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転生探偵~殺人事件よりも、俺はキスがしたい。  作者: 長月透


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転生探偵5 異なる犠牲者

挿絵(By みてみん)

無事ペンションに着いた俺たちは、玄関で体にまとわりついた雪を払った後、ひとまずリビングで温まることとした。体が冷えたのもあって猛烈な尿意に襲われた俺は、トイレに向かうことにした。洗面所前に着くと、なにやら中から声がする。室内組が洗面所内で何かやっているみたいだ。扉を開け、中に入る。

「大丈夫ですか!?」     

斎藤の声が浴室の方から聞こえてくる。中を覗き込んでみると、新沼が尻もちをついているのを、森田が起こそうとしている。

「ご心配なく、ちょっと足を滑らせただけです、この浴室、清掃が追い付いていないみたいですね、床がヌメヌメして…」

どうやら、非常時のために浴槽に水を貯めようとしたみたいだ。今にも溢れそうなところまで、浴槽の水が張っている。その後、室内組も一旦リビングに集まり、各自手に入れた情報を交換した。道路の状況が絶望的なのを聞いて、室内組からはため息が漏れた。心なしか疲れた顔をした新沼が続いて報告をする。

「とりあえず浴槽に水を張ったり、佐藤さんに言われた通り二階の倉庫からランタンとかは運んできましたけど、それくらいですかね。」

リビングの机には、若干埃をかぶっているランタンが三つ置かれていた。電波が届かなくなったのだ、停電などが起こっても不思議ではない。できる限りの対策をするべきである。顎の先に手を当てながら、佐藤が口を開いた。

「この吹雪がどれだけ続くか分からない以上、数日はここに留まる覚悟もしておいた方が良いかもしれません。幸い、ここはペンションで食料や水、暖房設備は整っています。二階の倉庫には使っていない毛布なども置かれているので、後で運んでおきましょう。」

そこまで言い切った所で、部屋の中に大きな音が響いた。ギュルルル、まるで猛獣の鳴き声の様な音の正体は、白石のお腹の方から鳴っていた。全員の視線が、顔を真っ赤にしている彼女に注がれる。時刻は十二時、緊迫した状況で忘れていたが、普段なら昼食を取る時間だ。なんとなく気まずい空気が流れた室内だったが、森田が何事もなかったかの様に言う。

「そろそろいい時間ですし、昼食にしません?電気が止まる可能性があるなら、冷蔵庫にある生ものを早めに使っちゃった方が良いと思うんすけど。」

佐藤が反応する。

「そうですね、まだまだやる事は沢山ありますし、まずは食事をとって体力を蓄えましょう。」

そう言い終わると同時に彼は足早にキッチンに向かう。昼食の準備は、佐藤、新沼、斎藤に任せる事となった。疲労の多い探索組と、包丁を持つと何が起こるか分からない森田は大人しくリビングで待ち、体を休める。佐藤と新沼が共に行動する時間が増える事は俺にとっては有り難かった。可能性は高くないかもしれないが、気が変わって佐藤を脅し始める可能性もゼロではない。今後も新沼と佐藤が行動する時間を積極的に作っていくべきだ、俺は心の中で今後の行動方針を決める。リビングの中は昨日の夜とは打って変わって静かだった。白石は空腹の影響からか、魂の抜けた様な顔で宙を眺めている。他の二人も似たような感じで、心ここにあらずといった様子だ。そういう俺もすることがないのでただ天井を眺めていた。

三十分ほど待った後、斎藤が昼食の準備がほとんど整った事を伝えに来た。犬のように飛び起きてダイニングに向かった白石を目で追いながら、横で寝息を立てている坂本さんを起こして俺たちも向かった。森田は蹴って起こした。昼食は冷蔵庫にあった牛肉を使ったビーフシチューで、デミグラスソースの匂いが食欲を引き立たせる。その証拠として、白石はもう食べ始めている。他の人達も、特に人を待たず、準備のできた者から食べ始める。佐藤さんだけは、全員分の水や手ふき、追加のパンなどを焼いていて、食事に手を付けていない。いくらこの土地に慣れてるとは言っても、あの吹雪の中を歩き回り昼食の準備をひとりでこなすというのは負担が大きすぎる。申し訳なく感じた俺は、食事を一時中断して手伝うことにした。俺が席を立ったのとほぼ同時に、新沼も席を立ち手伝いに来た。彼は佐藤の持っている皿を半ば強引に奪い取り、食事をとるよう促した。

「あとは僕たちがやっておくので、先に昼食を取ってください。こんな状況ですし、オーナーと客なんて関係なく協力していきましょう」

佐藤さんは申し訳なさそうな顔を一瞬した後、ぺこりと頭を下げて昼食を取り始めた。今のやり取りを見ている感じ、まだ新沼は佐藤を脅してはいないだろう。

「黒野君、私は皆に水を持っていくから、パンを切り分けておいてもらえるかな?」

新沼に指図されるのはあまり良い気分ではなかったが、言われたとおりに焼きあがったパンを人数分に切り分け、お皿に盛りつけた。全員分の食事の準備が終わり、俺もようやく昼食にありつけることとなった。全員が食事に手を付けたのを見て、佐藤が今後のことについて話し始める。

「この後ですが、ひとまず二階の倉庫にある予備の毛布を皆さんのお部屋に運びたいと思います」

それぞれの部屋にはエアコンと小さなストーブが設置されているため今は温かい。しかし、もし電気が止まれば部屋は一気に冷凍庫へと変貌するだろう。今のうちに準備をしておいた方が良い。

「しかし、それ以外に出来ることは特にありません、吹雪が収まるか、電波が復旧するまでただひたすら待つことになります。夕食はこちらで用意しますので、また十九時になりましたらこのダイニングにお集まりください、本当に…この度はご不便をおかけして誠に申し訳ございませんでした」

彼が謝ることは何一つないのだが、オーナーとして、このペンションから出れなくなってしまったことに責任を感じているのだろう。どこまでいい人なんだ。新沼が殺されることは正直言ってどうでもいいのだが、彼が殺人事件の犯人になってしまうのは流石に心が痛むような気がした。食事をとった後、先ほどの話通り、二階の倉庫にある毛布をそれぞれの部屋に運ぶこととなった。一人で運ぶのは苦労する大きさらしいので、男どもが協力してそれぞれの部屋に運ぶ。旅先とはいえ、人に部屋を見られるのは恥ずかしいらしく、女性陣は一旦部屋に戻って片づけを始めた。新沼も、女性陣にまぎれて自室へと戻っていく。記者という職業柄、見られたら困るものがたくさんあるに違いない。きっと今頃、必死にベッドの下に押し込んでいるはずだ。待っている間、倉庫の中を軽く物色してみた。この部屋もあまり使われてはいないようで、どことなく埃臭い。置いてある物も特に使えそうなものはなく、倉庫というよりガラクタ置き場という感じだ。毛布だけは真空パックされているので埃の心配はない。

「片づけ終わりました~!じゃんじゃん運んじゃってください!」

白石の部屋の準備が終わったようだ。一つの真空パックの中に複数の毛布が入っているため、一旦開けて中の毛布を取り出す。外の空気に触れた瞬間、さっきまで小さかった毛布がかなりの大きさに膨らんだ。確かにこれは一人で運ぶとなると面倒くさい。俺は森田と布団の両端を手分けして持ち、白石の部屋に運んだ。人生初の女子部屋で俺はテンションが上がっていたが、部屋をジロジロ見るのは失礼なので森田の顔をなるべく見続けることにした。心なしか良い香りがする。新沼はどうしても自分の部屋を見られたくないようでかなり大きい布団を無理やり一人で担ぎ、中に運んだ。中からドンッ、ドンッと新沼が躓く音がする。その後も順調に部屋に布団を運び入れ、全員分の部屋に予備の布団が運ばれた。坂本さんの部屋が一番いい香りがした、気がする。布団を運び入れた後は、夕食まで各々自由行動となった。一度は森田と部屋に戻ったが、なんだか落ちつかない。結局、森田を部屋に置いてリビングに向かうこととした。リビングに着くと、斎藤と坂本さんがテレビの前で何かやっている。

「何やってるんですか?」

こちらに気づいた坂本さんは、自分たちが今やっていたことを説明した。ひょっとしたら電波が復旧しているのではないかと考え、電源を点けてみたらしい。テレビの画面には、信号がありません、と表示されている。結果は聞くまでもない。坂本さんは残念そうな表情を浮かべた後、息抜きとしてコーヒーでも飲みませんかと提案してきた。願ってもないお誘いに、俺は食い気味に了承の意を示した。

「インスタントのコーヒーが結構あるみたいで、好きに飲んでいいって佐藤さんが言ってました。里香ちゃんも飲むよね?あ、他の人たちも呼びますか?白石さんは…コーヒー飲めなさそうだけど」

そういってクスクスと笑う彼女を見て安心した。ペンションに閉じ込められたといっても、食料などの貯えは十二分にある。そこまで精神的に追い詰められる事もない。殺人事件さえ起きなければの話だが。

「私は、いい。先に部屋に戻ってるね」

そう言い残して斎藤は出て行ってしまった。初日から思っていたことだが、彼女はどこか冷たい…というか当たりが強い。積極的に昼食の準備や雑用をしていることからも、決して悪い人間ではないのだが。他の女性が白石と坂本さんだから余計にそう感じるのだろうか、それにしても俺に対する当たりが強い感じがする。未だに、白石さんをナンパした男、というイメージが残っているのかもしれない。いつか誤解を解かないとな、そう思いながら俺は坂本さんと二人でキッチンに向かった。

「どうします?他の方たちも呼びますか…?」

森田のことだ、きっと呼べば来るだろう。しかし可能なことなら二人っきりでゆっくりコーヒーを飲みたい。森田はいびきをかいて寝ていることにして、二人でコーヒーを飲むことにした。ダイニングのテーブルに、向き合って座る。いざ正面から向き合うと、彼女の顔の造形の美しさにこちらが恥ずかしくなってしまう。適当な会話をして、気を紛らわす。

「それにしても、一体いつまでここに居ればいいんですかね。ひょっとしたら一週間ここで過ごすっていう可能性もあるわけですよね」

コーヒーを金属製のスプーンでかき混ぜながら彼女の反応を伺う。

「可能性としてはゼロじゃないと思いますけど…吹雪が一週間も続くなんて聞いたことありません。案外、明日には帰れるかもしれませんよ」

そういいながら彼女は別で置いてあった個包装の砂糖を二袋、ミルクを二つ入れた。コーヒーは甘い方が好きなのだろう。せっかく二人きりになったのだ、ずっと気がかりだったあれについて確認しなければ。もう十分に誤解は解けたはずだ。

「坂本さん、昨日は流れで交換できなかったですけど…ライン、交換しませんか?」

人生で一番の勇気を振り絞って、言葉を投げかけた。拒否されたらどうしようかと思ったが、彼女は特に嫌なそぶりも見せず、スマホをポケットから取り出そうとした。やった、ついにラインを交換できる、その時すぐそばでギシギシという音が聞こえた。

「あれ?黒野さんと坂本さん?何してるんですか…なんかコーヒーのいい匂い!私もご一緒していいですか?」

思わず天を仰いだ。昨日は森田に、そして今日は白石にライン交換を邪魔されることになるとは。別に誰が居ようと普通にラインを交換すればいいのだが、坂本さんがスマホを引っ込めてしまってはこちらからできることは何もない。まだ誤解が解け切っていないのだろうか。

「し、白石さんは一階に何かしに来たの?」

引きつった笑顔で、なんとか言葉を紡ぐ。

「なんか部屋のベッドで寝転んでたら、うっすら一階から人が話しているのが聞こえたんです。部屋に一人でいても退屈なので来ちゃいました!」

白石は作ったコーヒーにこれでもかと言うほど砂糖とミルクを入れ、美味しそうに飲み干した。コーヒーと呼べるのだろうか、あの飲み物は。その後、三人で一時間ほど談笑した後、部屋に戻ることとなった。白石はずいぶん坂本さんに懐いたようで、坂本さんの部屋に二人で入っていった。俺も希望したら参加できないだろうか。白石をうらやましく思いながらも、大人しく自室に戻ることとした。部屋に戻ると、森田の姿は無かった。誰か他の人の部屋にいるのか、それとも気づかなかっただけで一階に降りて行ったのだろうか。俺は特に気にせず、ベッドに寝転がり、目を閉じた。コーヒーを飲んだばかりだが、すんなりと眠りに落ちることができた。次に目を覚ました時、目に飛び込んできたのは森田の顔面だった。最悪の目覚めである。どうやら夕食の時間になった様で、すぐに一階に向かうこととなった。

「さっき部屋に戻った時居なかったけど、どこいってたの?」

「え?あぁ、倉庫でちょっと探索しててさ。ガラクタの山の中に、なんか使えそうなものないかなと思ってな。あいにく、使えそうな物は無かったし、ただ汚れただけだったよ。」

一階に着くと、既に全員集まっている様で直ぐに夕食となった。今回は誰かが声をかけるまでもなく集まって食事を取る事となり、席も全く同じである。俺は坂本さんと他愛の無い話をして、温かいスープを胃に流し込んだ。森田と白石は相変わらず楽しそうに喋っている。新沼と斎藤も同様だ。今日に限っては、佐藤さんは夕食の準備を終えた後直ぐに部屋に戻った。新沼と佐藤が二人きりになる時間をどうにか作れないかと思ったが、下手に動いて逆に新沼の警戒心が高まってしまっては元も子もない。時間は余るほどあったし、脅す気があるなら既に脅しているだろう。しかも…俺は目の前で楽しそうに小説の話をする彼女に目を向けた。事件が起きなくても、十分に坂本さんと親交は深まった。わざわざ人を殺す必要もない。その後も、夕食は和やかな雰囲気のまま進み、二十二時を回ろうかという所でお開きとなった。今日は酒も飲んでいない。そのまま階段を上がって部屋に戻ることとする。坂本さんと斎藤は、何かやりたいことがあるとかで一階に残った。雪で閉ざされたペンションをバックに、インスタ映えする写真でも撮るつもりかもしれない。男の俺がしつこく聞くのも変なので軽く挨拶をした後、すぐに階段を上がった。他の人たちとも別れ、部屋に戻ってシャワーを浴びる。水道と電気はまだ動いているようだ。部屋についている窓から外の様子を伺うと、まだかなり強い雪が降っていた。

「明日までにはやむといいなぁ、俺、そろそろ家の飯が恋しくなってきたかも」

背後から、風呂を上がって全裸の森田が話しかけてくる。

「坂本さんも言ってたけど、吹雪ってそう何日も続くものでもないらしいぞ。案外明日には帰れるかもしれん」

森田は自分のバッグからパンツを取り出した。

「なに、お前坂本さんといい感じなの?だからか、あんま帰りたくなさそうだもんな、お前。このまま吹雪が続けばいいのに、って正直思ってるんじゃないか?」

茶化すような口調で言ってくるが、正直そのとおりである。心の中では、この吹雪がずっと続いて、一生ここに留まることを望んでいる。そうすればもうブラック企業に悩まされることもない。

「そんな訳ないだろ、俺も母さんの手料理が恋しいよ。」

「なんだそりゃ、一人暮らしのサラリーマンみたいなこと言いやがって」

お前も同じような事言ってただろ、そう心の中でツッコミを入れながら、ベッドに体をスライドさせる。

「じゃ、俺は疲れたからもう寝るわ。おやすみ」

「…おやすみ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「きゃあああああああああ!!!!!!!!!!!」

深夜4時、ペンション内に響きわたる坂本華の悲鳴を聞いて、俺は目を覚ました。とても人の声とは思えない甲高い声、それが、起こった事件の深刻さを表していた。殺人だ、殺人事件が起こったのだ。俺はぼんやりとしている頭を必死に働かせながらベッドから起き上がる。どのタイミングかは分からないが、新沼が佐藤を脅したのだろう。物語が原作通りに進んだことを、喜ぶべきか悲しむべきか、俺はひとまず立ち上がり、扉に向かった。扉に手を掛けたとき、俺は寒気を覚えるほどの違和感を感じた。何か、何かが足りない。この扉に来るまでに必ず目に入るはずの、あれが無かった。無かったというより、居なかった。

「…森田?」

そこにあるはずの人影は、ベッドには無かった。ベッドのシワは、そこに人間が存在したことだけを示している。洗面所の中も覗き、声をかける。

「…森田?トイレか?」

返事は無い。そもそも、洗面所の電気はついていない。焦る心臓を抑えながら、俺は部屋の外へ出て、階段を下に降りていく。ギシ…ギシ、老朽化した階段が、悲鳴のような音を立てる。森田はどこに行ったのだろうか、一足先に悲鳴に気づいて、一階に向かったのか。一階に着き、洗面所の方を見る。尻もちをついた坂本さんが、口を魚のようにパクパクさせながら洗面所内を覗き込んでいる。

「さ、坂本さん…?ど、どうかしまし」

洗面所内を覗き込んだ時、俺は彼と目が合った。洗面所内の浴室から、頭だけをこちらに出して覗き込んでいる。頭からは滝のように血が流れ、強い憎しみを帯びた瞳が、力なくこちらを睨みつけている。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

後ろからドタドタと人の歩く音が聞こえる。騒ぎを聞きつけ、全員が一階に降りてきた。ただ、一人を除いて。

「な、なんで、なんでお前が」

二十歳ほどの、若い男。その顔つきからも、正義感の強さが伺える。その死体の持ち主は、まぎれもなく、先ほどまで軽口を叩きあって笑いあっていた…森田だった。










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