第5話 入学試験
王都へ向かう馬車の中で、リーゼは膝の上に置いた受験票をじっと見つめていた。
王立魔法学院。
その名は、地方の町に住むリーゼでも知っている。
王国中から魔法使いを目指す若者が集まる、名門中の名門だ。
「緊張してるか?」
向かいに座るルークが聞いた。
「少しだけです」
「意外だな」
「わたくしだって緊張くらいします」
リーゼは小さく息を吐いた。
隣ではガイアスが腕を組んでいる。
なぜいるのか。
もちろん心配だからである。
「リーゼ」
「なんですか」
「試験中に何かあったらすぐ呼べ」
「呼びません」
「何かなくても呼べ」
「もっと呼びません」
「父さんは門の前で待っている」
「帰ってください」
「帰れるわけないだろう!」
ルークが窓の外を見た。
笑いを堪えている顔だった。
リーゼは気付いていたが、無視した。
やがて馬車は王都へ入った。
高い城壁。
人で溢れる通り。
立ち並ぶ店。
町とは比べ物にならない活気に、リーゼは思わず目を奪われた。
「すごい……」
小さく呟く。
だがすぐに背筋を伸ばした。
見とれている場合ではない。
今日は入学試験なのだ。
王立魔法学院は王都の中心から少し離れた場所にあった。
白い石造りの校舎。
広い中庭。
大きな校門。
そこには多くの受験生が集まっている。
「ここが……」
リーゼは門を見上げた。
「王立魔法学院」
夢への第一歩だった。
受付を済ませ、受験番号を受け取る。
ガイアスは最後までついて来ようとしたが、試験官に止められた。
「保護者の方はこちらまでです」
「しかし娘が」
「こちらまでです」
「だが」
「こちらまでです」
「……分かった」
ガイアスはようやく下がった。
リーゼは深々と息を吐く。
「やっと静かになりました」
「おじさん、心配してるだけだろ」
「分かっています」
「なら少し優しくしてやれよ」
「してます」
「どこが?」
「家出していないところです」
「それは優しさなのか?」
ルークが呆れた顔をする。
そんな会話をしているうちに、筆記試験の時間になった。
会場へ入る。
席に座る。
問題用紙が配られる。
試験開始の合図とともに、リーゼはペンを取った。
魔法理論。
属性相性。
魔力循環。
基礎計算。
どれも事前に勉強した範囲だった。
(落ち着いて解けば問題ありません)
リーゼは一問ずつ丁寧に解いていく。
分からない問題はほとんどない。
むしろ、少し簡単に感じるほどだった。
試験終了。
会場を出ると、ルークが待っていた。
「どうだった?」
「問題ありません」
「自信ありそうだな」
「勉強はしてきましたから」
「そこは普通に偉いな」
「そこは、とは何ですか」
リーゼは眉を寄せる。
ルークは笑った。
「褒めてる」
「ならいいです」
次は魔力測定だった。
大きな水晶の前に受験生が並ぶ。
順番に手を置き、魔力量や属性の傾向を測るらしい。
前の受験生が水晶に触れるたび、淡い光が揺れた。
「次、リーゼ・アークライト」
「はい」
リーゼは前へ出る。
手を水晶へ乗せた。
光が広がる。
赤。
黄色。
少しだけ白。
試験官が表示を確認する。
「魔力量は平均より上。火属性への反応も良いですね」
「本当ですか?」
「はい。基礎素養は十分です」
リーゼの表情が明るくなった。
火属性。
やはり自分は魔法使いに向いている。
そう思える結果だった。
水晶から手を離し、ルークの元へ戻る。
「どうだった?」
「火属性への反応が良いそうです」
「良かったな」
「はい」
素直に頷いた。
ここまでは順調だった。
筆記も手応えがある。
魔力測定も問題ない。
残るは実技試験。
試験官の案内で、受験生達は屋外訓練場へ移動した。
広い土の地面。
的。
簡易結界。
離れた場所には教師らしき人物が数人立っている。
「これより実技試験を行う」
試験官が声を張る。
「未習得の者は、支給された魔道具を使っても構わない。重要なのは魔力の扱い方と判断力だ」
リーゼは真剣に頷いた。
まだ魔法は使えない。
だが魔力の扱いなら学んできた。
それに、自分にはレアスキルがある。
きっと大丈夫。
そう思った時、隣の受験生が小声で呟いた。
「実技か……緊張するな」
「大丈夫です」
リーゼは思わず答えた。
「努力してきたなら、結果は出ます」
「そ、そうだな」
受験生は少し安心したように笑った。
ルークが横から小さく言う。
「お前、そういうところは本当に真面目だよな」
「そういうところ、とは?」
「褒めてる」
「ならいいです」
そして、リーゼの番が近づいてきた。
試験官が名前を呼ぶ。
「リーゼ・アークライト」
「はい」
リーゼは一歩前へ出た。
目の前には木製の的。
手には試験用の短杖。
胸が高鳴る。
ここを越えれば、魔法学院が近づく。
大魔法使いへの道が開ける。
リーゼは杖を構えた。
「始めてください」
試験官の声が響く。
リーゼは息を吸い込んだ。
そして、魔力を込める。
短杖の先に小さな火花が灯った。
弱い。
けれど、確かに火だった。
「……!」
リーゼの目が輝く。
火花はふわりと飛び、的の端に当たって消えた。
大きな威力ではない。
派手でもない。
だが試験官は頷いた。
「制御は悪くありません。初学者としては十分です」
「ありがとうございます!」
リーゼは思わず声を弾ませた。
派手な魔法ではなかった。
けれど、確かに一歩進んだ。
自分は魔法使いになれる。
そう思えた。
試験が終わる頃、空は少し赤くなり始めていた。
合格発表は後日。
その日は宿へ向かうことになった。
学院の門を出ると、ガイアスが立っていた。
「リーゼ!」
「お父様」
「怪我はないか!?」
「ありません」
「怖い目には遭ってないか!?」
「試験です」
「知らない男に声を掛けられてないか!?」
「試験官は男性でした」
「許せん」
「許してください」
ルークが横で笑っている。
リーゼはため息を吐いた。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
今日の試験は悪くなかった。
筆記もできた。
魔力も測れた。
火も少しだけ出せた。
大魔法使いへの道は、確かに始まっている。
リーゼは王立魔法学院の校門を振り返った。
「必ず入学してみせます」
その声は小さかったが、確かな決意がこもっていた。




