43人目 『遊佐咲ちゃんは咲き誇る』
「————って感じで、私は助手になったんだ」
咲ちゃんは全てを語り終えて、ゆるゆると微笑んで。
話の途中で何度かおかわりをしていたココアを飲み干しました。
これに対して、梅ちゃんの見せた反応は、
「…………さっちゃんにも、悩みはあったのね」
しんみりとしていて、けれどどこか嬉しそうな声。
知らなかったものを知って、どこか納得がいった様子でした。
「私も悩むんだよ。今日はどのココアにしようとか、温かいのにするか、冷たいのにするか、それとも料理にするか……って」
「ココアばっかりじゃないの」
とはいえ、そう長く続くわけでもなく。
すっかりココアが大好きになった咲ちゃんに笑いを漏らします。
それから、途中で何かに気がついて、
「あ、じゃあこの前作ってくれたココアパウンドケーキって……」
「うん、響子さんみたいに作ろうと思ったんだ。どっちかって言うと、私が好きな甘めのものになっちゃったけど」
どうやら幸子さんと由美さんが来た際、咲ちゃんがデザートとして作ったパウンドケーキを思い出したようです。
確かに甘めだったわね、と梅ちゃんは頷きますが、
「まあ、でも。それでいいんじゃない?」
「どうして?」
「その日の響子さんに憧れたからって、さっちゃんはさっちゃんでしょ」
「————」
「あたしたちは相談に乗るけど、好きなものにどうやって向き合うのか、最後に決めるのは自分よ。さっちゃんだって、その一人なんだから」
梅ちゃんは目を見開いて言葉の出ない咲ちゃんに、妙な照れを感じつつ、最後に。
「それに…………ほら。あたしは甘い方が好きだし。さっちゃんが響子さんみたいになったらツッコミが大変じゃないの」
そう言って、酔っ払いがごとくミルクティーをごくごくと。
分かりやすい照れ隠しをします。
「……ねえ、さくめちゃん?」
「…………なによ」
そんな梅ちゃんに咲ちゃんがゆっくりと口を開き、何かを言おうとして————。
「二人ともただいま、です。ふふっ」
響子さんが帰って来たことで、話が中断するのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
また時は戻って、咲ちゃんが響子さんに相談をした次の日のこと。
ココアを心に、友達づくりを頑張ろうと気合を入れた咲ちゃんでしたが、どうなったのでしょうか。
相談所に扉を開ける音と、涼やかな鈴の音が鳴り響いて、
「響子さぁん! 大変、大変だよ!」
「あらあら。咲ちゃん、どうしたのでしょうか?」
勢いよく入って来たのは、遊佐咲ちゃん。彼女でした。
先読みしていたかのように机の上にはココアが置かれており、それに咲ちゃんは驚きつつ、
「あのねあのね、響子さん」
「はい、なんでしょう。咲ちゃん」
息は絶え絶え、流れる汗は雫となって頰を伝い。深呼吸を何度かしたのち、満を持して咲ちゃんは言いました。
「——上手くいったよ!」
「あら、友達づくりですか?」
「うん! 隣の席の子なんだけどね、今までちゃんと話せてなかったから驚かれたけど……」
溢れる笑顔に明るい声。
どうやら、咲ちゃんは上手くいったようです。
その理由は、
「ココアを思い浮かべてたら、自然と安心出来たんだ。すごいね、響子さんの言った通りだったよ」
「あら、頑張ったのは咲ちゃんですよ。私は咲ちゃんの背中を少し押しただけです。相談は、そういうものですから」
響子さんは首を振ってしまいますが、咲ちゃんにとっては響子さんに相談したからなのです。
だから、大人な対応をする響子さんもすごい人として写っていて。
「明日は後ろの人とか、前の人にも話しかけたいな」
「ふむふむ。では一週間後にはクラス中、でしょうか?」
「えっ、いや、さすがにそれはまだ……」
時折冗談を言う姿には笑い声を上げて、同時に少しずつ新しい感情が生まれていて。
「さて、そろそろパウンドケーキも冷める頃ですから、少し待っていてくださいね」
「あ、うん!」
キッチンへと向かう響子さんの背中を見ながら、何か気合を入れるように大きく頷くのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「このために一日頑張ったって感じがする……」
そんなこんなで、響子さんに作ってもらったパウンドケーキをもぐもぐとし、ホクホク顔の咲ちゃん。
まるで酔っ払いのような感想です。
「喜んでもらえて何よりです。まだたくさんありますから、遠慮なくおかわりしてくださいね」
「うん!」
ココアにココアパウンドケーキ、さらにおかわりとココアばかりですが、昨日の今日で咲ちゃんはすっかりハマってしまったよう。
ですが、いつまでも食べているわけではなく。
「…………あ、あのね、響子さん」
「何でしょうか、咲ちゃん」
一度フォークを置いて、もじもじとすること約十秒。口を開いたり閉じたり、たくさんの躊躇いを挟んで、
「え、っと。私を……この相談所で働かせてもらえないかな?」
「ふむふむ。どうしてでしょうか?」
「その、私はまだまだこれからだけど、響子さんに出会ってなかったらずっと一人で悩んでたと思うんだ。お母さんには話しづらいし、相談できる相手がいなくて……」
咲ちゃんは胸元を抑え、続けます。
「それにね、響子さんがすごいって思ったんだ」
「すごい…………ですか?」
「相談を受けて、誰かを安心させて、私は今ね、すっごく嬉しくて。料理も出来て、綺麗で————だから、響子さんのそばで私も誰かの相談に乗りたいの」
一人ぼっちのところへ頼れるお姉さんがきて、友達が出来て。それではまだ、足りないのです。
咲ちゃんにも何かを始められるのなら、何かが出来るのなら、それは咲ちゃんが咲ちゃんとして歩む第一歩目、なのですから。
だから、咲ちゃんは胸いっぱいに息を吸って、
「————私を、響子さんの助手にしてください!」
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
そんな、咲ちゃんが助手になった日のことを思い出して、響子さんはふふっと微笑みます。
いつの間にか起きてきた胡麻たんに餌をあげつつ、相談所を見渡して。
「……随分、変わりましたね」
誰に言うでもない、小さな呟き。
それを消してしまうように、元気な声が二つキッチンから戻ってきました。
「ココアミルクティーって何よ。というかココアの方が強くなるんじゃないの、それ」
「ダメかなぁ? 美味しそうだと思ったんだけど……あ、響子さん。コーヒー淹れて来たよ」
「あら、ありがとうございます」
咲ちゃんは響子さんにコーヒーの入ったカップを手渡ししつつ、梅ちゃんから自分のカップをもらって。
「まあ、でも後で試してみても良いかもしれないわね。料理にも……って座らないの?」
そのままの流れで梅ちゃんが椅子に腰掛けますが、何故か咲ちゃんはココアを見つめたまま動かず。
一体どうしたのでしょう。
「……ね、二人とも?」
数秒の沈黙があって、顔を上げた咲ちゃん。
彼女の様子に響子さんと梅ちゃんは一瞬首を傾げますが、すぐに理由は分かりました。
「——私ね、相談所の助手になってからずっと幸せだよ。だから、ありがとう」
何故なら咲ちゃんは、満面の笑みでそう言ったのですから。
咲き誇る、花びらのように。
2人目の従業員・1人だけの助手
なまえ :遊佐 咲
ねんれい:15歳
たちば :助手
しゅみ :散歩、スパを作る、友達と遊ぶ、お悩み相談
すき :甘いもの全般、ココア、響子さん、友達
きらい :一人で悩んでいる子を見ること
みため :元気。茶色のポニテ。保護欲を掻き立てられるけれど、どこか頼れる。
童顔で小柄だけど大きい。トランジスターグラマー。
ひとこと:助手の遊佐咲だよ。よろしくね!




