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翠煌のトカク  作者: 筧 黎人
“逆理者” 結成編
16/26

三人目

 


 少女は憂いを帯びた表情で歩いていた。


 綺麗な満月が浮かぶ夜の市街地。と言っても周りの住宅や建築物はほとんど壊されており、ほぼ廃墟同然の状態である。足元には粉砕されたレンガの破片や、路面に撒き散らされた瓦礫が転がっている。


 数ヶ月前の小さな紛争によって、何処の国からも見放された結果、崩壊した街だ。もはや街としての機能は無く、ここに住み着いているのは行き場を無くした身寄りの無い子どもと、目的を無くして日々の糊口を凌ぐ大人たちだけだった。



 そんな中を、少女は冷たい瞳をして淡々と歩を進める。


 肩まで掛かる銀髪。コートのような黒い服をなびかせて虚空に向かって歩く彼女を、すれ違う人間が訝しげに見送る。年齢は一六か一七歳と言ったところだろう。大人びた雰囲気を醸し出す彼女に声を掛けようと思い立つ人間は、その瞳に怯えて全員が目を逸らした。


 年端も無い女の子が薄着で彼女をじっと見つめる。紛争により両親が死亡したことや、育てきれずに見捨てられた子どもたちは簡単に利用され、犯罪や人身売買に身を染めていく。子どももその一人だった。


 悪意が無くとも産み出された命は元には戻らない。権力者にいいように使われ、その命を消費していく。子どもは目に涙を浮かべて、久々に見た自分以外の女の人に助けを求めるように見つめ続けた。



 しかし、少女は歩みを止めない。これまで幾度となく見てきた光景であり、繰り返し選んできた選択だ。自分に助けられる命は限度がある。人間は食らうか喰らわれるかのどちらかに分けられ、先ほどの子どもは喰らわられる立場になったのだ。見捨てる権利はあっても、助ける義理はない。



 そしてそんな彼女を尾行する影が二つあった。若い女がこんな夜更けに一人で歩いている。男を引き寄せる誘蛾灯と変わりない。


 既にこの街に官憲など存在しない。下卑た笑いをして、二人の男は極力音を立てずに間を詰めていく。


 そして絶好のチャンスが来た。少女が無謀にも人気のない路地裏に入り込んだのだ。この街の構造は完璧に把握している。男たちは鼻息荒く路地裏に向かう。


 彼らは少女の全てを奪うつもりだった。やはりこの街の子どもでは満足できない。彼女が片手に持つ小さな鞄だけでなく、程よい肉付きの体を楽しみ、あらゆるモノを奪い尽くすつもりだった。遮るものなど何もない。男たちは上機嫌で少女の肩に手を伸ばした。




 だからこそ、そのすぐに起きた状況は理解し難いことだった。



「……はい?」



 片方の男が唖然と呟く。フッと伸ばした腕が喪失した。少女の肩に触れることなく、かと言って自分でしたわけでもなく、文字通り無くなった。一瞬、何が起きたのか分からなかったが、流れ出る血と激痛が押し寄せ、漸く自分の状況を理解した。



「ぎ…ぎゃああああああぁぁぁぁ!!」



 余りの痛みに地面に転がる。男は極限状態の中で、もう片方の男に助けを求めようとした。痛い。死ぬほど痛い。助けてくれ、と相方の男に目をやった。



 …そして絶望するのに時間はかからなかった。相方の男は、腕を切られた方に比べれば余程幸運だったと言えるだろう。何をされたのか認識する暇もなく、痛みを一切感じることなく、()()()()()()()()()()()()()()()()


 地面を這いずり男は必死に逃げた。こんな所にはいられない。少女などどうでもいい。このままでは死んでしまうのは確実だ。ならばせめて、今すぐ逃げなくては–––––。


 ふらつく意識の中で、男はやっと理解した。食らう側だった筈の自分は、いつの間にか喰らわれる側に回っていた。誘蛾灯に惹きつけられて、光に集まった蛾に過ぎなかった。後は殺されるだけだったのだ。


 近づく足音。少女は躊躇いなく男の元に歩いてその息の根を止めにかかる。男は最後に少女の方を見て、整った顔立ちなのを確認すると力無く笑い–––––



「次は真っ当な奴に生まれ変わるといいわね」



 少女が告げた刹那の言葉に涙を浮かべて、この世から意識を手放した。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 違和感を感じたのはそれから数分後だった。



「……誰?」



 少女は周囲を警戒しながら静かに呟く。


 自分が誰かに尾行されているのは気付いていた。放っておいてもいいが余計なトラブルはご免なので片付ける事にした。この街に着いてから尾けてきた二人の男はたった今始末したが、それとは違う気配を感じ取っていた。


 少女は追われる身ではあるが、今までとは明らかに違う雰囲気を肌で感じていた。数ヶ月前から自分の周りを嗅ぎ回っていた人物だろうか。



 しばらく待っていると、路地の方から一人の少年がこちらに歩み寄ってきた。



「…エリファ・セヴィニー。かつて大陸一と言われた聖イルザード魔法学校の主席にして、同校を滅ぼした張本人。多くの生徒たちを殺し、現在もあらゆる国から追われている大罪人」



 少年の言葉に、エリファと呼ばれた少女は僅かに片眉を上げた。どうやら自分の事は調べられているらしい。警戒心を上げるには充分な理由だった。



「うん…間違いないみたいだね。いや、良かった。人違いだとどうしようかなと思ったよ」



 目の前の少年が照れたように笑う。


 エリファは改めて少年をまじまじと観察した。歳は自分とあまり変わらないように見える。体格は細身だが着痩せするタイプなのかもしれない。武器となる物は持っておらず、こちらの警戒を全く気にしてない様子だ。


 何より少年が浮かべる笑みを見て、嫌悪感よりも呆れの感情が強く出た。王が向ける蔑みと諂いの笑みでなく、冒険者が向ける信頼の笑みでなく、子どもが向ける快活な笑みだった。


 エリファが彼に抱いた印象は、『胡散臭い』の一言に尽きる。



「…私に、何か用?」


「ああ。実は君を勧誘しに来たんだ」


「勧誘?」


「そう。唐突だけど、加入してくれないかな。俺たちの組織である“逆理者(パラドクス)”に」


「……逆理者(パラドクス)?」


「世界の行く末を憂い、真の変革を促す組織さ。そのメンバーとして、君を勧誘したい」


「世界の…変革…」



 突如として聞かされた単語に、エリファは困惑する。自分を勧誘することもそうだが、世界の変革という子ども染みた夢を本気で達成しようとする彼に、多少なりとも興味が湧いたのだ。


 果たしてそれがどのような世界なのか分からないが、少年の目を見て冗談で言ってるのではないと理解し、取り敢えず探りを入れることにした。



「…具体的な手段は?」


「今はまだ話せない。まぁ、君のような腕の立つ人が必要なのは確かだよ。加入してくれるのなら、話してもいい」


「ふん…こっちには何の情報もくれないわけね」


「君は頭もかなり切れるみたいだからね。情報を聞くだけ聞いて、逃げられでもしたらたまったもんじゃない」



 今度はエリファが薄く笑う。考えてることは同じのようだ。ますます興味が強くなり、自分が逆理者(パラドクス)という組織に惹かれていることを実感した。



「それで、君の返答は?」



 エリファは暫しの思考を自分に許した。はっきり言って得体がしれない。何かの罠かもしれない。これまでの経験がそう告げている。だからこそ、彼女は冷静な口調でこう告げた。



「断るわ」


「…何故?」


「何故も何も当然でしょう? 全く興味がないと言えば嘘になるけど、世界の変革なんて大袈裟なことを完遂できると思っているの? それこそ、勇者にでも任せておけばいいじゃない。第一、さっき会ったばかりの貴方を信用できない。これが理由よ」


「成る程。合理的だ」


「理解した?」


「ああ。でもね、君が興味あるか無いかは関係ない。断ると言うのなら、力尽くで連れて来いと言われてあるんだ」


「……へぇ」



 エリファはたちまち少年から距離を取る。その表情が話し合いから戦いのモノに変わる。少年は困ったように頭を掻いた。



「手荒な真似はしたくない。素直について来てくれると助かるんだけど」


「はっ–––随分と上からの物言いね。いいわ、吠え面かかせてあげる」



 まるで自分が勝つかのような発言に、エリファは本気で殺意が湧いた。即座に魔方陣を展開し、魔力を込めて少年に打ち出す。



「水陣・斬弾波!」



 魔方陣から勢いよく飛び出す水の塊。やがてそれは鋭利な水流の刃となり、辺りの建物を悉く粉砕する。少年は右に左にと華麗に避けて、その魔法を分析する。


 高圧水流––––そう判断した少年の足元に、次なる魔方陣が浮かび上がる。激しく発光し、エリファの魔力が込められ魔法が発動する。



「土陣・岩砕波!」



 今度は何十個という岩が少年を襲う。次から次へと無尽蔵に産み出され、少年の身動きを完全に止めた。圧倒的な数の暴力に、為す術もなくされるがままだった。


 そう。動きを止めたことに意味がある。周囲は完全に岩で固められ、視界も絶たれていた。破壊させる暇もなく、エリファは確実に仕留めるべくありったけの魔力を込めて、少年の周りに魔方陣を展開して魔法名を告げた。



「–––炎風陣・灰塵烈波」



 火と風の合体魔法。岩も溶かす灼熱の炎と、鉄も断ち切る風の力。その二つが合わさり、辺り一帯を地獄絵図へと化した。一切合切を燃やし、壊し、消し去っていく。


 逃れる手段はない。あったとしても無事では済まないだろう。奥の手である煌力を使うまでもなかったとエリファは大いに満足して、来た道へと踵を返す。



 あっさりと終わったのはつまらないが、もうここにいる意味はない。既に騒いでいるこの街の人間に絡まれたら厄介だ。余計な面倒ごとを避けるため、さっさと街から離れたかった。




音撃(ノート)




 耳を掠めた音。周囲を燃やし尽くしていた炎を一瞬で消し去り、豪風を彼方へと追いやった。エリファは何が起きたのか理解できず、目を見開き少年の方を向く。



「凄いな。四元素の魔法をここまで使いこなせるのか。やはり、君は必要な人材だ」


「な–––––––」



 エリファは驚きを隠せなかった。自分の魔法を打ち消されたからではない。傷一つ負わすことができなかったからではない。少年の声が、()()()()()()()()()()()()()()()()()



 まさしく至近距離。魔法のように現れた少年にエリファは反応できず、微笑を浮かべる彼の顔をただ見つめるしかなかった。



 少年が指を、鳴らした。



「がっ…………!!」



 脳を直接揺さぶられるような感覚。視界がぼやけ、まともに思考出来ない。その場に立つこともできず、エリファは膝をついた。



「これは…煌力…っ!? 貴方…私、に…何を、したの…!」


「何、ちょっと脳を揺らす音を奏でただけさ。この距離なら防ぎようもないだろうしね」



 押し寄せる吐き気をどうにか堪える。平衡感覚が無くなり、自分が立っている場所さえよく分からない。完全に相手の独壇場だった。



「…動けないだろうね。何の煌力を使うのか分からないけど、しばらく大人しくしてもらう」


「くっ……ぐううゥゥゥゥ!!」



 声にならない叫びを上げ、こちらを睨みつけるエリファに対し、少年は苦笑して煌力の発動を少し緩めると、彼女に向けて言葉を紡いだ。



「エリファさん。俺たちは互いにメリットがあると思うんだ」


「…何ですって?」


「…君が学校を滅ぼしたのは、何か理由があるんだろう?」


「…!」


「詮索するつもりはない。けど、君はこの世界に対して何かしら思うところがある。それは確かだよね?」


「……」


「俺は今の世界をどうにか変えたいと思ってる。停滞して腐敗し切ったこの世の中を、打破したい。…君も考えたことはあるんじゃないか?」



 少年は淡々とエリファの心情を暴き立てる。動揺が滲み出て、顔を伏せた。少年は煌力の発動を完全に解き、言葉を続ける。



「信用しろとは言わないよ。でも、俺と君の利害は一致している筈だ。それなら、手を組まない理由にはならないだろう? 俺は君を利用して、君は俺を利用する。持ちつ持たれつ、さ」



 穏やかに笑う少年に、エリファはようやく顔を上げた。嘘偽りない純粋な瞳。絶対に成し遂げてみせると言わんばかりの表情。それがエリファには、とても懐かしく感じて、悲しくなった。


 この少年は何を見てきたのだろう。何を見て何を経験して、その結論に至ったのだろう。自分とは違う地獄を、その瞳で目撃したのだろうか。素直に浮かんだ疑問を口には出さず、真っ直ぐ目の前の少年を見つめた。



「不満を感じたら裏切ってくれて構わない。やろうとする事には出来るだけ協力する。…どう、かな?」



 自信がないように声をかける少年をエリファは鋭い目つきで睨み、搾り出すように声を発した。



「…負けた私に選択肢なんかないわ。何処へでも連れて行きなさい」



 それは勧誘を受ける言葉だった。彼女の返答に表情を輝かせ、未だに膝をついている彼女に手を伸ばした。



「良かった! これから宜しく。あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。俺はハルト・ヴェラム。君を歓迎するよ」



 ハルトは彼女が立つのを手伝おうと喜んで手を差し出す。それが気に障ったのか、エリファは勢いよく手を払って立ち上がる。



「…ふんっ!」



 馴れ馴れしい、と態度で表して、エリファはズカズカと路地の方へ歩いて行く。呆然と佇むハルトは、何かやらかしてしまったのかと首を捻った。



「うーん。やっぱり、女性は苦手だな…」




 一方、歩いて行ったエリファは先ほどの出来事を頭の中で振り返っていた。思ってもいないことだったが、自分に悪いことばかりではなかった。



(根拠はないけど、一人でやるよりは確かにマシかもね。彼の言う組織ならば、私は『本当の私』になれるかもしれない…)




 こうして、逆理者(パラドクス)のメンバーとして新たにエリファ・セヴィニーが加入する。


 名も無き街の、月が綺麗な夜のことだった。

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