第6話 精神的な問題
僕自身も、一時期はこれでもけっこう真剣に悩んでいた。
人とご飯が食べられない理由──その正体を掴むために。友人に相談するには重すぎるし、そもそも人に説明できるほど自分でも整理できていなかった。
そんなとき、今では便利なAIに聞く、なんてこともしていた。五万とある情報を一瞬でかき集め、核心だけを簡潔に見せてくれる。こういう使い方なら、AIというやつも悪くない。
……まあそれ以外の用途には、あまり賛成できないけど。(これでも芸術を愛する建築学生なのでね。)
画面の向こうから返ってきた答えは大体、似たようなものだった。
胃腸の問題。
精神的な問題。
そして、脳の反応の問題。
僕には専門知識なんてない。だから深い部分までは分からないけれど、ネットで拾い集めた言葉をいくつか引用するなら──たとえば、「そもそも胃腸が弱い場合」。急激に血糖値が上がることで体調が悪くなることがある、とか。
確かに、そう言われてみれば思い当たる節がなくもない。食事を楽しむ以前に、身体がまず構えてしまうあの感覚──あれはもしかしたら、もっと根の深いところで起きている反応なのかもしれない。
そういう人には、まず野菜から食べろだとか、味噌汁を先に飲めだとか──そんな「血糖値対策」が検索結果には必ず並んでいた。
けれど、どれもどこか綺麗事に聞こえてしまう。言われるまでもなく全部試したよ、と反論したくなる。AIに文句を言ったところで時間の無駄なのも分かっているから、そのカテゴリは早々に解決策なしとして片付けた。
次に出てきたのは精神的問題。
僕が思うに、これが一番自分に近い。自律神経の乱れが、消化器官に予期せぬ悪影響を与える。その結果、うまく消化が進まず、気持ち悪くなったり、逆流したりする。──そんな説明だった。そして解決策には必ずこう書いてある。「長く続く場合は受診をおすすめします」「重いと感じるなら早めに相談を」
……いや、“長く”ってどれくらい? “重い”の基準はどこ?
そんな疑問が真っ先に浮かぶ。
自律神経の問題なら、結局は自分の心の問題だろう。最終的には自分で整えるしかない。病院へ行ったところで、言われる内容は全部、自分の中で薄々わかっていることで、根本的な解決になる気がしなかった。
脳の問題だって同じだ。
結局、病院は最終手段として提示されるけれど、そんな重たいカードを気軽に切れるほど、僕の心も財布も余裕はない。
だから僕は、こうして未だにネットの情報と自分の体の感覚の間を行き来しながら、ゆっくりと、曖昧な理由と共存している。
ゆくゆくは会食だってあるだろうし、早く治さなきゃな──そんなふうにぼんやり考えていた頃に、この高身長男子──後輩くんが現れた。
白菜が一口大に、静かに切り揃えられていく。その横で僕は、豚バラを同じ大きさに整え、白菜と豚をサンドイッチのように重ねる。鍋底にはあらかじめ薄くスライスされた大根が敷かれていて、そこに縦に並べた白菜たちを花びらのようにぎゅっと詰めていく。最後に、わずかな隙間へえのきと豆腐を押し込むと、ぐっと冬の鍋らしい風景になった。
「先輩、酒とほんだし取ってくれます?」「はいはい」
僕は指示どおり、二つの調味料をキッチンに置く。後輩くんはすでに別の瓶を手にしていた。
「それは?」
「みりんっす」
「目分量?」
「もう慣れてるんで」
軽く答える声に、思わず感心してしまう。
慣れてる……。すごいな、本当に自炊してるんだ。
いや、まじで世間が思っている以上に建築学生ってやばいんだ。設計の授業を取ったが最後、年がら年中作品のことを考えていなきゃいけない。(もちろん真面目な学生に限るけれど。)そこに締め切りが重なり、家事まで全部自分でやるなんて、本当に尊敬する。
僕は実家暮らしだから、家に帰れば温かい母親のご飯があって、洗濯だって気づけば終わっている。親の存在をここまでありがたいと感じることは、なかなかない。
その隣で、高身長の後輩くんは淡々と、でもどこか楽しそうに鍋を仕上げていく。
蓋をした鍋の中から、ぐつぐつと音が立ちのぼる。湯気の隙間から流れ出す香りは、思わず胸の奥をふっと緩めるほどあたたかい匂いだった。気づけば僕の心は、まるで子供みたいにわくわくしている。
他人のキッチンで、誰かと一緒にご飯を作る。そんな行為が、こんなにも悪くないなんて──長いこと忘れていた感覚だった。
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