八人目と九人目
「とどのつまり、俺もその怪しげな組織に入れというわけだな!」
ギャリー・テイラーの大声が辺りに響く。
短くて揃えられた黒髪に、鋭い目付き。何よりも筋骨隆々な体格がこれでもかと言わんばかりに主張されている。無駄にポーズを取り、その上半身裸の肉体をエリファとリドムに見せ付けた。
「いや、そうなんだけどよ。オメーその格好寒くねぇのか? こっちは凍えそうなんだが」
吹き荒れる風に身を縮ませながらリドムが嘆息する。
二人は八人目のメンバーを勧誘するため、辺境の雪山へと足を運んでいた。場所が場所なので防寒具など用意して赴いたのだが、想定以上にその影響は甚大だった。
雪は降り止んでいるが、一面白で覆われている。降り積んだ雪が日差しを受けた所は銀のように輝き、雲の陰になった所は鉛のようにやたらと険しい輪郭を描いていた。
そして押し寄せる寒さ。積雪のせいで指先・足先から徐々に体温を奪い、冷気による寒さで更に体感温度を下げていく。まさしく天然の災害地。事実、ここは凶悪な魔物も多数生息する危険区域に指定されていた。
そんなことも御構い無しに、ギャリーはニカッと白い歯を見せて笑い、轟くばかりに叫ぶ。
「はっはっはっ! 俺は生まれてからここに二十年住んでいるからな! この程度の寒さ、屁でもないわ! それに毎日鍛えている。心頭滅却すれば、火もまた何とやらだ!」
盛大に笑い出し、大きく胸を張る。自分と同い年だと判明したことよりも、このような極寒の地に住んでいられる神経に驚嘆した。呆れ半々の表情で、隣の少女に目を向ける。
「おいおい。ほんとにこいつであってるのかぁ? リリルのやつ、テキトーな人間見つけて勧誘しようとしてんじゃねぇか? こりゃ腕っぷしはともかく、オツムは期待できそうにねぇぞ」
「知らないわよ。リーダーが許可したのだから組織に貢献してくれる人材だと判断したのでしょう。使える駒は全て使う。それにオツムという点では貴方も人のこと言えないんじゃない?」
どうでもいいように顔を背けて悪態をつくエリファ。その言動に若干のムカつきを感じながらも、「あー、確かに頭は弱いわな」と髪を掻き毟りながら自分の情け無さを嘆く。
「なんだ? お前たちは仲間同士ではないのか? 喧嘩は良くないぞ! 自然でも調和は最も優先すべき重要なものだ! ほら、俺がとりなすから握手だ握手!」
グイグイと二人の距離を縮めようとするギャリーに、エリファとリドムは本気で抵抗した。特にエリファは嫌そうに顔を歪ませながら魔方陣を展開している。リドムは身の危険を感じ、目の前にいる野生児の怪力からどうにか抜け出す。
「…ひょっとしてオレらは本当の馬鹿を勧誘しに来たのか?」
「いや、最高の馬鹿を勧誘しに来たと思うぞ。考えることはからきしだが、力仕事には自信がある。お前たちが言う組織にも活かせることができると自負している」
「馬鹿なのは否定しないのかよ…だからいちいちポーズ取んなって!」
またもや珍妙なポーズを取りだすギャリーを止めようとするリドム。話が進まない、とエリファは内心の苛立ちを隠せず怒気の強い声で告げた。
「で、私たちの話は理解できたでしょう? わざわざ数十回も繰り返して説明したんだから。そちらの返答はどうなの?」
「せっかくこのような所まで来てくれて、俺の力を頼りにしてくれるのは嬉しいのだが…」
「何だよ?」
「俺はここを離れるわけにはいかんのだ」
「何故?」
「…ここは俺が生まれ育った場所で、一緒に苦楽を共にしてくれた家族がいるんだ」
むぅ、と唸り声を上げながらギャリーがぽつぽつと語り出す。
両親の顔は覚えていない。物心がついた頃に自分を育ててくれたのは一頭の雌熊だった。劣悪な環境でも自分の子どものように可愛がってくれた。豪雪が吹き荒れればその体で温めてくれ、食べ物を与えてくれた。
やがて身体は成長していく。この山に人間など立ち寄らず、生息するのは互いを牽制し合う屈強な魔物たち。そんな中にも意気揚々と飛び込んでいった。
人間も魔物も関係ない。生きとし生けるものは皆、わかり合う必要がある。必ず相互理解が成立し、共に笑い合える日が訪れる。少なくとも、彼はそう信じていた。
言葉ではなく拳で。お互いの心を曝け出した。血を吐いてよろめき、死にそうになった時は片手では数え切れない。それでも、相手が何を思ってるのか知りたかった。
すると、自分を中心に山の魔物が集まりだした。そこに敵対の意思はない。仲の悪かった魔物同士、気まずそうに顔を見合わせた。純粋に、ギャリーという男に惹かれてやって来たのだ。
彼は嬉しさで涙を流す。雌熊がそうしてくれたように、一匹一匹頭を撫でていく。擽ったいのか、目を細める。それは確かに、種族の壁を超えて理解し合えた瞬間だった。
「あいつらは俺の大切な家族なんだ。俺もずっとここにいる訳ではないが、できればこれからもあいつらは手を取り合って生きて欲しいと思う。俺が居なくなったら、また争い合うかもしれん」
苦悶に満ちた表情でギャリーは告げた。これは仮初めの平和に過ぎない。心優しい生物も少なからず存在するが、あくまで彼という秩序によって成り立っていた世界だ。時によって、秩序やモラルは簡単に瓦解する。それを彼はよく理解していた。
「…ふぅん」
黙って話を聞いていたエリファは、そんな曖昧な呟きを漏らした。
「要するに、この雪山の生態系が崩れないよう見張っとけばいいだけでしょう」
「む? …まぁそうなる、のか?」
「どうする気だ、嬢ちゃん?」
「他の方法がないかリーダーに掛け合ってもいいけどね。私が魔法で作り出した使い魔で、この山を四六時中見張らせておくわ。何か異変が生じれば即座に報告が来るように、何匹か飛ばす。勿論貴方にも連絡するわ。それで心配は無くなるでしょ?」
「なんと。それは願ってもないが、そんなこと可能なのか?」
「この程度、負担にもならないわ。異論がないなら直ぐにでも貴方の家族とやらに別れの挨拶をして来なさい。今生の別れになるかもしれないからね。多少の時間は与えてあげる」
エリファが軽く指を振ると、機械的な小鳥が数羽出現した。彼女が言っていた使い魔だろう。それぞれが別の方向に飛んで行く。
「…すまん! 恩にきる!」
ギャリーは猛スピードで駆け出して行った。その姿が完全に見えなくなったのを確認すると、リドムは肩を竦めてやれやれと息を吐く。
「忙しい奴だな。世界の薄汚さってのを全く知らねぇ。でもあんな奴だからこそ、これからの未来には必要だって分かったぜ。あそこまでピュアで優しい奴、そうそう見ないしな」
「…ふん」
「優しいと言えば、嬢ちゃんも良いところあるじゃねぇか。簡単に言えることじゃないだろ?」
「下らない。あれくらいで加入してくれるのなら、取るに足らないと判断しただけよ。勧誘を任された以上、失敗する訳にはいかないからね」
ブスッとそっぽを向くエリファ。余計なことを言うな、とその背中が語っている気がした。
「ったく…素直じゃねぇなぁ…」
二度、リドムは肩を竦ませるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あら、ディルグ様。今戻られたのですね」
隠れ家として使用している小さな洞窟に入ったディルグを出迎えたのは、シャノンの可愛らしい声だった。
どこから持ち込んだのか分からない食器一式と、簡単なお茶菓子がテーブルに並べられている。カップに注がれた紅茶を啜り、凛々しく微笑んだ。
「…ようやくまともな状態になってきたと思ったら、堂々とくつろぎ始めるとはな。呑気なもんだ」
「そう言われましても、私には特に任務を与えられていませんので。こうして皆さまに労いの言葉ををかけるしかないのです」
ふふ、と少女は妖しく笑う。見る人全てを虜にする笑みだったが、ディルグにはそれがぎこちなく見えた。
「まだ上手く笑えないのか?」
「申し訳ありません。努力してはいるのですが、自然と笑うことにはまだ抵抗があるようです。不快に映りましたか?」
「そういうわけじゃない。ただ、加入した時はそれこそ引き攣った笑みばかりだったからな。あの時よりはマシになっただろう」
「であれば嬉しいのですが…やはりここは一度、リリル様に笑い方をご教授願った方が良いのでしょうか」
「やめとけやめとけ。あいつの笑みは参考にするもんじゃない。あれは他人の不幸を心から楽しんでる奴の笑みだ。間違っても真似すんな」
キョトンと首を傾げるシャノンに、ディルグは苦笑いした。組織に加入した当初よりかは、表情が戻って来ている。勧誘時に何があったのかは知らないが、これから長い付き合いになるメンバーに、悪影響は与えたくなかった。椅子を引っ張り出して、どかっと座り込む。
「そう言えば、九人目となる方の勧誘に成功したとか」
「ほう。で、そいつは何処のどいつだ?」
「さぁ…私もソフィア様から聞いただけですから…あら、噂をすれば」
シャノンが洞窟の入り口に目をやると、そこから漏れる光と共に一人の人間がこちらに声を掛けてきた。
「良かった。お二人共ここにいらしたんですね」
そこには屈託のない笑顔を浮かべた青年が立っていた。
男の瞳は猛禽のように鋭く、体躯はがっしりと引き締まっている。大層な美丈夫。女性の胸を蕩かす風貌をした彼は、静かに二人に対して挨拶した。
「初めまして、サイラス・ベネディクトと申します。先日より逆理者のメンバーとして働くことになりました。至らないところも多々あると思いますが、以外お見知りおきを」
サイラスの言葉に、シャノンは立ち上がりスカートの裾を握って恭しく礼をする。一方ディルグは愛想なく返事をした。
「シャノン・ダウスマルクと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
「ディルグ・グレイだ。詳しい自己紹介は省略。どうせリリルに聞かされてんだろ?」
「はい。その通りです」
彼の笑みを見て、胡散臭い表情だとディルグは悪態を付く。あれは明らかに達観の笑みだ。それほど長生きしていない人間が浮かべていいものではない。
「見たところ、それなりに良い暮らしをしてた様子だが…就職先を間違えてるんじゃないか?」
「ははは…これは手厳しいな」
確かにサイラスの格好は貧相な生活を送っている者とは見えないものだった。シャノンと同じ貴族…若しくは国における重要な役職に就いている人間だろうとディルグは直感した。
困ったように顎を撫でるサイラスに、ディルグは続けて質問した。
「お前…何を望んでいるんだ?」
「何、と問われましても。君たちは世界の変革を望んでいるんでしょう? だから僕もその志しに共感してこの組織に入ったんです」
「違うな。お前の願いはもっと別なものだ」
「…そうですね。僕はこの世界における社会システムを変えたいために加入しました。それが一番の近道になると考えたので」
サイラスは決して争いを好んでなどいない。
人が死ぬのは悲しいことであり、それが知人なら尚のこと、自分たちに敵対する人間だとしても猛進的に破壊行動に従事できるほど、彼の心は割り切れてはいなかった。
しかし、世界にはそこら中に悪意が蔓延っているのを彼は知っている。
それを利用し、自分の利益のために他者を利用する人間がいることを知っている。
だからこそ、その悪意を止めたい。
例え自分の手を血で染めることになっても、自分の行動で多くの命が失われたいくことになっても、何もせず唖然と見つめる自分にはならない。勿論、憂う気持ちはある。誇りに思う気持ちと複雑に思う気持ちが胸の中で交錯していた。
しばしの静寂が訪れ、気まずさが満ちた洞窟にディルグの声が響き渡った。
「お前の願いが何なのかは知らん。だが、最終的に俺たちと敵対しないことを祈るぜ」
「勿論です。敵対することなどあり得ませんよ。僕たちは皆、同じ目標を持っているのですから」
「俺とお前の願いが必ずしも一致するとは限らんぞ」
「その時はその時です。不審に感じたら、即座に切り捨てて頂いて結構。それはつまり、僕の願いが叶うべくもない矮小なものだっただけですから」
言葉を交わす二人の間に入り、シャノンが空いているカップに紅茶を注ぎながら口を開いた。
「願いに崇高も低俗もありませんわ。ここにいると言うことは、何かを犠牲にしてでも手に入れたいものが存在するということ。そして、その願いが行き違うはずもない。であれば、私たちは等しく同志ですわ」
有無を言わせない口調でシャノンが二人を取りなした。ディルグとサイラスはそのまま睨み合っていたが、やがてサイラスが穏やかに首肯し、ディルグも仕方無しに頷いた。
「さぁ、ダージリンティーにはリラックス効果があるのです。冷めないうちにどうぞ。お口に合うと良いのですが」
差し出された紅茶を口に含む。途端に、清涼な香りが胸の内側に飛び込んで来た。身体のあらゆる器官に染み渡る感覚に微睡みながら、二人は黙々と紅茶を飲んだ。
それを確認すると、シャノンは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。




