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ミレイラはエルネストと共に応接室に向かっていた。
急遽決まったことで、不在にしている両親に代わってエルネストと共に対応することになっている。
どういう経緯があったかは知らないが、見舞いたいと言うアードルフを断ることは出来なかっただろう。ミレイラが本当に捻挫したことを知っていたアードルフの言葉で、妹が塞ぎ込んでいた原因に気付いたエルネストには。
「お待たせして申し訳ありません。アードルフ卿」
「こちらこそ、先触れを出しているとは言え突然申し訳ない」
既に応接室に通されていたアードルフは、立ち上がって姿勢を正すと謝罪と共に頭を下げた。公爵家の人間に頭を下げさせてしまった現状に、ミレイラは軽いめまいを覚える。
「どうか頭をあげて下さい。元々見舞いの打診は貰っていましたし、あの条件では致し方ないことです」
この会話で、二人の間である程度の交渉が行われていたことは間違いない。ミレイラに伝えられることがないのならばそれでも構わないが、どんな条件を出せばアードルフが頭を下げることになるのだろうか。
「エル兄様……条件とは?」
「アードルフ卿の予定が定まりにくい代わりに、予定が空いた際には是非見舞いをと頼まれていた。こちらの予定に合わせてもらう代わりに、決まった時はミラの体調最優先で決めて欲しいと」
本来であれば、公爵家からの打診を断る事なんて有り得ない。
だからこそエルネストは最初にミレイラに調子はどうかと聞いたのだ。先に見舞いの話を伝えられたならば、例え捻挫が悪化しようとも面会することが決まっているのだから。
アードルフはそれを見越して条件に提示するほど、ミレイラの容態を気遣ってくれている。
「気を使って頂いて申し訳ありません……」
「いや、せめて立たせる前に怪我の有無を確認するべきだった。怪我の方はもう問題ないのだな」
「はい、こうして歩いても痛みは感じませんから」
「それは良かった。あの時は強引に引き上げてしまい、本当に申し訳ない」
アードルフの身分や地位を鑑みると、いくら女性相手とは言え随分低姿勢すぎないだろうか。あまり畏まられると、こちらの方がいたたまれなくなってくる。
「ご存知のようだが、改めて名乗らせて頂く。エイルース公爵家が長男、アードルフ・エイルースだ」
名乗られたことで、今更自分達は自己紹介すら済ませていない事実に気付く。
「私はミレイラ・シュミットと申します。度重なるご無礼をお許しください」
そう言って、ミレイラは簡易的な礼のみで挨拶を済ませる。本来ならばカーテシーが適切だが、完治しているとは言え気遣ってくれた相手に、足に負担となる挨拶は失礼ではないかと考えたからだ。
「無礼はお互い様だ。この件についてはここまでとしよう」
アードルフはミレイラの考えを正しく理解したのか、穏やかに微笑んで話を終える。
澄んでいながらも深い青色の瞳や無表情さは、彼を孤高の存在のように感じさせるが、今の表情はとても暖かく魅力的なものに見えた。
「立ち話も何ですから、どうぞお座りください」
話が一段落したことで、ミレイラ達はそれぞれソファーに座る。それと同時に、控えていたメイドが準備していたお茶を並べていく。
一通り準備を終えると、エルネストはメイドに人払いを言いつけて下がらせた。
「それで、アードルフ卿のご用件を伺いたいのですが」
軽く喉を潤した後、エルネストは様子を伺いながら話を振る。ミレイラは静かに回答を待った。
「そうだな……単刀直入にお伝えする」
アードルフは暫し考える素振りをしたあと、真剣な表情で視線を前に向ける。
その瞳は、真っ直ぐにミレイラに向けられていた。
「ミレイラ嬢、私と結婚してもらえないだろうか?」
「…………はぃ?」
放たれた言葉は、おおよそ理解できる言語として聴取することは出来なかった。
呆気にとられ、目を丸くしたままのミレイラは言葉を紡ぐことすら叶わない。
それを感じ取ったエルネストは、自身も唖然としていたが我に返り、詳しく聞くことにした。
「えー……アードルフ卿。確かに数日前に問われた際、妹に婚約者や候補者はいないとはお伝えしていたが……」
「……あれから予定が変わられたのか」
「い、いえ!そうではなく、問われたことすら伝えていないと言いますか……」
雲息が怪しいと判断するや否や、アードルフの視線に普段の凍えるような鋭さが戻る。
「私からの求婚に問題があると?」
「問題……あるに決まっているでしょう。貴殿は己の地位と名声を正しく理解しておいでか」
「……!エル兄様」
批難を含ませたエルネストの言葉に、ようやく飛んでいた意識が戻って来る。
「他人の評価に正しいも何もないと思うが、王太子殿下の忠臣たるべく務めているつもりだ」
「ええ、そのように見受けられる。だからこそそんな殿下の右腕とも名高い貴殿と妹では、身分もそうだが外野が許さない。内情により社交に出ない妹は『深窓の令嬢』などと言われているが、それだけ外に対しての免疫がない。そんな妹にとって、貴殿の隣は目立ち過ぎる」
言葉を選ぶことをやめて素で話し始めたエルネストは、取り繕うよりミレイラの将来を案じた。
このままアードルフの求婚を受け入れることは絶対にできない。その先にミレイラの幸せがあると、到底思えないからだ。
もちろん貴族にとっての婚姻とは、恋愛感情に基づいたものではなく、血筋や家同士の結束や契約を重んじた政略結婚だと分かっていても。
「貴族としての考え方や、社交の必要性は妹ももちろん理解している。しかし、それが実現可能かどうかは別問題だ」
エルネストの言葉はミレイラにも突き刺さる。
己の不甲斐なさは己が一番理解している。貴族の考え方ならまだしも、社交はとてもではないがミレイラには困難を極める。
いつ誰に触れられるとも分からない状況に怯えながら、お互いに腹の探り合いをするような場所に自ら赴くなど。この能力を持つ自分には自滅行為でしかない。そこでもしミレイラの能力が露見すれば、それは一瞬で大衆の知ることとなってしまう。
……そんなことになれば。
「ミレイラ嬢」
起こり得る未来に顔を青くするミレイラに、アードルフが再び声を掛けてくる。
「あなたの考えを伺いたい」
アードルフは冷静にエルネストの言葉を聞き入れた上で、ミレイラにも確認する。その声色に落胆や苛立ちは感じ取れず、あくまでミレイラ自身の意見を求めているのだと分かる。
ならば、最初に確認しておかなければならない。
「アードルフ卿……貴方はあの夜会の日、私から何かを感じ取ったはずです」
「……あの時、あなたの感情と思われる情報が私の中に流れ込んできた」
明確な回答は、想定通りのもので。やはりアードルフは、ミレイラの感情を受けたことで痛みに対する感情をも認知したのだ。
「あれを体験したのならば、お分かりになるはずです」
――私は、得体の知れない能力を持った異質な人物であると。
「私のこの能力は、肌に触れることで相手に自分の感情を、時には心の声さえも流し込みます。それも、人を不快にするような陰湿な負の感情ほど鮮明に」
昔は負の感情のみではなかったらしい。
しかし、ある日を境に負の感情ほど人に伝わりやすくなってしまった。それは己で制御することも叶わず、最近は一度に伝わる情報が相手にとって苦痛となるほど膨大に伝えてしまうらしい。
厄介なのは、感情を伝えたことを自身が感知出来ても阻止できないと言うこと。
「最近は防御魔法を自身に纏わせることで直接の接触を避けていますが、あの日は動揺していたのか……貴方に感情が流れてしまいました」
防御魔法を習得してから初めての失態だった。それだけ動揺していたのだろうと思う。
「私は貴族として必要な社交も満足に出来ませんし、当然人脈もありません。魔力も人並みで秀でた才能も特になく、あるのはこの奇異な能力のみ。王太子殿下の側近で将来を約束された優秀なお方の、隣に並び立てるような器ではありません」
相応しくない、それが答えである。
「――そうか」
静かに耳を傾けていたアードルフは、そして開口する。
「つまりミレイラ嬢は貴族的観点において、自分は分不相応であると。その解釈で間違いないか?」
紡がれた言葉は、ミレイラが伝えたかったことを自分が正しく受け取れていたかを問うものだった。
「それは……はい、その解釈で合っています」
間違ってるもなにもその通り過ぎて、それ以上の言葉は浮かばない。
「では、それらに対してこちらも意見させて頂く」
「え?」
……意見って何?
「まず最初に誤解を解いておく。あの日ミレイラ嬢の防御魔法は、多少揺らぎはしたが正しく作用していた。騒動が起きた際、私はあなたが魔法を使っていると感知したため、手を取ると同時にあなたの防御魔法を打ち消した。だからあの時、感情が流れたのは私のせいだ」
淡々と、一つの議題について己の意見を述べるように当時の状況を説明される。
「私は意図せずあなたの秘密を暴いてしまった。だから、贖罪としてこちらも秘密を打ち明ける」
「待って下さいアードルフ卿!」
淡々としつつもその勢いに飲まれていたエルネストは、それでも何とか話について来ていたからこそ待ったを掛ける。
しかし――。
「私の属性魔法はあらゆる魔法の無効化。現在調べている限りでは類を見ない特異体質で、それ故に一般的な属性魔法の類は一切使えない。あなたの防御魔法は、この体質のせいで無効化されたに過ぎない」
アードルフは制止など聞こえなかったかのように無感情に告げた。
己の半身と主君と同輩、この世でたった三人しか知り得ない、己の最大の秘匿事項を――。




