傭兵国家
傭兵––––様々な国家の軍隊や軍事組織に雇われ、自国の利害に関係なく戦争や紛争に参加し、雇い先から報酬を受け取り働く人間のことを指す。
彼らは所謂フリーランスの兵士であるため、王都の騎士団のような正規軍事組織として自国の国籍を持った者で構成される兵士とは違う。現地の人間が守ってくれる訳でもないし、社会的立場が確立されている訳でもない。
とは言え仮にも戦闘のプロであるため、その需要は大きい。その雇用形態も多岐に渡り、戦地に赴き前線での戦い、後方支援、兵士の育成、兵器開発、その輸送などを請け負う傭兵もいる。
こうして直接的あるいは間接的に戦争に協力する人間を傭兵とは呼ぶ。しかし、その実態は非常にシビアな稼業と言えるだろう。
常に命の危険がつきまとう仕事である。いつ死ぬか分からない状況の中で生活するのは心身に響く。熟練の兵士でも呆気なく死ぬことは珍しくなく、完全に心休まる時間など皆無に等しい。
何より決して稼げる稼業ではない。依頼を達成させない限り最低限の衣食住以外は無給で働かされることもザラにある。自腹を切って戦場に向かう訳なので金銭を一番に考える傭兵もいれば、仕事場での待遇を重視する傭兵もいる。
世界に数多く存在するそうした傭兵が群れを成し、集成したものが現在の傭兵国家–––『ラザード』である。
初めはひっそりと建てられた国だが、長い歳月をかけ一大国家としてその名を轟かせていた。傭兵に対する世間のイメージは「金銭で動く戦争屋」、「乱暴者」と良いものではなかったのに、そこまで成り上がったのは二つ理由がある。
一つは国家としての在り方だ。ラザードは畏れ多くも世界会議の場で、軍備増強路線を発表したのである。魔族の侵攻が激化してきた現状に、一石を投じたのだ。
魔法が使えない者や戦闘技術のない人間が魔族に対抗するためには、軍事力の増強が必要不可欠である。それが他国あるいは他国家群における自衛の手段であり、魔族完全排除後の他国に対する発言権、各種権利を主張するための後ろ盾となる。自国の存在意義を、大々的に打ち出したのだ。
極論ではあるが、彼らの意見を無下には出来ない。これ以上戦いが激化するようであれば何か対策を立たなければならないのは事実だった。諸国家は渋々首を縦に振り、ラザードの軍備増強路線を認めたのである。
そして二つ目の理由がその軍事兵器––––彼らが開発・保有している大量の重火器だった。そこから放たれる火力は大魔導士の極大魔法にも引けを取らない。そんな物を何百台と抱え込んでいるのだ。諸国家がその威力を知ると途端に青ざめた。
一体どこからそのような技術を生み出したのか、そんなことは思慮の他だ。圧倒的な軍事力に恐れをなした諸国家は、ラザードの虐殺、略奪行為を許す結果となってしまう。傭兵とは名ばかり。戦場に参列しては敵味方問わず残虐の限りを尽くしたのである。
元々、大義や信念などは持ち合わせていない連中だ。事ここに至って、「乱暴者」というイメージが定着しまった。お陰であらゆる国々から嫌われる羽目になるが、彼らは何処吹く風と聞き流した。
ラザードの行う政治や行政などお粗末な物である。自分たちが優先するのは兵器の増強とそれに伴う国家の拡大だけだった。そうすることで他国はラザードを攻め落とすことは出来ず、自国の邁進を指を咥えて見るしかないからである。
こうして傭兵国家ラザードは、国としての規模を王都や帝国に張り合えるまでに成長させたのである。…少なくとも、戦力という面では。
そしてその現状に憂いた組織––––逆理者がラザードを攻め落とすことを決断したのだった。
『…まぁこんな所ね』
殲滅の対象となった国家について、エリファが手元の資料を読みながら簡潔に説明した。
話終わった後に誰よりも早く反応したのはギャリーだった。表情は読めないが不機嫌そうな声色で告げる。
『聞けば聞くほど痛ましい話ではないか。そんな国家を野放しにしておくとは…』
『小さな国なら制圧なんてわけないんだろうけどねぇ。ラザードの軍事力は帝国ですら手を焼くって言われてるよ。できなくはないんだろうけど多大な被害を受けるのは明白。その隙を突かれるのも考えると傍観ってのが正解なんだろうね〜』
リリルの説明を聞いて静まり返る一同。その中で彼女とラザードの監視を務めていたディルグが『ああ』と頷いた。
『実際に見てみたが相当なもんだ。小型から大型まである筒から砲弾・爆弾を射出する制圧兵器。自走する迫撃砲…だったか。少なくとも他の国では見たことがねぇもんばっかりだ。ありゃ確かに手出しできないな』
『そのことなんだけど…それらは全ては本当にラザードが開発したのかな? ここまで爆発的に軍事拡大を行えたのは異常だと思うんだ』
『それがまたよく分からないんだよねぇ。全く携わってないって訳じゃないんだろうけど、あの国が開発したという明確な情報は掴めなかったの。そこまでの技術力はなかった筈だから十中八九、裏で支援した国か機関があると思うんだけど…分かんないや』
ごめんねー、と謝るリリルは全く悪びれる様子はない。いつものことなので気にせずエリファは続きを促した。
『バックに何がいるのかは不明だけど、私たちが取るべき行動は変わらない。そうでしょう? リーダー』
『ああ。次の任務は傭兵国家ラザードの殲滅だ。大がかりな仕事となる。全員、戦闘準備は整えておけ。リリル、書状は送ったのだろうな?』
『特大に気合い入ったのを送りつけといたよ! ぼちぼち向こうも体制を整え始めてるみたいだし、だいぶご立腹のようだね』
『よし、ならば問題ない』
嬉々として滅茶苦茶な書状を書いていたリリルを横で見ていたディルグは、『いいのか…?』と内心首を傾げたものの、言葉には出さずリーダーの指示に耳を向けた。しかし、そこに異議を唱えるメンバーがいた。
『あー、一ついいか? その国を殲滅するってのは分かったけど、何も真正面から行く必要はないんじゃね? こっちにはリルを含めた隠密行動が得意な奴もいるわけだじ、内部から攻めて行くってのも悪くはないよな。向こうさんには真正面から行くと見せかけて裏から奇襲をかける…とかさ。どうだ?』
リドムは敵に恐れをなして言ったのではない。ラザードは全戦力を持って迎撃すると分かっているのだから、リスクを負ってまで正面から戦う必要はない。陣営を展開して待ち構えているその後ろから、敵の首を獲るというのは戦術としては何の問題なかった。
そして、自分も含め逆理者のメンバーだけが戦うのに少し不満がある。自分たちでは手に負えないから他の国々に面倒事をやってもらう–––いわばボランティアみたいなものだ。都合のいいように利用されている気がして、妙な不快感が滲み出た。
『不服のようだな、リドム』
『いや…別にそういうわけじゃねーけど』
『リドム。お前の考えは効率性という面では何も間違っていない。だが、私たちがラザードを攻撃するのと、この組織として戦うのでは大きく意味が変わってくる』
『…?』
『手には負えない。戦えば多大な被害が出ると分かっている国を、名も知らない組織が一夜にして滅ぼせばどのような影響が出ると思う?』
言葉の意味を理解してリドムは呆然とした。彼に変わりエアリィがその真意を口にする。
「成る程。私たちの存在を世界に知らしめる…そういうことですね」
『然り』
各国がラザードを疎ましく思っているのは事実。しかしその軍事力により強く出れないでいる。叶うことなら動きを抑制させるかいっそのこと無くしてしまおうと考えている。
だが自国では無理だ。出来れば他の国に厄介事を押し付けたい。それは他国も同じことだろう。進んで割に合わない仕事を引き受けようとはしない。
そんな中、全く聞き覚えのない組織が件の傭兵国家を殲滅したと聞かされれば––––間違いなく脅威と捉える筈だ。そしてそれは、逆理者にとって最高の売名行為となる。
『私たちが真正面から戦うことに意味がある。重火器に頼っただけの兵士など敵ではないと、目に物をみせてやれ』
全員が静かに頷く。それを合図に今回の会合は終了した。
『話は以上だ、これで解散する。作戦の決行は三日後。それまでに各員、ディルグとリリルのいる待機ポイントに到着しておけ』
その言葉を最後に、ハルトとエアリィを除く影がその場から完全に消えたのだった。
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「うーん、奴さんも血の気が多くなって来たねぇ」
会合から二日後、待機している隠れ家で寝そべりながら、リリルは陽気に呟いた。
遠見の魔道具で監視している先は、巨大な城壁に囲まれた傭兵国家ラザードである。その手前にある広大な草原に、大量の制圧兵器とそれを駆使する兵士が展開されていた。どうやらそこを合戦場と選んだらしい。
馬鹿げた戦力だ、とリリルは嘆息する。数十人を相手取るだけなのにそこまでする必要はあるのか。そんな軍事力があるのなら他国に少しでも分け与えれば良いものを。自国の利益しか考えない連中は、どうしてこう頭が堅いのだろうかとうんうん唸る。
「一応は周辺に規制をかけているようだ。好き好んであの国に近付く奴はいないだろうがな」
帰って来たディルグの報告に、首だけを向けてにんまりと笑う。
「戦争するような勢いだってのに、何処からもお咎めなしってわけ?」
「条約で仕事以外は国に攻撃しないと決められているからな。襲われる心配がないのなら知ったことではないんだろ」
「はぁ〜…退屈だよ。早くみんな来ないかな〜」
みっともなく足をバタつかせて転がり込む。鬱陶しいと感じたディルグは何気ない言葉を彼女に投げた。
「退屈ならお前一人で特攻かましてきたらどうだ? それで片付けてくれればこっちとしては楽で済むんだが」
「いやぁ? 私は戦う気はないよ。それはみんなに頑張ってもらう。私はただ見てるだけで満足だから」
「…いや、戦えよ」
「正面切っての戦いは得意じゃないんだよぅ。私の本分は暗殺だし。だから私の分まで頑張ってね、ディルグくん!」
任せた、と言わんばかりに立ち上がってディルグの肩を叩くリリルに辟易すると、彼は顔を顰めた。得手不得手は誰にもあるものだが、ここまではっきり言われると逆に呆れる。というか、ただめんどくさいだけではないのだろうか…
そんなことを考えていると、この隠れ家に近付く気配を感じとった。複数の方向から来ている。この場所を知っているのはメンバーを除いて他にいない。
「来たか」
刻一刻と、作戦の開始時間が迫っていた。




