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「色々あって直接話した方が早いと思ってね、代わりに来ちゃった」
わざとらしく笑って見せるアーノルドに対し、ウィルフレッドは仕方ないとばかりに溜息をついて見せる。
「その飄々とした顔は好かないのだがな」
「立派な貴族の仮面だよ?」
「胡散臭いんですよ、その笑顔は」
同意するようにコレッドが言葉を重ねる。
「そう、じゃあさっさと要件を伝えるよ。もう防音結界は張ったから」
そんな二人の態度など意にも介さず、アーノルドは一方的に話し始める。本当に関心がないのか、急に無表情になり口調も心なしかぞんざいになる。その様だけを見ていると、髪の色も相まって兄のアードルフそのものに見えた。
「まず一つ。アードルフと義姉上の婚姻を早める」
「早すぎませんか?婚約してから二ヶ月も経っていないのでは?」
その指摘は当然で、本当なら最低でも半年は空けておきたいところだった。
「あいつが半年すらもたない可能性が出てきた」
それは、エイルース公爵の死を意味する。
「……憐れなものだ」
「魔法に執着した結果がこれなんだから、さぞかし喜んで旅立つだろうよ」
言葉の端に毒が混ざるのは、アーノルドの憎悪が未だに煮えたぎったままだからだ。それについてはある程度把握されているため、ウィルフレッド達も追及はしてこない。
「ただ、理由にはなるよ。余命いくばくもない父に気を使って、挙式は控えめに済ませたってね」
つまり、死に損ないを利用して挙式を最低限の規模で終わらせようと言っているのだ。
「こう言っては何ですが、没後では遅いのですか?」
普通であればそうするのかもしれない。ましてや王太子の側近として名を知られたアードルフが結婚するとなると、小規模な挙式など有り得ないだろう。
準備期間を思えば、没後にゆっくり準備するのが正しいのかもしれない。だが。
「何で?」
そんなものは、所詮貴族の見栄でしかない。
「何であんな男の為に、時間を無駄にしなければならないの?」
無感情で冷徹な声色は、気にしてやる価値すらないと断言する。
実際無駄でしかないのだ。さっさとくたばるのなら問題ないが、無駄に生き永らえた時が厄介だ。
「それに、アードルフにはさっさと子作りしてもらわないと困るからね」
「……いや、何故急にそうなるんだ」
「何故も何も必要だからだけど」
素直にそう答えると、二人は変な物でも食べたかのように渋い顔をする。
「子を成さなければならないのはお前もだろう」
「成さないんじゃなくて、成せないんだよ」
「……成せない?」
正しく言葉の意味を理解したのか、二人が目を丸くする。それもそうだろうと思うが、子を必要としてないアーノルドからすれば左程驚くほどのことではない。
「分かったよ。違法薬を異常接種した親から生まれた子が受ける影響が」
それはウィルフレッドが調査している案件の一つ。違法薬を常用した場合、服用者にどんな影響を与えるのかと言うこと。そして、子が受ける影響について。
「一つは前から調べてたアードルフの属性魔法の変異化。これは確定させていいと思う。そしてもう一つは、先天的な生殖障害だよ」
アーノルドは、自分の子孫を残すことが出来ない。
「僕の場合は元からそう言う薬も飲んでるけど、先天的なものらしいね。ああ、アードルフは正常だったから安心して?」
「いや……そこは、まぁ重要だが」
「アードルフが相手を見付けてくれて助かったよ。これで後継ぎを探す必要がなくなったからね」
本当に嬉しそうな顔をしてそんなことを言うものだから、ウィルフレッドは言葉を失う。
「エイルース公爵家はアードルフの子に継がせる。裏の仕事に関しては、僕が見つけた素質のある子供を育てる予定だよ」
「そう……か。お前はそれでいいんだな」
「聞かれるまでもないね。最初は公爵家なんて僕達の代で終わらせてやろうと思ってたんだから、寛容になったと褒めて欲しいね」
もっとも、そうなってもらいたくないからウィルフレッドはアーノルド達に手を差し伸べた訳だが。
「……寛容になったことは認める」
「それはどうも」
ちっとも嬉しくないが、これくらいの腹いせは許されるだろう。後ろの方で睨むコレッドの視線は気にしてやる必要もない。
「ちなみに、アードルフから義姉上の魔力循環の話は聞いた?」
「ああ、体内を循環していると言う話だろう」
「あの考察について、もう一つ面白い話を聞いてきたよ」
魔力と魔法についても、ウィルフレッドは王太子の仕事と同様に熱心に調査している。
と言うのも、現在の魔法主義の世はいずれ崩れる可能性があると考えているからだ。
アードルフがミレイラと会うきっかけとなった夜会も、本当の目的は今後を担う令息令嬢達の潜在魔力を把握するためのものだった。
王族の血を引く者の中で、王位を授かる者は稀に『精霊の瞳』と呼ばれる瞳を持って生まれる事がある。
その瞳は、見た対象者の潜在魔力を色で判別できる能力を持っている。元は優秀な魔力保有者を見極める為に精霊から与えられた祝福だと言われているが、ウィルフレッドはその瞳を持ったことで、現在の王国が抱える問題を知覚してしまった。
一番の問題は、貴族の直系にも関わらず極端な魔力低下を引き起こす先天的疾患だ。数十年前から発症し始める人間が増えていき、最近ではそれを引き金とした魔力過多症を患う者も確実に増えてきている。
そのせいで魔力を底上げする違法薬が増えており、必要とする人間が貴族なせいか取り締まることが容易ではない。抱えの調合師を雇う貴族も一定数おり、王家としても簡単に手を出すことが出来ないでいた。
そんな現状を何とかしようと、ウィルフレッドはまず出会いを目的とした夜会を主催することとした。
そして集まった者達を見て分かったことは、高位貴族ほど疾患持ちと思われる者がいるという実状だった。全体で言えば一割程度だろうが、逆に子爵や男爵などは疾患と思われるほどの魔力低下は見られない。
潜在魔力の多さや属性の多さが爵位の高さに比例すると言う考えは昔から根付いているが、これを見て果たして同じことが言えるのだろうか。
ウィルフレッドが最初にこの考えを持つきっかけとなったのが、エイルース公爵家に起きたアードルフの属性魔法の変異だった。『精霊の瞳』でアードルフの魔力量を知るも、普通なら色で表されるものが何故が透明な状態で靄のように包んでいたらしい。
それをきっかけにアードルフの本当の属性が分かり、公爵との確執などを鑑みて自身の側近へと抜擢し、表はアードルフが、裏ではアーノルドが手を貸すことで身を守るための条件とした。
「義姉上は高位貴族ほど魔力停滞が発生していると言っていた」
「高位貴族ほど……?」
「あの夜会の出席者だと、義姉上が知ってる中ではゲイラー公爵令嬢やウィスエル侯爵令息」
「!」
「この二人は、確か先天的疾患の疑いのある人物だったよね」
王族のみが持つ『精霊の瞳』など知りもしないだろうに、ミレイラはウィルフレッドが疑いを向けた対象を既に見つけていた。
「ただ、必ずしも疾患持ちを見つけているわけではないみたい」
「例えば?」
「義姉上の兄であるエルネストも停滞気味だと言っていた。けど、彼は魔力保有量だけで言えば対象外だよね?」
確かのその通りで、エルネストの魔力保有量なら、少なくとも伯爵の後継者としては申し分ないだろう。
他にも数名の名を上げてみるが、どの人物も疾患持ちと判断されていない者達だった。
「それと、夜会出席者ではない人物もいる」
「それは?」
「国王の愛妾と第一王女」
それを聞いて、ウィルフレッドとコレッドは戦慄する。
「愛妾はさて置き、第一王女は確か疾患持ちではないよね?」
「公には……そうされているが」
疾患持ちと公表する訳がない。例え妾の子としても、第一王女であることに変わりないのだから当たり前だ。
だがウィルフレッドの瞳は真実を見せる。
「第一王女のアイリスは、間違いなく疾患持ちだ。そして違法薬の常用者でもある」
「それともう一つ。これは僕からの意見なんだけど」
おそらく、これも今のウィルフレッドには必要な情報だろう。
「その第一王女、違法薬の他に魔力暴発を抑制する薬も作らせてるね」
「暴発抑制の薬を?」
「アイリス王女がなぜそんな薬を……」
影を動かしている時に見た薬は、母の持ち物であった調合薬を作る為の本で見たことがあった。それは違法薬の類ではなく、普通に処方される薬でもある。
「さぁね。そう言えば、義姉上は第二王女には会ったことはないらしいよ」
「…………っ!」
「まぁ、連れ出すなら説得は自分でしてもらうけどね」
アードルフがそれを承諾すれば、今浮かんだ方法で末姫の魔力を確かめることも可能だろう。すんなり承諾するとは思わないけど。
ウィルフレッドも同じように感じたようで、難しい表情をする。それを面白いと感じながら、もう一つだけ提案してやる。
「こっちは確証はないけど、義姉上が駄目でも一人だけ心当たりはある」
「望みは婚姻のみなのか?」
「義姉上を社交界に引き摺り出さない」
「あとは」
ほぼ確信に変わったようだ。王妃を親に持つウィルフレッドの妹を蝕む魔力過多症が、故意に仕組まれた可能性があると。
「理由は言わない。嵐やそれに近い天候の日は、すぐにアードルフを邸に戻して」
「……?分かった。それで全部か?」
言及しないのは良い判断だ。流石に引きどころは弁えているようだ。なら、こちらもこれ以上は弁えるべきだ。
「そうだね、今の情報だとそれがいいとこかな……」
話を終えようとした時、アーノルドはそう言えばと、ひとつの懸念事項について語り始める。
「これもお願いになるんだけど、アードルフに公爵家が持つ伯爵領を譲るつもりなんだけど、説得するのに協力してくれない?」
「説得が必要なのですか?」
普通に考えれば、後を継がない人間が自分の家が持つ爵位を分け与えられる事を断る理由はない。
「さっさと表舞台から降りて僕の裏方になりたいんだって」
「あいつはまだそんな事を言ってるのか」
「義姉上に社交をさせたくないって理由も増えたしね」
もっとも、魔力の可能性について語ったミレイラを思えば、平民に下がることが得策じゃないことぐらい分かってはいるだろうけど。
「側近を離れるにしても論外だ。それについては私も思うところはある。願われずとも協力しよう」
「そ、なら良かった」
「ですが、それだと爵位を継承するまでの期間アードルフの立ち位置が危ういですね」
婚姻と同時に伯爵位を引き継げなければ、数ヶ月とはいえアードルフは爵位を持たない状態となる。側近の立場で爵位を持たない期間があるのは外聞が悪い。
「ああ、それならあと一・二ヶ月くらいで僕は公爵の権限を執行出来るようになるよ」
「どう言うことだ?」
「あいつの意識がある時に、公的機関立ち会いの元で僕に権限を譲渡すると宣言させたから」
今は譲渡に関わる書類を提出し終え、決済が下りるのを待っている状態だ。
「随分用意周到だな。と言うことは、そろそろ私のところに回ってくるのかな」
ウィルフレッドの側近に関わるものだ。父王が面白がって決済する前にウィルフレッドの元へ書類を渡す可能性が高いだろう。
「もう少し早めに聞いておきたかったな」
「王太子ももう少し良い耳を持つんだね」
「その耳の一人の隠し事を探るのは容易ではないんだがな」
とりあえず、伯爵位でも婚姻と同時に受け継ぐことが出来るのならば問題ないだろう。
更にアーノルドに細かい話をしようとウィルフレッドが口を開きかけたところで、執務室にノックが響く。
それに気付いたアーノルドは防音結界を解除する。
そして返答を待たずして現れたのは、同じ銀髪をしたアードルフ本人だった。
「ん、終わったのか?」
本物が来たことに唖然としたウィルフレッドとコレッドを見て、それ以上の感想はないようだ。多少は顔色もよくなったと言うことは、少しは仮眠が取れたらしい。
「終わったよ、概ね想定通り」
「そうか」
アードルフにそれ以上の説明はいらない。伯爵位の譲渡以外についてはひと通り事前に説明しているからだ。
「アードルフ……普通に入って来ましたけど、誰にも何も言われなかったのですか?」
「何かとは?」
直前の会話を流しつつ、既に一度アードルフの姿に偽装したアーノルドが来ているのに、何故当然の様に入って来れたのかを問う。
その様子を笑いを堪えて見守ろうとしたが、それなりに面白い顔が見れたしこれで良しとするか。
そう思い直すと、アーノルドはウィルフレッド達の言う胡散臭い笑顔で答えてやる。
「闇魔法は便利だよね、王太子」
この姿で顔を合わせたのは、入り口前の近衛兵二人のみ。その二人には人払いを任せたため他にアーノルドを見た者はいない。
城に入る時には、闇魔法で認識阻害を掛けた状態で入って来たので、そもそも誰にも認識されていないのだ。
「じゃあね、後はいつも通りの連絡手段で」
それだけ言って、目の前で認識阻害の魔法を使って開いたままになっている扉から部屋を出る。
話そうと思えば他にも色々あるにはあるが、求められるまでは黙っていよう。
(これで多少は動きやすくなるかな)
爵位については問題ないだろう。不満があるとすれば、爵位の譲渡までにどうしても時間が掛かると言うことだけだが、こればかりはどうしようもないだろう。
(僕も公爵位なんか継ぎたくないけど)
本人さえ了承してくれるなら、公爵位をアードルフに継承して欲しいとすら思っているのだ。
だが、当然アードルフは断るだろう。側近と公爵の仕事を両立する事は難しいし、何よりミレイラに時間を割けないなど論外だと吐き捨てるだろう。ならばやはり、アードルフには伯爵位を継承してもらうのが無難だろう。伯爵となっても、これまで通りアーノルド主体で伯爵領の管理をするなら文句も言いにくいはずだ。
何せエイルース公爵家が持つ伯爵領、シュラウトナー領は、アーノルドが兄の姿で管理していた場所だ。
あそこは初めからアードルフへ譲るつもりでいたのだ。後からそれを知れば本人は不愉快に思うだろうが、アーノルドだって兄が平民に下がることを了承する訳がない。
(僕が公爵を継ぐんだから、アーディも断りはしないとは思うけど)
今でこそあんな性格だが、元々は穏やかで面倒見のいい性格だった。アーノルドが公爵位の継承を嫌厭していることを知っているからこそ、伯爵位を譲られることを断ることは出来ないはずだ。
(アーディの幸せの為なら、本人にどう思われてもいい)
あとは、可能性のあるエルネストが期待通りの人物である事を願うのみだ。
アーノルドの兄に対する贖罪は、本人が幸せだと認めて初めて終わりを迎えます。
アードルフもそれを分かっているので、弟が与えようとするものを基本的に断りません。
アードルフが幸せにならなければ、弟は自分が幸せになる事を許さないからです。




