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 求婚を受けてから数日後のこと――。

 

 

 ミレイラは母と共に邸のエントランスにいた。

 

 今日はアードルフと約束した日で、既に来訪の知らせも届いている。

 

「ミラ、そんなに緊張しては身が持たないわよ?」

 

 穏やかな表情を浮かべながら、母アンジェリーナはミレイラの肩をトントンと撫でる。余裕のないミレイラは既に防御魔法を展開しており、今の感情がアンジェリーナに伝わることはない。

 

 しかし今のミレイラがどういう状態かなんて、触らずとも計り知れると言うもの。

 

「落ち着いて、アードルフ卿はまず友人からって仰ったのでしょう?もっと軽い気持ちでお待ちなさいな」

 

 そんなことを言うアンジェリーナの様子は言葉通りで、とても娘の求婚相手をこれから迎えるとは思えない落ち着きようだ。

 

「それだとミラの方が懸想してるみたいよ?」

「な……っ!?」

 

 隣にいるミレイラにしか聞こえないような声量で、笑いを堪えながら囁かれたそれはとんでもない誤解である。

 

 しかしこの人はわざと言っている。それを理解していても過剰に反応してしまい、これでは余計にアンジェリーナの言葉を肯定したようになってしまう。

 

「……公爵家の人間が来るってだけでも、緊張するでしょ」

 

 思わず不貞腐れた物言いをしてしまい、少しだけミレイラは表情を曇らせた。

 

「そうね。でも、アードルフ卿はあなたが伯爵令嬢だから会いに来るわけではないんじゃなくて?」

 

 その問いもまた、ミレイラの口を閉じさせる。

 

「……そんなこと、本当にあり得るのかしら」

 

 身分など関係なく、一個人に惹かれたから求婚するなんて。そんな幻想は夢物語だからこそ通じるものだ。拗ねたものの考え方をするが、貴族である以上逃れられない現実でもある。

 

「ミラ、顔を上げなさい。いらしたわ」

 

 そんな会話をしていると、ミレイラの耳にも扉の向こう側の話し声が届いた。

 

 

 

 

 

「ようこそおいで下さいました。夫に代わり、ご挨拶申し上げます」

 

 優雅に微笑を浮かべて挨拶するアンジェリーナに倣い、ミレイラも一緒にカーテシーをする。

 

「こうして再び伯爵家に訪れることを許可して頂き感謝致します。エイルース公爵家が長男、アードルフ・エイルースと申します。シュミット伯爵と夫人には、近いうちに正式にご挨拶に伺います」

「ご丁寧にありがとうございます。私はアンジェリーナ・シュミットと申します。夫もアードルフ卿に会いたがっておりましたから、後ほど予定を伺わせて頂くことになると思います」

 

 淡々と繰り広げられる会話にどこかうすら寒さのようなものを感じつつ、ミレイラはそっとアードルフに目を向ける。

 

 アンジェリーナに挨拶するアードルフを見て、改めてその整った容姿に感嘆とする。

 

 精悍な顔立ちを覆う白銀の髪はサラサラで、神秘的な雰囲気を醸し出している。そしてサファイアのような深い青色の瞳は全てを見通すように鋭く、それでいて純度の高い透明度を持っていた。

 

 そんな彼が手にしている花束に若干のくすぐったさを覚えるが、それよりもだ。前回と同じようにティータイムの頃合いに来訪した彼は、装いからしても直前まで側近として王城にいたのではないかと予想される。

 

 忙しい身の上でこうしてミレイラに会う為に時間を捻出してきたのかと思うと、ありがたいとも申し訳ないとも感じてしまい言葉にするのが難しい。

 

 そんなことを思っていると、話を終えたアードルフの視線がこちらに向いた。

 

「こんにちは、ミレイラ嬢」

「ごきげんよう、アードルフ卿。本日はわざわざお越し下さり、ありがとうございます」

 

 彼はミレイラの前に歩み出ると、薔薇の花束を胸の前に抱え直す。

 

「これをあなたに」

 

 簡素な台詞には似合わない華やかな花束は、赤い薔薇とカスミソウの白で彩られており、薔薇の本数から求婚の意味を持つことが容易に想像できた。だからこそ思わずミレイラの動きが止まる。

 

「これは本当なら前回訪問した際に持参したかったものだ。当初は見舞いの名目だったので自重したが、求婚した身としてこれだけは贈らせて欲しい」

 

 そう言いながら花束を差し出されるものだから、求婚された時のことを思い出して頬に熱が灯りそうになる。なんとか表情を取り繕うと、感謝の言葉と共に花束を受け取る。

 

 その様子にアードルフは嬉しそうに微笑んだあと、胸ポケットに飾られていた青い一輪の薔薇を取り、ハーフアップに編み込まれたミレイラの髪の左側に差し入れる。

 

「今日はこれだけで申し訳ない」

 

 言葉は謝罪だがアードルフの表情は甘く穏やかだ。そしてこれだけと言って差し出された一本の薔薇が持つ花言葉は『一目惚れ・あなたしかいない』で、こんなの花束と同じようなものじゃないかと、ミレイラは今度こそ赤面してしまう。

 

「あらあら、意外と熱烈ですこと。お友達に会いに来たのではなくて?」

「もちろんその通りですよ。ですが、口説くために友人関係を望んだので好意を隠す気はありません」

 

 とんでもない台詞を吐いたアードルフは、アンジェリーナに詰められようと改める気は更々ない様子で、母も分かったうえで忠告しているのだろう。咎めると言うよりは興味津々と様子を伺っているように見える。

 

「さあミラ、固まっていないで案内して差し上げなさい。お友達の時間は有限なんだから」

 

 時間がないのはその通りなので、ミレイラは軽く咳払いをして気持ちを改める。

 

「分かりました。アードルフ卿、こちらへどうぞ」

 

 傍にいたメイドに花束を預け、部屋に飾るよう指示を出したあと、ミレイラはアードルフをサロンへと案内しながら必死に動揺を落ち着けるべく深呼吸をした。

 

 

 

 

 

 ✻✻✻✻✻

 

 

 

 

 

「アードルフ卿、今後もああいう事をなさるつもりなのでしょうか……」

「ああいう事とは?」

 

 まるで見当は付かないと言わんばかりのアードルフの返しに言葉を詰まらせたミレイラは、少々気まずさを覚えた。

 

 二人は現在、日当たりのいいサロンでささやかなティータイムを楽しんでいた。主に楽しんで見えるのはアードルフだけだが。

 

「身内の前で口説くだなんて言われるのは……いたたまれないです」

 

 堂々と口説くために友人になったなんて表現をされると、まるで自分はそれを承知の上で友人になったみたいではないか。

 

 ミレイラとしては、婚約者候補として親しくなりたいと言う理屈に納得したのだ。確かにお互いの事を知るのは大事だし、仮に断るとしても明確な理由を提示しなければアードルフは了承しなさそうだとも思ったから。

 

「隠れて口説くより堂々と宣言した方がご家族の心持ちも幾分かマシかと思ったのだが」

「当事者の私が耐えがたいです……」

 

 お茶の席に着いてから常に微笑を絶やさないアードルフは、王太子殿下の後ろに控えている時の姿とは似ても似つかない。ただでさえ交友関係は一人しかいない狭さだと言うのに、異性にここまで心を向けられたことなど一度もないミレイラには心臓に悪すぎる。

 

「そうか。ならばご家族の前ではなるべく控えよう。代わりにこちらからも要望がある」

 

 はっきり『しない』と言わないあたり、あくまで考慮すると言うこと止まりのようだ。そこははっきり断言して欲しかった。

 

「今後私はあなたをミレイラと呼ぶ。その了承を得たいのと、私の事も名で呼んで欲しい」

「それは……私の事は構いませんが、アードルフ卿は……」

 

 これから親しくなる予定としても、いきなり公爵令息を呼び捨てにしろと?

 

「アードルフと」

「ア……アードルフ…………さま」

 

 一度は呼び捨てにしようと試みたが、違和感が酷すぎて思わず敬称を付け足してしまう。しかも苦し紛れに付け足したせいで子供のようにたどたどしい物言いになってしまい、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠した。

 

「……ふっ」

 

 聞こえた声は、どうやらアードルフが笑いを堪えきれずに零したもののようだ。

 

「無理強いはしない方が良さそうだ」

「……手加減して下さいませ」

 

 何とか恥ずかしいこの気持ちを切り替えようと、ミレイラは紅茶で喉を潤しつつ呼吸を整える。

 

「あなたは随分感情豊かな人のようだ。色んな表情が見れるのは嬉しい誤算かな」

 

 アードルフのその言葉に、ミレイラは思わず首を傾げる。

 

「そう……でしょうか」

 

 二度感情を読まれているが、そこに感情が豊かだと言うほどの多彩さなどあっただろうか。ミレイラから伝わるのは負の感情ばかりのはずで、ましてやそんなに自分は表情を変えていただろうか?

 

「動揺させる私のせいなのだろうが、素のあなたを引き出したのが自分だと思うと気分がいい」

「……良い性格をしておいでですね」

「ありがとう。そんな訳だから、ミレイラも明け透けに言葉を返してくれて構わない。じゃないと疲れるぞ」

 

 人の気も知らず嬉しそうな顔をするものだから思わず嫌味を言ってやると、気にするどころか意味を汲んだ上で今後もそうするように促されてしまった。

 

 ……確かにこんな返しをされる度に取り繕っていたら色々と疲弊しそうだけど。

 

 何故ミレイラの方が諭されているのかと言う疑問が頭に浮かんだが、言い負かされる未来しか見えないのでやめておくことにする。

 

「アードルフきょ…………アードルフ様は、あまり言葉を飾らないのですね」

 

 ついいつもの調子で呼びかけようとしてしまい、それを察したアードルフの視線に若干の鋭さを見て取ったミレイラは慌てて敬称に切り替える。満足したように目を伏せた後、アードルフは紅茶を飲みながら言葉を返す。

 

「あいにくそう言う気遣いは不得手なようだ。コレッドにはもう少し本心を隠せと言われているが、面倒なので聞き流している」

「……王太子殿下もそのやり取りを聞いておいでで?」

「聞いている。一度だけ『自分はお眼鏡にかなっているか』と会話に混ざってきたことがあったが、『主君(あなた)は黙っていて下さい』と一蹴されていたな」

「それは……随分と辛辣でいらっしゃる」

「会話に混ざりたいだけなのは目に見えていたからな」

 

 おそらくは王太子殿下の執務室でのやり取りだろうその会話は、遠慮がなさ過ぎて聞いているこちらの方が冷汗が出そうな辛辣さだ。

 

「ミレイラならもう少しマシな評価を貰えるだろうな」

「まさか!……気圧されて終わるだけです」

 

 どんな状況で本心を隠せと言われているのか知らないが、そんな状況に自分がいるなんて考えただけで身震いしてしまう。

 

「そうか?おそらく能力の影響もあるだろうが、あなたは他者の様子や場の雰囲気にかなり気を配っているだろう。どんな言葉や態度が相手の不快となり得るか、察せる能力は高いと思うぞ」

 

 その評価に、ミレイラは素直に驚いていた。

 

 確かに自分はこの能力のせいで、対人相手の時はかなり場の空気を読む努力をしてきた。それは自分がどれだけ自衛していても、相手の行動次第ではまるで意味を成さなくなるからだ。

 

 それぞれの家の事情や人間関係の影の部分は、目に見えないところで燻り続けている。

 

 それは時に、予期せぬ形で火種が生まれ発火する。

 

 あの時のように――。

 

 

「ミレイラ」

 

 予期せず思考に引きずられて顔を俯きかけたミレイラに、アードルフが気遣う様子で声を掛ける。

 

「私は何か……あなたの気分を害することを言っただろうか」

 

 表情が曇ってしまったアードルフの顔を見て、客人をもてなす側が心配をかけてしまっている事態に慌てて気持ちを切り替える。

 

「いえ、申し訳ありません。すぐに考え込むのは、私の悪い癖で」

「……そうか。私は相手の心情を思いやるのは苦手で、気付かずに傷付けてしまったなら申し訳ない」

 

 むしろ気を遣わせてしまったことが問題なのだが、アードルフの言葉はそれだけで終わらなかった。

 

「今後私が気付かず傷付けてしまった時は、言葉にして伝えてくれないだろうか」

「いえっそんなことは」

「理由も分からず謝罪しても、改善できなければ再びあなたを傷付けてしまう。それでは意味がないだろう」

 

 それは確かにその通りで、しかしそれでも頷くことが出来ない。

 

 自分は、本当は何に傷付いているのか――。

 

「今のは本当に、アードルフ様のせいではないんです」

 

 

 原因は、結局のところ夜会での出来事を消化しきれていない自分のせいだ――――。

 

 

 

誤字報告ありがとうございます。


活動報告に主役キャラのイメージイラストを載せたので、興味のある方は覗いて見て下さいませ。

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