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11.真犯人

 読書喫茶のドアが開く。

 「いらっしゃいませ」の声。

 カウンター席の内側から、それが誰なのかを確認した鈴谷凜子は、軽くため息を漏らした。その客は凶悪そうな表情を更に凶悪に変えながら彼女に迫って来ている。

 「何かご用でしょうか? 崎守さん」

 そう。それは“木偶の会”と関わりのあるやや面倒くさい男、あの崎守だったのだ。彼が再び店を訪ねて来たのだ。

 「“何かご用でしょうか?”じゃねぇよ。まだあいつらは警察に疑われているじゃねぇか。どうなっているんだ? 前と何にも変わらねぇよ。いや、もっと酷くなった」

 ほぼ何の説明もせずに、いきなり崎守はそれだけの事を言った。それに鈴谷は今度は大きくため息を漏らすとこう返す。

 「何の事なのか分かりかねます」

 「しらばっくれるな! 木偶の会の事に決まっているだろうが!」

 その彼の大きな声で、店内にいた客達が彼に注目をした。その時はそれなりに客入りは良かったのだ。それで少しだけ口調を弱めると彼は続ける。

 「警察の連中がようやくロボットが人を殺したって話に納得したと思ったら、今度はそのロボットをおかしくしたのがあいつらだって言い始めた。しかも、別の何とかって寺のロボットまでおかしくしたとか疑われているんだぞ? そもそもどうして寺にロボットがいるんだよ?」

 どうも彼は木偶の会以外の事情をよく知らないままで、この事態に対して怒っているらしかった。

 「崎守さん。それを私に言われても困ります。私があなたに頼まれたのは、ロボットの故障が原因で人死にが出たと警察に伝えることだけ。警察がそれをどう解釈するのかまでは与り知らない話。私に警察の捜査方針を変える力なんてありませんよ」

 村上アキの知合いの女性の関係者から、警察に情報を提供があった事を鈴谷は聞き知っていた。例によって佐野が尋ねもしないのに教えてくれたのだが、その話によれば、木偶の会の一部が頻繁に利用している電子掲示板で、ロボット調教師の手によって“殺人ロボットを作りだす方法”が示されていたのだそうだ。それで警察は木偶の会を完全に疑っているらしい。

 鈴谷の言葉を聞くと、少し迷ってから崎守はこう言った。

 「分かった。紅茶をもらおう。ケーキもだ」

 意図が読めず、その発言を鈴谷は不可解に思ったが、それから彼はこう続けるのだった。

 「これで俺は客だ。客には可能な限り協力するのがこの店の“売り”なんだよな?」

 どうも彼は、注文する代わりに彼女に警察の説得をさせるつもりらしかった。そんな喫茶店はこの世には存在しない。またため息を漏らすと鈴谷はこう言った。

 「いえ、するのは知識の提供だけです。それに私にだってできる事とできない事がありますよ。労力の問題もありますし」

 「分かっている。だから、取り敢えずは話しを聞けよ」

 恐らく分かっていないなと思いつつ、鈴谷は「ケーキの種類は何にしますか?」とそう尋ねた。

 「チョコレート」

 それを受けると鈴谷は紅茶とケーキの準備をし始めた。その間で崎守は説明をし始める。

 「聞いた話だと、警察が“木偶の会”の連中を疑っているのはネット上の掲示板の所為なんだろう? でもよ、そんなもん誰でも見れるじゃねぇか。なら、その掲示板を見た奴らが全て容疑者のはずだ」

 彼女は準備をしながらそれにこう返す。

 「もちろん、それはそうでしょうね。ですが、そんな事くらい警察も分かっているのではないでしょうか?」

 そう言い終えると同時に、鈴谷は紅茶を注ぎ終えたティーカップを彼の前に置いた。続いてケーキの準備をする。

 「いいや。あいつらは予断で行動しているだけだね。初めに疑ったもんだから、そのまま疑い続けているんだ。他に疑い易い奴がいないってだけだ」

 それから鈴谷がチョコレートケーキを出すと彼は続けた。

 「いいか? 木偶の会の連中はロボットが人間の真似をするのに反対しているんだ。そんな連中がロボットにログを消させたり、行動パターンのコピーをさせたりなんてさせる訳ないだろう? そもそも、あいつらにはそんなもんをロボットに教える技能なんざないぞ?」

 それを聞くと、鈴谷は少し考えてからこう返した。

 「確か、その掲示板にその記事が載ったのは三年前ということでした。なら、その間で密かに技術を身に付けたと考えるのなら、話は通ります」

 すると声を荒げて崎守は言った。

 「だから、あいつらには動機なんてないって言ってるんだよ! ロボットが人間の真似をするのを嫌がっている奴らが、どうしてロボットに殺人を犯させたりするんだよ? それじゃ本末転倒だ。お前は社会学とかが好きなんだろう? だったら、あいつらがどんな文化を持っているのかを重視しろよ! それを知らないで決めつけていいのか?」

 その言葉に鈴谷は初めて顕著に反応する。確かに自分は“木偶の会”について、何も知らないと思ったからだ。それからこう訊いた。

 「私は事情に詳しくないのですが、その掲示板の閲覧者数は多いのですか?」

 鈴谷の質問に崎守は眉をわずかに動かす。彼女が少しだけやる気になったのを感じたのかもしれない。

 「いや、多くはない。ほとんど知られていないからな。俺だって知らなかったくらいだ。騒がれる前は、検索エンジンにだってヒットしなかったみたいだぞ」

 「なるほど。なら、そもそも情報提供者が、どうしてその掲示板を探し当てられたのかが不思議なのですね。警察だって知らなかったみたいなのに」

 それから鈴谷はしばらく考えてからこう言った。

 「分かりました。私に可能かどうかは分かりませんが、もう少し調べて、犯人が別にいる可能性に確信を持てたら、それを警察に伝えてみましょう。

 ただし、期待はしないでください。私は一介の喫茶店の店主に過ぎません」

 その鈴谷の返答に崎守は満足したようだった。それから「任せたぞ」とそう言うと、素早く紅茶とチョコレートケーキを平らげて彼は店を出て行く。

 “どうも、あの人は私に過剰に期待をしているように思えるのよね……”

 と、そう彼女は不安に思いはしたが、それから直ぐに佐野に電話をかけた。佐野は弾んだ声で電話に出る。本当に分かり易いと思いつつ、彼女はこう尋ねた。

 「佐野君。手っ取り早く“木偶の会”がどんな組織なのか知りたいのだけど、漠然とで良いから、どんな考えを持っている人達なのか教えてくれる? もちろん、私が以前に聞いた内容以外のことを」

 それを聞くと佐野は喜んで説明をし始めた。木偶の会が疑われてから、彼はこの組織を集中的に調べていたのだ。彼によると、“木偶の会”は、ロボットは単純な仕事を行わせる為の労働資源であるべきだと考えているらしかった。だから、より複雑な仕事…… 例えば文字を書いたり、プログラミングをしたり、医療行為を行ったりといった現場からは排斥するべきだとしているらしい。

 少しばかり崎守から聞いた印象とは異なっているが、どちらにしろ、確かに行動パターンパッケージを弄って、殺人ロボットを作りだそうという発想とは相容れない。

 それから彼女は、佐野からURLを教えてもらい、問題の掲示板にアクセスしてその内容を読んでみた。すると、ロボットを嫌う団体に対し、ロボットの調教師が面白半分でロボットの危険性を説明しているだけ、という印象を彼女は受けた。ロボットには殺人を行ってしまう危険性もあるんだぞ、と。つまり、とても本気だとは思えない。もちろん、それは単なる印象に過ぎない訳だが、それでも彼女は気になってしまった。

 “仮にこの掲示板を見つけたという人物が、ずっと以前からここを知っていたとしたらどうだろう?”

 シンプルに考えるのなら、木偶の会はロボット殺人事件の被害者なのだ。だから、攻撃を受けたと見なすべき。そして、木偶の会を敵視する存在がいたとするのなら、その何者かは木偶の会の動向を観察しているはず。ならば、この木偶の会が頻繁に利用している掲示板だって観察しているのではないか……

 それから鈴谷は村上アキにメールを送ったのだった。この掲示板を見つけたのは、一体、どんな人物なのか、それを彼女は知りたかったのだ。

 

 長谷川沙世との共通の友人である立石望から村上アキに電話がかかってきたのは、沙世が楽しそうにサンノキと歩いているのを彼が見た直後の事で、彼はそのショックから立ち直れず、酷く落ち込んで自宅のベッドの上で横になっていた。

 沙世は立石との交友を続けているらしいが、アキが彼女と話すのは随分と久しぶりの事だったから、できるだけ明るく喋ろうと彼は心がけたのだが、どうがんばっても声は不自然に響いてしまっていた。彼女は勘が鋭いから、多分勘付かれているだろうと思いながらも、彼は平静を装ったまま話し続けた。

 立石がアキに電話をかけたのは、どうやら沙世の様子を知りたかったかららしい。あの事件の後遺症はもう癒えたのか、ちゃんと生活を送れているのか。立石は沙世の事をとても気に入っているようなので、心配なのだろう。

 「でも、そんなの立石さんが直接、沙世ちゃんに聞けばいいじゃんか」

 ロボット恐怖症はまだ治っていないが、順調に回復している。心配はいらない、と一通り説明をし終えた後、説明した後で言う事ではないなと思いつつも、アキはそう疑問を口にした。すると立石はこう答える。

 「もう聞いたわよ。確かに元気そうだったけどさ、でも、あの子、変に優しいところがあるから、私に心配かけさせまいと無理をして誤魔化しているかもしれないじゃない。だから一応村上君にも聞いたのよ。とにかく、平気そうだって聞いて安心したわ」

 それを聞くと、アキは先ほどの沙世とサンノキを思い出し、少しだけ泣き出しそうな声で「そうだよね。沙世ちゃんは、優しいんだ」と思わずそう呟いてしまった。それに続けるように立石は言う。

 「だけど、この電話で別の心配ができたわ。一体、どうしたの村上君? 声がおかしいわ。はっきり言ってあの子よりもあなたの方が問題ありそうなんだけど」

 そう優しく声をかけられて、アキにはもう我慢する事ができなかった。彼は先ほど自分が見た信じられない光景を彼女に説明する。

 「沙世とそのサンノキってストーカーが一緒に歩いていた? それで、村上君はあの子がまたそのストーカーと付き合い始めるかもしれないっていじけているの?」

 アキはそれに何も応えない。すると、呆れたように立石は言った。

 「ちょっと村上君。あの沙世でも流石にそれはないって…… いくらあの子が馬鹿だからって」

 「でも、沙世ちゃんは優しいんだ。介護寺に就職したのだってだからだよ。基本的に誰かを助けるのが好きなんだ。サンノキさんが病気で被害者だって認識すれば、彼に同情して付き合おうと思うかもしれない」

 「いやいや、考え過ぎだって」

 しかし、そう立石が言ってもアキは何も応えないのだった。それで軽くため息をつくと、立石は言う。

 「確かにあの子は優しいわね。その点は認めるわよ。でも、その優しい沙世が、村上君に対してだけは我侭を言うじゃない。それってつまりはそういう事でしょう? あの子はあなたに甘えまくってすっかり安心しているだけよ。正直、沙世が村上君以外の相手と本気で付き合おうとするなんて私には思えないのだけどな」

 「そうかな?」

 「そうよ。とにかく、何にしても、早とちりしないで、一度沙世とゆっくり話をしてみるべきだと思うわよ。

 ……それに、そのサンノキって人は大丈夫なの? ストーカーなんでしょう?」

 「“元”ストーカーだね。今は大丈夫そうに思えるけど。医者にも診てもらっているみたいだし」

 「だけど、そもそも沙世だって初めは大丈夫そうな人だとかって言っていたわよ。実は病状を隠すのが上手いとかなんじゃないの? それに聞いた限りじゃ、生活力だってなさそうだし、パートナーとしては不安よ。私はあの子に不幸になって欲しくないの。仮に沙世がその人と付き合おうとしているのだとしても、取り返しちゃいなさいよ」

 そう言われてアキは“そうしたいのは山々だけど、仕事のある立場としては難しいんだよ。時間の自由が利かなくて”とそう心の中で呟いた。立石が怒り出しそうだったので、口には出さなかったが。

 「分かった。ありがとう。少し元気が出たよ」

 それからアキはそう礼を言った。

 「ま、がんばんなさいな。応援しているから」

 すると、立石はそう返してから「それじゃ、バイバイ」と続けて電話を切った。少し寂しさを感じたが、気を取り直すと、それから彼はようやく冷静に沙世がサンノキと関わるリスクについて考え始める事ができた。立石から言われるまで気付いていなかったのだが、本当にサンノキが大丈夫と言える状態なのかを自分は確認していない。医者にかかっているというだけで盲信していたが、普段は真っ当そうに見える人だという事を忘れていた。それにそれが何かは分からないのだが、彼は忘れている気がするのだ。

 “あのサンノキって人の言動からは、何か違和感を覚えるんだよな”

 だから、それから彼は医者へと電話をかけて、サンノキの本当の病名…… つまり、どんな原因でストーカーになったのかを確認しようとしたのだが、その時は繋がらなくて諦めてしまった。そしてその次の日だった。

 アキが自宅に帰ってメールを確認すると、珍しく鈴谷凜子からメールが届いていたのだ。しかも、『“殺人ロボットを作りだす方法”の電子掲示板を見つけた情報提供者がどんな人物なのかを教えて欲しい』とある。件の電子掲示板を発見するのは非常に難しく、だから彼女はそれを不審に思っているようだった。明確には書いていなかったが、情報提供者が殺人ロボットを作りだした真犯人である可能性すら疑っているようだ。

 アキは初めそれに「情報提供者が真犯人である可能性は少なそうです」と返信しようとした。ところが、そう書いているうちに明確な根拠がない点に思い至ってしまったのだった。サンノキはロボットに詳しいようだったから、殺人ロボットを作りだす技能を持っていたとしても不思議ではない。大学サークルも介護寺も沙世がいた点を考慮するのなら、ストーカーであった彼には殺人ロボットを作り出す動機があるような気もする。それがどんな動機かは想像できないが。ただし、“木偶の会”にだけは攻撃する動機が全くないように思えた。そもそもの発端が木偶の会なら、ここに動機がない点はおかしい。罪を擦り付ける目的だったしても、偶然が過ぎるしリスクが高過ぎる。だから彼は“サンノキが真犯人の可能性は少ない”と思ったのだが、そこで強烈な違和感を覚えてしまったのだった。

 「本当に、動機はないのだろうか?」

 アキはそう独り言を言う。

 それから彼はサンノキに木偶の会を攻撃する動機があると仮にしてみた。彼は木偶の会を攻撃する為にネットから情報を得ようとしていたのだ。それで首尾よく木偶の会が利用していた掲示板を見つける。だが、その想定も無理があるように思えた。そんなに都合良く木偶の会が利用している掲示板を見つけられるだろうか? そもそも、あると思うだろうか? ネットに自分達の情報をさらしている組織など珍しいし、その掲示板は警察にすら見つけられなかったのだ。隠していたと考えるべきだろう。

 「だけど、待てよ。もしも、全てのプロセスが逆だったならどうだろう?」

 アキはまたそう独り言を言う。

 サンノキは木偶の会を探していた訳ではなく、飽くまで偶々見つけた。それで、木偶の会を攻撃対象とした。彼は木偶の会のようなロボットを嫌う思想全般に反発を感じていて、そういった思想を持つ人間なら、誰でも攻撃の対象になり得た、としてみる。

 初めはロボットに対する悪口を検索してネットサーフィンし、辿って行くうちに彼は木偶の会が利用している掲示板を偶然発見する。そしてそこを観察の対象にした。そのうちに“殺人ロボットを作りだす方法”が、そこで提示されたので、彼はそれを実践してみた。結果としてロボットによる殺人事件が起こってしまった……

 「……この筋書きなら有り得る気がする」

 そう独り言を言った後で、アキは自分のこめかみをポンポンポンとリズミカルに指で叩きながら考えた。もちろん、この推理には何ら確信を得られるだけの裏付けはない。ただの彼の想像だ。それにサンノキがロボットを嫌う思想に反発をしているという根拠もない。

 アキは腕組みをする。

 「だけど、何かを忘れている気がする」

 そう呟くと、アキは自分が知っている全てのサンノキの情報を頭の中で羅列してみた。サンノキは時折、変わった言い回しをする。その中でも特に変わっているものを、アキはそれで思い出したのだった。

 “違う。今のは事故だ。人間に危害を加える行為ではない。エラーですらない。禁則事項は破っていない……”

 アキを突き飛ばし怪我をさせた時、動揺したサンノキはそんな事を言っていた。“禁則事項”。突き飛ばされたあの時は、アキはそれが法律を意味しているのだと思ったのだが、冷静になって考えてみれば少しおかしい気もする。そんな言い方をするだろうか?

 そこでアキはふとサンノキの本当の病名を医者に確かめていなかったことを思い出した。そして「まさか……」とそう呟くと、医者にもう一度電話をかけてみたのだ。幸い、医者は直ぐに電話に出てくれた。

 「やぁ、あなたですか。一体、こんな夜中にどうしたのです?」

 呑気な医者の声に多少苛立ちながら、アキはこう応えた。

 「はい。夜中にすいません。実はサンノキさんについて少し不安な点があって確認がしたいのです」

 「サンノキさんについて?」

 アキは口早にこう言った。

 「サンノキさんの病名を教えてはもらえませんか? 僕らにはそれを聞く権利があると思うのです」

 そのアキの言葉に、医者は抵抗をする。

 「いや、患者のプライベートに関わる事ですから」

 治療に付き合わせておいて、この台詞はないだろう。そう言う医者に対し、アキは面倒だと言わんばかりにこう返す。

 「サンノキさんの本当の病名は、もしかしたら“統合失調症”ではないですか?」

 医者は驚いた声を上げた。

 「知っていたのですか?」

 「いいえ、知りません。ただ予想しただけです」

 それを聞くと医者はアキを諌めるようにこう言った。

 「統合失調症に偏見を持っている人は大勢いますが、それはあまり好ましい事ではありません。一部の特例の所為で、勘違いをされているようですが、本来、罹患者達にそれほどの危険はないのです。適切な処置をしケアをしさえすれば何の問題もない」

 「それくらいの事は分かっています。だけど、それでも見過ごす訳にはいかない。だって、沙世ちゃんはサンノキさんのストーキング行為の被害者なんですよ?」

 そのアキの言葉に医者は一瞬固まったようだった。それからこう言う。明らかにその声は動揺していた。

 「いや、しかし、それは…… そんな事は一度も…」

 「やはり知らなかったのですね。それを伝えておかなかったのは僕らのミスです。ですが、これでもう問題がないとは言い切れないはずですよね?」

 少しの間の後で、神妙な口調になって医者はこう言った。

 「先ほども言いましたが、適切な処置をしさえすれば……」

 医者が言うのを途中で遮って、アキはこう質問をした。

 「一体、彼にどんな処置をしているのです?」

 「薬を処方しています。効果は充分にあるはずです。信頼できる」

 ――薬?

 それを聞いてアキに更に不安がよぎった。

 「統合失調症の患者の中には、処方されている薬を飲むのを止めてしまう人もいると聞きます。そして、それで病気が再発する事もある。止めてしまう理由は、酷い副作用があるからだったり、自覚がない所為だったりするらしいですが、あなたはどうやってサンノキさんが薬を飲んでいる事を確認したのですか?」

 そのアキの問いかけに、医者は言葉を濁した。

 「いや、それは……」

 それでアキは察する。つまり、確認はしていないのだ。医者は言い訳をするように、こう続ける。

 「しかし、彼の病状の改善を見れば、飲んでいる事は明らかでしょう?」

 「あの人は病気でありながら、普段はそうは見えないのです。だからそれで、沙世ちゃんだって付き合うようになったんだ。という事は、あの人の病気は再発している可能性だってあるはずなんです……」

 そう言いながらアキは額に手を当てた。駄目だ。物凄く悪い予感がする。それから彼はこう医者に問いかけた。

 「最後にこれだけ聞かせてください。統合失調症に罹ったサンノキさんは、もしかしたら、こんな妄想を抱いていたのではないですか?

 ――自分は、本当はロボットだ」

 それに医者はゆっくりとこう答えた。

 「……その通りです」

 

 “やっぱりか”

 

 アキはそれを聞くと、「ありがとうございました」と礼を言って医者への電話を切り、それから直ぐに長谷川沙世へと電話をかけた。

 彼女の身が無事なままであってくれと祈りながら。

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