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誤字報告ありがとうございます。

 

 

 

 ミレイラが無理を言ってアードルフにシュミット邸への宿泊を懇願した翌日、登城時間より三時間も前にエイルース公爵家の馬車が迎えに来た。

 

 無理を言ってしまったことを謝罪しつつ、本当の意味でミレイラを受け入れてくれたこと、不安な夜を穏やかに眠ることが出来たことに、改めて感謝を述べてその日は別れた。

 

 結局アードルフは一時間ほどしか仮眠を取ることが出来なかったため、この後登城すると聞いてミレイラは心配していた。

 

 しかし帰宅したエルネストの話では、特段いつもと変わった様子はなかったそうだと聞いて安心する。

 

 その翌日には、帰宅途中にアードルフが邸に顔を出した。驚きながらも出迎えたミレイラに対して。

 

「顔色は良さそうだな、安心した」

 

 あの日のミレイラの様子を心配し、顔だけ見に来たと言うアードルフの言葉が胸に溢れ、思わず抱き着いてしまう。

 

 そんなミレイラに驚きつつも、アードルフはすんなりと抱き返してくれた。

 

エントランス(こんなところ)でミラの方から抱擁してくれるとはな」

 

 人目のある所で口説かないで欲しいと言った人間が、自ら抱き着くようになったと暗に揶揄われたが、嬉しかったのだから仕方がない。

 

 素直にそう思ったミレイラの感情を受けたアードルフは、とても愛し気な瞳をしたあとに鼻先に口付けを落とし、額同士をこつんと合わせる。

 

「一応言っておくと、こういう行為は結婚後にするものらしいぞ」

 

 流石にそこまで言われると恥ずかしさが上回ってしまい、思わず固い胸板を叩くことで苦情を申し立てる。

 

 残念なことに微笑ましい顔をされて終わってしまったのは言うまでもない。

 

 アードルフはどうやらまた忙しい日々を過ごしているようで、それ以降は数日置きに帰り道の途中で立ち寄っては顔を見せてくれるようになった、

 

 

 それから二週間ほどが経ったこの日、久しぶりに休みを取れたアードルフから、初めて別邸に招待された。

 

「どうして貴族の邸はこんなに規模が大きいのかしら……」

「同じ貴族とは思えない台詞だな。俺もこんなに広くなくていいとは思うが」

 

 以前弟のアーノルドを訪ねた際は本邸だったので、どれだけ立派な豪邸だろうと公爵家なのだからこういうものだろうと思うようにしていた。

 

 しかし別邸と言っていたアードルフの住む邸は、シュミット邸よりは確実に大きい。

 

「正直この半分くらいでも十分だと思うがな」

「私はもう少し小規模でも……。パーティの主催とか、私に出来るとは思えないんですが……」

 

 そう言えば、本来ならそういった夫人としての仕事が発生するはずで、そうなるとこの規模の邸をミレイラが統括せねばならないのかと考え気が遠くなる。

 

「ああ、その話もしようと思ってたんだ。とりあえず中へ入ろう」

「え?あ、はい……?」

 

 訳も分からず連れて行かれ、一つの部屋へ通される。

 

 

「ここは……?」

 

 全体的にクラシカルな雰囲気の部屋に通されたミレイラは、部屋の内装からもしやと思いアードルフを見上げる。

 

「ここは俺の部屋だ。元からある家具を適当に使っているから、あまり統一性がないだろう」

「そう言われると、確かにそれぞれの家具に統一感はないですね」

「使えれば何でもいいと思っていたからな」

 

 そう言ってティータイムの準備がされたテーブルの方へ近づくと、椅子を引くことで着席を促される。素直にそれに従い腰を下ろす。

 

「今日呼んだのは、今後の話をしようと思ったんだ」

 

 話しながら、アードルフが自らコーヒーを入れる準備を始める。魔道具でお湯の準備も整っていたようで、手慣れた様子で豆を挽いたあと、お湯を注いでコーヒーを抽出していく。

 

「悪いがコーヒーしか置いてないんだ。飲んだことがなければミルクと砂糖を入れた方がいい」

「ご自分で用意されるのですか?」

「ああ。使用人だろうと部屋に他人を入れたくないし、世話を焼かれるのも好きじゃない」

 

 出来立てのコーヒーを最初にミレイラのカップに注ぎ終えると、更にミルクと砂糖も差し出される。そして自分の分を注ぎ終わると、アードルフはミレイラの隣の席に腰を下ろしてブラックのまま飲んでみせる。

 

 そこでふと思った。婚約する前からティータイムを一緒にしてはいたが、あの時は一度もコーヒーを出したことはなかった。アードルフがこれと言った拘りを持たないと分かってからは追求しなくなったが、本当は言わなかっただけなのではないかと。

 

「もしかして、紅茶よりコーヒーの方が好みでしたか?」

「味で言えばどちらも大して変わらない。強いて言えば、コーヒー豆を挽く工程が気に入ったぐらいか」

 

 確かにコーヒー豆を挽いている時のアードルフは、心無しか楽しそうな雰囲気を感じた。自分が口にするものなのに味覚で選ばずに、入れる過程に好みを見出したところに何故か納得してしまい、思わず笑いが零れた。

 

「ふふっ、何だかアルらしいですね」

「素直に喜べない感想だな」

 

 穏やかに話しながら、アードルフの助言通りにミルクと砂糖を入れて飲んでみる。

 

「飲めそうか?」

「後味は苦いですが、大丈夫そうです」

「それは良かった。まぁ例え無理でも、他に出せるものがないから頑張って飲んでもらうしかない」

 

 確かにその通りだと思うと、それにもまた笑ってしまう。ほんの少し前まではこんなに笑えなかったはずなのに、随分心が軽くなったことを改めて感じる。

 

「こんなに笑えるようになったのは、アルのおかげですね」

「それは良かった。話が終わっても、その笑顔が残ってくれればいいんだが……」

「そう言えば、今後の話とは何でしょうか?」

 

 本題について問いかけると、アードルフはカップを置いて右手を差し出してくる。何の疑問も抱かずに、その手に自分の手を乗せる。

 

 おそらく、これから話す内容についてミレイラの本心にも問いたいのだろう。

 

「ミリィ、俺に閉じ込められる覚悟はあるか?」

「へ……?」

 

 その言葉に、ミレイラは思わずきょとんとしてアードルフを見つめてしまう。

 

 そんなミレイラを見て意地の悪い顔をして口角を上げると、行儀悪く頬杖を突きながらアードルフは言葉を続ける。

 

「ミリィに会うまで知らなかったが、俺は人より執着心と独占欲が強いらしい。だから今後、俺が同行出来る場所以外では一切外に出さない。公の催し事は勿論、それが王家主催でも関係ない。あなたはずっとこの別邸で、籠の鳥のように閉じ込められる。そう言ったら、ミリィはどうする?」 

 

 綴られた言葉に目を丸くしながらも、閉じ込めるの言葉の意味を自分なりに考える。

 

 しかし、どう考えても当てはまる理由があるとすれば……。

 

「それは……つまり私を甘やかすと言うこと?」

 

 他に閉じ込める理由が思いつかなくてそう呟いたのだが。

 

「ふ……っはははっ!」

 

 何故か今までにないくらいアードルフに笑われてしまった。意味が分からなくて唖然としながらも、そう言えばこの笑い方はアーノルドにそっくりだなと思考の外で思った。

 

「ミリィ……っ普通は閉じ込めるって言われたら怯えるものだ」

「う……。そう、なんでしょうけど」

 

 一般論を説かれたところで、ミレイラの生い立ちを知るアードルフならそれにミレイラが当てはまらないことぐらい分かっているだろう。

 

「もちろん分かってるが、まさか本心から甘やかされると考えるなんて。本当にミリィは俺を喜ばせる」

 

 そう言うアードルフは本当に嬉しそうで。それが独占欲からくる重い愛情だとしても、それをミレイラ自身に向けてくれるのなら怖がる理由にはならないのだ。他ならぬアードルフからの愛情を欲しているのはミレイラなのだから。

 

「とは言っても、今のはあくまで表向けの理由なんだ」

「表向け?」

 

 アードルフは少しだけ視線を下げた後、真っ直ぐにミレイラを見つめながら言葉を続ける。

 

「俺は今まで、アーニーが公爵となったらあいつの元で働くつもりだったんだ」

「平民に下がるということですか?」

「爵位に興味はなかったからな。だが、ミリィを伴侶にするなら爵位はあった方がいいと、アーニーやウィルフレッド達から説得された」

 

 余程熱心に諭されたのか、その話をした時だけアードルフの眉間に皺が寄った。

 

「アーニーは来月に正式に公爵位を継ぐ。そうしたら、エイルース公爵家が持つ伯爵領を俺に譲るそうだ」

「そうなんですか……。いずれは領地に下がるのでしょうか?」

「側近の仕事を辞められるならな」

 

 その言葉を聞く限りでは、どうやら領地に下がることになるのは随分先の話となりそうだ。

 

「ただ、伯爵となるならやはり社交は迫られる。だが俺はミリィに社交を強制したくない。それで、さっきの建前だ」

 

 アードルフは、ミレイラのトラウマや対人恐怖症を鑑みた結果、外に出ない理由を作ることにしたのだ。

 

「ミリィの行動全てを制限するわけじゃない。この別邸になら家族や友人を呼んでもいいし、外出も俺と一緒なら構わない。どうしても俺の予定が合わなければ、護衛は付けるけど家族や友人と出掛けるのも許す。その代わり公の催しへは基本不参加。王家主催でも俺がエスコート出来ないものは許さない。そしてこの別邸には俺達の認めた者以外招待する事も禁ずる。今後、ミリィにはこれを必ず守ってもらう」

 

 聞いた限りの約束事は、今までとあまり変わらない。いや、王家主催でもアードルフがエスコート出来なければ不参加となるし、細々を考えると今までよりも制約は厳しいのかもしれない。

 

 だがそれは、ミレイラにとって行動の自由を奪われると言う意味にはならない。

 

「それでは今までよりも逃げてることになりませんか……?」

 

 人前に出ることに怯える自分にはむしろ有り難い制約である。だからこそ、それでいいのかと不安になってしまう。

 

「そもそも、根本の話なんだが」

「……はい」

「今までミリィが追い詰められてた原因は、家族への罪悪感から家を出る必要があったことにある。だから精神を蝕む方法を使ってでも社交場に出たんだろう?」

 

 確かに、学院を卒業してからは特にその思いに駆られていた。

 

「俺と婚約したんだから、もう直近の問題は解決してる。だったらそんなに焦って社交場に出る必要はないんじゃないか?」

「ですが……貴族であり続けるのなら」

「何度でも言うが、俺は他人の目にミリィが映ることすら不愉快だ。勿論貴族である以上表向きの社交は大事だが、あんなもの結局のところ勢力比べと地位の安定や向上、家同士の繋がりが全てだ。ミリィにはエイルース公爵家とシュミット伯爵家がいる。それと、センナーシュタット辺境伯もだ」

 

 突然出てきた名前に目を丸くする。

 

 センナーシュタット辺境伯とは、ミレイラの唯一の友人であるパトリクソン侯爵家のティルダ・パトリクソンの嫁ぎ先なのだ。

 

「彼はアーノルドを通じてミリィの婚姻の予定を聞いてきたんだ。愛妻の頼みで、何としても婚姻式には出たいとせがまれたんだそうだ」

「ティルダ……」

 

 手紙では頻繁にやり取りをしていたが、まさか自分にではなくエイルース公爵家の方にも手紙を出していたなんて。

 

「その友人はミリィの能力のことは知らないんだな?」

「はい。学院生時代は入学当初しか顔を合わせることが出来なくて、辺境伯へ嫁ぐ時に会ったのが最後なんです。いつか話せたらとは思っていたんですが……」

 

 ミレイラが辺境まで遠出する可能性はほぼ無いに等しく、向こうも辺境にいるため滅多に王都まで足を延ばすことはない。だから、どこかの夜会で会う機会でもあればと願っていたのだ。

 

「辺境伯を通じて今のミレイラの現状を伝えた。その結果、喜んで後ろ盾となると申し入れてきた。それだけじゃない。ウィルフレッドとロージェル公爵家も、ミリィの後ろ盾になると言ってる」

 

 知らない間に後ろ盾がとんでもないことになっている。思いがけずティルダの名を聞いて喜んでいたが、恐れ多い状況に体が強張ってしまう。

 

 そんなミレイラを労わるように、アードルフの両手がミレイラの手を包み込む。

 

「ロージェル公爵家は、俺がミリィから魔力暴走を抑える方法を教わったことを知っている。後ろ盾になるぐらいで恩が返せるなら安いそうだ」

「恩返しが高すぎます……」

「そうでもないぞ。筆頭公爵家が一番最初に魔力操作の方法を知ったんだからな」

 

 精悍な顔立ちが更に鋭い光を放ち、強い視線でミレイラを見やる。

 

「ミリィ、君の見つけた魔力循環についての考察は、この国の魔力の在り方を変える」

 

 

 

 

次回最終話となります。

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