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 あの夜会から帰ったあと、ミレイラは部屋に閉じこもり塞ぎ込んでいた。

 

 数少ない知り合いの中でも会いたくない側の人物に声を掛けられたことも、足を捻挫したことも、塞ぎ込んだ根本の理由ではない。

 

(知られてしまった……)

 

 今までは家族と邸に仕える僅かな人間しか知らなかったのに。

 

 それも、相手はミレイラの数少ない社交の中でも覚えていなくてはならない人物でもあった。

 

(アードルフ・エイルース卿。よりによって、王太子殿下の側近だなんて……)

 

 エイルース公爵家の双子の兄。彼はその能力を買われ、王太子殿下直々に側近にと抜擢されたのだと言われている。

 

 ちなみに弟のアーノルドは、公爵家の後継ぎとしては兄よりも優秀で、現在は領地経営を学んでいるらしい。

 

 双子共々将来有望だがいずれも婚約者はいないと言うことで、令嬢達は虎視眈々とお近づきになる機会に目を光らせているのだとか。

 

(そんな優秀な方が、報告しないわけがないわ)

 

 常に王太子殿下の斜め後ろに控え、如何なる事態にも対応できるよう周囲を警戒している姿は、先の夜会でも窺い知れた。

 

 当初は異例の抜擢に妬まれることも多かったらしいが、現在は王太子殿下の側近として、その優秀さを十分発揮していると聞く。

 

 王太子殿下に近付く者に目を光らせ、次期宰相と名高い側近のコレッド・ノスピネルと共にそれぞれの視点から主君を支える姿に、社交界ではかなりの高評価を得ているらしい。

 

 この噂は数少ない社交と身内から伝え聞いた話なので半信半疑だったが、そんな名高い有名人と奇しくも接点が出来てしまったことの方が問題だった。

 

(やっぱり夜会に参加するべきじゃなかったのよ。大人しくエル兄様達の言う事を聞いておけば……)

 

 最初は何事もなく終わると自分を説得して参加を決めた。

 

 家族には止められたが、ミレイラのせいで王命に逆らうようなことを両親にさせるわけにはいかないし、気は進まなくともいずれは嫁ぎ先を探さざるを得なくなる。

 

 その時の為にも社交は必要だと判断しての事だっだ。

 

 しかし、今は後悔で頭が埋め尽くされている。

 

 夜会で騒ぎを起こしてしまった。しかも事態を治めに来たアードルフの手を振り払ったばかりか、自分の能力まで知られてしまった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()、そして時には声さえも伝えてしまう(・・・・・・・・・・)、このはた迷惑な能力を。

 

 

 

 

 乳母の話では、おそらく先天的なものだろうと言われていた。

 

 生まれてすぐの頃は、本当にささやかな感覚だったそうだ。お腹が空いたとか、眠いとか、そんな些細な小さな感情。

 

 乳母は自分の子に比べて随分分かりやすい子だと、楽観的に思っていたそうだ。

 

 最初の違和感は、たまたま居合わせたメイドが、なぜ私が泣いたのか簡単に見抜いたことだった。

 

 一般的に赤ちゃんの泣く理由は、世話をする人間や経験のある者以外には伝わりにくいものなのに。

 

 そして違和感が確信に変わったのは、私がはっきり『いやだ』と伝えたから。

 

 母が私を抱いていた時に呼び出しを受け、一時的に乳母に預けようとした時だったそうだ。母に明確に届いた声に、しかし穏やかな性格の母は軽く驚いた程度でこう言ったそうだ。

 

「私が分かりやすいように、自分から伝えてくれるのね」

 

 後から聞いた私は、随分大らかに受け止めてくれたものだと呆れてしまった。

 

 そんな母も、流石にそのまま放置できる問題でもないとは感じたそうで。その事実は父や兄、そして乳母や執事など、直接私に関わるだろう数名を選んで共有された。

 

「ミラ。あなたが伝えたい事がある時でも触れたいだけの時でも、好きに触れて良いからね」

 

 普通なら忌避されてもおかしくない事なのに、私の家族はこの能力を受け入れてくれた。

 

 

 けれど……それが伯爵家の邸でしか通用しないということは、きっと誰もが理解していた。

 

 

 

 

 

(お父様達やエル兄様は、あれから何も言ってこない)

 

 あれから一週間ほど経った今も、邸にいるミレイラに不穏な噂は届かない。

 

 だがそれは当たり前だ。怪我を完治させる為にミレイラ本人は部屋からろくに出ていないし、家族も塞ぎ込んでいるミレイラに悪い噂を伝えたりしない。

 

 食事も部屋で取っているので、使用人すら特定の人物としか顔を合わせることがない。

 

 しかし、共に夜会に参加した兄のエルネストはそうはいかない。

 

 仕事の為に登城すれば、必ず夜会の話を問われるだろう。

 

 あの騒ぎは周りにいた数名に一部始終を聞かれているのだ。ましてや騒ぎに巻き込まれたのは身内で、騒ぎを起こした張本人は。

 

(シャリーヌ様……)

 

 兄の元婚約者シャリーヌ・アムラン。彼女は五年程前、兄との婚約を破棄された。

 

 ミレイラ自身はシャリーヌとは良好な関係ではなく、むしろ関わりたくない人物だった。

 

 シャリーヌはある事件を起こしたことで、兄との婚約を破棄されている。その事件についてミレイラは覚えておらず、両親や兄もシャリーヌ自身に過失があったとしか説明してくれなかった。

 

 しかしあの日、ダークブラウンの髪から覗く濃いオレンジ色の瞳は、射貫くようにミレイラを睨み付けていた。憎悪で濁ったあの瞳は、婚約破棄の原因はお前だと雄弁に語っていた。

 

(もしかしたら……私の能力について聞かされたのかもしれない)

 

 だとしたら、あの罵倒も頷ける。

 

(駄目ね……どんなに思い返したって、起きた事実は変えられないのに)

 

 

 思えば、この能力に振り回されてばかりだった。

 

 家族の理解こそ得られたが、それは家族だからこそ起きた奇跡でもあったのだ。

 

 十八年過ごしてきた中で、他人に対する不信感は己の心を閉じ込め、感情のコントロールを追求したら表情も凍り付き、声色すら無感情なものになった。

 

 触れられることを恐れるようになり、魔法適性が水であると判明してからは己を守る為に防御魔法を覚えた。

 

 表皮全体を水の膜で覆い、直に触れられない状態にすることに成功すれば、次は長時間安定して維持する技術を極めていった。長時間維持するには魔力も効率的に使用せねばならないため、防御魔法特化で他の魔法を使う余裕は一切なくなったが。

 

 そうしてようやく、貴族として最低限の社交が出来るだけの状態になったのだ。

 

 

 

 しかし、そういった努力をすればするほど、少しずつミレイラは疲弊していった。

 

 ここまでしないと、自分は人並みの生活を送れないのだ。

 

 家族はそんなミレイラを心配しずっと一緒に暮らそうと言ってくれるが、これ以上自分の存在を背負わせたくもない。

 

 一縷(いちる)の望みを掛けて出会いの場を夜会に求めてみたが、まともに触れ合う事も出来ず一方的に自分の感情を伝えるような人間を、誰が見初めてくれるというのか。

 

(でも……このまま家にいるわけにもいかない)

 

 兄は一年前に新しい婚約者を得た。

 

 爵位を考慮した相手だったが幸い兄との相性は良かったようで、穏やかに笑い合う様子に涙するほど喜んだ。

 

 同じ伯爵家の三女ラスティナ・トエニスは、ミレイラの能力について特に嫌悪感を抱いておらず、義妹(いもうと)が出来ることを純粋に喜んでいた。せっかくだから仲良くしたいと言ったうえで、ミレイラの負担にならない方法を教えて欲しいと直接聞いてくるほど心根の優しい人だった。

 

 そんな二人には幸せになって欲しい。仲睦まじい兄夫婦のお荷物になどなりたくないと、両親に政略結婚で構わないから相手を探してくれと願い出たこともあった。

 

 しかし、それに待ったを掛けたのは他ならぬラスティナで。「ご家族の為を思うならば、ミラ様の幸せを考えて下さい」と泣かれてしまった。

 

(私の幸せは私しか知らないはずなのに、どうしてそんな事言うの……)

 

 何故両親は、兄は、義姉(ラスティナ)は、それが私の幸せではないと言えるのだろう。

 

 私はこんなにも……解放されたいのに。

 

 

 優しくされることにも、気遣われることにも、希望を持つことにも……全部、疲れてしまった。

 

 

 

 

 

 ――コンコン。

 

 

 

 

 小さなノックに、沈んだ意識を引き戻される。

 

「ミラ、起きてるか?」

 

 それは、登城していたはずの兄の声だった。

 

 

「……はい」

 

 応答を確認すると、緩慢な動作で扉が開かれる。

 

 

 侍女のサリアに促されて来たのは、やはり兄のエルネストだった。その顔には若干の疲労が見て取れる。

 

「顔色が悪いな。具合は?」

 

 エルネストに対しては余程の時意外は防御魔法を使うことはないため、触れると簡単に心が流れてしまう。

 

 それを知っていて、エルネストはなんの躊躇いもなくミレイラに触れる。

 

  頬を撫でられたことで、顔色が悪いのは兄も一緒だという気持ちは伝わってしまっただろう。その証拠に、エルネストは僅かに苦笑して見せた。

 

「気落ちはしてるけど……足はもう大丈夫よ」

「そうか。……実は、急で悪いが支度をしてくれないか?」

 

 脈絡のない言葉が続けられたことに、ミレイラは思わず目を丸くする。

 

「支度……?」

「ああ、ミラを見舞いたいと言っているお方がいるんだ」

「私に見舞い??」

 

 何をどうすれば、ミレイラを見舞いたいなんて言う人が現れるのか。可能性があるとすれば、夜会での一部始終の真偽を確かめたい者か、それとも……。

 

「エル兄様……その方は私が本当に(・・・)捻挫したことを知っているの?」

「……ああ、知っている」

 

 そう……それならば、会いに来るのはあの方だ。

 

 あの日ミレイラが退出の為の方便ではなく、本当に捻挫していたと知っているのは、心に触れた二人だけしかいない。

 

「もうこちらへ向かっているの?」

「いや、確認してから従者に返事を伝えてもらう手筈になっている。恐らく二時間程で到着されるだろう」

 

 それは随分と用意周到なことだ。

 

 けれどそれは当然で、そう簡単に時間を取ることが出来ない人物なのも事実だ。

 

「サリア、支度を手伝ってくれる?」

「かしこまりました」

 

 果たして、一体何を目的として見舞いになど来るのか。

 

 ミレイラは半ば自暴自棄になりながら、大人しく侍女の手を借りて来訪に備えた。

 

 

 

 そして時間通りに、アードルフ・エイルースが到着した旨が伝えられた。

 

 

 

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