始動
一つの影が、軽やかに木々を飛び移りながら駆けた。
その影の目的は、遥か前方にある一つの馬車だった。情報通りならば、簡単に枠をつけて幌がかけられた幌馬車には、国の法律に反したものが乗せられている。
今回の任務はその確認と、違反した人間に対する処罰だった。瞬く間にその馬車に追いすがり、その行く道を塞ぐように進行方向に躍り出た。
「なんだてめぇは!?」
御者が馬車を止め、異変を感じた数人の男たちがぞろぞろと降りてくる。突如立ち塞がった謎の少年を、訝しむような視線で見る。
その視線に全く怯むことなく、少年は極めて落ち着きを持った声で男たちに語りかけた。
「名乗るほどの者じゃない。ただ、その馬車の中を確認させて貰いたくてね」
「ああ!? 何でそんなことする必要があんだよ!」
「年端もない亜人を、別の国に奴隷として売り捌く事例がある。その疑いがないか、調べさせて欲しいだけさ」
「てめぇ…亜人国家か帝国からの回し者か!?」
「そう言う訳じゃないけど…うーん、困ったな」
まいったように頭を掻く少年を見て、リーダー格の男は差し向けられた刺客にしては貧弱そうだと感じた。
その様子から、こちらの動きを察して国から遣わされた人間ではないと判断する。黒を基調とした服。胸には何やら十字架のようなマークがあるが、今まで見てきた紋章のどれにも一致しないものだった。
周りも見ても仲間らしき人間は存在しない。単独でこの場所を追ってきたようだ。念のため部下に確認させると、男は下卑た笑いを浮かべる。
––––殺っちまうか。
男の決断は単純かつ短絡的だった。たった一人で追いかけてきたのは素直に褒めてやるが、それは余りにも無謀な行動。何処から聞き出したのかは分からないが、こちらの動きを知られた以上生かしておく訳にはいかない。
向こう一人に対し、こちらは十数人。自分も含めそれなり戦闘経験を積んだ猛者ばかりだ。予定外の殺しだが、少し手間が増えただけだ。直ぐに終わると唾を吐いた。
「わざわざ見せてやる義理はねぇな。それにてめぇはこれから殺されるからよぉ。逃げられると思うなよ?」
「手荒なことはしたくないんだ。素直に引き渡せば、怪我をしないで済む」
「あぁ? 誰にモノ言ってんだ! おい、お前らこのガキを囲め! 一気にズタズタに引き裂いてやる!」
男の指示に、少年を取り囲む。取り出した剣や短刀を構え、じりじりと距離を詰めた。
「男をいたぶる趣味はないがよぉ。なかなか良い顔立ちしてるじゃねえか。ひひ、その顔も血に染めてやるぜ。悪く思うなよ」
抜いた剣の切っ先を少年に向ける。絶望に怯える表情を期待したのだが、驚くほどに澄まし顔でこちらを見ていた。それがやけに憎たらしく映り、怒号を飛ばす。
「死に晒せやあああぁぁぁ!!」
振り下ろされた刃を、少年は次々と躱していく。どれだけ距離を詰められて大人数で攻められても、臆することなく全ていなしていく。あくまで避けることに努め、その動きを見切った。
「忠告はしたのに…仕方ない」
少年が右手を翳した。前から攻撃してくる男たちに向き合い、手を横に振る。すると、発生した音が衝撃波となって男たちを襲う。
「滑音」
男たちは呆気なく吹き飛ばされる。できる限り威力を抑えて繰り出したのが、予想以上に脆いようだった。気絶した男を見下ろして、馬車を確認しようとしたのだが––––
「やれやれ。部下に戦わせて自分は逃走か。それが戦場だったら合理的かもしれないけど…」
少年の動きから只者ではないと察したのだろう。リーダー格の男はいつの間にかその場を離脱し、馬車も見捨てて逃げ出していた。小さく映るその後ろ姿が何ともみすぼらしく見えた。
ここから追いつくのは簡単だ。しかし、部下だけを戦わせて自分は逃走を図ったのは、どうにも頂けない。小さな組織でもそれを束ねる以上、責任ある行動を示すべきだと少年は憤慨した。
よって少し灸を据えてやろう、と次第に遠くなる背中に手を向けた。煌力を集中させ、勢いよく打ち出す。
「強音撃」
打ち出された衝撃波は見事にぶち当たった。男は錐揉みに回転して、地面に叩きつけられる。死んではいないだろうが、明らかに十分すぎる威力だった。
「あ…しまった。やり過ぎた…」
今更後悔しても後の祭り。気絶した男たちを纏めて縄で縛ると、改めて幌馬車の中を確認するために足を向けた。
「お疲れ様です、ハルトさん」
縛り上げた男たちを、貼り紙と共に近くの街の入り口に放り出した後、合流ポイントで待機しているエアリィの元に戻った。売買されかけた亜人たちも無事解放している。
エアリィの労いの言葉に、ハルトは片手を上げて答える。
「特に疲れてはいないよ。…しかしこれで三件目か。何処の国の人間も、考えていることは同じなのかな」
「それだけ旨味のある仕事なのでしょう。金に目が眩んだ者は、常軌を逸した行動を取る。いつの時代もそれは変わりません」
嘆かわしい、とハルトは内心で舌打ちした。自分には理解できないがそうやって生計を立てることしか出来ない人間は数多くいるのだろう。そうした現状を構築している世界に、腹が立って仕方なかった。
ハルトの葛藤を他所に、エアリィが言葉を続けた。
「私たちに与えられた任務は以上です。それと、エリファさんの“意思伝達”で報告がありました。至急指定したポイントに集合するようにと」
「…次の“座標”が判明したのか?」
この世界で連絡を取る手段は限られている。手紙か、使い魔に情報を持たせて放つのが普通の方法だった。そんな中、彼らはエリファによるテレパシーにも似た連絡手段で情報を伝えていた。
そして自分たちに召集をかけるということは、急ぎ取り掛かる事態が発生したのだろう。真っ先に思い当たった事柄を、ハルトは彼女に聞き出した。
「いえ、それとはまた別件のようです。他の皆さんも集合すると言われていました。恐らく以前話した傭兵国家…その振る舞いが目に余るということで対処が決まったみたいです」
エアリィは首を振り、簡潔に話の内容を彼に伝えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『久しぶりだねぇ。こうして全員で集まるのは』
静まり返った空間の中、陽気な声でリリルがゆらゆら揺れながらそう告げた。
そこには逆理者のメンバー全員が集まっていた。いや、集まっていたという表現は正しくないかもしれない。メンバーの大半が実際にその場所に赴いてはいないからだ。
そこに佇んでいるのは辛うじて人型と見えるシルエット。黒く揺らいで目元と口元だけが映っている。発せられる声も少し遠く聞こえた。
それぞれの任務で長距離の移動が強いられる場合、エリファの“意思伝達”を除く連絡の取り合いを、こうした形で実現させていた。それなりに苦労はしたが、その分野に強いエアリィの存在もあり上手く完成させた。
実際にこの場所にいるのはハルトとエアリィだけである。二人は指定されたポイントが比較的近かったこともあり任務完了後、即座に移動を開始していた。
『確か前に集まったのは…二体目となる精霊の“座標”が判明した時だね』
『そうなるな。いやぁ、あん時は大変だったな。総出でもあんなに苦労するとはよ。流石は精霊さまってところか』
サイラスの言葉にリドムが笑って答える。
『うむ。あれはタイマンを張れる相手ではなかったな! 率直に言うと二度と戦いたくないぞ!』
『…ま、結局はリーダーと副リーダーが仕留めて終わった訳だがな』
豪快に笑うギャリーを横目に、ディルグがぶっきらぼうに呟いた。無論、彼が言うリーダーと副リーダーというのはソフィアとハルトのことだった。初めは副リーダーなど務まらないと突っぱねた彼だったが、形だけとは言え他のメンバーに親しみを込めてそう呼ばれていた。
『ソフィア様。今回の召集をはどのような? もしや、次の“座標”が分かったのですか?』
待ち切れない、とシャノンが尋ねる。彼女の言葉に厳粛な態度でリーダーが答えた。
『“座標”の特定には至っていない。やはり精霊によって個体差があるようだ。前回はすんなりといったが、今度はどれほどかかるか検討もつかん』
この組織における目下の目標は、六大精霊の捕獲だ。その力を行使するために、全ての精霊を集める必要がある。そのための情報収集と資金稼ぎも目的として定められていた。
『んー、二体目の分析結果から掴めないの?』
『…何しろ情報量が莫大過ぎて、正確な位置が掴めていないわ。リーダーにも手伝って貰っているけど、もう時間がかかるとしか言えないわね』
エリファの声が空間に響き渡る。他の面々が互いに顔を見合わせた。
『なんでぃ。じゃあ引き続き情報集めと資金稼ぎ…と、組織の売名行為をしてくって確認だけか?』
『いいじゃん別に。たまには皆で集まってお話しようよ。堅苦しいことは抜きにしてさー』
『…前の二つはともかく、売名はしっかりして欲しいものね。せっかく人助けをしても、組織の名前すら言わない奴もいるんだから』
チラリ、とエリファはハルトを一瞥する。彼女の視線に気付いたハルトはキョトンと首を傾げた。思わず溜息が出る。この少年は分かっていない。自分が純粋に人助けをしているだけだと。
「リーダー。今回の召集は件の傭兵国家についてですね?」
問い質すエアリィに、ソフィアは首肯した。
『ああ。ディルグとリリルに監視させていたが、これ以上は野放しにする訳にいかなくなった。よって、私たちが動く』
動く、という意味を理解し、居合わせたメンバーたちが一斉に息を飲んだ。前回にも話した、その国家に対する処遇が決定したということだ。
「それはつまり…」
意味を理解しながらも、あえてハルトは彼女に尋ねる。その口からはっきりと伝えてもらう必要があった。ソフィアは頷き、全員に公言した。
『我々は傭兵国家ラザードに攻め入る。保有する火器の類を破壊し、その全てを殲滅する』
淡々と、彼女はそう告げた。




