十人目
「うぅん…急な集合って何かな。こっちは任務続きで正直眠いんだけど」
欠伸を噛み殺してリリルが文句を口にする。
南海の孤島。夜空に浮かぶ月が島中を覆う樹木や砂浜を白く照らし出している。その無人の島は一般人が使用する船舶の航路からも大きく外れており、隠れるには絶好の場所だった。
そこには現時点における“逆理者”のメンバー全員が集結していた。互いに顔を見合わせている。
「最後の一人が決まった」
ソフィアが簡潔に告げる。この組織の最後のメンバーが決まったのだ。この勧誘が成功すれば、ついに想定していた頭数が揃うことになる。
「ようやくか…それで?」
リドムの問いに答えたのはエリファだった。
「ターゲットの名前はエアリィ・ウェズレイ。既に所在地は把握しているわ。一応は王都に所属している科学者…ということになってる」
「一応?」
「そこらの情報があやふやで、正確な職業が分かっていないの。リリルでも集められなかったみたいね。まぁ、職業なんて私たちには関係ないことだけど…」
珍しくバツの悪そうな表情を浮かべるエリファの横で、リリルが「そう言えばそーだったねー」と思い出したように呟いた。
「どっちにしろ勧誘するのは変わりないんだろ? 誰が行くんだ」
「むぅ。俺は全く自信がないのでごめん被りたいのだが!」
「大丈夫ですよギャリーさん。間違っても君は行かせませんから」
ギャリーの叫びにサイラスが笑顔で言い放った。他のメンバーもそれは十分に熟知している。彼ほど勧誘に向かない人間はいない、と。
「ディルグの言う通り、どちらにしろこのエアリィ・ウェズレイを最後のメンバーとして迎い入れる。彼女の煌力は非常に貴重なものだ。利用しない手はない。それで誰がスカウトに向かうかだが…」
「全員で行けばいいんじゃね?」
ソフィアが言い切るより、リドムがボソッと呟いた。次の瞬間、エリファが深い溜め息を吐く。
「え? 何ダメなの?」
「あのねぇ…こんな大所帯で行けば、間違い無く相手を警戒させるわよ。私たちは別に戦いに来てる訳じゃない。話し合いで穏便に済まそうとしてるのよ」
「そうかもしれねーけど、奴さんも相当強いんだろ? 万が一の事態もあるんじゃないか?」
「そうならないために、極力言葉で説得したいんじゃない」
話し合いにならない相手ならば仕方ないが、これから勧誘に向かう女性は幸いそういった横暴な人間ではないようだ。恐らく、戦闘の心配はないだろう。
「そういうことだ。この中から選んで行ってもらう。さて––––」
「俺が行きます」
真っ先に手を上げたのはハルトだった。
「いいのか?副リーダー」
「ああ。彼女についての報告書で、少し気になる情報があってね。上手く行けば勧誘にも使えるかもしれない」
ディルグの言葉に、利用するのは気が引けるけどね…と苦笑するハルト。ソフィアは任せると今回の件を彼に一任した。
「お一人で大丈夫ですか? ハルト様」
シャノンが気遣うように声を掛ける。確かに無理に一人で行く必要はなく、後一人ぐらい共に来てもらっても構わなかった。他のメンバーはこれから特に重要な仕事は入っていない。
しかし、ハルトはシャノンの言葉をやんわりと断った。
「大丈夫。無事に勧誘が終わったら、指定された合流ポイントに向かうよ。それでは失礼」
その場を静かに去る。残されたメンバーたちは波の音に心を休ませながら、思い思いに駄弁り始めた。
「まだまだ若いってのに、しっかりしてるねぇ副リーダー様は」
「うむ。それに相当鍛えているな。是非ともいつか手合わせ願いたいものだ」
「いいや、あれは強がってるな。まだ心の何処かでは踏ん切りがついていない、そういう風に俺は見えるがな」
「確かに、時折彼の瞳は遠くを見つめているように感じるね」
「んー、何とも言えないなぁ。まぁ、強いってのは嫌になるほど分かるけど」
「少なくともこの組織の一員という覚悟は持っておられるようです。でなければ真っ先に請け負ったりしないはずですわ」
「…そうね。戦う覚悟を持ってるのは事実だわ。しかし––––」
果たして人を殺す覚悟もあるかどうかは––––そこまで考えるエリファの表情は酷く険しかった。
ソフィアはただ静かに、そんなメンバーのやり取りを腕を組んで聞いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
王都から少し外れた、白に覆われた一つの建物。そこにエアリィ・ウェズレイは佇んでいた。
四方の壁を様々な薬品や計測機器などで埋め尽くされた研究室の中央で、白衣を纏い研究資料に目を通している。床には幾何学的な模様を描くような意匠が施され、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
研究者としては幼すぎる顔立ち。身長はシャノンと同じが、若しくは少し小さいぐらいだろう。スラリとした手足、長い髪を二つにしてまとめており、その無表情からやや厭世的な様子を漂わせていた。
「エアリィ・ウェズレイさん…だよね?」
彼女の背後から自分の名前を呼ぶ声に振り向く。そこには気の弱そうな少年––––ハルト・ヴェラムが立っていた。
「…気配もなく訪ねるのはあまり感心しませんね」
「それは…申し訳ない。すっかり慣れてしまったもので」
本当に申し訳なく笑う少年を見て、エアリィは自分に対して敵意がある人間ではないと瞬時に察知した。彼女の身体の特異上、狙われることは多くあるが、少なくとも彼が暗殺者の類ではないと理解できた。
「私に、何かご用ですか?」
「ああ。君をある組織に勧誘したいんだ。俺はハルト。世界の変革を目的とする逆理者のメンバーだ」
「…」
「その組織のメンバーとして、君をスカウトしに来た。これからの世界のため、君の力を貸してくれないかな?」
「…」
少女は何も答えない。そのままハルトは組織について大まかな説明をする。聞き終えた後も、エアリィは無言のままだった。
目の前で壮大な理想を語られ唖然とした訳でも、その組織に自分を勧誘しようとしていることに呆れた訳でもない。
むしろハルトの言葉はよく理解している。彼と彼が所属する組織は確かな信念を持って、行動しているのだろう。彼の瞳からも、その思想に疑う余地はなかった。
それを分かった上で、エアリィは返答した。
「興味ありません。他を当たって下さい」
視線を外し、彼女は再び資料に目を向けた。発せられたのは明確な拒絶の声。無謀とは分かっていてもやり遂げるという気概には尊敬するが、それは自分にとって何ら関わりのないこと。手を貸す義理はない、と彼女は判断した。
しかし、そんな態度を表すエアリィにハルトはへこたれることなく、彼女の手元を覗き込んだ。
「何を見てるの?」
「…貴方には関係ないことです」
「ここは君の研究室だよね? 見たところ人体に関する資料が多くあるみたいだけど、それが君の専門分野なのかな」
「そういう訳では…ありませんが」
歯切れ悪くエアリィは答えた。彼女は正式に王都に所属する研究者ではない。そうだった時期もあるが、この研究室は自分が出した費用で用意したものだ。故に誰かに指示されて研究するものなどありはしない。
「そうだろうね。悪いけど事前に君のことを調べさせてもらった。君が研究するテーマには––––君の身体の特異性が関係しているんじゃないかな?」
「––––––!」
ハルトの言葉に目を見開く。自分の身体について、この少年は知っている。そんな彼女の様子を見たハルトは、僅かに顔を顰めて言葉を続けた。
「俺が自分で調べた訳じゃないけどね。今まで見た文献の中で、ほんの少しだけど記述されてた。これは『ハイランダー症候群』と呼ばれるものだ」
ハイランダー症候群––––そう少年は口にした。
この病気は年齢が上がっても身体的に歳を取らない。つまりは老化しないという現象が起こる。大きく分けて子どものまま成長しないタイプと、大人まで成長して老化しないタイプに分けられる。彼女の場合は、前者に分類される。
しかし、症候群と呼ばれているように病気とは認定されておらず、明確な治療法も判明していない奇病の一種とされている。多くの研究者がその原因について研究してきたが、身体には何の異常も見られず、本当に健康な肉体のまま成長が止まっていると匙を投げるしかなかった。
「原因が分からないとはいえ、老いることなく死なない体とは魅力的だ。その体を付け狙う人間は多く存在しただろう。そのためにも、君は自分の情報を消してきたんでしょ?」
ここに来る前にエリファが言っていた、彼女についての情報が少ないというのは定期的に自分の足取りを消していたためだ。彼女も最初は王都の人間だったのだろう。しかし、いつまでも歳を取らない人間が居るのは怪しまれ、狙われるのを警戒した彼女は人目の付かない所で生きることにした。そして自分の体を研究していたのだ。
「そこまで分かっているのなら…私が酷く厭世的だというのも分かっているでしょう」
「ああ。きっと君は俺なんかよりも長い時間を生きて、沢山のモノを見てきたんだろう。だからこそ聞きたい。君は、この世界に対して思うことはないのか?」
ハルトの言葉はエアリィの胸に染み込んだ。
沢山の人を見た。沢山のモノを知覚した。繰り返される破壊と創造。変わらない光景などなく、常に世界は少しの出来事で揺れ動いていた。
それでも、人間という種族は何も学習しようとはしない。選択肢はそこら中にあるのに、いつも間違って先の可能性を自ら否定する。善であれ悪であれ、誤った未来へ突き進む。
そんな人間に辟易しつつ、自分もその人間の一人なのだからこの世界で生きていくことを決めた。死なない体というのなら、精々世界の行く末をこの目で見送ろう。それだけの時間が、自分にはあるのだから。
「思うところは、あります。世界が正しい方向に進めるのなら私もできることはするつもりです。でも、そんな方法は何処にもあるはずがない…」
「いいや、あるよ。俺たちのリーダーがその方法を見つけてる」
「そんなことは有り得ません。それこそ悠久の時間を生きている私に見つけられないはずがない」
「ならどうして、君は生きているんだ?」
言葉の意味が分からず、エアリィは首を傾げた。
「エアリィさん。いくら君でも、普通の方法なら死ぬはずだ。胸を貫かれたら死ぬ。首を刎ねられたら死ぬ。この世界に絶望したのなら、その身体は只の重荷にしかならない。早々に命を絶つだろう」
「それは…」
「君はその身体を良いものとして捉えてるんじゃないか? 他の人間にはない、特別なものと優越感に浸っているんじゃないのか?」
「私は好きで––––こんな体になったんじゃない!」
それだけは断言しておきたかった。
最初は治療法を模索した。選りすぐりの医療メンバーに依頼し、この奇病の解明に努力してもらった。結果誰もが首を振ったが、それならばこの症状を有効活用してもらおうと、あらゆる国に研究材料としてその身を差し出した。
人体実験の連続だった。何度も繰り返し、何度も痛みを刻まれた。活用できないと判断するや否や、研究者たちは自分を化け物と罵り、殺しにかかった。
エアリィはただ悲しかった。だって、悪意があって協力した訳ではない。そこにあったのは純粋な善意と未来の可能性を求める心だけだ。それすら否定し、聞く耳を持たない人間たちを何度も手にかけた。
その中には家族や友人もいた。あんなに仲の良かった家族は自分に怯え、歳を取らない自分に恐怖し消えていった友人の顔も、今ではもう朧げだった。
「…そうだね。ごめん、言い過ぎたよ。でも、自ら命を断とうとしなかったのは、理由があるんだよね? その病気を治そうとしてるのか、世界の行く末を見守ろうとしてるのか、俺には分からないけど君はまだ生きている。生きているんだ」
少年は強く言葉を紡ぎ、エアリィを見据えた。
「悠久の時を生きてる君には甘い戯言だと思うかもしれない。だからこそ協力して欲しい。世界を見てきたのなら、今度こそ君に本当の選択肢を見つけて欲しいんだ」
エアリィは何も言えなかった。本当にその組織に入れば、自分にはなかった答えが見つかるのか。嫌でたまらなかったこの身体を、好きになれると思えるのか。心の中で問い質した。
やっとの思いで、静かに疑問を口にする。
「どうして貴方は…そこまで言い切れるんですか?」
「…どうしてだろうね。多分、そういう風にしか生きれないからじゃないかな。変わる可能性があるなら、ひたすらにそれを求める。無理だと思いたくないから、必死にやれることをする。とうの昔に、頭のネジが吹っ飛んだんだろうね」
口角を上げて笑う少年は、何処か儚げだった。恐ろしいまでの覚悟。自分の半分も生きていないであろうこの少年は、嫌に大人びて見えた。それがエアリィには凄い、と同時に悲しいという思いがこみ上げた。
「…別の可能性…まだ見ぬ他の選択肢…それが本当に実在するのなら、私が勧誘を拒む理由はない」
「…ということは?」
「いいでしょう。貴方の口車に乗って上げます。私を連れて行って下さい。その組織に」
エアリィは白衣を脱ぎ捨てる。ようやく自分の死に場所を見つけることができるかもしれない。長い時間に縛られたこの身体を、解放することができるかもしれない。まだ見ぬ未来に、その小さな身体を前に進ませた。
これにより、逆理者は予定していたメンバー十人が揃うことになる–––––




