42人目 『咲ちゃんと響子さん』
茶髪のポニーテールの女の子、遊佐咲ちゃん。
彼女は公園にて一人で困っていたところ、維澄響子さんという不思議なお姉さんに声をかけられました。
なんでも、響子さんはお悩み相談所をやっているらしく、着いて行った先。
そこは喫茶店のような、大きな大きな木のお家でした。
「あ、えっと、遊佐咲だよ……です。響子さん」
「……なるほど。では咲ちゃんとお呼びしますね。咲ちゃんは何を飲みますか?」
「え、ええっと…………」
中に入った咲ちゃんは自己紹介を済ませ、こうして飲み物を聞かれているのですが、一体何にしようかと迷いに迷って。
「お、おすすめとかある……ますか?」
「あ、敬語でなくとも問題ありませんよ。見たところ、咲ちゃんは苦手なようですし、肩に力も入っていますから」
そんな彼女に響子さんはというと、落ち着いた対応で接し、深呼吸をするよう促します。
頷いた咲ちゃんは何度か、体いっぱいに呼吸をして、
「…………ふぅ。なんだかごめんなさ——ごめんね、響子さん」
「いえいえ。焦る時は誰にだってありますから」
「響子さんも?」
「私は……どうでしょう。考えてみるとあまりないような気がします」
「えっ」
響子さんがそう言ってふふっと笑う姿に、咲ちゃんは改めて不思議なお姉さんだなぁとぼんやり見つめつつ。
「それで、おすすめなのだけれど……先ほどココアを買ってきましたから、どうでしょう? もし嫌いであれば、他のものに変えますし」
「甘いものなら何でも好きだから、ココアで大丈夫だよ! ……じゃなかった。お願いします?」
「お願いされました、ふふっ」
咲ちゃんの元気な返事に響子さんがあらあらとし、キッチンへ向かって。
何しにここへ来たんだっけ、と一瞬目的を忘れかける咲ちゃんなのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
それからしばらくして、カップとお皿を両手に響子さんは戻ってきて、机の上に並べていき、
「こちら、ココアとココアパウンドケーキになります」
「あれ、私ココアしか頼んでないような……」
「あら、ココアだけでは寂しいじゃありませんか。少し時間が経っていますが、今回はいつもより美味しく焼けたんですよ?」
「——っ」
響子さんの親切心に一瞬目を見開く咲ちゃん。
彼女は瞳と声を震わせて、言います。
「……いいの?」
「相談所ですから、いいんですよ。咲ちゃんが食べないのであれば、私が食べてしまうのだけれど……」
「あ、ダメ、私が食べる!」
その震えもやっぱり、一瞬のようです。
響子さんにパウンドケーキが食べられそうになったので、慌てて咲ちゃんは口に運んで、
「————美味しい」
口の中に広がる優しいココアの味に、咲ちゃんは笑顔をこぼしました。
そしてその一言をきっかけにフォークは進んで、おかわりを何度かして。
「これ美味しいね、響子さん!」
「ふふ、いつもより美味しく焼けましたから」
そんなこんなで、咲ちゃんのお腹がいっぱいになったところで。
「……私、お金持ってない」
食後のココアを優雅に飲んでいた咲ちゃんが、驚愕の事実を口にしました。
今の今まで完全に忘れていた、といった様子です。
このままでは無銭飲食になってしまう、そうガクガクと震える咲ちゃんですが、
「あら、相談所が出す食事はお金をとらないのだけれど……言っていなかったかしら?」
「え、多分、うん。聞いてない、と思う、よ?」
必要なかったようです。
驚きと焦りが混ざって咲ちゃんは片言になっていますが。
「あれ、じゃあ相談にお金が……?」
「いえ、かかりませんよ?」
「え、じゃあどこからお金が来てるの?」
「ふふ。……どこからでしょうね?」
さらに、お金の出所が分からない相談所と、ニコニコ笑顔の止まらない響子さんにひとまず質問を止めようと咲ちゃんが決断しつつ。
ここで、『相談』という言葉を発したことで、咲ちゃんがようやく本題を思い出します。
「あ、えっと……響子さん?」
「はい、響子さんです。どうしましたか? 咲ちゃん」
数秒の迷いと躊躇いを挟んで、最後に咲ちゃんはココアを見つめてから、
「…………友達って、どうやって作ればいいのかな?」
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
高校生になりたての遊佐咲ちゃん。
彼女は親元を離れ、少し遠くの高校へ入学したのですが、新しい環境に慣れずなかなか友達が出来ませんでした。
「お家の鍵を閉め忘れて家に戻ってたら遅刻して、怖い話をテレビで見て、眠れない夜を過ごしてたら寝坊して……」
そんな失敗が続いて、いつも緊張が続いて。友達づくりにも影響が出てしまって。
そういった流れから、公園で悩み、いつの間にかココアを飲んでいるのでした。
「どうしたらいいのかな、響子さん」
不安げな表情で咲ちゃんは問いかけ、響子さんはそれをじっくりと考えます。
一体どんな回答が来るのか、ゆっくりと口が開かれて——、
「…………咲ちゃん、ケーキとココア、美味しかったでしょうか?」
「へ? ……あ、うん」
おかしな方向からおかしな回答が飛んで来ました。
これに咲ちゃんはびっくりして小首を傾げていると、響子さんは「確かに、咲ちゃんの言う通り」と人差し指を立てて告げます。
「友達を作るというのは難しいことです。特に新しい環境、新しい顔ぶれ。慣れなくて、戸惑って、それでもどうにかしようとして転んでしまう。そういう時はずっと落ち込んでしまって……」
「……響子さん」
「視界が狭くなり、自分の魅力にも気がつけなくて、それを伝えることも難しくなっていく。そして、昔は自然と知っていた友達の作り方も忘れてしまう。私にも、そういうことはあるんですから」
「え、響子さんにも? でも、そんな風に見えないかも」
「そうですね、咲ちゃんとは今日出会ったばかりですから。しばらく一緒にいれば気がつくかもしれませんし、気がつかないかもしれません」
果たしてどっちなんだろう、と笑う咲ちゃんにうんうんと頷き、響子さんは続けます。
「そんな風に相手のことを知りたい、という想いを行動に表すのが友達の作り方の答えです」
「仲良くなるには?」
「それこそ簡単です」
響子さんは咲ちゃんの手を取り、じっと彼女の瞳を見つめて、
「咲ちゃんが相手のことを好きだって伝えればいいんですよ。こうして手を握ったり、言葉にしたり。そのためには、咲ちゃんがどういう子なのか分かってもらう必要があるのだけれど……」
「私ってどういう子なんだろう…………」
「甘いものが好きな女の子、でしょうか?」
これは盲点だった、と目を大きく開く咲ちゃん。彼女は数秒固まったかと思えば、やがて頷いて。
それから晴れやかな表情になりかけ、
「……緊張、どうしよう」
またまたどんよりと。
そう、ミスが続くと上手くやらなきゃと緊張してしまうのが友達を作れない原因でもあるのです。
これを響子さんはお皿とココアを指して、言いました。
「それじゃあ咲ちゃん。改めて聞きましょうか。——ケーキとココア、美味しかったでしょうか?」
「……うん。久しぶりに誰かが作ったものだったし、心がポカポカするくらい美味しくて…………」
「なるほどなるほど。それなら、困った時にはココアを思い浮かべてください」
「へ?」
響子さんは何のことやらさっぱりな咲ちゃんの手を離すと、彼女の頭を撫でます。
それから、にっこりとした笑顔で、
「咲ちゃんが頑張ったら、私がご褒美にココアパウンドケーキを作って、ココアを淹れます。ですから——ココアのために、頑張ってください」
響子さんはそう言うのでした。




