転生探偵10 違和感
「どいてください!」
体が後ろに引っ張られ、思わずよろける。部屋の中に入っていった新沼が佐藤の傍にしゃがみ込む。その様子を、俺たちはただ眺めていた。
「...脈が無い。それにこれは...」
後ろで様子を眺めていた白石が、叫びとも解釈できる声を上げる。
「皆殺される...!もう無理...無理です...いやぁ!!」
どこかに走っていこうとする白石を、坂本さんが制止する。
「お、落ち着いて白石さん!落ち着いて...だ、大丈夫だから」
恐怖は伝播し、不安を増幅させる。二人の様子を見ていた斎藤もその場でうずくまり、嗚咽をあげた。
「死亡してからそれなりに時間が経っているみたいですね...血が乾いている。」
後ろの様子など気にもかけず、新沼は室内の奥へと入っていく。
「に、新沼さん!勝手に入っていくのは...!」
彼の後に続いて中に入っていく。
「死因は...後頭部か?」
血に染まった後頭部を新沼が覗き込む。
「何か...鈍器で殴られたみたいだね、ほらここ、へこんでる。ただ...これが直接の死因っていう訳ではないのか…?そこまで傷口が深くない。」
新沼は視線を佐藤の上半身の方へと移していく。
「となると...こっちかな」
頭とは別で、左胸の辺りを刺されているようだ。白いシャツが赤く染まっている。
「死因は背後からの刺殺と見て間違いなさそうだね。そうなると...黒野君、部屋の中に凶器が無いか一緒に探してくれないか?きっとどこかにあるはずだ」
佐藤の部屋を見渡す。オーナーの部屋ということで生活感はあるが、造り自体は客室と大差ない。化粧台、洗面所、そして簡素なベッド。一つ一つの場所をくまなく探索する。
「あ、」
ベッドの下、視界の端に何か光るものを見つけた。手を伸ばし、それを引き寄せる。重量感のある、金属製のランタン、停電に備えて準備していた物だ。
「新沼さん、これ...」
彼を手招きしようとしたとき、指先に気味の悪い感触を感じた。ヌメヌメとした、赤い液体。それは血だった。
「黒野君?どうかしたのかい?」
「べ、ベッドの下に、血まみれのランタンが...!」
気持ち悪さに耐えきれず洗面所へ駆け込み、手についた血を必死に洗い流す。血が残っていないか確認した後、洗面所から出た。新沼がランタンを覗き込んでいる。
「ふむ...これで殴って気絶させた後、刃物で刺し殺したって感じなのかな?だとすると、どこかに刃物があるはずだけど...」
そういって新沼は部屋の隅々を細かく確認していく。
「ほら、黒野君も探して、」
「あ、はい」
二人がかりで徹底的に凶器を探したが、とうとう刃物が見つかることは無かった。
「おかしいね、あると思ったんだけど...」
「うぅ...」
部屋の前でしゃがみこみ嗚咽を上げる斎藤の姿が目に入る。新沼は彼女をちらっと見た後、小走りに駆け寄り、自身が羽織っていたコートを優しくかぶせた。
「黒野君、一旦部屋から出よう。女性陣が限界みたいだ。」
一同は重い足取りでリビングへと向かった。俺はあることを思いだし、一足先にリビングに入る。テーブルの上に置かれた、金属製の箱。金庫だ。それは、俺の頭の中にあった姿と全く同じだった。同じ向き、同じ角度、そしてーー間に挟まれた髪の毛。マスターキーは、動いてない。
「黒野君、随分と急いでるけど、どうかした?」
背後から新沼に声を掛けられる。俺は金庫が動いていない事を、新沼に耳打ちした。
「…それは間違いないんだね?…そうか…」
新沼はしばらく悩んだあと、また俺に耳打ちをした。
「ひとまず、まだマスターキーに関しては隠しておこう。金庫が開けられていない以上、下手にその話をしても不信感が増すだけだ。」
不信感ーーその言葉が頭の中で反芻される。第二の殺人が起こった今、それが生じない事の方がおかしな話だ。もう間違いなく、この中に殺人犯がいるのだ、それも二人を殺した。俺は全員の顔を見渡す。残っているのは五人。自分を除けば四人。この中に、犯人がいる。実際の所、俺は佐藤を少し疑っていた。なにしろ彼は原作における犯人だったのだ。だが彼は、殺されるという最強のアリバイを手に入れた。つまり彼は犯人ではない。
「皆、聞いてくれ」
全員の視線が新沼に向く。
「こうなってしまった以上、私たちは犯人を徹底的に突き止める必要がある。そこでだ、君たちには今から昨日何をしていたか詳しく教えてもらいたい。」
誰も何も返事をしない。
「…承諾と取っていいかな。じゃあ…私は夕食の後、部屋に戻って一階には一度も降りてこなかった。で、朝六時に起きた後、顔を洗ってから一階に降りて朝食の準備を始めたんだ。さっきも言ったけど、佐藤さんはずいぶん働きづめだったからね、少しくらいは協力しようと思ったんだ。」
以上、そう言わんばかりに新沼は顔をこちらに向けた。
「僕も同じような感じです...部屋に戻って、シャワーを浴びて...それからーー」
...どこまで話すべきだろうか。監視していた事を伝えたとしても、実際に手に入れられた情報はゼロに近い。それに、あの音が人間の物だったという確信すらないのだ、鼠が迷い込んだだけの可能性だってある。
「...しっかりと戸締りをした後、新沼さんが起こしに来るまで眠ってました。」
あの音の正体が分からない以上、他の人の恐怖を煽るような発言は避けるべきだろう。
「...そうか、じゃあ...お嬢さん方は?」
意気消沈している二人に代わって坂本さんが説明する。
「私たちも同じような感じです、部屋に戻って、シャワーを浴びて、そのまま三人で寝ました。」
「じゃあ、朝になるまで誰一人として部屋からは出ていないんだね?深夜に誰かが起きた可能性は?」
「それは...分からないです。同じ部屋とは言っても、私以外の二人は床に布団を敷いて眠っていたので...」
「つまり、アリバイは無い、ってことかな?」
「...そういう事にはなりますけど...そんなリスクのある事...」
彼女の言う通り、深夜に誰にも気づかれず部屋を出るのはかなりのリスクがある。深夜を選んだのにも関わらず、そんなリスクがある行動を取るだろうか?
「...まぁ、それは犯人に聞いてみないと分からないだろう。」
新沼は顎を軽く撫でた。今の話を真に受けるなら、一番怪しいのは新沼だ。この中でも最も早く起きて、最も早く佐藤と対面できる機会がある。
「いずれにせよ、犯人は佐藤さんの部屋に侵入し、ランタンで頭部を殴って気絶させた後、背後から刃物で胸部を刺して殺した。」
「でも…」
坂本さんが不思議そうな顔をする。
「侵入するっていっても、部屋の鍵は一つしかないですよね。犯人は一体どうやって佐藤さんの部屋に侵入したんでしょうか…こんな状況で人を招き入れるなんて普通しないと思うんですけど…」
俺は先ほどの現場の状況を思い出す。扉の方に頭を向けて、うつ伏せで倒れている佐藤。
「確かに…僕も思ったんですけど、どうして佐藤さんの遺体は扉の方を向いてたんでしょう…寝ている時に侵入されたとして、殴られるとしたらベッドの上か、侵入に気づいて抵抗しようとした所を正面から殴られるかのどちらかだと思うんです。」
そもそも、なぜ犯人は刃物を使う必要があったのだろうか。頭を殴って気絶させたのなら、血が出る凶器ではなく、ロープのような物で絞殺すればいい。
「まぁ、これ以上考えていても仕方がないさ。今考えるべきことはどうやって自分たちの身を守るかだ。第二の殺人が起こった以上、何が起きるか分からないからね。」
要するに、新沼は第三の殺人が起こる可能性を考えているのだ。それには俺も同感だった。
「新沼さん、これは僕の意見なんですけど、全員の部屋を一度調査しませんか?佐藤さんの部屋からは凶器が見つからなかった訳ですし...絶対に犯人がどこかに隠したと思うんです。」
犯人がランタンを残して刃物だけを隠す理由は何なのだろうか、次の殺人に利用するため?
「うん、ちょうど僕も同じことを考えていたんだ。どこかに凶器がある状況で安心して過ごすなんて不可能だからね。ただ、部屋の調査は意味がないと思うよ。」
「意味がない?」
「意味がないは言い過ぎたけど、もし僕が犯人なら、そんな決定的な証拠になるものを自室に置いておくなんてしないね。部屋から血まみれの刃物が出てきたなんて、言い逃れできないだろう。」
確かにその通りだ。俺が犯人なら、そんなリスクのあることはしない。
「ひとまず部屋は後回しにして、公共スペースを全員で探索しよう。それでも見つからなかったら部屋でもなんでも調べればいい。」
彼に先導されるがままに、一同はリビングを出た。玄関、カウンター、佐藤さんの部屋、ダイニング、そしてキッチンと順に手あたり次第探していく。キッチンの棚を開けた坂本さんが手招きをする。
「黒野さん、これ...」
三つの包丁スタンドのうちの一つが、空いている。
「私はキッチンに居ることが無かったので分からないんですけど...包丁って元から二本でしたか?」
俺は記憶を遡る。二日目にパンを切り分けた時は確か...三本あったような気がする。
「確か三本あったと思いますけど...確証があるかというと...あ、斎藤さん!」
近くで別の場所を調べていた斎藤を呼び寄せる。彼女は初日から食事の準備を手伝っていた、包丁の数を覚えているかもしれない。
「ここの包丁って元から二本でしたっけ...?」
「包丁...ですか?...確か三本あったと思います。切る食材によって使い分けていたので...」
つまりここには包丁が三本あったという事だ。騒ぎを聞きつけた新沼が顔を出す。
「どうかした?」
「いや、この包丁が元から二本だったのか斎藤さんに聞いていたんです。三本あったんじゃないかって」
「包丁...確かに三本あったような気がするな...犯人はこれを使ったのかな?」
もう一度キッチン周りを確認してみたが、やはり包丁は二本しかない。それに、なくなっている一本は俺がパンを切り分けた時に使ったものだ。鞘の色が特徴的だったから覚えている。
「まぁ、それを頭にいれながら探索するとしよう。後調査していないのは...」
新沼が洗面所の方を向く。
「...案外、死体の傍に凶器を隠すっていう可能性もあるね。」
そういって新沼は洗面所の方へと歩き出す。俺たちも重い足取りでそれに続いた。
「うっ...」
彼が死体になってから、もう三日経つ。腐臭のような、嫌なにおいが鼻を刺激する。後ろについてきていた白石が拒否反応を示した。
「...ごめんなさい私無理です...!皆さんで調べてください!!」
そういって彼女はうずくまってしまった。坂本さんが肩をさする。
「じゃあ…黒野君、一緒に探してもらえるかな?」
「…分かりました。」
洗面所の中に入ると、より一層匂いが強くなる。なるべく早く探索して、一刻も早くここから出たい。新沼も鼻を抑えながら手を動かす。洗面所の棚、浴室の隅、そしてトイレ。
「黒野君、どうやら洗面所にはないみたいだ、早くここから出よう。鼻がもげそうだよ」
森田の親友である俺の前でする発言ではないが、限界が来ていたのは俺も同じだった。足早に洗面所を出る。そのまま二階を探索する事となり、全員で階段を上がっていく。他に全員がアクセスできる部屋は倉庫と、使われていない空室だけだ。
「あの…」
一番後ろを歩いていた坂本さんが手を挙げる。
「こんな時に言うのもあれなんですけど…お手洗いに行っても良いですか?さっきから我慢してて…」
新沼が答える。
「…もちろん構わないよ。じゃあ、斎藤さんと白石さん、念のため付き添ってあげてくれるかい?疑う訳じゃないが、坂本さんが犯人だった場合証拠を隠滅する可能性があるからね。できる限り対策はしたい。」
「…勿論です。じゃあ、ごめんね、二人とも着いてきてもらっていい?」
そうして三人は自室へと向かった。俯いている白石と、周りをキョロキョロと見渡す斎藤の後ろ姿が、二人の精神的疲弊を表していた。その後数分で三人は戻り、新沼はチラッと空室の方を見た後、倉庫のドアノブに手をかけた。
「まずは倉庫から探そう。ここは物が多いからね。犯人が隠すとしたらこっちの可能性の方が高そうだ。」
そういって新沼は埃の被ったガラクタとも言える備品を動かしていく。
「黒野君たちも、探すのを手伝ってくれ。私ひとりじゃこの部屋全体を探すのは無理だ。ほら、そっちの方を頼むよ」
俺は坂本さんと一瞬顔を見合わせた後、手分けして作業に移った。歪んだスノーボード、最後に使ったのがいつなのか分からないタイヤのチェーン、ペンチなどが入った工具箱。額に汗が滲む。後ろから斎藤が言う。
「あの…私も手伝います…あっちの方探しますね」
室内に立ち入ろうとする斎藤を新沼が制止する。
「いや、斎藤さんは白石さんの事を見ておいてくれ。今の精神状態じゃあ何するか分からないからね」
そう言って新沼はより一層スピードをあげてガラクタを動かし始めた。
探索を続ける事二十分、何かが見つかる事は無かった。俺は腰に手を当てながら新沼に話しかける。
「新沼さん、この部屋にはなさそうですよ、向かいの空室を探しませんか?」
新沼の返事がない。
「新沼さん、新沼さん!」
はっとした新沼が手を止める。
「…どうかしたのかい?」
「いや、これだけ探しても見つからないって事はここには無いですよ、向かいの部屋を探しませんか?」
「うん…でもこの部屋は物が多いからね。見落としがあるかもしれない。もう少しだけ調べよう」
そう言って新沼は再び手を動かし始めた。
「はぁ…」
ため息をついて作業に戻ろうとしたその時
「あっ!!!」
横で作業をしていた坂本さんが声を上げる。
「坂本さん?どうかしました?」
「黒野さん…これ…」
若干震える彼女の指し示す場所を目で追う。そこには、袋に入れられた状態のナイフがあった。そのナイフには、血がベットリと張り付いている。




