おまけ⑦ 『姫ちゃんさっちゃんさくめちゃん』
お姫様と王子様。
それぞれのデートを計画し、しばらく経った頃。
「それで、二人はどうなったのよ?」
梅ちゃんは知恵の輪に頭を悩ませつつ、ココアタイムに浸る咲ちゃんに問いかけます。
「二人っていうと、真姫ちゃんとめぐさんのこと? あの二人だったらこの前遊びに来てたけど……」
「じゃなくて、デートのこと。あたしはま……きちゃんの方しかいなかったし、その日のことも知らないのよ」
「きちゃん?」
まだ梅ちゃんはちゃん付けで呼び慣れていないみたいです。
中途半端に区切ったので咲ちゃんが首を傾げますが、
「それは触れなくていいわ。……で、どうだったの?」
ひとまず梅ちゃんがそれを流し、話を戻します。
カチャカチャと知恵の輪をいじりながら。
「んとね、お弁当もデートの流れも上手くいったって言ってたよ。……あ、でも」
「でも?」
「まだ友達止まりだって真姫ちゃんが」
「……まあ、そればかりは仕方ないわよね」
それぞれが頭をひねって考えた計画。それが成功したことに梅ちゃんは思わず頰を緩めて笑います。
すると爽快な音が彼女の手の中で響いて、
「……あ、知恵の輪取れたね」
「……取れたわね」
梅ちゃんの心境を表すかのように、知恵の輪は心を開いてくれるのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
「————」
ココアタイムを継続希望するさきちゃんと、知恵の輪も片付いて、次は咲ちゃんが放り投げた回転させるキューブにでも取り掛かろうかと思い至った梅ちゃんが顔を上げます。
二人が視線を向けた先には訪問者がいて、
「こんにちわぁ」
間延びした甘い声に、くるくるとした茶髪の女の子。
漆原真姫ちゃんがいました。
「あ、真姫ちゃんだー」
「今日は一人なの?」
「ええ、そうなんですぅ。今日はぁ、二人にお礼を持ってきたんですよぉ」
それぞれに行動を開始しようとしていた二人はそれを止め、真姫ちゃんの持つケーキ箱に目を向けます。
お礼、というと当然中身はケーキになるわけですが、
「あれれ? でも真姫ちゃんこの前も持ってきてなかったっけ。ほら、めぐさんと一緒に来た時に……」
「ああ、あたしがいない時ね」
何てことないし、全然気にしてない。そんな風に言ってみせる梅ちゃんですが、その実表情は拗ねていました。
咲ちゃんでも分かるくらいに。
拗ねた梅ちゃんを気にしたのか、真姫ちゃんは遠慮がちに言います。
「この前はさくめさんがいなかったんですから今日は持って来たんですけどぉ……いりませんか?」
今は問題ありませんが、しばらくしたら泣き出してしまうのではないかというくらいに不安な表情を浮かべた真姫ちゃん。
「い、いやいらないってわけじゃ! ていうかむしろ欲しい、そう欲しいわよ!」
彼女に対し、梅ちゃんは全力で否定と肯定にかかります。
そして、
「…………ごめん、ちょっと待って。もう一回言ってくれる?」
「どこから?」
「こんにちわぁ、からでしょうかぁ?」
「ごめん。あたしの聞き方が悪かったわ。えーと、さっきさくめさんって言った?」
「ええ、何かおかしかったのでしょうかぁ……?」
「さくめちゃんはさくめちゃんだよね」
ねー、と二人で顔を合わせる咲ちゃんと真姫ちゃんに対し、梅ちゃんはハッと気がつきます。
「呼び方教えたのさっちゃん?」
「うん。真姫ちゃんがどう呼んだらいいか分からないって言ってたんだ。さくめちゃん、梅って呼ばれたら怒るから」
「……まぁ、そうだけど」
「あのぉ、ダメでしたかぁ……?」
梅ちゃんはココアを飲む咲ちゃんと瞳をうるうるとさせる真姫ちゃん、二人に見つめられて、
「べ、別にいいわよ。さっちゃんもそうだけど……その、あれよ」
ツンがデレました。
「あれ、ですかぁ?」
しかし『あれ』では真姫ちゃんには通じないようです。
『あれ』を言葉に出すのが先か、あるいは真姫ちゃんが意味を理解するのが先か、争いが始まろうとして、
「友達、だもんね」
「——!」
咲ちゃんがにこにこと笑顔でそう言うのでした。
彼女の隣で梅ちゃんが顔を真っ赤にして爆発し、真姫ちゃんも頬を染めて照れていますが。
「あ、せっかくだからさくめちゃんも真姫ちゃんのこと……ううん、そうじゃなくて」
「……? 何よ」
思わぬ不意打ちを食らった梅ちゃんはやや怒り気味に咲ちゃんに問います。
「んっとね、真姫ちゃんもあだ名で呼べたらいいなって」
「な、なるほどぉ。そういうことでしたかぁ」
梅ちゃんに続いて復活し始めた真姫ちゃん。
彼女もまだ後遺症がある様で、普段の調子は戻っていなくとも頑張ります。
「うーん、まきまき?」
「糸みたいね」
「めぐさんはまきちーって呼んでくれますけど、それじゃあダメなんですよねぇ?」
「うん、私達で……あれ」
何かに気がついた咲ちゃんはココアを飲み干し、充電を完了させると、
「——さくめちゃん。由美さんが響子さんのこと何て呼んでたか覚えてる?」
「えっと……響、だったわね。——さっちゃん、あんたまさか」
二人して緊迫した表情を浮かべていますが、真姫ちゃんには何のことやら。
そんな彼女を見て二人は顔を合わせると、
「姫、でどう?」
口を揃えてそう言うのでした。
ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆ ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆
すっかり夜も更けて、遠くからは狼のような犬のような、遠吠えのような何かを知らせているような、そんな声が響いてきます。
ですが、明るい蛍光灯に照らされて、一人歩く真姫ちゃんは気にもしないでぼうっと空を眺めます。
「——姫、かぁ…………」
安直なものではありますが、彼女にとってはめぐさん以外で初めてつけたもらったあだ名です。
それも、同じ歳の女の子から。
「……ふふっ」
真姫ちゃんには王子様がいますから、なんてお似合いなのだろうと笑顔をこぼします。
もちろん、嬉しさの理由はそれだけでなくて。
「……咲さんにさくめさん。良い人たち、だなぁ」
彼女の手には行きにあったケーキはありませんでした。
手作りであるため、めぐさん以外の人に食べてもらうことへの不安があったのですが、
「美味しいねって、言ってくれたなぁ……」
咲ちゃんも梅ちゃんも、そんな不安を消し飛ばしてあっという間に平らげてしまいました。
今の真姫ちゃんと同じ笑顔で。
だからこうして、帰り道を行く真姫ちゃんの手の中には何もありません。
ですが、
「……友達。ふふっ」
幸せは彼女の中に、しっかりと残っているのでした。




