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13.いかにして殺人ロボットは発生し得るか

 少し後に分かった事だ。サンノキは、どうやら親によるネグレクト…… 育児怠慢の被害者だったらしい。ただし、この育児怠慢は従来と同じものではない。彼はロボット時代の到来によって初めて誕生した新しいタイプの育児怠慢の犠牲者だったのだ。彼はロボットによって育てられたのである。

 もっとも、それが彼の統合失調症の原因だとは考えられないし、また、自分をロボットだと信じ込んでしまった全ての原因だと判断するのも少々安易に過ぎるだろう。ロボットに育てられても、正常に社会生活を送っている人達はたくさんいるのだから。

 ただし、それでもそれが彼の症状の背景の一つである事はほぼ確かだろうと思われた。

 彼が育ったのは母子家庭で、生活の為もあったのかもしれないが、仕事熱心だった彼の母親はどうやらサンノキの事をハンディキャップだと考えていたらしく、深く関わろうとはしなかった。彼がいつ統合失調症を患ったのかは分からないのだが、或いはその所為で、彼が病気だと判明しなかったのかもしれない。もっとも、彼の症状が分かり難かったという要因もあったのだろうが。

 サンノキは親元を離れて一人暮らしをしていたが、職は安定せず、暮らし向きはそれほど良くはなかった。長谷川沙世を高級なレストランに連れて行ったりしていたのは、どうやら相当の無理をしていたらしい。

 将来への不安と病気によって生じた妄想とその為にある孤独感。彼がその苦しみから逃れる為に、救いの手を欲していたのは想像に難しくない。そしてだからこそ、彼は恐らく長谷川沙世に縋ったのだ。

 或いは、彼はどこかで沙世がロボットに優しくしているのを見かけたのかもしれない。完全に想像に頼るしかないが、彼は沙世によって、ロボットでは得られないだろう、人間からの母性的擁護の欠落を補おうとしたのではないだろうか。

 ならば、長谷川沙世から見捨てられる事に、拒絶される事に、彼が深い絶望感と、喪失感を味わったのではないかとも想像ができる。それは幼児体験によって刻印された母親から見捨てられる記憶の再体験だったのかもしれない。そして正常な判断力を失った彼の頭では、それを上手く処理する事ができず、結果として他人に迷惑をかける異常な行動を執ってしまった…… 繰り返すが、これは単なる想像に過ぎない。過ぎないのだが、それでも統合失調症を患ってしまった者への適切なケアについて考える材料になるのではないかとは思う。

 映画や漫画や小説などの物語の中では、統合失調症の患者を化け物のように描く事がとても多いが、そのようにして境界線の外に不幸な患者達を追いやってしまっても、問題は決して改善しない。

 だから……。

 

 長谷川沙世は村上アキの部屋で、軽くため息を漏らした。やや元気がない。どうしてなのかは、何とく分かる。

 村上アキは崖から落ちた所為で足を骨折し今は療養中だった。沙世はそんな彼の生活の世話をしに来ているのだ。因みに傍らにはロボットのロイもいる。沙世の作ってくれた食事を食べ終えた後で、アキはテーブルの椅子に座ったまま、食器を自動洗浄機にセットしてくれている彼女を見ながら、こんな事を言った。

 「ロイも連れて来たんだね」

 彼女のロボット恐怖症が改善している事を確かめたのだ。

 「だって、そりゃ、男の部屋に一人で行くのだもの、ロイに守ってもらわないと。頼もしいナイトなのよ、この子は」

 食器をセットし終えて戻って来ると、彼女は悪戯っぽくそう返した。もちろん、冗談だ。冗談だと理解しつつも彼はこう返す。

 「酷いな。僕をもっと信頼してよ」

 すると沙世は、少し考えるような仕草をした後で、ベッドに向かい、枕の近くにある引出しを開けると、「やっぱり、あった」とそう呟いた。そして、その中で見つけた写真をアキに見せながらこう言う。

 「こんな写真を密かに持っている人の、そんな言葉を信じられますか。この準ストーカーめ!」

 その写真には大きく沙世が写っていたのだ。

 「ちょっと… 沙世ちゃん! プライバシー!」

 「あら? 写真に写っている本人に向けて言う台詞じゃないわよね?」

 そうおどけた後で、彼女はやや暗くなるとその写真を引出しに戻してから、「ストーカーかどうかの区別ってどうつけるのかしらね?」とそう呟いた。もちろん、彼女の頭の中にはサンノキの事があったのだろう。

 「まだ、悩んでいるの?」

 アキがそう問うと、沙世は「少しね」と寂しそうに応えた。

 「あの時、わたしはもっと冷静に彼に対応すべきだったのかもしれない。怖くなって思わず逃げ出しちゃったけど、彼はわたしに危害を加えるつもりなんてなかったのかもしれないのだしさ」

 「それを言ったら、僕の方が悪いよ。沙世ちゃんに彼が危険だと言ったのは僕だし、逃げるように促しもした」

 「でも、それは、アキ君の立場なら仕方のない事だったわ。アキ君はサンノキさんにほとんど関わっていなかったのだし、判断材料が少なかったし。だけどわたしは、彼の話を聞ける立場にいたわ。自首するよう説得だってできていた。なのに、それもしないで、逃げちゃった。そしてその所為で、彼を刺激してしまった」

 それを聞くと、アキは「沙世ちゃんは優し過ぎるよ」とそう言った。

 「僕は沙世ちゃんには罪はないと思うよ。誰でも恐怖を覚えれば、冷静な判断力を失うものだし、その状況に追い込まれたのは、君の責任じゃない」

 悪いのはロボットの格好で沙世を怖がらせたサンノキだろう。もっとも、それも病気の所為なのだが。

 サンノキは、あの時、崖から転落して死んでしまった。アキが骨折で済み、サンノキが死んでしまったのは、恐らくアキの運が良かったばかりではなく、ロボットの衣装の所為もあったのだろう。その重量で、サンノキは落下の衝撃に耐えられなかったのだ。

 その時、不意にロイが沙世に近寄って来た。何を思ったのかは分からないが、彼女の元気がない様子を心配したのかもしれない。ロイを撫でながら、沙世は言う。

 「人間もロボットみたいに、あっさり病気が治ってくれれば良いのにね。罪に問われる事もないし」

 「ロボットだって難しい場合はあるみたいだよ。それに直らなければ、廃棄されてしまう。人間にだって刑法39条があるしね」

 「まぁ、そうだけど……」

 実はロイにも殺人ロボットの行動パターンがインストールされてあったのだ。サンノキを突き落とした後で、ロイが「ヤなヤツ、コロしたよ。ホめて」と言ったのはだからだ。ただし、今は問題の行動パターンはアンインストールされていて、すっかり元に戻っているが。

 近代刑罰における基本は“更生”。刑法39条の規定により、心神喪失状態で犯罪を犯した者が、その罪を許されたり減刑されたりする事に反感を抱く者も多いが、犯罪者を更生させる為に必要なのが治療である点を考えるのなら、納得はできなくても、理解はできるだろう。或いは、ロボットについてもこれと同様なのかもしれない。修理さえできれば、その罪が問われる事はない(罪という概念をロボットに適応させるべきかどうかを、まずは議論するべきだろうが)。ただし、修理できなければアキの言う通り、直ちに死刑(廃棄)になる訳だが。

 「やっぱり、ロイに殺人ロボットの行動パターンをインストールした犯人もサンノキさんだったのかしら?」

 沙世がそう表情を曇らせながら言うと、アキはやや淡白にこう返した。

 「状況からいって、そう考えるしかないのじゃない? それに盗聴器もロイには仕込まれてあったのでしょう?」

 「そうね……」

 ロイは太陽電池で充電する為、外で日光浴をする事がよくある。外ならば、ロイの警戒レベルは低くなる上に、サンノキはかつて沙世の部屋を訪ねた事があった。それでロイはサンノキを近付けてしまったのだろう。そしてサンノキは、ロイに行動パターンをインストールして盗聴器を取り付けたのだ。

 サンノキが沙世のストーキングをしていた時、彼女が警察に連絡を入れるのを彼が直ぐに察知できたのは、盗聴器でそれをチェックしていたからだったのだ。今にして思えば、彼はあの時、情報端末機を頻繁に見ていた。沙世がロボット恐怖症になった時、彼女がロイの電源を落としてしまった事を彼が知っていたのもだからだろう。

 沙世がロイを撫で終えると、アキは彼女にこう問いかけた。少し残酷な言葉だったから躊躇したのだが、それでも。

 「もし仮に、サンノキさんが生きていたら、沙世ちゃんは彼を許す事ができた?」

 それに沙世は意外にも平然とした様子でこう応えた。

 「さぁ? でも、許すとか許さないとかの問題でもない気がするな。何をするべきか?って事だと思う」

 アキはそれを聞くと、“やっぱり沙世ちゃんは凄いな”とそう思った。それから彼はこんな事を語り始めた。

 「ロボットは人間が創り出したものだ。だけど、なのにそのロボットが、殺人を行うような事になってしまった。例えそれがどんな原因だったとしてもね。

 一体、これって、どういう事なのだろう?」

 沙世はそのアキの言葉に笑った。

 「そんなの分からないわよ。わたしはそんなに頭が良くないんだから。そういう難しい話は、“市井の考者達”のメンバーにでも訊いてみれば良いのじゃない?」

 するとアキは頬杖を付きながら、「僕は案外、沙世ちゃんみたいな人の方が、的を得た答えを言えるのじゃないかと思うのだけどな」とそんな事を言う。それに沙世はまた笑った。そして笑った後でこう言った。

 「人間は自分達自身をコントロールできていない。だから、色々な問題を抱えている。それと同じで、人間は自分達が創り出したロボットだってコントロールし切れていない。そんな事なのかもしれないわよ、それは。人間が殺人を犯すように、ロボットだって殺人を犯してしまう」

 「ロボットは人間のもう一つの姿だから?」

 「そうね」

 しかし、その後で軽くため息をつくと沙世はこう続ける。

 「なーんてね、テキトーよ、そんなの」

 それから彼女は立ち上がると、「さて、わたしはそろそろ帰るわね」とそう言った。

 「え? もう帰っちゃうの?」

 珍しく彼は沙世に甘えてみたのだ。

 「我侭言わない。わたしにだって、家の用事があるの」

 そう言って出て行こうとする沙世に向けて、アキはこう尋ねた。

 「ねぇ、僕ら、もう、付き合っているって言って良いのかな?」

 沙世は明るい声でそれにこう返す。

 「さぁね?」

 笑う。

 無理して明るく振る舞っているようにも思えた。ロイが慌てて沙世に付いて行く。それを見てアキは本当にロボットは犬みたいだなとそう思った。

 彼女が出て行くと、急に静かになった。とても寂しくなる。

 それでアキは、自分もロボットを買おうかと少しだけ思ったのだった。もちろん、人を殺したりしないヤツを。

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