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人とご飯が食べられるようになるまで  作者: nokal
05

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12/14

第12話 ――彼は、その想いを


 ――少し前のこと。

 後輩くんの家でご飯を食べる……というか、もはや通うのが日課になりつつあった頃の帰り道。その日も昼ご飯を後輩くんの家で食べ、駅に向かって歩いていた僕は、たまたま紅音(あかね)ちゃんとばったり出くわした。

 方角的に考えて、紅音ちゃんは後輩くんの家へ向かう途中だったのだろう。


「あ」

「あ……にちは」

「こんにちは」


 左右は一面の田んぼ。夕陽の色を吸い込んだ広い歩道兼道路の真ん中で、僕らはどこかぎこちない会釈を交わした。紅音ちゃんは、いつも通り季節感を完全に無視した短パンの生脚に、黒いジャケット。

 寒くないの? なんて聞けば負けな気がして、僕は口を閉ざしたまま通り過ぎようとする。

 一度だけすれ違った、その瞬間。


「っち」


 小さな舌打ちが聞こえた。思わず足が止まる。

 ……え、僕、何かした?


「先輩さん」

「は、はい」


 振り返ると、紅音ちゃんが携帯の画面をこちらに突き出していた。そこには後輩くんとのチャットが映っている。


「あいつが先輩に饅頭(まんじゅう)食わせろって」


 画面には、確かにその一文があった。

 “先輩に饅頭食わせろ”。

 


 そんな経緯があって、僕らが二人で駅へ向かって歩いた日がある。左右を田んぼに挟まれた道は夕暮れ色に染まり、風だけが一定のリズムで吹き抜けていた。しばらくの間、僕らの間には言葉らしい言葉が落ちず、ただ靴音だけが乾いたアスファルトに響いていた。

 それでも、胸の奥がそわそわしていた。

 どうしても聞いてみたいことがあったからだ。

 このまま黙って駅に着いてしまうのは、もったいない気がして思い切って口を開いた。


「ねえ、紅音ちゃん」

「はい、先輩さん」

「彼が……僕にそこまで気にかけてくれる理由って、知ってる?」

「はい?」


 まるで“意味わかんない”と額に書いてあるような顔をされた。

 そりゃそうだ。あまりにも言葉足らずすぎた。


「あ、いや、変な意味とかじゃなくて。彼って、そういう人なのかなと思ってさ。誰にでも手を差し伸べたくなるというか、ほっとけない性分というか……違うか? あ、違うなら別にいいんだ。ただ、僕がそういう優しさに慣れてないだけで」


 自分で言っていて苦笑したくなる。風のなかで紅音ちゃんの髪が揺れ、彼女はほんの少しだけ歩調を落とした。


「私の持論でよければ、ですけど」

「──うん」

「放っておけないんだと思いますよ。何かから逃げようとしてる人を見ると」


 逃げる――。

 そういえば、後輩くんも似たようなことを言っていた。

 でも、その“逃げる”って何のことなんだろう?


「別にさ、僕は逃げてるつもりは……」

「うーん。どう言っても伝わりにくいと思うんですけどね」


 紅音ちゃんは空を仰いだ。夕暮れの光がまぶしいほど金色で、彼女の横顔をくっきりと縁取った。


「あいつの母親、昔すごく大きな病気にかかったんです。一度は回復したんですけど……そのあと再発して、すぐに亡くなっちゃって」


 お母さん……。

 風がぴたりと止まり、世界が少しだけ静かになった気がした。紅音ちゃんは表情を崩さずに続けるが、声の奥がほんのわずかに揺れていた。


「そのことを、いまだに気にしてるんじゃないですか。あいつは」


 紅音ちゃんの声は淡々としているのに、その奥には静かな痛みの影があった。


「病気から逃げ続けた母親のことも……その母親から、ずっと目を逸らしてた自分のことも、責めてるんだと思います。今でも後悔してるんですよ。きっと」


 歩きながら、彼女の影が夕陽に長く伸びる。


「だからまあ、先輩さんにしてることは、その罪悪感が……あ、いや、別に先輩さんに母親の姿を重ねてるとか、そういう話じゃなくて」


 そこで言葉を切り、紅音ちゃんはミディアムヘアを無造作にかき上げる。ため息のように風が頬を撫でていった。


「うまく言えないんで、これ以上は本人から聞いたほうがいいと思いますけど……。私から見た結論は、シンプルに“先輩さんへの親切心”って気がしますよ。誰だってあるでしょ、そういうの。親切心」


 そのときは、正直よく分からなかった。

 胸の奥に引っかかるのに、形にならない言葉。

 でも今なら――あの瞬間、自分が無意識に道路へ飛び出した時のことを思い返すと、なんとなく理解できる。

 言葉にしにくい、心の奥の衝動。守りたいとか、助けたいとか、気づけば体が勝手に動くような、名前のつけにくい感情。


 紅音ちゃんが言った「親切心」は、そんな単純な一言では片付けられない気もするけれど。

 それでも。

 ――彼は、その想いを僕に向けてくれていたのかもしれない。

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