転生探偵13 崩壊
「…黒野、さん…?」
彼女の指は、明確に俺を指していた。
「殴られたんです…!そのランタンで…!」
彼女の近くには、佐藤の部屋にあったのと同じ、鉄製のランタンが置かれている。
「ほ、本当に黒野さんが里香ちゃんを?」
坂本さんと白石は、一歩二歩と後退する。俺には怒りや落胆という感情は無かった。そこにあるのは、ただの哀れみだ。
「おーい!皆、無事鎮火できたよ...って、斎藤さん?その血は...」
ペンションから出てきた新沼は、俺たちを見て、驚いたような、興味深いような顔をした。
「へぇ...つまり、黒野君が犯人だった、って事でいいのかな?」
全員の視線が、俺に集まるのを感じる。それでも焦りを感じないのは、俺が分かっているからだ。
俺が犯人では無いことを。
「何とか言ったらどうなんですか!」
白石の語気が強まる。俺は、一体何から説明するべきか思考を巡らせていた。森田の死から話すべきか、佐藤の死から話すべきか。しかし、この疑われた状況から長々と過程話している時間は無い。俺は、単純で、そして最も重要な結論を、その場に提示した。
「...僕は、犯人ではありません。」
一度大きく息を吸う。
「犯人は...犯人は、斎藤さん、あなたです。」
彼女の額から、血が一滴頬を伝って落ちた。まるで、涙のように。
「里香ちゃんが...犯人?一体何を言っているんですか?」
怒りを押し殺した坂本さんの声が耳に届く。
「もしそうだとしたら、里香ちゃんはいったい誰に襲われたっていうんです!?もしかして、犯人だと思ったから里香ちゃんの事を殴ったんですか!?」
「違う、そうじゃない。」
「だったらなんですか!」
「斎藤さんは、自分で自分の頭を殴ったんだ。」
場の空気が止まる。沈黙を破るかのように、新沼が質問を投げかける。
「自分で自分の頭を?それはまたどうして。」
「この状況です。」
「僕に疑いが向く、この状況を作り出すこと。それが犯人の目的なんです。」
彼女の目的は、ずっと一貫していた。罪を、俺に擦り付けようとしたのだ。
「皆さんは不思議に思わなかったですか?包丁がわざわざ袋に入れて保管されていたことに。」
「それは...犯人がもう一度その包丁を使うためじゃないのかい?」
「それは半分当たっていて、半分外れです。第一に、わざわざ同じ凶器を使わなくても良かったはずです、他にも包丁はあったわけですから。それに、もう一度使うだけなら袋に入れる必要もない。袋に入れたのは、後で誰かの荷物に凶器を紛れ込ませるためだったんです。」
「...別に、血が壁に付着しないよう袋に入れたって可能性もないかい?実際他の包丁は封印されたわけだからね。」
「確かに、その可能性だってあります。なのでこれはあくまでも仮説です。でも、この後話すことが事実なら、この仮説はとある方法によって証明できます。新沼さん。」
「...なんだい?」
「もしも貴方が犯人だとして、どうやって他の人の荷物に凶器を紛れ込ませますか?」
「...普通に、ターゲットが荷物を持ってきたときにしれっと紛れ込ませるんじゃないかな。」
「はい、そうです。でも、それがこの状況ではできません。なぜなら誰も、荷物を持って一階には降りてこないからです。」
つい数時間前まで、誰一人としてこのペンションから出ることは出来なかった。誰一人として、荷物を一階には持ってきていない。
「でも、斎藤さんは二人と同じ部屋で過ごしていたわけだよね?別にその二人のどちらかの荷物に紛れ込ませることだって出来たわけだ。」
「はい。でも、斎藤さんの標的は、あくまで僕だけでした。」
「...それはまたどうして?」
「とりあえず聞いてください。斎藤さんは、僕に凶器を押し付けたかった。でも、荷物を一階に持ってくるタイミングは無い。もし仮にタイミングがあったとしても、その時ちょうど手元に凶器があって、誰にもバレずに荷物に忍び込ませる。言葉にしただけでも、その難しさが分かるでしょう。」
楽しそうにこちらを見る新沼、何か言おうとして口をパクパクさせ、結局黙り込む坂本さんと白石、そして、無言で俯く斎藤。
「だから斎藤さんは、別の方法を取りました。部屋に侵入して、凶器を紛れ込ませるという方法を。」
聞きづてならないとばかりに、坂本さんが反論する。
「待ってください!鍵なら黒野さんがずっと持っていたじゃないですか、それに、今は私が持ってます。鍵をバレずに盗んで部屋に侵入する。そっちの方が難しいじゃないですか!」
「はい、でもそれは、鍵が一つだったらの話です。」
俺は新沼の方を見る。
「...確かに、他の人は知らないかもしれないが、黒野君の部屋には鍵が二つある。今は金庫の中に保管されているけどね。」
俺はずっと、マスターキーの方に注意を向けていた。でも違った。俺が注目すべきは、もう一つの鍵。森田が持っていた、101の鍵の方だった。
「斎藤さん、鍵を出してください。あなたの部屋、いや、101の鍵を。」
全員の視線が、今度は斎藤の方へと向く。斎藤は、震えた手でポケットを探り、104と書かれた鍵を差し出した。
「ほ、ほら、これは里香ちゃんの部屋の鍵ですよ。黒野さん達の部屋の鍵じゃ...」
俺は、104と書かれたストラップを取り外し、それを掲げて見せた。
「このペンションの鍵は、見た目がほぼ一緒です。だから、こうやってストラップで区別できるようにする必要がある。でも、一度ストラップが外されてしまえば、どこの部屋の鍵か分かりません。」
斎藤は森田を殺した後、鍵をすり替え、俺に凶器を擦り付けようとした。しかしーー
「部屋の鍵をすり替えた斎藤さんは、ここで一つの問題に直面してしまったんです。それは、自分の部屋に戻れなくなったことです。」
俺たちは、森田の死体から鍵を回収して、それを金庫にしまった。つまり斎藤の部屋、104の鍵は金庫にあるのだ。
「だから斎藤さんは、殺人に怯えたふりをして、三人で同じ部屋で過ごす事にしたんです。一日目から斎藤さんの服装が変わっていないのも、そのためです。
「そんな...そんな事...」
反論を述べようとした坂本さんだったが、続く言葉は出てこない。
「僕は今から、この鍵を使って101の扉を開けに行きます。皆さん、付いてきてもらっていいですか?」
「もういいです...」
その言葉は、斎藤の口から漏れ出していた。
「もう、いいです...!」
「全部、私がやりました...」
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雪に足を取られながら、俺たちは山を下りていく。新沼が先頭を歩き、俺たちはそれに続く。数メートル後ろでは、今にも倒れそうな斎藤を、坂本さんと白石が支えている。
「それにしても、無事帰れそうで良かったよ。これも全部、名探偵黒野くんのおかげかな?」
事件は解決した。後は下山して、斎藤を警察に引き渡す。それで、全てが終わる。
「斎藤さんがなんであんな事をしたかは分からないが、後は警察の調査に任せれば問題ないだろう。」
先ほどの光景が頭に浮かぶ。
「全部、私がやりました...」
そう告げた斎藤は、それ以降、一度も口を開かなかった。坂本さんが何を言おうと、反応すら示さない。まるで、魂が抜けたかのように。
森田と佐藤、二人を殺し、建物に火をつけ、さらには罪を擦り付けようとした。一体、どれほどの罪に問われるだろうか。俺は、彼女に同情していた。
「うーん、ちょっと雪が強くなってきたか?急いだ方が良いかもね。またあのペンションに戻るなんて、死んでもごめんさ」
「…新沼さん」
「ん?どうかした?」
俺は自分の中にある猛烈な怒りを押し殺し、可能な限り穏やかな声で新沼に尋ねた。
「斎藤さんは、加害者だと思いますか?」
「...?どういう意味か分からないけど、殺人を二件も起こしているんだ、加害者に決まっているだろう。」
「えぇ、確かに彼女は二人を殺した。そこに間違いはありません。でも、」
後ろを振り返り、彼女たちが遠くにいる事を確認する。
「斎藤さんは加害者であり、被害者です。」
「...」
「斎藤さんが罪を重ねたのは、新沼さん、あなたのせいです。」




