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自然と意識が浮上した、薄明りの寝台。
ミレイラは夢うつつの中で、温かい何かに包まれていた。
その温もりは居心地が良くて、トクトクと穏やかな音が聞こえてくる。不思議に思いつつも起きてしまうのが勿体なくて、それに頬を摺り寄せる。
「……ふっ」
耳元に、低音の聞き馴染みのある声が響いた。その声は思わず漏れたのか、擦り寄った温もりが小さく震えている。
その事に急速に違和感が沸き上がる。
「……」
「おはよう、ミリィ」
顔を上げた先には、愛おしげに見つめる深いサファイアのような瞳。他ならぬアードルフの顔が目の前にあった。
「ァ……っ!?」
「まだ早い。あまり大きな声は響くぞ」
眠そうな声をしつつ、ミレイラの口を大きな手が塞ぐ。
「やっと白んできたところだ。動き出す使用人もまだ少ない。だから、声は小さめに」
小さい子を諭すように、優しい声が耳をくすぐる。分かったと頷いて見せれば、塞いでいた掌が除けられ、褒美とばかりに口付けられた。
「……っ」
「いい子だ」
必死に声を出さずにいると、蕩けるような甘い声で褒められ、額にも口付けを落とされる。
顔を真っ赤にしたミレイラに満足したのか、アードルフは抱き締めたまま枕に顔を鎮めて瞳を閉じる。
「寝てないんだ……少しだけこのままでいてくれ」
「……ずっと起きていたんですか?」
眠気を引きずるアードルフにならって、小さく問いかける。
「ああ、ミリィが魘されないように」
本当に、ずっと起きて様子を気にしてくれていたのか。それが嬉しくて、それ以上に申し訳ない。
「いいんだ、どうせ眠れる気はしなかった」
「……もしかして煩かったですか?」
魘されれば起こすはずだ。それ以外の要因だと、実は寝息が煩いとか、いびきが酷いなんてこともあり得るのだろうか。
「ふふっ、違う」
「じゃあどうして」
「好きな人を前にして、平然と眠れる男はいない」
どんどん緩慢になっていく声は、少しずつ眠りに落ちていくようだった。
「やっぱり、非常識過ぎましたよね……」
「いい。結婚したら存分に返すから」
何故か不穏に感じる台詞に身じろぐが、しっかり抱き寄せられているためビクともしない。
「ミリィ、くすぐったい」
「放して下さい。このままじゃ寝にくいでしょう?」
「いやだ。先にこうしたのは……ミリィのほう…………」
「……アル?」
ついに眠り落ちてしまったようだ。
(私が先……?そういえば、いつの間に眠ったのかしら)
記憶の中では、確かアードルフとベッドに並んで座っていたはずだ。そのまま寝てしまったのなら、おそらくはアードルフが寝かせてくれたのだと思うが。
(知らない間に、私の方からアルに抱き寄って行ったってこと?)
いくら本人から甘えるようにと言われていたとはいえ、無意識とは恐ろしい。
おそらく顔が赤くなっているだろうが、動く隙もないためどうすることも出来ない。
目の前には、眠ってしまったアードルフの整った顔。
(寝顔はどこか幼いのね……)
ずっと起きていて、今のミレイラのように動くことも出来なかったのだとしたら、その間何を考えていたのだろうか。
ミレイラが起きた時、アードルフは知らず擦り寄ったミレイラに笑い、そして満面の笑みを浮かべていた。
(ずっと私を見ていたのかしら)
だったら嬉しい。
あれだけ恐れていた暴風雨の音すら、途中から耳に届いては来なかった。届くのは、アードルフの低音の心地良い声と、胸から響く心臓の音だけ。
同じ音なのに、こんなにも多幸感を呼び起こす。
眠たげなアードルフは、自分より五歳も年上の男性とは思えないほどあどけなかった。普段見ることの出来ないその姿は、とても可愛く感じてしまい、同時に愛しく思った。
「おやすみなさい、アーディ」
普段では感じ得ない稀有な時間を過ごしているなら、自分もたまには違う呼び方を。
恥ずかしくて呼べない、彼の愛称を。
「ありがとう」
やがて日が昇り、一日が始まるその時まで。
束の間の休息を。
✻✻✻✻✻
王城にあるウィルフレッドの執務室に、ノックの音が響く。それと同時に扉が開かれ、銀髪の男が当然のような顔で入室する。
「アードルフ、たまには返答を待っても遅くは」
「止まれ」
コレッドがいつものように文句を言おうとすると、どちらに対してかウィルフレッドの静止が入った。いつもの穏やかな声色ではないそれに、コレッドが驚きつつも言葉を閉ざす。
「兵を呼ばれても文句は言えないぞ、アーノルド」
憮然とした表情でウィルフレッドを見つめていた銀髪の男は、一変して胡散臭い笑いを零す。
「相変わらず良い目をしてるね、王太子」
アーノルドは、銀髪の鬘を被って兄の振りをして登城してきたのだ。
ウィルフレッドの影として諜報活動をするアーノルドにとって、それは珍しく表立っての登城だった。
アーノルドが登城するにあたって、当初は勿論そんな予定はなかった。
予定が大きく変わったのは、アードルフが戻らなかったことが発端だった。
「おかえり、アーディ?」
「…………何でここにいる」
まさかの朝帰りをしてきた兄を私室の入口の前で待っていたアーノルドは、これ見よがしに満面の笑みで出迎えた。
「早いうちに馬車を向かわせたのは正解だった?」
「………………そうだな」
色々不満はありそうだ。
「で?何で一泊することになったのさ。御者は婚約者の望みで一泊することになったって挙動不審に答えたけど」
それを聞くと、アードルフは頭を抱えて大きく溜息を吐いた。
言葉通りなら、婚姻前なのにミレイラはとんでもないお願いをしたことになる訳だが。
「間違ってはいないだけに質の悪い……」
「間違ってないんだ?」
「ああ、おかげでこっちは据え膳だ。ろくに眠れなかった」
かなり不満が堪っているのは、まぁそういうことなんだろう。
「どういう状況?」
「とにかく部屋に通してくれ。食事もそうだが、疲労と寝不足と欲求不満で頭が痛い」
「えぇ、可哀想……」
苛ついているようで睨まれると中々に威圧される。残念なことに弟には効果はないので、二人はそのまま部屋の中へ入った。
「エルネストからは婚約破棄となった経緯を、ミラからは以前本人が言っていた悪夢についてを説明されてきた」
「成る程、それじゃ聞かないわけにはいかないね」
アードルフは軽い朝食とコーヒーを口にしながら説明する。アーノルドはそんな兄が、表情から態度全てが不調を表しているのに淡々と説明を始めるので、失礼だと知りつつも面白いと感じてしまった。
「正直説明しても信じがたい話だと思うが……。ミラの悪夢は、現実と見まごう夢の中でミラだったと思われる女性の死ぬ様を体験する内容だった。それがミラのトラウマで、エルネストはそれを垣間見たことで、例の子爵令嬢に今後ミラを優先することを了承するか否かの判断を委ねた。返答次第では婚約を白紙に戻すつもりだったようだ」
「……感想はさて置き、続けて?」
「子爵令嬢はどちらにも否と答えた。そしてミラを逆恨みして誘拐未遂を起こし、婚約破棄となった」
「まぁ……流れは分かったよ」
色々言いたい事もあるが、今のアードルフは何を聞いてもぞんざいな返答しかしなさそうだ。
とにかく、これでミレイラに関わる大体の経緯は理解できた。
「それと、これは報告だ。ミラから魔力の流れについて、面白いことを聞いた」
「よくそんな話をする余裕があったね」
「どうせお前が馬車を寄こすだろうと思っていたから、部屋に誰かが呼びに来るまでベッドの中で話してた」
「え……一緒の寝室で寝たの?そりゃ欲求不満にもなるよ」
「煩い」
一緒の寝室どころか同衾したとは思わないアーノルドは、アードルフの反応に疑問は抱かない。婚姻前に随分危ない橋を渡ろうとするとは思ったが、不機嫌さが増したのでさっさと話を戻すことにする。
「それで、どんな話?」
「まず魔力が循環するものと言う前提で話を進めるが、ミラは他人の魔力の流れが分かるらしい」
「へぇ、じゃあ僕のも知られてるんだ?」
「ああ。試しに聞いてみたらすんなり答えた」
あれだけ絶不調にしていても、しっかりアーノルドの知りたい情報を聞いてくるのだから、ただでは起きないと言うか、しっかりしているものだ。
✻ ✻ ✻
アードルフは一時間ほど仮眠を取ったあと、ミレイラと共にベッドに横になったままで色んな話をしていた。そんな中で、魔力に関する話も当然の様にしていた。
『アーニーの魔力の流れも分かったか?』
『はい、アーノルド様は高位貴族には珍しく上手く循環出来ていました。普段もよく魔法を使われるんでしょうか?』
『ああ、風魔法はよく使ってるのを見るが……』
本当は一番使っているのは諜報活動に便利な闇魔法だが、今はそこまで教える必要はないだろう。ミレイラは魔法や魔力に関して特に興味を持ちやすく、根掘り葉掘り聞いてきそうだと思ったのも大きな要因だ。
『それより、高位貴族は魔力循環が良くないのか?』
『必ずではないですが、あまり良いとは言いづらいですね。アルやフィオレンサ様も綺麗に循環しているので、普段魔法を使っているかどうかが関わっているのかと考えているんですが』
✻ ✻ ✻
「ふーん……高位貴族ほど、ね」
ミレイラの視点から見る魔力の流れと言うものは、中々面白い結果をもたらしそうだ。
「ちなみに、アーニーは何でここに来たんだ?」
「ん?ああ、アーディの様子を見に来たのもそうなんだけどね」
元々の目的は、正直今のアードルフに伝えるのもどうかと思う。ただ、状況を考えると丁度いいかもしれない。
「あいつ、多分一年も持たない」
それだけで何のことか分かっただろう。あからさまに顔を歪ませる。
「半年は」
「何とも言えないね。正直いつ逝ってもおかしくない」
「厄介な。何処までも目障りな男だ」
舌打ちをして口汚く吐き捨てるが、そこにアーノルド程の憎悪はない。父の公爵に対して、アードルフはただの男と言う認識しか持っていない。父でもなければ、身内ですらないのだ。
「丁度良い機会だから王太子と話してくるよ。と言う訳で、勤務用の服貸して?」
「は?」




