転生探偵4 閉ざされた世界、狂い始めた歯車
水が滴り、床に落ちる音。配水管の中を、大量の水が流れている音で俺は目を覚ました。どうやら昨日そのまま寝てしまっていたらしい。…頭が痛い。大して水も飲まずに寝てしまったからだろうか、ひどい二日酔いが俺を襲った。まだぼんやりとしている頭を振りながら、顔を洗うために洗面台へと向かう。
「あ、起きた?お前も後で風呂入った方がいいぞ、昨日入ってないんだから。身体が臭かったら、モテるもんもモテないからな。」
一足先に起きた森田がシャワーを浴びているみたいだ、ユニットバスの仕切りのカーテンが揺れている。
確かに昨日はそのまま寝てしまったのでシャワーすら浴びていない。坂本さんに失望されないためにも後で俺もシャワーを浴びよう。
「外みた?すげぇ雪。あの様子じゃ、スキーも今日は無理だ、視界が悪くて滑り辛いどころじゃない」
思っていた通り、雪はかなり強くなってきているようだ。
「スキーできないならどうしようか、温泉でも探す?確か近くに隠された秘境温泉みたいなやつがあったと思うけど。」
実際はこのペンションから出ることは出来なくなるので温泉を探すこともできないのだが、とりあえず会話を合わせておいた。その後、森田がユニットバスから全裸で出てきたのと交代で俺も軽くシャワーを浴びる。時刻は午前九時、そろそろ新沼がこのペンションを出ようとする時間のはずだ。ペンションの朝食はちょっとしたバイキング形式になっているので、好きな時間に朝食が取れるようになっている。俺はついに始まるクローズドサークルの世界に向けて、息を大きく吐きながら身支度を進めた。森田と二人で一階に降りると、焼き立てのパンの匂いが鼻孔をくすぐる。席を見てみると、斎藤と坂本さんが朝食をとっていた。身支度も既に済ませているようで、綺麗に化粧もしている。そしてその奥、窓側の席に座っていた人物を見た瞬間、足が止まった。…新沼だったのだ。すでにペンションを出ている時間だと思っていたが、どうやらまだ朝食をとっている所らしい。昨日の酒の影響もあってか、顔がむくんでいる。俺は心の中で黒い不安が広がるのを感じた。原作と行動が変わっている、それはなぜか、考えるまでもなく、酒が影響してしまったのだと分かった。寝坊したのか、はたまた二日酔いで脅すどころではなかったのか、それは分からない。だが、確実にズレた。シャワーを浴びた後だというのに、背中に嫌な汗が伝っていくのを感じる。落ち着け、俺は自分にそう言い聞かせながら、空いている席に森田と二人で腰を落とした。俺は料理を取りにいく森田にはついていかず、椅子に座って今後のことを考えた。新沼がこのペンションを出るのが遅れるということは、佐藤さんを脅す時間も当然遅れる。問題は、他の誰かが新沼より先にこのペンションから出てしまう可能性があるという事だ。先に雪崩によって道が塞がっていることが分かったのなら、新沼は佐藤を脅すのをやめてしまうのではないか。今後どれだけペンションに残るのか分からないのだ、下手に佐藤を刺激することは避けるだろう。そんな心配が頭によぎる。ふと新沼の方を見ると、ちょうどこちらを見ていたようで目があった。その目の色が暗黒のように俺には感じられ、やけに不気味に感じた。こちらに気づいた新沼の表情はすぐに笑顔に変わり、軽くこちらに会釈をしてきた。俺は逃げるように、料理を取り終えた森田と入れ替わりで席を立った。原作とズレが生じてしまったのなら、やる事は一つ。生まれてしまったズレを修正し、既定路線に戻すのだ、坂本さんとのキスのためにも。そうとなれば、まず目指すべきは、新沼が一番最初にペンションを出るようにする事だ。そう思った矢先、二階から白石が降りてきた。朝食をとりにきたのかと思ったが、どうやら違う。暖かそうな帽子も被り、ダウンに身を包んでいる。その服装が、彼女がこのペンションを出ようとしている事を暗に示していた。白石に気づいた斎藤が、彼女に声をかける。
「あれ?白石さんもう帰るの?」
「はい、本当はもう少し皆さんとお話ししたかったんですが…雪がどれだけ強くなるのか分からないので早めに出ちゃおうと思って!」
そう言った白石は、早くもダイニングを通り過ぎて玄関に向かおうとする。昨日あんなに楽しく語り合ったというのに、なんともあっさりとした態度だ。旅行好きな彼女にとってあれくらいの談笑は日常茶飯事なのだろうか。そんな事を考えたが、まずは彼女を止めなくてはと思い、声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください。外はかなり雪強いですし、危ないですよ。もう少し様子見たほうがいいんじゃないですか?」
そんな俺の言葉など気にせず、彼女は荷物をゴソゴソと漁っている。
「う〜ん…まだギリギリ大丈夫ですよ、逆に今出ないと本当に帰れなくなっちゃいそうな気がして」
「じゃ、じゃあさ、後少しだけ待ってくれない?俺、白石さんともう少し話したい事があって…」
横にいる斎藤と坂本さんから厳しい視線を感じるが、今はそれどころではない。
「あ、だったらラインでも交換しますか?」
違う、そうじゃない。だが俺が否定するより先に彼女はスマホを取り出し、QRコードを差し出してきた。俺は拒否することもできず、そのQRコードを読み取った。りん、という名前に、犬のアイコン。チワワだろうか。いや、今はそれどころではない、彼女を止めなくては。しかし、俺が次の言葉を探す間もなく、彼女は荷物を持って玄関へと向かい、見送りにきた佐藤に会釈をしながら、外に出てしまった。部屋の奥からでもわかるくらいに大きな風の音、そして室内に流れ込む大量の雪。俺はただそれを眺めていた。
「それじゃあ、さようなら!またどこかでお会いしましょう!」
バタン、と扉の閉まる音。結局彼女を止めることは出来なかった。
「…なんか、嵐みたいな子だったね」
坂本さんが素直な感想を述べ、斎藤もそれに頷いている。彼女たちからしてみれば俺は、必死にナンパをして連絡先を手に入れた、情けないナンパ師にしか見えなかっただろう。心なしか二人の視線が先ほどまでよりも鋭く、冷たく感じられた。どうしたものか、先ほど取ってきた朝食を何とか口に運びながら、俺は頭を悩ませた。白石が先にペンションの外に出てしまった以上、新沼の行動が変わるのは避けられないだろう。このままでは坂本さんとのキスがなくなってしまう。殺人事件を見逃してまでキスを優先するとは、どこまで薄情な人間なのだろうと人々は思うだろう。しかし俺は、どうしても創作物の世界という考えを捨てることができなかった。何とかして新沼に佐藤を脅させなくては。そう思って新沼の方を見た時、俺は心臓が跳ねたのを感じた。また目が合ったのだ。…たまたまか?感情を失ったかのような彼の表情がやけに不気味に感じられたが、気にしすぎだと自分に言い聞かせてすぐ目を逸らした。その時、玄関のドアが勢いよく開き、ハァハァと息を切らした白石が中に入ってきた。
「た、大変です!道が、道が塞がってます!」
一同から、驚きと困惑の混じった声が上がる。
「塞がっているって…一体どういうことですか?」
キッチンで後片付けをしていた佐藤が飛び出して聞く。
「この豪雪の影響で雪崩が起きたみたいで…ここから十分くらいの所にある道路が完全に通れなくなっちゃってます!」
その報告を聞いた佐藤は、一瞬困惑の表情を浮かべたがすぐに平静を取り戻し、丁寧な口調で宿泊客に向かって説明をした。
「道路が塞がっているとなると、業者を呼んで除雪するしか方法がありません。申し訳ありませんが、しばらくお待ちいただく事になってしまいます。すぐに連絡します!」
そういって佐藤は、カウンター脇にある固定電話へと向かい、電話帳をひっぱり出して番号を入力していった。
「あれ…おかしいな…」
受話器に耳をあてた佐藤の顔が、少しずつ青くなっていく。
「電話が繋がらない…この雪の影響で電話回線に障害が起こってしまったのか…?」
それに続けて、斎藤がスマホを取り出して言う。
「こっちも繋がってない…さっきまでは普通に使えてたのに」
ミステリー小説を好む人間なら数えきれないほど聞いたであろうやり取りを、俺は少し離れた位置から眺めていた。歩いて帰れないか、雪を自分たちでどかすことは出来ないか、定番の議論を一通りした後、結局は佐藤さんの提案で、塞がった道路を見に行く探索グループと、停電や非常事態に備えて水や食料の確保をする室内グループに分かれた。原作ではここは、俺、森田、坂本さん、佐藤が外の様子を見に行くグループで、新沼、斎藤、白石がペンション内に残るグループとなる。はずだったのだが。
「俺、昨日のスキーで体中痛くて…申し訳ないけど、ペンション組でもいいですか?」
どういう訳か、森田がペンションに残り、白石が外の探索に回ることとなった。まただ、また原作とズレた。しかも今度は新沼ではなく森田の行動がズレた。これも酒の影響なのか?酒は筋肉痛まで悪化させてしまうのか?そこまで酒の影響が大きかったのか、はたまた他の要因があったのか、俺には判断がつかなかった。その後、探索組の俺たちは白石の案内で雪崩の起きた現場まで足を運ぶこととなった。外は朝よりもかなり雪が強くなっており、冷たい風に吹かれた雪が絶えず襲い掛かってくる。
「坂本さん、足元気を付けてください」
「あ、ありがとう。」
俺はまるで彼氏のように彼女に手を差し出しながら、足の取られる雪道を歩いていく。原作と登場人物の行動が変わっているのは不可解だが、さほど気にすることではないはずだ。それよりも、先ほどナンパ師認定されたであろう俺の名声を取り戻す方が大事である。坂本さんが歩きやすいように、足で雪を除けながら進んでいく。常日頃から雪道を歩いている佐藤と、スポーツの得意な白石はまるで雪なんてないかのように軽快な足取りで前へと進んでいる。そのまま十分ほど歩いた後、問題の個所に到着した。
「これは…」
その光景は想像以上だった。道路上が雪で塞がっている、というよりは、道路上に雪山が生成されたかのような状態だった。ほとんど壁のように感じられる。その状態を見て、佐藤が言う。
「これは私たちではどうしようもないですね…車が通れる道もここだけですし、歩いて通れる脇道はありますが、山のふもとまではまだかなり距離があります。歩いて下山するのは自殺行為です。」
特に収穫もなく、俺たちはペンションに戻ることとなった。
「はぁ…はぁ…」
時間としては往復二十分ほどなのだが、雪の影響もあって、運動習慣のない女性にとってはかなり厳しい。いったい誰が彼女を探索班に任命したというのか。普通連れていくなら男だろう。俺は数メートル後ろで片膝をついて座り込んでいる坂本さんのもとへ駆け寄り、手を差し出す。本当はおぶってあげたいところだが、そこまでの余裕はなかった。
「ごめんなさい、助かります…キャッ!」
俺の手を取って立ち上がろうとした彼女だったが、足を滑らせてこちらに倒れこんでくる形となった。俺はとっさの判断で彼女を受け止め…切れずにそのまま二人そろって倒れこんだ。厚いダウンの上からでも、柔らかいものが当たっている感触が伝わってくる。彼女を探索班にしたやつを誉めてあげたい。
「本当にごめんなさい、いまどきます!!」
ゆっくりでいいですよ、そう声をかけそうになったがあまりにも気持ちが悪いのでやめておいた。
「二人とも!大丈夫ですか!?」
騒ぎを聞きつけた佐藤と白石がこちらに戻ってきて手を貸してくれた。なんとか体勢を立て直した俺たちは、息を切らしながらなんとかペンションにたどり着いた。




