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転生探偵~殺人事件よりも、俺はキスがしたい。  作者: 長月透


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転生探偵6 不明の動機

挿絵(By みてみん)


どれほど時間が経っただろうか。気づけば、一同はリビングに集まっている。洗面所の方へつながる扉をせわしなく、佐藤さんが行き来している。

「ひとまず警察に連絡…あぁいや、電話が使えないんだった、えっと、ど、どうしたら…」

完全に気が動転している様子で口元がおぼつかない。その様子を眺めていた新沼がため息交じりに言う。

「とりあえず、現場の写真でも撮っておいた方が良いと思いますよ、電話が通じないといっても、カメラは使えますからね。」

その言葉を聞いてもなお、誰もリビングから動こうとしない。死体を発見した坂本さんは相当なショックを受けたようで、俯いて顔を覆っている。女性陣が慰めようと背中をさすっている様子がぎこちない。そういう俺も、森田が死体となって発見された事実に動けなくなっていた。

「…じゃあ、とりあえず私が写真撮っておきます。佐藤さん、一緒に来てもらえますか?証人は複数いた方が良い」

その言いぐさから、新沼が森田の死を事故だとは考えていないことが伝わってくる。それもそうだろう、一階の浴室で死体が見つかるなんて、殺人以外ありえない。新沼と佐藤が浴室に行くのを見ながら、白石が言う。

「森田さん…どうしてわざわざ一階の浴室を使ったんでしょうか、洗面所とお風呂なら自室にもあるはずなのに…」

彼女はまだ、森田の死が事故によるものだと思っているみたいだ…ありえない、俺は心の中でそう呟いた。

まず彼女の言う通り、浴室と洗面所は自室にある。わざわざ一階の浴室を使うなんてありえない。まして深夜に。それに…

そのタイミングで、現場の写真を撮り終えた二人が戻ってきた。どこか浮かない顔だ。

「ひ、ひとまず、現場の写真は撮っておきましたが…」

言葉を探している佐藤を横目に、新沼が状況を説明する。

「私は医者ではないので具体的なことは分かりませんが…後頭部から血を流していることから、死因はおそらくそれでしょう。それよりも気になるのは…」

「お風呂に入ろうとして足を滑らせたってことですか?」

白石が割り込んでくる。

「…いえ、彼は服を着ていましたし、風呂に入ろうとしたわけじゃないでしょう。ただ…」

「…ただ?」

「服が水でビチャビチャなんです。それこそシャワーを浴びたみたいに。」

森田の死体は水浸しになっていた。それがこの事件が事故ではないことの何よりの証拠だ。服を着たまま風呂に入る人間などいない。

「そのことから考えても…単なる事故というのは訳ではないでしょう。」

反対意見は出なかった。それと同時に、全員がそれ以降の言葉を発するのを恐れていた。

「…はっきり言って、今の状況は異常です。だからこそ、ここではっきりさせておく必要があります。」

意を決した新沼が、声を大にして言う。

「森田さんは、殺されたんです。」

空気がより一層張り詰める。

「犯人の目的は分かりません。故意か、偶然か。ただ、間違いなく言えるのはこの中に森田さんを殺した人物がいる。そして殺害後、何が目的かは分からないが、森田さんの服を濡らしてその場を去った。」

誰も口を開かないことをいいことに、新沼の推理は止まることなく進んでいく。

「いずれにせよ、私達にできるのは自分の安全を守る事、それだけです。吹雪が収まって警察がくれば直ぐに犯人は捕まります。今時の捜査技術は凄いですからね、証拠を残さずに人を殺すなんて不可能だ。」

リビングは沈黙に包まれている。先程から新沼以外誰も話さない。いや、人が死んだというのに流暢に喋っている新沼の方がおかしいのか。手持ち無沙汰になった新沼が頭を掻く。

「とりあえず…黒野くん、君は森田くんの友人だろう。差し支えなければ、一度死体の状況を見てほしい。何が起こったのか、警察が来るまでに調査しておきたいからね。」

言われるがままに俺は洗面所に向かった。多少落ち着いた今、何がどうなっているのか俺も確認したかった。重い足取りで洗面所に向かうと、また森田と目が合う。新沼の言う通り、後頭部から出血が見られ、洗面所の床を赤く染めている。

「君は、森田くんと同部屋だったよね。彼が夜中、何をしていたのか身に覚えはない?」

俺は昨夜の事を思い出したが、何も心当たりは無かった。

「…分かりません。昨夜寝た後は、坂本さんの悲鳴が聞こえるまで一度も目を覚ましませんでしたから。」

「…そうか。」

森田の体は浴室内部に投げられており、服が水浸しになっている。

「…犯人はなぜこんな事をしたんでしょう、これじゃあ事故ではない事が丸分かりだ。そもそも…」

そもそもなぜ新沼ではなく森田が死んでいるんだ、そう言いかけた所で口を閉じた。

「さぁね、それは犯人に聞いてみないと分からない。ただ、何も理由がないのに服を水浸しにするなんて考えられない。指紋でも消そうとしたか、なにか犯人につながる証拠が服に付着したか、いずれにせよ、隠したいことがあったのは確かだろう。」

俺はふと、森田のポケットの膨らみに気づいてそれに手を伸ばした。

「ちょっと、むやみに死体に触るのは賛成できないな」

新沼の制止を振り切って中身を取り出す。それはスマホだった。電源を点けようとしたが、水没しているのか電源がつかない。

「これ...」

俺の意図に気づいたのか、すぐに新沼が反応する。

「スマホか...犯人の目的がこれなんだとしたら...なんだと思う?」

この中に、犯人の見られたくないものが...?通話履歴?それとも森田とのつながりを表す何かが?いや、ありえない。ここは俺が書いたミステリーの世界だ、そんな過去の繋がりがない事は俺が一番よく分かっている。ただ...もしも、登場人物の人間関係まで補完されているとしたら...?...無理だ、そこまで推測することはできない。

「黒野君、ひとまずこのスマホはどこか安全な場所に保管することにしよう。水没したとは言っても、今どきのスマホなら復旧できるはずだ。」

そういって新沼は俺の手からスマホを奪い取り、足早にリビングに戻った。

「という訳で、ひとまずこのスマホは何処かに保管しておこうと思う。佐藤さん、何かいい場所はありますか?」

目を丸くした佐藤が俯く。

「保管…ですか。金庫ならありますけど…」

そう言って佐藤は自室に戻った後、小さめの金庫を抱えて戻ってきた。金庫は4桁の数字で開くタイプだが、よくある物とは違い鍵穴がついている。新沼が金庫を受け取って言う。

「これは…鍵付きのタイプなんですね。これなら安全そうだ。暗証番号を考える人と鍵を持つ人、それぞれ別にすればいい話ですからね。」

新沼は鍵を手の中でチャラチャラと鳴らしながら、こちらに視線を向けた。

「じゃあ…暗証番号は黒野君、君が考えてもらえるかい?森田君の友達である君が適任だと思うんだ。」

「ちょっと待ってください!」

さっきまで沈黙を貫いていた白石が立ち上がった。

「…森田さんと以前から関係があったのは黒野さんだけですよね?なら、他の人が暗証番号を決めるべきだと思います。黒野さんを疑う訳じゃないですけど…皆が安心して生活できる環境を優先するべきだと思うんです…ごめんなさい。」

彼女はそう言って、助けを求めるかの様に斎藤に目を向けた。斎藤は困った表情を浮かべた後何かを言おうとしたが、彼女が口を開くよりも早く俺は彼女の意見に同意した。

「大丈夫です、こんな状況ですから、慎重になるに越した事はないです。新沼さん、暗証番号は僕以外の方に決めてもらってください」

結局、鍵は新沼が、暗証番号は佐藤が決めることとなった。

カチャリ、金庫が閉まったのを確認した後、一度それぞれの部屋に戻ることとなった。いきなり飛び出してきたため服は寝巻で、髪はぼさぼさである。部屋に戻り、鍵を差し込む。101と書かれたストラップが揺れる。

「あれ...?」

中に入ろうとしたが、ドアが開かなかった。そういえば、急いでいたためドアにカギを掛けずに出てきてしまったのだ。俺はもう一度鍵を差し込み、今度こそ自室に戻った。中に入った途端、足の力が抜け床に座り込む。何がどうなっているんだ、頭を無理やり働かせ、今の状況を整理する。...殺人事件が起きた、それも原作とは異なる人物。今まで微妙な原作とのズレはあったが、ここまで大きなものはではなかった。...もしかして...俺は頭を抱える。

「俺の不注意な行動によるズレで...森田が死んだ?」

小さなズレが連なって大きなズレへと繋がった、一番に考えられるのはその可能性だった。

「探偵のつもりだったのに、間接的に人を殺すことになるなんて..」

まだ決まったわけではないが、自分のせいで関係のない人間が死んだと思うと罪悪感で心に黒いもやがかかる。だが、心が折れ切らないのはどこかで彼らを人間だと認識していないからだろうか。俺は早くも今後のことを考え始めていた。事件がズレによって引き起こされているのだとしたら、一番に頭に浮かぶズレはやはり、新沼がペンションを出る時間が遅れたことだろう。おそらく酒に酔って寝坊した彼は原作通りに佐藤を脅すことができなかった。ただ...

「それがどうして、森田の死につながるんだ...?」

新沼が佐藤を脅せなかったのなら、そもそも殺人事件は起きないはずである。だが、どう言うわけか別の人物の死という形で事件は起こっている。なぜ森田は佐藤に殺されなければいけなかったのか。

「そもそも犯人は佐藤なのか…?」

原作で佐藤が新沼を殺すのは、記事による脅しが原因だ。だが、森田はそんなもの持っていない。となると、別の人物による殺人…このたった二日間で、関係のない人間を殺せるほどの動機など生まれるのか。これは俺が書いたミステリーの世界だ、だからこそ分かる、彼らに過去の繋がりは無い。動機が生まれるとしたらペンションについてからの二日間だ。何が、何が犯人を動かしたのか、俺には見当がつかなかった。そして見当がつかないという事は、今後何が起こるか分からないという事だ。ひょっとしたら、もう一件殺人が起こるかもしれない、そしてその被害者は…俺かもしれない。自分も登場人物の一人なのだと強く理解する。自殺ならまだしも、他人に殺されるのは恐怖でしかない。目を大きく見開いた森田の顔が、脳裏に浮かぶ。

「犯人を…犯人を見つけないと」

俺は身支度を済ませ、一つ大きく息を吸い込んで一階に向かった。



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