持ちも分からなくて、正直、家に帰りたい。
「さ、剣さん、行こう」
すっと立ち上がり、アタックしている子の想いをスパッと断ち切るように、なんの迷いもなくカフェを去る。芯がある人というか、自信が溢れているというのか…
やっぱり思輝くんはすごい人だ…わたしが横に立つなんて、おこがましい…そう思いながら、わたしは思輝くんの後を追うように後ろから歩いた。
「すみません。少し早く歩いちゃって。」
優しい声とともに振り返った思輝くんに思い切りぶつかりそうになった。
トンと軽く触れたら、それは思輝くんの腕だった。肩にすら届かない自分の身長とふわりと香るベルガモットの香り。
「ご、ごめんっ」
何も考えず声を出していた。
「俺もごめん。早くあの場から離れたくて…」
タメ口ごめんの破壊力…今日の思輝くんについていくのに必死だよ…
「うんうん、大丈夫。あ、あの、お礼のことなんだけど…」
危うくお礼のことを忘れそうになっていた。気づいて良かった。早くお礼をして帰ろう。今日はいろんなことがありすぎたから、一度落ち着きたい。
「美味しいドリンクでもテイクアウトしない?なにか良いところ、知ってる?」
「うーん、そうですね…」
二人で歩きながらふと考える。思輝くんは制服でわたしは私服。化粧もしてるし高校生には見られないから…カップルには見えないよね…わたし、隣を歩いて大丈夫かな…
「あのドリンクとか、どうですか?」
「あ、わたしも気になってたんだよね。ベルギーチョコを使った生チョコドリンクのお店だよね」
「そう。俺も飲んだことなくて。それにしましょう」
お会計の時、思輝くんは
「ご馳走様です」
と素直にわたしのお礼を受け取ってくれた。
二人で座って飲もうかとなり、いい感じの席を探す。平日の夜なのに、意外と二人が座れる席がなくて…
「あそこのソファが空いてますね。綺夏さん、座ってください」
「わたしだけ座るの、なんだか申し訳ないな…」
思輝くんの優しさが嬉しいけれど、申し訳なさも感じて…
「なら、俺が先に座って、剣さんは膝の上に座ります?」
ストローをくわえ、ニヤッと笑いながら爆弾発言が飛んできて、一瞬聞き間違えかと思った。
「え?ひ、膝?!」
「冗談ですよ。剣さん、バイトで立ちっぱなしだったんですから、ソファ、座ってください」
「もう、大学生をからかうなー!変にドキドキするじゃん」
わたしはポコポコ叩くフリをした。
「ドキドキした?それなら嬉しいな〜」
今日の思輝くん、なんかご機嫌だな…冗談っぽく言ってるけど、これが狙ってだったら恐ろしい人だよ…
好きになったら大変そう。競争率も高いし、こんな感じで人たらしだし…
こりゃ、好きになったら苦労する人だ。しかも、さっき、好きな人がいるって言ってたもんね…そう、そもそも好きになったらダメな人だ。心がチクっと小さく刺されたような気がしたけれど、わたしはあえてそれに気づきたくなかった。
【潜在意識の視点から紐解く『第3-1話の答え合わせ』】
①「私なんて…」は傷つかないための防衛本能
「おこがましい」と自分を低く見積もるのは、過去の経験から「期待して傷つくのを防ごう」と潜在意識が発動した警戒アラートです。諦める前提を作ることで、無意識に心を守ろうとしています。
②自分が決めた「立ち位置」が現実をつくる
魅力的と思える相手を無意識に「上の存在」に置き、自分を下に設定すると、潜在意識はその前提通り「届かない理由(モテる姿など)」を現実に集め始めます。「私はそのまま愛される価値がある」と認め、心のブレーキを緩めていきましょう!




