メンバー勧誘
例えるならそれは秘密基地のようなものだった。
王都から西に遠く離れた場所。長く続く密林地帯を山の方へ進んで行くと、突如として来るものを拒むかのように巨大な岩壁が現れる。
この岩壁は長い歳月により、風雨によって柔らかかった表面の土が削り落とされて、固い岩盤が剥き出しになった場所だった。
その一部分に岩を削り出され、あるいは石を積み上げられて造られた遺跡のような建造物が存在した。
そこはかつて作戦基地としてある軍が使用していた場所なのだが、とうの昔に放棄されて今やこの場所を知る者はいない。偶然見つけたここを、自分たちの隠れ家として時折使っている。
「…」
ハルト・ヴェラムは十七歳になっていた。
王都を出てから一年近く経っており、それから様々なことがあった。かつて自分が住んでいた村と同じ辺境の地や、王都や帝国と敵対関係にある国々を巡った。あらゆる内戦、政治的紛争、魔族との戦争をこの目で見てきたのである。そこには勿論楽しい出来事もあったが、それを塗り替えるぐらいに心を痛める出来事の方が多かった。
激動の日々を生きていき、ハルトは一段と力をつけてきた。
身体は一回り大きくなっており、子どものようなあどけなさを残していながらも、その表情は一介の戦士として成長している。
リーダーに渡された資料を隅から隅まで一字一句読み落としがないように目を通していく。彼女が情報収集から帰還するまで手持ち無沙汰だったので、これからの活動を再確認していた。
全て読み終えるとハルトは資料を燃やした。魔力など必要ない簡易式の発火魔道具。おおよそ戦闘には向かない道具で完全に焼却していく。万が一、第三者に見られて計画が露呈するのを防ぐための行動だった。
ちらり、と外の景色を見る。テーブルに置いてあったコーヒーに手に取り、口を付けた。淹れてからだいぶ時間が経つのですっかり冷めていたが、構わずに喉を潤した。
一時間ほどすると一つの人影が近付いてくる。迷わずに隠れ家に向かって歩いてきた。確実にこの隠れ家を知っている人間だ。そしてハルトも、自分の煌力で誰かを把握している。
「すまないな。遅くなった」
真っ赤に燃える長髪を翻し、優れた美貌の女性が入ってくる。かつての王都騎士団第七部隊隊長–––ソフィア・ソラリスその人だった。
「気にしないで下さい。それで首尾の方は?」
ハルトは軽く笑い彼女を迎い入れる。彼女は情報収集のため、各国を単独で渡っていた。ハルトは王都周辺を担当していたため、移動にそれほど時間はかからなかったが、ソフィアの場合は距離が距離なので一度報告するにも時間がかかった。
今回も例に漏れず、渡った国で集めた情報をまとめて、この隠れ家に来るのに手間取っていた。
「やはり魔族による被害が多くなっているな。ここの所活動が活発になっている。何か、奴らに影響を与えているものがある可能性がある。これは更に調べる必要がありそうだ」
同意見だ、とハルトも頷く。最近は王都周辺でも中級魔族が影のように現れては被害を出していく。街のギルドでも依頼が貼り出されるほどだ。昔は街にまで出てくることは少なかったのに、明らかに異常だった。何か彼らを突き動かすことがあったのだろうか。
「それと、占領されている北の大陸で勇者一行が敵の幹部を一人で討ち取ったそうだ。戦局次第では解放の日も近いかもしれんな」
勇者という名前を聞いてハルトは表情を強張らせた。脳裏をよぎる苦い思い出。とっくに踏ん切りがついたはずのことが一瞬だけ頭に浮かんだ。
「…ハルト」
「大丈夫です。もう何とも思っていませんから」
幼馴染であり聖騎士である少女。かつての大切な人を記憶の奥底に閉じ込める。自分がすべきことは過去の思い出にすがるのではなく、未来に生きることだ。顔を上げてソフィアに告げる。
「それよりも、前に話してたようにこれから勧誘に向かうんですか?」
「ああ。やはり情報収集にしろ資金調達にしろ二人では限界がある。どうしても使える人間が必要だ。予定通りメンバーを集めるぞ」
これは王都を出る前に決めていたことだった。
今後活動をしていくに当たって、目的を共にする人材が必要なのは分かっていた。最優先なのは戦闘に特化した人間であること。それだけとは言わないが、これからことを考えると真っ先に求められるのはその条件を満たした者だった。
「既に何人かは目星をつけてある。取り敢えず必要な数は…そうだな、私とお前を除いて残り八人と言ったところか」
合計十人。彼女の考えとしては少数精鋭で行くようだ。まぁ、王都の騎士団や帝国の軍隊のような大所帯を目指す必要はないのだろう。
「目星をつけている人間は全員煌力を使えるんですよね?」
「ああ。実際に私が戦った訳ではないが、使用している場面を見たことがある。そこは間違いない」
できれば勧誘するメンバー全員が煌力の使い手であることが望ましい。別に魔法が得意な者や武術に自信がある者でもいいのだが、煌力は人知の理解を遥かに超えた異能の力である。そんな人間をまともに相手するのは骨が折れるだろう。だからこそ味方として戦ってくれれば心強い。それこそ、ソフィアのような人間は。
「まずは二人だ。お前にも片方の勧誘を頼まれて貰う。準備ができ次第、向かってくれ」
「え。俺一人で行くんですか…?」
「何だ。自信がないのか?」
突然の言葉にハルトは狼狽した。てっきり自分と彼女で勧誘すると思っていたので完全に想定外だった。ソフィアの期待に応えねばとは意気込むが、その顔は何処か頼りなかった。
「あ、いや。そういう訳じゃないですけど…俺一人だと、その、上手く話せるかどうか」
「そんなことか。お前のことは信頼している。私たちの目的をを素直に話せばいいだけだ。聞き入れなければ力付くで連れてくればいい」
「それでも、上手くいきますかね…?」
「お前の実力ならば問題ない。向こうも煌力の使い手だろうが、お前も十分な実力者だ。おそらく、負けはしないはずだ」
きっぱりと言い放つソフィア。その瞳は完全にハルトを信頼し切っていた。期待されているのは嬉しいのだが、やはり不安は拭えなかった。
「まぁ、自信がないのなら入念に準備をしていけ。ハルトが返り討ちに遭い、死にでもしたら話は変わってくる。あり得ないとは思うがな」
「はい。…けど確か俺が勧誘する人って、女性なんですよね?」
「…ここに来て女性に免疫がないと言い張るつもりか? なんなら私がここで経験させてもいいが」
「そういうつもりで言ったんじゃないです! その、初めて会う女性を勧誘するって思うと気が引けて…できればソフィアさんが勧誘する人と変えて欲しいなーって」
「では尚更だな。お前は女性に免疫をつける必要がある。良い人生経験だと思って行ってこい」
「えぇー…」
変わってもらえると思って言った分、落胆も大きかった。肩を落とすハルトを呆れるように目を瞑るソフィアが口調を強めて言葉を放った。
「ハルト。私たちがこれからすることに比べたら些細なことだろう? そんなことでは今後身が持たんぞ。世界の変革に男も女も関係ない。さあ、準備ができたのなら早急に向かえ」
「…そうですね。これは俺の我儘だ。俺の事情でこの組織を潰すわけにはいかないですから。必ず、勧誘して来ます」
「期待している。くれぐれも気を付けてな」
「ソフィアさんも。…では」
足早に隠れ家を去る。やることが決まったのならすぐに動くだけだ。自分たちの目的のために、その遂行のために、必要なメンバーを収集する。
ハルトを見送るとソフィアも身支度を整え、もう一人を勧誘するために隠れ家を出た。
「気を付けろ、ハルト。おそらく素直に言うことを聞くタイプではないだろうからな」
聞こえるはずもない言葉を口にすると、彼女は煙のように姿を消すのだった。




