転生探偵9 第二の殺人
「黒野君?起きてるかい?」
扉をノックする音で俺は目を覚ました。時刻は八時。
「...今起きました。どうかしたんですか?」
ドアノブに手を掛けてから、開けて大丈夫だろうかと警戒した。しかし、外から女性陣の話し声も聞こえたのでそのまま扉を開けた。
「いや、特に何か用があるっていう訳じゃないんだけどね、朝食の準備がそろそろできるから起こそうと思って。あぁ、それと残念なお知らせだけど、外はまだ真っ白だ。」
眠い目をこすりながら、新沼の後ろにいる坂本さんと白石に目を向ける。
「二人には一応付いてきてもらったんだ。警戒されてドアを開けてもらえなかったら悲しいからね。」
坂本さんがこちらを見ながら笑う。
「黒野さん、凄い寝ぐせですよ、ほら、右の辺り。」
彼女が指す位置を探ると、確かに寝癖が立っている。恥ずかしさを隠しながら手櫛で整える。
「ところで、斎藤さんと佐藤さんは?」
新沼が答える。
「あぁ、斎藤さんには朝食の準備をしてもらっているんだ。佐藤さんに関してだけど、ここ数日間ずっと働き詰めだったからね。昨日、明日はゆっくり休息を取るように言っておいたんだ。多分まだ部屋で寝ているんじゃないかな?」
確かに佐藤さんには初日からかなりの重労働を強いてしまった。新沼にも、人の心があったという事か。
「それとね、さっき二人には軽く提案したんだけど、部屋の交換をした方が良いと思うんだ。」
「部屋の交換?」
「うん、本当は昨日の夜言えれば良かったんだけど、坂本さん達は三人で一つの部屋を使っているのだろう?だったら、二人部屋の方を使った方が良いと思うんだ。」
「はぁ...」
ふと白石の方を見ると、なにやら首のあたりをさすっている。
「やっぱり同じ部屋に全員で寝るのは無理でした...!変に寝違えて首が痛いです。ということで黒野さん、部屋変わってください!」
なんとも突然な提案である。俺は散らかった自室の様子を想像して答えた。
「僕は良いですけど...坂本さんは良いんですか?大分汚くしちゃってますけど、、、。」
「私は別に...むしろ、こっちの部屋の方が散らかってるかもしれないです...それでも良ければ」
散らかっていようが何だろうが、女子の居た部屋に移動できるなんて断る理由が無いだろう。俺は興味ないふりをしながらも、部屋交換の要求を受け入れた。
「じゃあ、私は一階で朝食の準備を手伝ってくるから、今のうちに済ませておいてくれ。斎藤さんには、私から言っておくよ。」
そういって新沼は階段の方へと向かっていった。白石が元気よく坂本さんの部屋の扉を開ける。
「そっちに荷物運べばいいんですよね?そんなに荷物も多くないんで、すぐ終わると思いますよ!」
白石が部屋の中から私物を無造作に引っ張り出す。
「このバッグは私ので~、この化粧ポーチは坂本さんの、あとこの下着はーーー」
「ちょ、ちょっと、それは自分でやるから!!」
男が聞いてはいけない会話のように感じられたので、くるりと背中を向けて、自分の部屋の中に戻る。荷物を軽くまとめた後、手前側のベッドの傍にある黒いボストンバッグに目を落とす。衣類と洗面用具が雑に詰められた、彼のバッグ。二人分のボストンバッグを抱えて廊下に出る。坂本さんの部屋の中からは二人が言い合っている様子が伝わってきた。部屋の前で体育座りして待つ事五分、楽しそうな白石と、息を切らした坂本さんが出てきた。一通りお互いの荷物を運び入れた後、鍵の交換をし、部屋交換は無事完了した。
「あ、そうだ。」
白石は何かを思い出したかのように坂本さんの部屋に戻り、枕とシーツをはがしていった。
「流石に私も乙女ですからねー、黒野さんも、自分の枕とシーツ持って行ってください!」
ーーまぁ、当然か。そう思う気持ちと、残念に思う気持ちが心の中にはあった。バタン、二人が自室――つまり俺の部屋に入っていく。それを確認した後、俺も自室――つまり坂本さんの部屋へ戻った。何となく甘い匂いにそわそわしながら、部屋の中を見渡す。造りは二人部屋ととくに変わらず、ベッドと化粧台がそれぞれ一つずつ置かれた簡素な部屋だ。軽く顔を洗って、すぐに一階に向かった。どうやら朝食の準備は既に済んでいるようで、焼けたパンのいい匂いがする。新沼と斎藤がキッチンで何やら話している。
「前から思っていたけれど、斎藤さんは料理が上手だね。料理教室とか通ってたりするの?」
こんな時にナンパか、俺は呆れながら食卓についた。二階から坂本さんと白石の二人が降りてくる。そのまま全員が食卓につき、緩やかに朝食は始まった。
「それにしても、雪はいつになったら止むんですかね」
白石の質問に、窓の外を眺めていた新沼が言う。
「どうなんだろうね、雪が強くなってから、かれこれ三日目かな?流石にそろそろ止んでもらわないと困るけど...ただ、」
こちらに向き直って新沼が言う。
「これだけの人数が閉じ込められているんだ。誰かの親や知人が、警察に通報しているはず。案外、雪が止むより早くヘリコプターが飛んでくるかもしれないよ」
隣に座っていた坂本さんが笑いながら言う。
「ヘリコプターって、こんな吹雪の中飛ばせるんですか?先にヘリが落ちちゃいそうですけど」
「ははっ!それはそうだ。でも、間違いなく警察は既に動いているだろうし、何らかの対策はしていると思うよ。私たちはここで呑気にコーヒーでも飲んで待っていればいい。」
そういって彼はコーヒーを一気に飲み干した。坂本さんが周りを見渡しながら言う。
「そういえば...佐藤さんはまだ起きてこないんですか?」
一同の視線が佐藤の部屋の方に向く。
「確かに、ゆっくり寝てて良いとは言ったけど、もう十時になるからね。黒野君、悪いけど、起こしてきてもらえるかい?」
「あ、はい。分かりました。」
命令されたことに若干の腹立たしさを感じながらも、佐藤さんの部屋に繋がる通路を歩いていく。そういえば、昨日夢の中で聞いた、誰かが階段を上り下りしたような音、あれは現実だったのだろうか。一歩ずつ、通路を進んでいく。もしもその音が現実で、誰かが一階に降りたのだとしたら、そいつの目的はーー
そのとき、視界の端に赤が映る。床にしみ込んだ、黒とも言える赤。それが通路から、佐藤の部屋の方に続いている。まるで、何かを引きずったかのように。
「佐藤さん?」
その呼びかけが、彼に届くことは無いことを心の中では理解していた。
「佐藤さん!」
声に気づいた皆が通路を歩いてくる音が聞こえる。
「佐藤さん!?大丈夫ですか!?」
ドアノブに力を入れたとき、鍵が掛かっていないことに気づく。扉を押し開ける。
「佐藤...さ...ん」
頭をこちらに向けて、うつ伏せで倒れている佐藤。その白髪が、赤に染まっていた。




