24人目 『藤宮紫さんは奥ゆかしい』
「紫さん! 紫さんは何飲む?」
今日も店内に耳触りの良い元気な声が響きます。
ほわほわとした笑顔で咲ちゃんが声をかけたのは、
「あ……えっと私…………ですか」
「うん、紫さんだよ」
顔がすっぽり隠れる黒髪を、時々すくってまた落ちて。そこから覗く素顔は美人。
本日のお客さん藤宮紫さんです。
「そうですよね……。ではレモンティーをお一つ、いただいてもよろしいでしょうか……?」
「レモンティーだね、ちょっと待っててね!」
ぱたぱたと走っていく咲ちゃんを見て、ほぅとため息を吐く紫さん。
彼女は自分の白ニットの裾先を軽く伸ばし、それから店内を見渡して——、
「何をして待てば良いのでしょう…………」
困惑した表情で一言、呟くのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「えっと…………」
「ほぇ? どうしたの、紫さん」
本日のお客さん、藤宮紫さん。
彼女はココアを飲んでぽわわとする咲ちゃんを見つめて、何やら戸惑い中。
一体どうしたのでしょう。
「あの、貴方が響子さん……なのでしょうか?」
「ううん、私は咲だよ。遊佐咲!」
「え、咲さん……ですか?」
「うん、咲さんだよ」
紫さんの質問に、咲ちゃんさんはえへへー、と眩しい笑顔を浮かべて答えますが、紫さんの表情は晴れないまま。
口元に手を当てて、暫く考えて。咲ちゃんが首を傾げてココアを飲んで。
気がつけば夕方に——なんてことはありませんが、咲ちゃんの返答から約一分が経過した頃、紫さんは言いました。
「……咲さんは、このお店の娘さんなのですね」
「えっ。助手だよ、紫さん」
「…………え? 助手、ですか?」
「うん、助手! さくめちゃんっていう優しい女の子の従業員もいるんだ」
「なるほど、助手……ですか。これは失礼しました」
紫さんは何やら不思議な受け答えをする女性のようです。
咲ちゃんが危うく娘になってしまうところでした。
「……ってわぁ! 頭下げなくていいから!」
彼女は頭を深々と下げ、丁寧に謝罪して。おしとやかなのか、真面目なのか、はたまた少しずれているのか。
梅ちゃんがいれば間違いなく頭を抱えていたところ。
しかし紫さんは、それだけでは止まりません。咲ちゃんの驚きに顔を上げて 、声を曇らせつつ謝罪の言葉を口にしますが、
「あ…………すみません、咲さん。間違えてしまったものですから、謝らなければと……」
「えっ、全然気にしてないから大丈夫だよ、紫さん。でも私、その髪は気になる……」
「髪……ああ、すみません。不快に思われたでしょうか…………」
咲ちゃんが視線を向けた先、紫さんはすくった髪がまた落ちて、顔がしっかりと隠れてしまっていました。
真っ黒です。
そんな彼女に咲ちゃんは慌てて手を振って、
「全然そんなことないよ! んんっと、もったいないなーって思って」
「もったいない…………と言いますと……?」
「紫さん、美人だもん。顔隠すの勿体無いなって思ったんだけど……」
「————っ」
一切隠すことなく、黒髪に隠れた美しい容姿を褒めます。
それを受けた紫さんは、梅ちゃんよろしく言葉に詰まり、声を失って。
「………………ぁ」
「あ?」
「あ、ありがとう、ございます…………」
顔を真っ赤にし、両手でそれを覆い隠して。
名前通り紫に……ということにはなりませんが、とっても照れていました。
しかしもう咲ちゃんの攻撃は止み、
「咲さんはその……変わったお方なのですね」
「そうかなぁ? あ、でもそれなら紫さんはお姉さんだね! 背も高いし、落ち着いてるし、綺麗だし……」
「——っ」
残念、休ませることなどありませんでした。
追撃をするかのように平然と褒めちぎっていく咲ちゃんに、紫さんは落ち着きを失っていき、やがて、
「………………咲さんは、かなり変わったお方ですね」
髪をすくいつつ、そう言いました。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
しばらくして場に平穏が戻ると、お茶のおかわりを入れつつまったりとして。
珍しく咲ちゃんしかいない状況の中、彼女は問いかけます。
「そういえば、紫さんは何の相談があって来たの?」
あの咲ちゃんが。
ツッコミを受けることもなく、あらあらされることもなく、立派な助手として働いています。
もっとも、紫さんは何一つとして一切の事情を知らないのですが。
「えっと……それなのですが…………二つ、ありまして」
「二つ?」
「はい。一つは、最近近くに引っ越したので挨拶に、と…………」
紫さんはどこからともなくお茶菓子を取り出し、そのまま咲ちゃんの手元へ。
ぱぁっと明るくなる咲ちゃんに笑みをこぼしつつ、
「挨拶が遅れてしまいましたが……私近くに越してきました藤宮紫、と言います。この通り、あまり人と話すのは得意ではないのですが…………よろしく、お願いしますね」
「ああ、これはご丁寧にどうもどうも……」
改まって挨拶を述べました。
咲ちゃんも口調がそれとなくうつりつつ。
ともあれ、何とも丁寧な受け答えの紫さんに咲ちゃんは目を輝かせつつ、続けて尋ねます。
「残りのもう一つっていうのは?」
「ああ、えっと……。それなのですが…………」
ですが、それに対して紫さんはというと、先程のように言葉に詰まって話すことを渋って。
何か事情があるのでしょうか。
「ねえねえ、紫さん。私で良かったら————」
咲ちゃんが首を傾げ、優しい声をかけるはずでした。
「————こんにちはぁ」
ドアを開いたかと思えば、優しい香りと甘ったるい声。
ふりふりの服装に身を包んで、お茶菓子片手に現れたのは、
「咲さん、遊びに来ましたよぉ」
お姫様こと、漆原真姫ちゃんその人でした。




