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転生探偵~殺人事件よりも、俺はキスがしたい。  作者: 長月透


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転生探偵7 平和な日常

挿絵(By みてみん)

手に残る、気持ちの悪い感覚。

目を閉じると私を責めてくる、光を失った瞳。

どれだけ忘れようとしても、私の体からそれらが離れることは無い。

「こんなはずじゃなかった」どれだけ過去を悔いても、奴が目を覚ますことは無い。

私は悪くない、悪は奴の方だ、死んで当然の男だった。私は悪くない、私は、捕まるわけにはいかない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

廊下に出ると、壁に背中を預けていた新沼がこちらに気づいて歩いてきた。

「さっきは...災難だったね。ただ人が死んだんだ、彼女たちも神経質になるさ、許してやってくれ」

そういって彼は俺の肩を軽くたたき、階段を下って行った。

「まさか新沼に慰められることになるなんてな...」

そうはいっても、このペンション内で今一番疑われているのは間違いなく俺だ。犯人を探すのもそうだが、どうやって疑いを晴らすのかも考えなくては。一階に着くと、坂本さんと白石以外の全員はもうリビングに集まっていた。緊張が解けて眠気が襲ってきたのか、皆どこか眠そうな目をしている。少しすると、白石と坂本さんも一階に降りてきた。着替えをするために部屋に戻ったはずだが、女性陣は全員ジャージのような姿のままで化粧もろくにしていない。それでも坂本さんの目鼻立ちの美しさは伝わってくる。そういえば...俺は気になったことを尋ねてみることにした。

「坂本さんは...どうして深夜に一階の洗面所に?」

言った後に、しまった、と思った。これでは坂本さんを疑っているように聞こえてしまう。しかし、坂本さんは特に気にする様子もなく答えた。

「一階から何か...水の流れるような音がしたので、不思議に思って降りたんです。そしたら洗面所の明かりがついていて...皆さんは聞こえませんでしたか?」

そういって彼女は周りを見渡したが、顔を見合わせるだけで誰もうなずきはしなかった。確かにこのペンションの壁は薄い。耳をすませば一階の物音が聞こえても不思議ではない、たまたま眠りの浅かった坂本さんが気付いただけの可能性もある。だが、状況が状況だ。誰もそれ以上追及はしなかったが、微妙な不審感が場の空気を悪くした。ピピピピピピピッ!!!...張り詰めた空気を打ち破るかのように、大きな機械音が部屋に響いた。どうやら佐藤のスマホから鳴っているようだ、慌ててスマホを落としそうになりながら音を止める。時刻は五時。

「すいません...タイマーをかけていたのを忘れていました...少し早いですが、朝食にしませんか?あんまり気を張り詰めていても良くないと思うので...」

それとほぼ同時に、白石の腹が轟音を立てた。こんな状況でも腹を空かせる彼女に半分呆れながらも、一同はダイニングに向かう事にした。昨日までの食卓とは打って変わり、食器の音だけが部屋に響く。食事はいつもどおり斎藤、新沼、佐藤の三人によって用意され食卓に出された。それもあって、特に毒の心配などすることなく全員が食事を口に運んだ。準備を終えた佐藤が、宿泊客達の顔を見渡して言う。

「皆様、この度はこのような事になってしまって誠に、誠に申し訳ございませんでした…取り返しのつかない事態となってしまいましたが…せめて、皆さまが無事に帰れるよう、精一杯務めさせていただきます...そこでご相談なのですが、洗面所には今後誰も立ち入らないようお願いします。警察が来るまで、現場を保存しておかなくてはいけませんので...。」

誰も異議は唱えなかった。犯人でもなければ、下手に死体を動かして疑いの目を向けられたくはないだろう。そのまま何事もなく朝食を終えると、ひとまず自由行動となった。俺はどうしようかとダイニングの辺りをうろついていたが、背後から突然坂本さんに声を掛けられた。

「あの..黒野さん…森田さんの事、本当に、辛いですよね…その...うまく言えないんですけど...」

彼女なりに励まそうとしてくれているのだろう、俺はなるべく明るい声色を作り彼女に答える。

「気にしないでください、僕は大丈夫ですから。それよりも、坂本さんの方こそ大丈夫ですか?」

死体があると思って死体を見つけるのとそうでないのとでは天地の差だろう。俺は彼女の精神面の方が心配だった。

「私は...大丈夫です。さっきまではちょっと取り乱してたんですけど、里香ちゃんと白石さんが側に居てくれたので…」

「…そうですか。」

俺は彼女を気の毒に思うと同時に、彼女が犯人な訳がない、そう強く思った。俺の目に映る彼女は間違いなく、衝撃的な光景に心を痛めた被害者だ。そもそも原作で聖人として描かれているのが、どうすれば殺人をする事になるのか。もし彼女が犯人なのだとすれば、今までの会話、反応、それら全てが嘘だと言うことになる。確かに、赤の他人であるならばその可能性もあっただろう。しかし、仮にも彼女は俺が書いた登場人物なのだ、彼女がそんな事する人間では無い事は誰よりもこの俺がわかっている、言ってしまえば長年付き添った親友の様なものだ。普通に考えてありえない。しかし…その可能性を、俺は否定しきれなかった。もしも彼女が犯人だった時、俺はどう感じるのだろうか。

「黒野さん、」

「は、はい」

「私は…黒野さんの事疑ってません。二人が親友で、お互いにとってかけがいのない存在だった事は、この短い二日間でもよく分かったつもりです。だから…だから、何か言いたい事だったり辛い事があったら私に教えてください。力になれるかは分からないですけど…」

…彼女のこの言葉が本意なのかどうかは俺には分からない。ただ、いつだって重要なのは、自分がどう感じたかだ。

「…ありがとうございます」

俺は彼女の目をまっすぐ見つめて言った。数秒間の気まずい沈黙の後に、彼女は二階へと上がっていった。

「黒野くん、ちょっといいかな」

声のする方を向くと、洗面所前で新沼と佐藤がなにかやっている。

「に、新沼さん、先程述べたとおり、あまり死体を動かさない様にお願いしたいのですが」

困った表情を浮かべる佐藤を尻目に、新沼は森田の死体のすぐ側まで駆け寄った。

「さっき気づいたんだけどね、森田くんと君は同部屋だろう?だから…あれがあるはずなんだ…あ、この下かな?」

そう言って新沼は森田の体を少し浮かせ、左尻ポケットから何かを取り出した。チャラチャラとストラップが当たる音が聞こえる。102と書かれた鍵だ。

「あっ!」

俺は思わず声を上げた。そういえば、俺と森田の部屋だけ複数人を想定して作られているため、部屋の鍵が二個あるのだ。得意げに新沼が言う。

「やっぱりあったね、深夜に鍵も掛けずに部屋の外に出るはずが無いと思ったんだ。佐藤さん、これも保管しておきましょう。」

そのまま新沼を先頭にリビングへと向かった。金庫はなるべく人目に付く場所がいいと言う事でリビングのテーブルに置かれている。

「危なかったね黒野くん、もしも犯人に鍵が拾われていたら、夜中に侵入されて殺されてたかもしれないよ」

そういって新沼は楽しそうに笑った。何が面白いんだ、俺は心の中で悪態をついた。

「ところで佐藤さん、部屋の鍵が二つあるのは黒野くんの部屋だけですか?」

「え、えぇ…まぁ。あ、ただ一応、マスターキーが私の部屋にあります。」

「マスターキー、ですか」

「えぇ、仮にもペンションのオーナーですから、宿泊客の安全のためにも一つマスターキーを常備しているんです。稀に部屋の中で体調不良になられる方や、鍵を返却せずに持ち帰ってしまう方がいるので…。もし心配でしたら、マスターキーも金庫に入れましょうか?」

マスターキー、その響きだけで不穏な気配を感じてしまうのはミステリの読みすぎだろうか。新沼は一度視線を落とし、考え込む。

「そう…ですね、念のため保管しておきましょう。ただ…その事はその人には内緒にしておいた方がいいと思います。」

佐藤が問い返す。

「内緒…ですか?それはなぜ…?」

「もし犯人が僕たち以外にいるとして、マスターキーがある事をしったらまず間違いなく悪用しようと考えるでしょう。そうなった場合、金庫の開け方を知っている私たちが標的になりかねない。マスターキーは無い、そう思わせておいた方が都合がいいでしょう」

彼の言っている事は一理あるが、それはこの中に犯人が居ないと仮定した場合の話だ。仮に新沼が犯人だとすれば、マスターキーを入手するために佐藤を暴行し、暗証番号を引き出す可能性だってある。そしてその後、口封じとしてマスターキーを使い、俺の部屋に侵入して...その先のことを考えて俺は思わず身震いした。心配そうな二人をみた新沼が、大げさに手を上下させた。

「大丈夫ですって、もし私が犯人だったとしたら、わざわざマスターキーを使うなんてリスキーな事しませんよ。この小さなペンションで誰の目にもつかずに成人男性二人を殺す...それも一夜に。現実的に考えて不可能でしょう」

こちらの心配を見透かした彼の回答は、確かに納得のいくものだった。このペンションで、警戒している男二人を誰にも見られることなくほぼ同時に殺害する。ここは小説の世界だが、小説のように都合よくいくことは無い。俺は悩んだのち、彼の意見に賛成した。

「分かりました。じゃあマスターキーに関しては僕たち三人の秘密ということで、いいですか?佐藤さん」

佐藤は完全に同意したわけではなかったが、渋々承諾して金庫に暗証番号を入力した。ガチャッ、金庫の鍵がしっかりと掛かっているのを確認して俺たちはリビングのソファーに腰を下ろした。

「まぁ、色々準備しましたけど、次の殺人が起こるとは限らないですからね。あんまり気を張り詰めないで行きましょうよ」

前々からうっすら思っていたことだが、新沼はどこか楽観的に見える。記者(それも悪徳の)という職業柄、こういった緊迫した場面にもある程度耐性があるのかもしれない。それに対して佐藤は常に気を張っており、表情から動作に至るまで全てが硬い。

「...私はペンションのオーナーとして、安全を確保する義務があるので...そうも言ってられません。」

ガチャ、音のなった方を振り返ると、女性陣がそろってリビングに入ってきた。

「あれ、お嬢さんたち、どうかした?」

新沼がだんだんと得意げな口調になっているのは、この異常な状況で誠実ぶる必要がないと感じただからだろうか、余計に鼻に着く。坂本さんが答える。

「いえ、特に用があるわけじゃないんですけど、三人で居るとなんだか不安で。」

「皆さん同じ部屋で過ごしてるんですか?」

俺は気になったことをそのまま尋ねた。

「二人ともかなり怖がってるみたいで...それに、なるべく大人数で居た方が安全かなと思ったので同じ部屋で過ごしてるんです。ねっ?」

斎藤の方に顔を向ける。

「え?あぁ、そうなんです。こういう状況...どうしても怖くて、一人でいるのが心細いので華ちゃんの部屋に居座らせてもらってます。」

「...そうですか」

よくあるミステリーなら、危険を顧みず個人行動をするであろう場面だ。しかし少なくともこの世界ではそうではないらしい。これだけ固まって行動されては犯人としてはたまったものでは無いだろう。結局そのままリビングで雑談をして過ごす事となった。

「君たちは大学生だよね、将来の明確な夢とか決まった?」

最初は新沼がほぼ一人でしゃべっていたが、徐々に皆会話に参加しだした。先ほどまで暗い顔をしていてまったく会話に参加していなかった白石も元気を取り戻す。

「いやー!私は何も決まってないですねー、まだ大学一年生ですし、これから見つけられればいいかなって。」

「白石君、大学生活っていうのはあっという間なんだ。そんな受動的な態度じゃ、就活の時期になって苦労することになるよ」

「え~、そういうもんなんですかー?働きたくないなぁ」

耳の痛い話だ。そのまま昼食の時間となり、一同はダイニングに向かう。昼食の席でも、会話は止まることなく続いた。

「里香ちゃんは来春から保育士だもんね、昔から子供好きって言ってたから...私も誇らしいよ、ふふっ」

照れくさそうに斎藤は返事をした。

「保育士って言っても...親の経営してる保育園で働くだけだから...田舎だし、そんな大層な事じゃないよ」

本人はそう言っているが、どうであれ小さな子供の面倒を見る保育士という職業は尊敬されるべきものだ、俺なんて、小さな子供とまともに会話することもできない。雑談は昼食をまたいでも続き、時々トイレのため自室に戻る者はいたが、結局は全員がリビングに集まっていた。そして気づけば...外は暗くなっていた。リビングの窓に顔を押し当てた白石が言う。

「外は...まだ出れそうにないですねぇ、むしろ雪が強くなっている気が...」

他の全員が思い出したかのようにスマホを取り出し、そしてまたポケットに入れた。まだ電波は復旧していない。ただ、それよりも気がかりなのは..

「佐藤さーん、そろそろ夕飯にしませんか?なんなら私も手伝いますよ!」

「え、あぁ、そうですね、そろそろ夕食にしましょう...新沼さんと斎藤さん、また手伝っていただいてもよろしいですか」

三人はそのままダイニングへ、断られたことに気づいていない白石はソファーに横になり天井を眺めている。何の違和感もない、平和な状況。それが今は、何よりも不気味だった。早朝に死体が発見されてから今に至るまで何一つとして犯人は行動を起こしていない...ように思われる。同じことを思ったのか、隣に座っていた坂本さんも口を開く。

「それにしても、何も起こりませんね...」

「...そうですね、小説だったらこんな時、犯人が妨害工作を仕掛けてきたり、誰かが意地になって部屋に引きこもったりするものですけど。嬉しいことに、誰も一人になろうとはしません。犯人にとってはこれ以上ないほど厄介な登場人物たちでしょうね」

「ふがっ!!」

音のした方を見ると、先ほどまで起きていたはずの白石がよだれを垂らしている。坂本さんはそれを見て、ふふっと小さく笑った。

「えぇ、本当に、ずいぶんユニークな登場人物たちですね」

事件が起きないに越したことはない。その後俺の存在がどうなるのかは分からないが、別の殺人事件が起きてもなお、世界は続いている。そのことからもおそらく、事件が終わってもこの世界はそのまま続いていくのだろう。そうすれば俺はこの世界の住人として新しい人生を送ることになる。そしてその隣には...。彼女と目が合う。そういえば、この場合はどうなるのだろうか。原作で二人が付き合うのは、俺が探偵として事件を解決するのがきっかけである。もしこのまま事件が起きないのであれば、誰も事件を解決する事なく、警察による調査が始まる。いや、その前にもしかしたら...俺は新沼の事を考えていた。もしこれがミステリー小説なのだとしたら、探偵役は間違いなく彼だろう。冷静に物事を整理し、指示を出す。もし、もし彼が俺よりも先に事件を解決したとしたら...腕を組んで歩く新沼と坂本さんの姿が頭に浮かぶ。いやいや、それは無い。彼女は事件を解決した人を好きになるのではなく、好きになった人がたまたま事件を解決するだけだ。新沼と坂本さんはほとんど会話もしていない、そんな間柄でどうやって恋心が芽生えるというのだろう、そもそも坂本さんのタイプはああいう男では、

「お嬢さん方、夕食の準備が整いましたよー」

噂をすればなんとやら、新沼が俺たちを呼びに来た。驚いて思わず立ち上がる。

「あ、ありがとうございます。じゃあ、坂本さんと、白石さん...ってあれ?」

気づいたときには彼女は既にダイニングに向かっていた。

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