12.ヤなヤツ、コロしたよ。ホめて
「アハハ。なにそれ? どうしてそうなるの?」
長谷川沙世は、立石望の電話に対して、明るい声でそう返した。立石は沙世に「村上君がサンノキって人とあなたが付き合い始めるかもしれないって落ち込んでいたわよ」とそう電話で伝えたのだ。
それはアキがサンノキが真犯人である可能性に気付いた前日の事で、立石望はアキと電話で話した内容が気になってしまい、それで沙世へと電話をかけたようだった。彼女はアキの落ち込みように驚いていたのかもしれない。
「いや、私もないとは思っていたけどさ、村上君が随分と不安そうにしていたから、ちょっと心配になっちゃって。だってあなた、随分と楽しそうにしていたって言うから」
「確かに楽しいわよ。ただ、それは別にサンノキさんを異性として意識していたからではないわ。わたしはね、サンノキさんの状態が良くなっていくのを見るのが嬉しかったの。ただ、それだけ。
だって、あの人は病気の所為で自分の人生を台無しにしかけていたのでしょう? そういう不幸から人が立ち直っていくのを見るのは、やっぱりいいものよ」
立石はその彼女の言葉に「多少は、分からないでもないけどね」とそう言ってから、こう続けた。
「でも、あなたはそのサンノキさんの被害者な訳でしょう? やっぱり普通の感覚で捉えるのならおかしいって思うわよ」
「そうかしら?」
「そうよ」
それから立石は少しだけ嬉しそうに「フフ」と笑うとこう言った。
「とにかく、村上君が随分と落ち込んでいたみたいだから、ちゃんとケアしてあげなさいよ。じゃないと彼の方が病気になってしまうかもしれないから」
それに沙世も可笑しそう笑った。
「しかし、あれよね。アキ君もどうしてこう自分に自信がないかなぁ? 少しわたしが他の男の人と一緒にいたくらいで」
それを聞くと立石は呆れた声を上げる。
「いやいや、それはあんたの所為でしょうが。あんたにだけは言う資格はないと思うわよ。
てか、どうして沙世は村上君にだけはそう優しくないの?」
一呼吸の間の後で、それに沙世はこう返した。
「うーん…… それは、やっぱり、彼に甘えているからかな?」
その言葉に立石はしばらくの間をつくった。そしてこう言う。
「ほぅ… 素直にそれを認められるようになったか」
「まぁね。色々あったし。やっぱり、アキ君を頼っている自分を自覚しちゃったりもしたし。それに、アキ君が相手なら、絶対に尻に敷けるじゃない。一生!」
「アハハハ。分かったわ。それだけ聞ければ充分。もう一度言うけど、村上君を元気づけてあげなさいよ。あなたにしか多分それはできないんだから」
「分かっているわ。それじゃあね」
「うん。じゃあ」
そう言い合うと、彼女達は電話を切った。電話を切った後で沙世は笑う。嬉しそうに。
“あの程度の事でそんなに落ち込んでいたのか、アキ君は。まったくしょうがないなぁ。もう少しくらいは、ストーキング行為で相手に迷惑をかけるくらいの気概とふてぶてしさを持っても良いのに”
もちろん、そんな行動は執らないのが、アキの良いところだと、彼女は分かっていたのだが。
次の日。
長谷川沙世は、再び、サンノキが降車駅で彼女を待っている姿を見た。実は昨日も同じ様に彼は彼女を待っていたのだ。
“やっぱり、偶然じゃなかったか”
と沙世はそう思う。彼が期待を抱いているのは明らかだった。しかし、彼女には彼と付き合う気はない。だから、これ以上優しくするのは、彼にとってむしろ残酷な事なのかもしれない。そう考える。それに……
“……アキ君をこれ以上、落ち込ませたくもないしね”
それから彼女は、彼女に気付いただろうサンノキに向けて軽く挨拶をした後で「今日は送ってくれなくても大丈夫です」と笑顔で言ったのだった。サンノキは愕然とした顔でそれを受け止める。
「わたしにはあなたと付き合う気はないですし、それに彼がどうやらヤキモチを妬いているみたいなので……」
ショックは受けているようだったが、その言葉を聞いても、サンノキは興奮したりはしなかった。終始穏やかなままだ。だからこそ、沙世は安心していたのだ。しかし……
村上アキからの電話に長谷川沙世は中々出なかった。サンノキについて伝えなければいけない事があるのに。
結果として、不安と焦燥感で居ても立ってもいられなくなった村上アキは、気が付くと情報端末機を握りしめて自宅の外へ出ていた。行先はもちろん長谷川沙世のアパートである。ただし、アキの体感では十分以上も沙世が電話に出ていないように思えていたが、実際は五分も経過してはいなかった。
サンノキこそが殺人ロボットを作りだした真犯人である可能性。そして、彼が統合失調症によって、自分をロボットだと思い込んでいるのなら、更に別の危険性も考慮に入れなくてはならない。沙世の身が危ないかもしれない。彼は速足で進んだ。
ただ、しばらく進むとアキは冷静になり、やや落ち着きを取り戻した。危険性は今までもあった。それで何も問題が発生しなかったのだから、差し迫った状況にはないと判断した方が良さそうだと彼は思ったのだ。しかし、それでも歩みは止めなかったが。
それは或いは嫉妬の所為だったのかもしれない。彼は沙世からサンノキを遠ざけられる都合の良い情報を入手したのだ。直ぐにでも沙世にそれを聞かせてやりたい。しばらく進むと、ようやく沙世は電話に出た。
「どうしたの、アキ君? 何の用?」
「ああ、沙世ちゃん。やっと出たか。良かった。心配していたんだ」
「バックの中に情報端末を入れて、外を歩いていたもんだから、しばらく気が付かなかったのよ。それで、何の用なの?」
アキはそう問われて何と説明し始めようか少し悩んだ。言い方によっては、単にサンノキに嫉妬しているだけだと思われてしまうだろう。実際、それは半分は正解な訳だが。
「実はサンノキさんについて、ちょっと色々と分かった事があるんだ」
アキはまずはそう言ってみた。
「サンノキさんについて?」
「うん。まだ、可能性の段階だけど、もしかしたら、サンノキさんが殺人ロボットを作りだした真犯人である可能性がある。“市井の考者達”の鈴谷さんが、そう疑い始めているようで、それで僕もその事についてよく考えてみたのだけど」
「なんだか突飛な話ね。どうして、そう疑っているの?」
その沙世の口調には、やや反発の色が浮かんでいた。どうやらアキの不安通り、彼女はそれを嫉妬だと思っているようだ。
「あの例の掲示板は、ちょっとやそっとじゃ見つけられない。更にサンノキさんには、ロボットを弄って大学サークルや介護寺に嫌がらせをする動機があるんだよ。あの当時、彼は沙世ちゃんと付き合っていてストーキング行為をしていたし、それに……」
説明の途中だったが、沙世はこう反論する。
「いやいや、アキ君。それはないわよ。だって、大学サークルでロボットが変な行動を執り始めたのって、サンノキさんがストーキングする前の話よ?」
「違うんだ。僕もそれについては考えた。恐らく、サンノキさんは大学サークルのロボット達に嫉妬をしていたんだよ。沙世ちゃんがあのロボット達を可愛がっていたから。もし仮にあれが“木偶の会”の仕業だとすると色々とおかしいんだ。だって、大学サークルのロボット達は沙世ちゃんだけを標的にしていたのだろう? まるで、沙世ちゃんがあのロボット達を嫌いになるように仕向けているように。まだ、疑問はあるよ……」
そこで沙世は、声を出して再びアキの説明を遮った。
「嫉妬ねぇ…」
嫉妬しているのはあなたでしょう? 彼女の口調はまるでそう言っているようにも聞こえた。アキはそれで、彼女は立石から自分が落ち込んでいた話を聞いているのかもしれないとそう思う。
「でも、ロボットに嫉妬するかしら?」
続けて彼女はまるでからかうようにそう言って来った。“真剣に聞いてもらえない”と焦りを覚えながらアキはこう返す。
「するんだよ。サンノキさんの場合は、特別なんだ」
「何が特別なの? まぁ、確かに少し変わった人だって点は認めるけど……」
「サンノキさんは統合失調症だったんだよ。しかも、自分をロボットだと思い込んでいたんだ。今もそうかもしれない」
そのアキの言葉には、流石に沙世は驚いたようだった。
「サンノキさんが統合失調症? それ、本当なの?」
「本当だよ。あの医者から聞いた」
それを聞くと少しの間の後に、彼女はこう返した。
「それは確かに心配すべき事かもしれないけど、それで彼を差別するのはどうかと思うわよ、アキ君。そういう偏見は良くないってわたしは思う」
「それはそうだろうけど、今僕が問題にしているのはそういう事じゃなくてね。つまり、あの人には適切なケアがされていない可能性があるんだよ」
「適切なケアがされていないって…… ちゃんとお医者さんに診てもらっているじゃない。大学の頃はともかく」
「でも、あの医者はサンノキさんが薬を飲んでいるかどうかを確認していないんだよ。統合失調症は薬を飲み続けないと再発してしまう事もあるんだ」
「そうだとしても、それだけの事でサンノキさんを疑うのは間違っているとわたしは思うわよ」
アキはその沙世の言葉に頭を抱えた。
“どうしよう? やっぱり、沙世ちゃんはただの嫉妬だと思っているみたい”
そしてそれから、緊急を要する事態でもなさそうだし、ここで無理するよりも、後でゆっくり説得した方が良いかもしれない、とそう彼は考えかけたのだった。しかし……
長谷川沙世は人気のない道を歩いていた。アキからの電話の音に気付いたのは、サンノキとの約束を果たす為にある場所に向かう途中でその物静かな道に出たからだった。サンノキと待ち合わせをした場所は、どちらかといえば寂しい場所なのだ。ただし、コンビニや人家も近くにはある。身の危険を感じる程ではない。だからこそ彼女はその呼び出しに応じたのだが。
アキとしばらく電話で会話して、“アキ君も相当に追い込まれているなぁ”とそう彼女は感じていた。これは完全に嫉妬だろう。彼らしくないと彼女はそう考えていたのだ。例え嫉妬しても、いつもなら我慢するだろうに。ただし、だからこそ、半分は呆れながら同情もしていたのだが。
「そうだとしても、それだけの事でサンノキさんを疑うのは間違っているとわたしは思うわよ」
そう言い終えた後で、彼女は“あっ、これじゃ、アキ君がますます嫉妬しちゃうかも”とそう思い、こう付け加えた。
「一応伝えておくけどね、今日、わたしはサンノキさんにきっぱりと付き合う気はないって言ったから。わたしにはね、アキ君。今のところ、アキ君以外の人と付き合う気はないみたいなの」
その言葉に、彼女はアキが喜ぶだろうと思っていた。ところが、それから彼から返って来たのはこんな言葉だったのだ。
「本当に? それでサンノキさんの反応はどうだったの? おかしな様子はなかった?」
どうも彼はまだ“サンノキ真犯人説”を続けるつもりでいるようなのだ。ただし、声の弾んだ調子を隠せてはいなかったが。
「全然、平気だったわよ。前みたいに新たな関係になるとか、そんな変な事も言わなかったし。ただ、“最後に本当の自分を見て欲しい”とだけ頼まれたけど。それで、その約束の為に、今向かっている途中なんだけどね」
少しだけ答え難そうにしながら沙世はそう返した。アキはそれに慌てる。
「それって、サンノキさんと二人きりで会うってこと? 駄目だよ、沙世ちゃん! さっきの僕の話を聞いていなかったの? お願いだから、行くのは止めて。せめてサンノキさんが安全だと確認できてからにしてよ」
「いやいや、だから平気だって」
その気楽そうな沙世の言葉を聞くと、アキは信頼を得ようとしているのか、落ち着いた口調になって説得を始めた。
「いい? 沙世ちゃん。冷静になって考えてみてね。自分をロボットだと思い込んでいて沙世ちゃんに執着しているサンノキさんになら、“木偶の会”にも大学サークル“ロボットとの新たな生活の方法を考察する友の会”にも、そして介護寺にも、ロボットに問題行動を仕込む動機があるんだよ。
木偶の会には嫌がらせ目的で、大学サークルには沙世ちゃんが可愛がるロボットに嫉妬して、そして、介護寺には沙世ちゃんへの復讐かまたは同じ様にロボットに嫉妬して。そして、この三つの団体に同時に動機を持つのは考え得る限りでは、彼くらいなんだよ。これは非常にレアなケースだ。こう考えると、彼しか犯人はいないって思えて来ない?」
「でも、それって根拠は動機だけでしょう?」
「そうだよ。でも、疑うべき根拠があるって点は変わらない。それに、まだ気になっている点があるんだ。君はもしかしたら、サンノキさんに僕が君に話したロボットの怪談を聞かせたんじゃないか?」
「ロボットの怪談?」
「そう。あの、子供の願いを適えようとしたロボットが、その子共の友達を殺してしまうって怪談だよ。君が幼稚だと笑った」
「ああ、うん。もしかしたら、話しているかもしれないけど、それが?」
「あの金魚を殺した時も、お婆ちゃんを殺した時も、ロボットはこう言っていたと聞いているよ。“ヤなヤツ、コロしたよ。ホめて”。僕が話した怪談で、最後にロボットが言う台詞と同じだ。サンノキさんは君から怪談を聞いて、ロボットにそう言わせるよう仕込んだのじゃないか? もちろん、君を怖がらせる為に」
そのアキの説明に、流石に沙世は微かに不安になったようだった。
「でも、一般に言われている怪談なら、単なる偶然かもしれないじゃない」
「確かにそうだけど、あの怪談はそんなに有名じゃないよ」
そのアキの説得の言葉に、少しずつ沙世は恐怖を覚え始めていた。サンノキとの約束の場所はまだ先だが、歩いている道は暗く、人家も店も周囲にはない。だから心細くなってしまったのだ。周囲にあるのは林や野原。人口減少に伴い利用目的のなくなった土地が放置された成れの果てだ。目の前には曲がり角があり、その沙世の行く先の道は夜の闇と木々に阻まれ隠されていた。しかし、その木々の隙間から微かに誰かがいるのが見えているような気が彼女にはしていた。それを気の所為だと打ち消しながら、少しずつ自信を失いかけていた彼女は、アキにこう返した。
「仮にサンノキさんが犯人だとしても、わたしの身が危険ってことにはならないでしょう? ストーキングをしていた時だって、彼はわたしを傷つけはしなかったわ。精神的な苦痛は味わったけど」
そう言い終えたタイミングで沙世はちょうど曲がり角を曲がった。そして、愕然となって、その場に立ち尽くしてしまったのだった。アキが彼女の言葉に返す。
「多分、それも安心できないと思う。自分をロボットだと思い込んでいるサンノキさんは、恐らくは人に危害を加える行いは禁則事項だと考え、それをしないようにしていたんだろう。だけど、それは逆に言えば、“未必の故意”のようなロボットに禁止させる事のできなかった行動ならば、行えるという事。だから、殺人の行動パターンをロボットに勝手にインストールする事も彼はしてしまった」
愕然となったまま、沙世はそのアキの話を黙って聞いていた。そして、こう返す。淡々とした口調で。
「でも、“未必の故意”なら、直接、傷つけたりはしないはずよね?」
しかし、アキはそれにこう返すのだった。
「違う。今はその禁則事項も破られてしまっているんだ。介護寺と木偶の会で起こった事件で、ロボットは殺人を行えてしまった。そして、サンノキさんが殺人の行動パターンが自分にインストールされていると思い込んでいるのなら、彼には殺人が行えてしまえるという事になる……」
それを聞き終えると、沙世は言った。
「あのね、アキ君。今、わたしの目の前に、サンノキさんがいるのだけどね」
そう。沙世の目の前には、サンノキがいたのだ。何故か、約束の場所ではなく、その途中のこの道で彼女を待っていた。そして、先にも述べたが、約束の場所とは違い、この辺りには人家も店もない。
しかも……
「それでね、彼、なんでか、ロボットの格好をしているのよ……」
沙世の目の前にいるサンノキは、鎧のような金属製の衣装を身に付けていた。ただし、それは胸から上だけで、そのため、極端に胸板が厚い歪なシルエットがそこには出来上がっていた。頭には半分だけのヘルメットのようなマスクに見える何かを被っていて、それは頭の右半分と顔の左半分の口元以外を覆っている。
沙世は彼のその姿から、かつて介護寺で遠目に見たロボット人間を連想した。
「キュロロロ」
サンノキが口真似で、ロボットの駆動音を表現した。確かに巧いが、リアリティはない。わざとらしい音だった。沙世は思う。
――あのロボット人間は彼だったの? なら、もしそうなら……
沙世は見た事がなかったが、大学でもロボット人間の噂は立っていた。つまり、大学と介護寺、ロボットに不正に行動パターンがインストールされていた二つの場所で、ロボット人間が目撃されていた事になる。そして、今、目の前には、そのロボット人間の格好をしたサンノキがいるのだ。これは、いくらなんでも、偶然では片付けられそうにない。
――本当に、彼が真犯人だったの?
「沙世ちゃん、早く逃げて」
そうアキが言う声が情報端末機の向こうから聞こえて来た。声を小さくしてサンノキに聞こえないようにしている点が、賢明なアキらしい。
「アキ君。少しだけ、黙ってて。彼と話がしたいの」
そう小声で返すと、沙世はサンノキに向かって言った。
「サンノキさん。どうしたんですか? ここは待ち合わせの場所ではありませんよ?」
すると彼はこう返す。
「ああ、すまない。一刻も早く君にこの姿を見てもらいたくてね。思わず迎えに来てしまったよ。これが僕の本当の姿なんだ。実は僕はロボットだったんだよ」
これでもしアキからの情報がなければ、沙世はこれを冗談だと思っていただろう。それで「ふざけるのは止めてください」とでも返していたかもしれない。しかし、安易な妄想の否定は統合失調症の患者にはしていけない事だと知っている彼女はそれを言わない。代わりにこう言った。
「そうですか。でも、わたしがサンノキさんのその姿を見るのは、これが初めてではありませんよ。介護寺に、サンノキさんはその姿で来た事がありますよね? もっとも、わたしは、その時はあなただとは思っていませんでしたが。
それに大学にも、あなたはその姿で来ていますよね?」
それに悪びれる様子もなく、サンノキはこう応えた。
「ああ、なんだ。知っていたのか。その通りだよ、僕はこの姿で君の大学にも介護寺にも行っている」
その言葉を受けながら、沙世はじっくりとサンノキを観察する。介護寺でロボット人間の格好をしたサンノキを見た時、沙世はロボットのキーナにロボット認証を行わせた。あれでキーナがサンノキをロボットだと判断したのは、恐らく鎧のような衣装にロボット認証の為の電磁波を出す装置が埋め込まれているからだろう。彼女は観察し終えた後で、そんな事を考えた。
「それはロボット達に、不正に行動パターンをインストールする為ですか?」
それにサンノキは「キョロロ」という声を上げた後でこう言う。
「なんだ。分かっていたのか。凄いな。それもその通りだ。ロボットからじゃないと、行動パターンのコピーはできないからね。この姿だと目立つので、夜中にやったんだけど」
それを聞くと、沙世は後退りをした。
「つまり、あなたがお婆ちゃんを殺した本当の犯人なんですね?」
「結果的にそうなるね。ただ、僕は本当にロボットが人を殺すとまでは思っていなかったんだ。僕としては、君が僕以外のロボットを嫌いになればそれで充分だったんだけど。あのお婆さんには悪い事をした」
首を横に振りながら、サンノキはそう言い終える。
「しかし、安心をしてくれたまえ。僕は君には決して危害を加えない。なにしろ、君は僕の主になるべき人間なのだから」
そのサンノキの言葉で、沙世は彼の行動の意味を初めて理解した。彼が言っていた“新しい関係”とは、この事だったのだ。彼は自分と恋人同士になりたかった訳ではない。飽くまでロボットと人間の関係になりたかったのだ。
沙世は目をきつくし、睨みながら、サンノキに向けてこう言った。
「どうして? どうして、わたしだったんですか?」
「それは簡単だよ。君がロボットに対し、非常に好意的であったのに、ロボットに人権を与えようなどとは考えていなかったからだ。ロボットは飽くまでロボット。ロボットを人間と見なすのでは意味がない。僕は飽くまでロボットなのだから…… そうでなくてはいけないのだから……」
その後でサンノキは「ヴィーン」と口で言い、その後で一歩進んだ。それに合わせて沙世は後ろに下がる。サンノキはその沙世の態度を受けて言った。
「どうか、そう怖がらないでくれ。そうか。やっぱりまだ早かったんだな。君のロボット恐怖症はまだ治ってはいなかったんだな。だから僕を怖がるんだな。でも、安心してくれ。君のロボット恐怖症は、僕がきっと治してあげるから。さぁ、僕と一緒に行こう」
沙世はそれにこう返す。
「違います。ロボット恐怖症とは関係がありません。来ないでください」
サンノキはそれを聞くと、上半身を激しく前に倒した。ギュンッと。そして、言う。
「そんな事は言わないでくれ。どうか、一緒に来てくれ。逃げないで」
また、彼は数歩前に進んだ。それは急発車と急停止を繰り替えすような、不自然で歪な動き方だった。
「来ないでください」
そう言って沙世はまた後ろに下がった。サンノキは言う。
「逃げないで」
進む。
「嫌っ」
「逃げないで」
進む。近づいてくるサンノキの表情は、不自然に無表情で不気味だった。そこで遂に沙世は恐怖に耐え切れなくなる。
「嫌ぁぁぁ! 誰か助けてください!」
そう叫ぶと、彼女は駆け出していた。この辺りは人気が少ない。一体、何処へ逃げるべきだろう? 駆けながら彼女はアキに話す。
「ごめん、アキ君。アキ君の言う通りだった。サンノキさんが真犯人だった。彼、わたしを追いかけて来ている!」
村上アキは情報端末機の向こうで交わされる沙世とサンノキとの会話の断片を聞きながら、不安に身を震わせていた。声をかけたいが、もしサンノキに自分の声を聞かれたなら、下手に刺激してしまうかもしれない。だから我慢していたのだ。
ただし、その代わり、彼は沙世のアパートに向けて全速力で走っていた。鍵の隠し場所を彼は知っているから、彼女の部屋に入れる。そして彼女の部屋にはロボットのロイがいる。ロイにはGPS機能がついていて、命ずれば沙世の居場所にまで行ってくれるのだ。
「ごめん、アキ君。アキ君の言う通りだった。サンノキさんが真犯人だった。彼、わたしを追いかけて来ている!」
しばらくして、情報端末機から沙世のそんな声が響いて来た。それにアキはこう返す。
「沙世ちゃん。落ち着いて。今、僕は君のアパートに向かっている。ロイを起動させるつもりだ。だから、情報端末機でロイに向けてSOSを発信しておいて!」
「ロイを?」
「うん」
「分かった。SOSを発信しておく」
それを聞くと、アキは情報端末機を耳から離して、更に足に力を込めた。絶対に彼女を失う訳にはいかない。
「そうさ。冗談じゃない。やっと、念願かなって沙世ちゃんと付き合えそうなのに!」
やがて沙世のアパートが見えてきた。彼女のアパートはそれほど遠くないのだ。もちろんそれは彼が比較的近くを住居に選んだからなのだが。
アパートに辿り着くと、直ぐに隠してある鍵を取り出し、彼は沙世の部屋に入った。ロイが押入れに仕舞ってある事を彼は知っていたから、直ぐにその中に潜り込むと迷わず電源を入れる。そして間髪入れずに、胸元を開ける。そこにはディスプレイがあり、ロイの起動を告げるメッセージが表示されていた。ロイの目が光る。それとほぼ同時に、彼はロイのGPS機能をオンにした。彼は言う。
「ロイ。聞こえるか? 君のご主人様の沙世ちゃんがピンチだ。だから、直ぐに助けに行かなくちゃならない」
静かな起動音。処理が順調に進む音。しばらくの間の後で、ロイは「沙世ちゃんからのSOS信号をキャッチしました」とそう声を発した。
「よし! いいぞ!」
アキがそう返すと、ロイは言う。
「緊急事態モードに切り替えます」
そして、その一呼吸の間の後で、ロイは押入れから出て来ると、全速力で走り始め、瞬く間にアパートの外に出ていった。もちろん、アキはそれを追う。アキも初めてロイの緊急事態モードを見るが、子供のようなロイの背丈からは想像もできない信じられない程のスピードで進んでいる。アキはロイを見失わないようにするのだけで精一杯だった。もっとも、さっきからほとんど休まずに彼が走っていて疲れているという事もあったのだが。
“クソッ! 流石にきついな。こんな事なら、普段からもっと鍛えておけば良かった”
彼は心の中でそう悔しがった。
しばらく進むと、アキはロイが向かっている先は、どうやら土手のようだと予想し始めた。それで察する。
“そうか。沙世ちゃんは、土手に逃げたんだな。サンノキさんはロボットの格好をしているとか言っていたものな。重い衣装で、土手を上がるのはきついはずだから”
沙世の判断は正しいようにも思えたが、危険も伴っていた。アキの記憶している限りではその土手の半分は崖になっていたのだ。しかもフェンスは低く頼りない。あそこからもし突き落とされでもしたら、命の危険もある。
やがて走り続ける彼の視界に、土手とそこを登る沙世とサンノキの姿が見え始めた。月明かりと街灯に照らされて辛うじて分かる。サンノキは素っ頓狂で重そうな衣装を身に纏っていた。
“なるほど。あれなら、確かに土手は走り難そうだ。間に合うかもしれない。こっちにはロイもいる。沙世ちゃんを助けられるぞ”
ロボットであるロイには、サンノキを傷つける事はできないが、それでも道を塞いだり、沙世を庇えはするのだ。しかし、ところが、土手を登り始めると、ロイに異変が起こってしまった。平地なら、ロイはかなりのスピードで進めるが、どうやら登り階段は苦手らしいのだ。つまり、急激に進むのが遅くなってしまったのだ。アキは直ぐにロイに追いついてしまった。
アキは上を見る。サンノキはまだ沙世を諦めていない。追いかけている。
「クソッ!」
そう呟くと、アキは土手の階段を駆け上がり始めた。アキは身体能力には自信がなかったが、一人でサンノキの相手をするしかない。しかもしばらく進むと、沙世が転ぶのが見えたのだった。サンノキがチャンスとばかりに沙世に迫る。
「クッソォォォ!」
アキはそう叫ぶと、力強く地面を蹴った。
(その少し前)
沙世は走りながら不思議に感じていた。サンノキに直ぐに追いつかれると思っていたのに、走り始めて随分経った今でも、まだ彼との距離には余裕があったからだ。だが少し考えて気が付いた。
“ああ、そうか。あのロボットのコスプレの所為で、身体が重いんだ”
彼は鎧を着て走っているようなものなのだ。当然、走るのは遅くなる。だが、それでも徐々に距離は縮まっていた。沙世はアキが助けに来てくれる事を考え、それまでは同じ場所を回っていたのだが、そこで向き先を近くにある土手の方に変えた。
土手を登るならば、重いロボットの衣装がサンノキを更に邪魔をするだろうと彼女は考えたのだ。
しばらく進み、土手に辿り着く頃には、もうサンノキは沙世の直ぐ後ろにまで迫っていた。手が触れそうだ。しかし彼女の読み通り、土手を上がる階段を登り始めると、サンノキの進みは遅くなった。距離が離れ始めたのだ。
“よし! このまま逃げ切れそう!”
そのまま走り続けると、順調にサンノキと彼女の距離は離れていった。ところが、そこでアクシデントが起こった。不覚にも彼女は転んでしまったのだ。階段の上に倒れ込む。しかも彼女の目の前は崖だった。後少しで、落ちていたかもしれない。
「沙…よ、君。逃げ……な、でくれ!」
転んだ沙世に向け、そう息を切らして言葉を発しながらサンノキが迫って来た。沙世は思う。
“助けて、アキ君!”
そんな時だった。
「クッソォォォ!」
と、そう叫ぶ声が沙世の耳に飛び込んで来たのだ。見ると、アキが階段を駆け上がって来ていた。
「アキ君!」
沙世は嬉しそうに声を上げる。それを見て、サンノキは不機嫌な表情になった。アキはそのままサンノキにタックルをする。しかし、登り階段の所為で勢いが弱かった事と重量のあるロボットの衣装の所為で、サンノキはほとんど体勢を崩さない。それからサンノキはアキの顔を鷲づかみにする。アキはそれに抵抗を見せ、しばらくもみ合いになったが、やがてサンノキは自分の重量を利用して、アキを突き飛ばしてしまったのだった。しかも崖になっている方へ。低いフェンスに一瞬だけ引っかかったが、彼は上手く掴む事ができず、そのまま崖の下に落ちてしまった。
「うわぁぁぁ!」
という叫び声と共に、アキはそのまま暗闇の向こうに消えていった。それを見て、沙世は唖然となる。
“え? ちょっ…… そんな、嘘でしょう?”
そんな沙世に向けて、サンノキが口を開いた。息を切らしながら言う。
「君が……いけない、だ。君が、殺した、なもの…だ。君も…」
沙世は目を見開きながら恐怖に感覚を麻痺させていた。アキが消えてしまった事実。目の前にいる自分に殺意を向けているだろう男。軽いパニックが彼女を襲っていた。
ところがそのタイミングだった。突然、サンノキが大きく体勢を崩したのだ。見ると、なんとあのロイがサンノキの腰の辺りに体当たりをしていた。ロイは背が低く、だから当たった位置も低い。それでアキの時のようにはいかなかった。今度はそのロボットの衣装の重量は彼を護ってはくれず、逆にその所為で彼は安定性を失い、大きく身体を傾けたのだった。
そして。
或いはそれは沙世の見間違えだったのかもしれないのだが。
それからロイが、意図的にサンノキを崖の方に押しやったように思えたのだ。叫び声は何もなかった。サンノキは大きく転ぶと、フェンスに当たり、まるでてこのように、衣装の重量で、そのまま勢いよく崖の向こうの暗闇に落ちていったのだった。
沙世は呆然とそれを見送る。
ロイが沙世に近付いて来た。
「ロイ…… 助けてくれたの?」
その後で、沙世はそう呟いた。だが、“人間であるサンノキさんに、ロイは危害を加えられないはずじゃないの?”と沙世はそう不安になる。しかし、やがて彼女は気が付いた。サンノキが自らをロボットだと示す為、電磁波を出す装置を身に付けているだろう事に。それでロイは、サンノキをロボットだと、つまり人間ではないと認識したのだろう。だから、攻撃ができたのだ。そう考えると、ようやく彼女は安心をする事ができた。
「――沙世ちゃん」
ところが、その後でロイは、彼女に向けてこう言ったのだった。
「ヤなヤツ、コロしたよ。ホめて」




