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【歴史if小説】伊豆の代官、科学で幕末を無双する ~異世界転生してないのに自力で技術革新しすぎた男~  作者: 松本 俊介


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第6話:的当て勝負


**第6話:的当て勝負**


三日後。韮山代官所の演習場。


「……なんだ、この人だかりは」


英竜は、柵の外にひしめく人波を見て、目を丸くした。


「噂を聞きつけた近在の百姓や、旅の侍まで、集まってきておりまして……」


守応が、困り顔で答える。


「雷鳴流と科学砲術の勝負、と、あちこちで話が広がっております。賭けまで始まる始末で」

「賭けだと? 胴元はどこだ。割り前を寄越せと言っておけ」

「代官様!」


軽口を叩く英竜の隣で、秋帆は、無言で測量儀を組み立てていた。長崎から運んだ、見事な真鍮の道具である。


「江川殿。風は、右から弱く。地面は、昨夜の雨で、少し湿っております」

「頼もしいな。さすがは長崎帰りだ」

「いいえ。これが普通なのです。本来なら、天気も、湿り気も、すべて数えるべきなのですよ」


秋帆は、静かに微笑んだ。


演習場の反対側では、雷鳴流の師範が、門下生を従えて、堂々と陣取っていた。


「見ておれ、江川! 我が流派三百年の秘伝、思い知らせてくれる!」


       *


勝負の条件は、単純だった。

百十間(約二百メートル)先の的に、それぞれ三発ずつ撃ち込む。


まずは雷鳴流の番である。


「エイッ! ヤアッ!」


気合いの声を上げ、複雑な作法と儀式を幾度も繰り返したのち、大砲が火を噴いた。


ズドン!


煙が晴れると、弾は、はるか手前の地面を穿っていた。


「む、むう……風の神の悪戯か……! 二発目で挽回してみせる!」


ズドン!


今度は的の右へ大きく逸れ、後ろの土手に突き刺さった。


「む、むむっ……! 今日は地面が悪い! 足元が柔らかくて、砲身が沈んだのだ! 断じて、我が流派の腕ではない!」


ズドン!


三発目は、またしても手前の地面を穿った。


「……そ、そうだ、星回りだ! 今日は砲術に向かぬ日なのだ! 門下生が咳をしたのも悪かった! 気迫は勝っていたはずだ!」


冷や汗を流しながら、苦しい言い訳を並べ立てる師範。

見物人の中から、くすくすと笑い声が漏れ始めた。


英竜は、黙って、的の周りに刺さった三つの穴を、ちらりと眺めた。


「……お見事な言い訳でした。では、次は、私たちの番ですね」


       *


秋帆が、静かに測量儀を構える。英竜が、和紙に素早く数式を書き込んでいく。

見物人のざわめきが、いつの間にか消えていた。


「風、右より弱。角度、十五度三分。火薬量、規定の八分——発射!」


ドンッ!!


一発目。砲弾は、美しい放物線を描いて飛び、的のど真ん中を粉砕した。


「なっ……!?」


師範と門下生たちが、目をむく。


「二発目、補正なし。発射!」


ドンッ!!


二発目は、一発目が穿った穴と、寸分違わぬ場所を撃ち抜いた。


「バ、バケモノか……!?」

「三発目——仕上げだ」


ドンッ!!


三発目も中心を貫き、的そのものが、粉々に吹き飛んだ。


静まり返る演習場。

次の瞬間、見物人の間から、どっと歓声が爆発した。


「やった! 三発全部、真ん中だ!」

「江川様が勝ったぞ!」


その歓声の中で、師範は、しばし立ち尽くしていた。やがて、わなわなと震える指を、英竜に向ける。


「さ、さては大砲に細工を……! そうでなければ、こんなことが起こるはずがない! 砲身を改めさせろ!」

「どうぞ、ご存分に」


英竜があっさり言うと、門下生たちが、砲身を舐めるように調べ始めた。

だが、仕掛けなど、どこにもない。


「ば、馬鹿な……計算通りに、寸分違わず当たるだと……!? こんなものは……こんなものは、もはや魔法ではないか!」


師範は、膝から崩れ落ちた。


       *


英竜は、崩れた師範のそばにしゃがみ込み、静かに、しかし力強く言った。


「魔法ではありません。『科学』です」


師範が、ゆっくりと顔を上げる。


「風も、地面も、星回りも、すべて計算に入れてしまえばいいのです。気合いや伝統では、飛んでくる砲弾を弾き返すことはできません。この現実を、直視なさい」

「…………」


師範の目から、闘志が抜け落ちていく。


「……三百年の秘伝が、算術一つに、負けるとは」

「負けたのではありません。足りなかったのは、道具が一つ。それだけです」


英竜は、手を差し出した。


「師範の砲の扱いは、見事でした。作法の中に、大砲への敬意がある。あとは、狙う道具と、計算を足せばいい。よろしければ、秋帆殿の講義を、ご一緒にどうです」


師範は、その手を、呆然と見つめた。

やがて、震える手で、握り返した。


圧倒的な差を見せつけられ、和流の砲術家たちは、ただ項垂れるしかなかった。

だが、その中の若い門下生の一人だけが、じっと、秋帆の測量儀を見つめていた。


       *


この勝負の噂は、瞬く間に江戸城内を駆け巡った。


「見たか! 江川と高島の砲術を!」

「百十間先の的の真ん中に、三発連続で命中したそうだぞ!」

「あのような芸当、聞いたこともない……!」


英竜と秋帆の「科学的砲術」は、ついに、幕府の中枢をも動かした。


数週間後。


「江川殿……ついに、幕府から、お許しが出ましたぞ」


秋帆が、震える手で書状を握りしめて、代官所へ駆け込んできた。


「武蔵国・徳丸ヶ原(現在の東京都板橋区)にて、幕府役人の面前で、日本初となる洋式砲術の大規模な公開演習を行うことが決まりました!」


英竜の目が、ギラリと光る。


「きたか……! よし、秋帆殿。幕府の石頭どもを、まとめて腰抜かしにしてやろう!」


日本砲術の歴史を塗り替える「徳丸ヶ原の試射」へ向けて、英竜の技術革新は、加速していくのだった。


(第7話「徳丸ヶ原の試射」へ続く)


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