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翠煌のトカク  作者: 筧 黎人
“逆理者” 結成編
23/26

変革のトリガー

 


「全員、揃ったな」



 揺らめく蝋燭の炎が、赤髪の女性を照らす。



 洞窟と呼ぶには些か広すぎる場所に、“逆理者(パラドクス)”のメンバー集結していた。外とは完全に切り離された空間。ここならば余程の能力を持たない限り、声が漏れて内容を聞かれる心配はない。


 そう踏んだ上で、リーダーであるソフィアはメンバー全員に招集をかけた。



「なんかこうして頭数揃うのも意外と早かったな。もうちょい時間がかかるもんだと思ったが」


「そうだね。それだけ皆世界に対して憂いているのか、若しくは単純に勧誘が強引だったのか…」


「良きことですわ。時間は有限で、いくらあっても足りないもの。早々に行動できるのなら、それに越した事はありません」



 リドムとサイラスの呟きに、シャノンが頷いた。相変わらず整った顔立ちで、晴れ渡る笑みを浮かべる。



「…で、わざわざ全員を集めたのはどういう了見だ?」


「推測するに、メンバーが揃った祝いとして、記念()()()()とやらを開くのではないか?」


「そりゃあいいね。なら色々と食べ物やら道具を用意しなきゃだね。買い出しは勿論リドムが行ってくれるんだよね?」


「なんでだよ! てめぇ、リル!お前ん中ではオレが下っ端って認識は当たり前なのかよ!」


「茶化さないで。黙ってリーダーの話を聞きなさい」



 騒ぎ立てる他の面々を、エリファが一喝する。彼女は今回の招集について予め聞いている。だからこそソフィアの言葉を促した。



「…改めて、諸君らにこの組織の在り方を話そうと思ってな」



 そう言うと、ソフィアは静かに笑った。一瞬、時間が止まりその場にいる全員が度肝を抜かれた表情をする。しかし、その表情は次の瞬間に消え去る。ソフィアが鬼気迫る顔で自分たちを見据えたからだ。



「––––諸君らは、この組織の目的を覚えているか」



 誰に問うたのかは分からない。少しの沈黙の後、新参の少女がその質問に答える。



「…世界の変革。歪みきった現状を打破し、真なる世界を作り上げる」


「その通りだ」



 エアリィの返答に、ソフィアは頷いた。そこに割り込むようにリドムが言葉を投げる。



「そういや、具体的な手段については何も聞かされてないな。今までも資金稼ぎやら情報収集ばっかで、それらしいことは何もしてねぇ。それについて、ここで説明してくれんのか?」


「いいだろう。教えてやる」



 ソフィアは軽く目を閉じると、少しの間を置いて言葉を紡ぎ出した。



「私たちが求めるもの。世界の変革と言ったが、結果としては世界の平和だ。人と人、人と他の生物、人と各種自然の関係が、調和を保って運行される状態を作り出すことだ。単に平和に暮らせる状況ではなく、一人一人が平和に生きることを心掛けなければならない。平和とは待つものではなく、自分で掴み取るもの。平和に過ごせる状況など、表面上の安穏であり、一時的で一過的なものだ。人の心が真に穏やかにならない限り、平和が訪れることはない」


「ふーん…」


「だが、そのきっかけになったものがあった。百年前に起こった戦争…異次元から侵略してきた魔王とその軍勢との戦い。『次元戦争』だ」



 ぴくっと反応したのはエアリィだった。他人事ではない。自分もその戦争に少なからず関係していた。



「それが…きっかけ…?」


「そうだ。王都や帝国も予想していなかった()()()()()()()()()。当然備えなどあるわけもなく、急場凌ぎの戦力で侵略者と戦うことになった。先代勇者の力もあり、どうにか向こうの撤退に追い込んだ」


「その勝利が世界の平和のきっかけになったということか」


「少し違う。きっかけとなったのは()()()()()()()。それまで世界は小さな戦いこそ数あれ、大戦と呼ばれるものはなかった。が、その次元戦争は未知の侵略者が襲ってきたこともあり、各地に戦乱の嵐を起こしていった」



 そこまで聞いたギャリーが悲しそうに目を伏せた。構わずにソフィアは言葉を続ける。



「人は痛みに敏感だ。それが自分に及ぶなら尚更な。人々は少しでも早くこの戦争を終わらせようと、互いに手を取り合った。権力、立場を無視して、戦争終結のために対立していた魔族との交渉も開始した。そして史上初となる人類と魔族の連合軍が誕生し、異世界の侵略者を撃退した。解るか? 一時的とは言え、世界は一つにまとまったのだ」


「へー。諸国家が力を合わせて戦ったのは知ってたけど、魔族まで関わってるとは知らなかったね」



 しかし、今となってはその連合も影も形もない。共通の脅威が無くなれば、再び対立の日々に逆戻りだ。和解という道を歩まず、両者は今に至るまで争っていた。



「だが、私はここで一つの真理に辿り着いた。戦うことは悪いことではない。“戦う”という言葉には暴力的で野蛮的な響きがあるため、どうしても避けられがちだ。しかし人間は闘争を求める。そこに理屈などない。それは本能が求めるものだ」


「…ふん」



 ディルグがつまらなそうに鼻を鳴らした。



「その闘争が究極的になったものが戦争だ。戦争は利害の不一致や意見の相違による対立を、暴力で解決しようとする姿勢から生まれるもの。これはしたいからするという性質ではなく、否応無しに結果的に発生してしまうものだ」


「……」



 シャノンの笑みが微かに崩れた。黙って彼女の言葉に耳を傾ける。



「ではこの利害の不一致や意見の相違を無くせば戦争はなくなるのか、と聞かれればそうはいかない。生物には知性があり、心がある。異世界の魔王がそうしたように、世界の、国家の繁栄のため他者の領土を侵略し、広げようと考える者が必ず現れる。自国のことのみを考え、自国にとって実益になる国に対し挑発を行い、わざと戦争状態に持ち込む。これは忌むべきことだ」


「……」



 聞くに耐えない、と言うようにエアリィは顔を背けた。まるでそれを見てきたという表情だ。



「戦争や紛争は一般的に国家や集団が引き起こすものだ。しかし、その根本には人間個々の心理や欲求が深く関係している。殺すか殺されるかの恐怖、恨み。成り上がろうとする野心、名誉欲。既得権を獲得し利用する金銭欲。そうした心理が権力者や時代の王に宿り、事の全てが始まるのだ」


「…ふぅ」



 サイラスが小さく息を吐いた。思い当たる節があるようだが、それはこの場で言うべきことではない。リーダーの話に水を差すつもりはなかった。



「世界から戦争は無くならない。つまるところ、戦う理由など何でもいい。思想、宗教、資源、領土、怨恨、痴情の縺れ…果てには気まぐれでもいい。理由など挙げればいくらでもある。それは否定しない」



 ソフィアは拳を力強く握った。



「故に、私は戦争を肯定する。真の平和を望むのなら、人は非情にならなければならない。平和は何かの犠牲になって成り立つ。その犠牲となったもののためにも、我々は道を切り開いて行かなければならない。それを決して無駄にしてはならないんだ」


「むぅ…」



 大きく首を傾げながらギャリーが唸る。



「重要なのは覚悟を持つことだ。生きる覚悟ではない。死を厭わない覚悟だ。それはある種、最強の武器になり得る。死ねない覚悟が力となり気迫となって人間に宿る。それがやがて生存に繋がっていく」


「…ははっ」



 なるほどねぇ、とリリルがうんうんと首を振る。彼女の言葉は、正に自分に対して言ってるようなものだった。



「これまでの長い間、人々は何度も話し合いの場を設け、平和への政策を進めてきた。だが、現状はこの有様だ。特に帝国などは国内外の戦いに参入し、莫大な見返りを求めることで国の経済を支えていると言ってもいい。国に利益をもたらし安定させるには…それなりの紛争が必要という訳だ」


「へぇ…なら勇者もただ利用されてる存在ってとこかしらね。王都は別に魔族との決着なんて望んでないでしょう。小競り合いを起こして、適当に時間を稼いでもらい国の政策に関わらせないようにしてるのかもね」



 エリファが淡々と告げる。魔族は脅威だが、王都に害とならなければ放置してもいい。勇者一行は精々、関係のないところで戯れて貰おうという魂胆だった。



「ただ生きるだけが厳しいのが世界というものだ。草食動物は肉食動物に食われ、肉食動物は人間の技量に敗れ、人間は魔族を含む人ならざるものに敗れる。明確な勝者など存在しない。そうして世界は成り立っている」


「…」



 ハルトは何も言わない。既に彼女の言葉を何度も耳に通している。今更考えを改めることはないし、その必要性も感じなかった。



「どうあれ、世界には混沌が必要なのだ。ひたすらの善だけでは成り立たない。悪だけでは破綻する。善なる世界に、幾ばくかの悪。それこそが世界の在り方であり、私が理想とするものだ」



 そこで一度言葉を区切ると、ソフィアは周りのメンバーを見渡した。誰もが神妙な表情でこちらを見据えている。そして一人の男が彼女に向かって口を開いた。



「リーダー。あんたが現実主義者ってのはよく分かった。本気でこの世界を憂いて変えたいって思ってるのもな。それで? あんたは俺たちに何をさせたい? その真なる平和とやらをもたらす手段は何なんだ?」



 率直に、リドムが問い質す。彼女は現状について述べるだけで、具体的な手段については何も言わなかった。そこを聞き出さなければ、自分は納得できない。



「戦争だ」



 ソフィアが発したのはその一言だった。流石にこれは唖然とする。数秒間、硬直した後リドムは吹き出して笑った。



「はっはっはっ! 言うに事欠いて、結局は争いって訳かよ。武力で武力を無くそうって意味かよ。そんなもん、他の奴らと一緒じゃねぇか!」


「そうだ。武力を行使するという点では、私たちは諸国家と同じ穴のムジナだ。だが、奴らとは決定的に違う武力が存在する」


「何…?」



 憤慨するリドムに対し、ソフィアは余裕の表情で言葉を返した。思わず困惑し、気圧される。



「リーダー…その武力というのは?」



 サイラスの問いは予め想定していたものだった。だからソフィアは笑う。。その笑みを浮かべるに足る自身があることを証明するように。



「私たちの武力となるもの。それは次元戦争で向こう側からこちらの世界に散らばった産物–––––六大精霊と呼ばれるものだ」



 そして、変革のトリガーとなる存在を口にした。

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