六人目
「次のメンバーが決まった」
蝋燭の火で照らされる暗い部屋に、リーダーであるソフィアの声が響き渡る。円卓に等間隔で並べられている椅子に、ハルトとエリファが腰掛けていた。
「これで六人目ですか…誰がスカウトに行くんです?」
ハルトの問いに、ソフィアが返答した。
「ディルグは資金稼ぎ、リリルは新たなメンバーの情報収集に向かわせている。よって今回はエリファ、お前に行って貰う」
「私?」
指名されたエリファは、少し驚いた顔をして聞き返した。急に勧誘を任されるとは思わなかったのだろう。首を傾げてリーダーを見つめる。
「七人目となるメンバーの勧誘も控えている。そこには私とハルトが向かう。時間は有限だ。取れるものは早めに取っておいた方がいい」
「…そう。別に私は構わないわ。とにかくそいつを連れてくればいいんでしょ? 容易いことよ」
「そういうことだ。ターゲットはここより南東にあるガドゥスという村の周辺に滞在しているようだ。移動する可能性もあるので直ぐに向かえ」
了解、とエリファは椅子から立ち上がる。念の為に軽く武装をしておいて良かった。場合によっては交戦するかもしれないので、無駄にはならずに済む。
「エリファさん。なるべく穏便にね…」
エリファを気遣ってるのか、相手を心配しているのか分からない様子でハルトが彼女に声をかける。そんな彼を鼻で笑って、嫌みたらしく言い返した。
「知らないわよ。それは相手の出方次第だからね。まぁ、誰かさんみたいに喧嘩吹っかけないように気をつけるわ。副リーダー?」
渾身の笑みを浮かべて飛び出すエリファの後ろ姿を見送り、ハルトは深く息を吐くのだった。
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「で、オレをその組織に勧誘したいって訳だな?」
目の前で古びた地図を読みながら、青年がそう聞き返した。
少年と呼ぶには些か可愛げがない風貌。身に付けたマントを翻し、何度も確認するように地図を読み込んでいる。この男こそがエリファが勧誘を任された人物だった。
「そうよ。私はメンバーの一人であるエリファ。貴方を新たなメンバーとして迎えたい」
「本当に嬢ちゃんみたいな子がそんな危なっかしい組織にいるのかぁ? イマイチ納得できないんだが」
「納得できなくても結構。貴方を半殺しにして連れて行くだけだから」
「…おおう。キツイ見た目通りアグレッシブだな。取り敢えずその殺気収めてくれよ」
青年が両手を上げてエリファをとりなす。そんな彼女は引く気はないと告げるように、彼に詰め寄った。
「それで? 承諾するの? 断るの? はっきりしないのは嫌いなの。さっさと答えて」
「いやいや、まだ話し始めてから数分しか経ってねぇぞ。もう少し、考える時間をだなぁ…」
「判断するには十分な時間よ。特に質問もないのでしょう? 答えを聞かせなさい」
まるで苛立ちをぶつけるかのように彼女は言い放った。
正直言ってエリファは勧誘することに慣れていない。ハルト同様、口下手であるし、人付き合いも良い方だとは言えない。そもそも他人と関わる機会など、学校生活を除けば皆無に近かった。
別段不便でもなかったし、興味も持つこともなかったので気にしなかったが、こうやっていざ人と話すとなると高圧的になる自分がいる。そんな自分を彼女は嫌っていた。まくし立て、上からの物言いは決して相手と対等とは言えない。
直したいとは思うが、そのきっかけが掴めない。誰かに指摘されることもないので、今考えることではないだろう。というかこの青年も気にしていないようだ。黙って彼の返答を待つ。
「条件がある」
「そう」
言ってみろ、とエリファが無言で促した。
「オレは今から大事な用がある。絶対に果たさなきゃならない、大事な事だ。それが達成できれば、嬢ちゃんが言う組織に入ってもいい。そこでだ。無理にとは言わないが、少し手伝ってくれないか?」
「手伝う…?」
話しの要領を掴めず、さしものエリファも首を傾げた。青年は薄く笑い、数歩先に広がる一つの村を目で訴えた。ソフィアから告げられた、ガドゥスと呼ばれる村だ。
「腕は立つんだろ? 村の連中が逃げ出さないように見張ってくれるだけでいいからさ」
青年は強く拳を握りしめる。
それは、覚悟を決めた男の瞳だった。
リドム・ブレアは、手に携えた『それ』で一人の村人を撃ち殺した。
躊躇いのない殺意。見事に眉間を撃ち抜かれた男性はしばらく痙攣した後、動かなくなった。
逃げ惑う村人たちをリドムは一発、二発とリズムを刻むように引き金を引く。重低音が響くたび、村人たちが次々と倒れていく。
「ちったぁ思い知ったか? 自分たちが死ぬ恐怖ってやつを」
銃口が火を噴く。まるで胸底に溜めに溜められた鬱憤を晴らすかの勢いだ。容赦なく、慈悲もなく彼は殺戮を繰り返した。
そうして目に見える範囲に人の姿がなくなったのを確認すると、漸く息を吐いた。その場にどかっと座り込み、ぼんやり空を見上げていると、少女の声が聞こえた。
「さっきのが貴方の煌力?」
エリファが歩き寄ってくるのを確認すると、リドムはそちらに向き直った。
「おう。よくわかんねぇけど、イメージして出てきたのがこれだったんだよな」
「『拳銃』と呼ばれるものね。確か傭兵国家ラザードがそれらしき物を大量に保有していると聞いたことがあるけど…」
エリファの見立て通り、傭兵国家ラザードは拳銃を含む大型の重火器を保有している。使い方によっては魔法よりも威力が勝るとされる危険な代物。何処から仕入れたのかは分からないが、その優位性もあり、ラザードは一大国家として現在の地位を築き上げていた。
しかし、リドムが所有するその銃は姿形は同じでも、そこから打ち出される銃弾に違いがあった。
「そうらしいな。つってもオレの銃は特別性。嬢ちゃんでも当たったらひとたまりもないぜ?」
子供染みた笑みをするリドム。いちいち相手にするのも面倒だとエリファは視線を逸らし、さっさと要件を告げた。
「それで? 言われた通り入り口は見張っといたわよ。逃がした村人は私が見た限りいないわ。『探知』でこの村周辺も調べたけど、生存者は存在しない。貴方の目的は達成されたと見ていいのかしら?」
「すげえな。それも魔法の一種なのか? ともかくありがとよ。それなら無駄に確認せずに済むからな」
感謝の言葉と同時にゆっくりと立ち上がる。
彼女に頼んだのはこの村から逃げ出す人間がいないか、入り口で見張ってもらうことだった。どうやら杞憂に終わったが、結果として誰一人残さず始末することができた。彼女の協力は素直に有り難かった。
「…最後に聞いてもいいかしら。何故、この村の人間たちを?」
「オレのダチを殺したからさ」
その表情は明確な怒りを醸し出していた。語気が強くなっているのもよく分かる。「殺した?」とエリファが聞き返すと、彼は顔を強張らせたまま頷く。
「…オレのダチは冒険者でな。そんなに強いわけじゃないが、一応Dランクのパーティを組んで頑張ってた」
今でもよく思い出せる。互いに孤児である身で将来の夢を語り合っていた。成長し、それぞれの道を進むことになっても、一生の友達であることに変わりはなかった。ただ純粋に、彼のことを尊敬していた。
「この村から依頼があったらしくてな。近隣の魔物を退治して欲しいんだと。依頼内容には小型の魔物数匹と書いてあったから、特に疑うことなく快諾したみたいでな」
大方、それほど苦労なく済む依頼だと高を括ったのだろう。冒険者として重要な下調べも十全に行わず、パーティメンバーと共にこの村にやってきた。
「だがそれが間違いだった。村の奴らが言ってた魔物ってのは、各地で起こってる王都との戦いで散り散りになってた魔族軍の残党だった。自分たちじゃ手に負えないから依頼という形で退治しに来てもらったわけだ」
「依頼内容に嘘があったと? だとしたら問題があるのは…」
「ああ。奴らは依頼報酬をケチるために嘘の内容でギルドに依頼したのさ。残党とは言え、魔族軍の討伐なんてかなりの戦力が必要となる。そうすりゃ莫大な見返りも用意しなきゃならない。そんなもんが、この小さな村にあるはずがねぇ」
「…愚かなこと。だったら王都の騎士団にでも頼めば良かったものを」
「奴らはこんなことで動かねぇさ。何しろ紛争は至る所で起きてる。そんな辺鄙なとこの後始末なんて、誰がやりたがる? 王都の腑抜けた奴らなんて尚更だ」
無論、ガドゥスの人々からすれば迷惑極まりない。残党がたまたまこの村に来たのだから彼らに落ち度はない。しかし、それで嘘の依頼をしていいかと聞かれればまた別の話である。
「結局、ダチがいるパーティは依頼を引き受けた。正義感が強い奴だったからな、引くわけにはいかなかったんだろう。実戦経験があるつっても、第一線で戦ってる魔族が相手じゃ結果は見えてる。あえなく敗北して、土の中さ」
いつの間にかリドムは俯いていた。滲み出るのは苛立ちと無力感。わなわなと拳を震わせていた。同情する訳ではないが、エリファは質問を続行した。
「貴方はそれをどこで知ったの?」
「唯一生き残った人間が教えてくれた。もっとも、そいつもベッドで寝たきり生活だがな。残党は特に被害を出すことなく消えたらしい。村の奴は大喜びだ」
「…けれど、貴方は許せなかったわけね」
「そうさ。過程はどうあれアイツを死に追いやったのはこの村の連中だった。奴らが嘘の依頼を出さなければ、死ぬことはなかった。いや、事前に敵がどんなもんか調べてればこんなことには…」
「たらればで話せばキリがないわ。冒険者として生きていく以上、死ぬ覚悟はできていたでしょう。貴方が気に病むことではないはずよ」
「そんなことはわかってんだよ! けどな、夜になって眠る度、アイツの顔が浮かんできて必死に訴えてくんだ。『痛い』、『苦しい』って! それを聞く度に飛び起きて…頭の中ぐちゃぐちゃになって…」
命を懸けて戦った友人を差し置いて、何故お前らが安寧の日々を過ごせる? 意味無く死んだ彼をほっといて、何故笑っていられる? どうしようもなく理解不能で、純然たる殺意が湧いた。
「なら、貴方の友人は今は笑っているのかしら?」
彼女の瞳はどこまでも厳しく、そして現実的だった。大切な人が殺される痛みはよく知っている。それを理解しているからこそ、他人を殺すことがどんな意味を孕むかも十分に分かっていた。
エリファの問いに、彼は僅かに顔を顰めた。
「……笑ってると思うぜ。オレにはもう、よくわかんねぇけど。後悔はしてねぇし、気も済んだ」
パンっと頬を叩いて気合を入れ直す。元からうじうじ考えるのは性に合わない。心機一転して、目の前にいる少女を改めて見つめ返した。そう、と少女は短く呟きどうでもいいように目を背けた。
「約束通り、オレは嬢ちゃんが言う組織に入る。それでいいんだよな?」
「…ええ。貴方のような性格なら、直ぐに馴染めるでしょう。早速他のメンバーにも会って貰うわ」
「おう、そりゃいいな。気の合う奴らだと期待するぜ。うーん、これからが楽しみだぜ!」
こうしてリドム・ブレアは次の居場所を見つける。
その表情に、憂いは無かった。




