決意の再出発
–––瞬く間に時間は過ぎて行く。
見るからに凶暴な狼が、群れを成して一人の少年に襲い掛かる。鋭く尖った牙を猛らせ、食い千切らんとばかりに駆ける。迫り来るその魔物はハイウルフの群れだった。
少年はそれを逃げるわけでもなく、身構えるわけでもなく、ただ平然と告げた。
「滑音」
その言葉と共に、少年は軽く腕を振る。空気が振動して、流れるようにハイウルフたちに響き渡った。目には見えないその攻撃に直撃して、大きく後ろへ吹き飛ばされる。
動かなくなったハイウルフたちを一瞥して、ハルトは息を吐いた。もう何度も繰り返した手順。あんなに苦戦していた最初が嘘のようだ。この一ヶ月でハルトは自分の煌力を完全にモノにしていた。
まだまだ鍛える余地はあるだろうが、攻撃手段としては申し分ない。今なら王都のベテラン冒険者相手にも引けを取らないと思う。それは少し調子に乗り過ぎだと感じたが、彼をそこまで自身付ける実力が備わっているのは確かだった。
「さて、そろそろかな」
始末した魔物を何匹か担いで寝床に戻る。時間的には既に一ヶ月は経っているだろう。彼女がこちらに向かっているのは響音で分かっている。ならば自分は彼女の到着を待つだけだった。
久しぶりに会う女性の顔を思い浮かべて、ハルトは気分を高揚させながら歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やはり生きていたか。ふふ、私の見込み通りだ」
微笑を浮かべながら呟く女性の騎士。ハルトはそれに片手を上げながら答えた。
「おかげさまで。一先ず文句を言っていいですか?」
「いきなり放り投げたことか?」
「それもあります。って言うかここのモンスターたち何なんですか。オークとか、絶対普通の強さじゃないですよね。漸くの思いで一体倒したところ、次の日も出てきたし」
「当然だ。この森は異常な強さを誇るモンスターたちで溢れ返っている。この森から発せられる特殊な光で凶暴化し、無尽蔵に魔物を産み出しているんだ。並みの冒険者なら裸足で逃げ出す。この私が、普通の鍛え方をする訳がないだろう?」
にやり、と口角を上げるソフィア。分かっていたことだがこの人本当に容赦ないな、とハルトは苦笑して愚痴を吐いた。
「死ぬかと思いましたよ…」
「だが現にお前は生きている。勘違いしないで欲しいが、これはお前を強くするためにやったんだ。何も死んで欲しいとは思っていない」
「それは分かりますけど…」
「お前は私の期待に応えてくれた。それが今は、何よりも嬉しい」
ソフィアの労いの言葉に、ハルトは顔を伏せた。どうも自分はこの人の笑顔に弱い。普段は無表情でいるせいだろう。そのギャップが、彼の心臓に悪かった。
ハルトの様子に怪訝な顔をするが、ソフィアは軽く咳払いして、本題を切り出した。
「この森で一ヶ月耐えたのだから、煌力は使いこなせるようになったのだろう。どんなものか一度見てみたいのだが––––」
彼女は続く言葉を発することが出来なかった。ハルトが指を鳴らし、空気を振動させたからだ。煌力の発動。生じた衝撃波がソフィアの後方にあった木々を一斉に薙ぎ倒した。
身に纏っている鎧がびりびりと鳴る。ソフィアは振り返り、倒れた木々をしばらく見ていると、納得したように頷いた。
「まあ、こんなものですね。まだまだ鍛える必要はあると思いますけど、良かったら試してみますか?」
「…充分だ。やはり私の目に狂いはなかったな。一ヶ月でここまでとは」
それは心からの賞賛だった。ハルトは得意げに胸を張り、彼女に歩み寄って告げる。
「貴方が鍛えてくれたおかげです。じゃなきゃ、俺もここまで強くはなれませんでした」
「そうだといいがな。何にせよ、この森のモンスターでは既に遅れを取るか」
「と、言うことは?」
「ああ。一ヶ月ご苦労だった。修行はこれで終わりだ。お前は私の想像通り、いや想像以上に成長してくれた」
その言葉を聞いて、ハルトは肩の荷が下りたように胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。…これでようやく俺も、スタート地点に立てたみたいですね」
「そうだな。私も王都を見限る決心がついた。これからは色々忙しくなるぞ」
見限る、と。彼女は確かにそう告げた。それはつまり、最初にこの国に来た時に説明してくれたことを実行するという意味だ。
「いよいよ動き出すんですね。俺たちが」
「怖気ついたか?」
「まさか。最初に言われた時から覚悟はして……」
ハルトの言葉は尻すぼみに終わる。何かを察知したように周りを見渡した。
「どうした?」
「何か、来ます。…これは恐らく」
二人の会話を遮る巨大な足音。草木を掻き分け登場したその二体のモンスターは、ハルトとソフィアを次の獲物と見定めて睥睨する。
「またこいつらか…」
自分らを見下ろすオークに対し、ハルトは余りの遭遇っぷりに辟易していた。最初に対峙した時こそ脅威に感じ、二度と出会うことはないだろうと思っていたが、この一週間でもう片手では数え切れない程戦っている。ここまで来るとしつこいとしか思えない。
「先ほどお前が発した音に引き寄せられたかもしれんな」
ソフィアの呟きに思わずバツの悪い顔をする。悪意があった訳ではないが、呼び寄せた原因が自分にあると思うと、何とも居心地の悪い。すぐに気持ちを切り替えて二体のオークに向き直る。
何にせよ問題ない。もうこいつらに苦戦する自分ではない。ソフィアに成長を見てもらう良い機会だと感じ、早々に片付けようと前に出たハルトを、彼女は片手で制した。
「ハルト。一ヶ月生き延びた褒美だ。ここで私の煌力を見せてやろう」
そう言うや否や、ソフィアはオークの前に躍り出る。腰にある剣には手もかけず、ただ静かにその場に立っていた。
思わず息を呑む。考えてみれば修行以外で彼女の戦闘を見たことはなかった。まして煌力など、今回が初だ。やっと彼女の実力を見ることが出来ると思うと、ハルトは自分のことのように緊張した。
先に動きを見せたのはオークだった。目の前にいる女性に、二人掛かりで襲い掛かる。作戦も何もない。ただこの人間を完膚無きまで叩き潰すとしか考えていない動きだ。
それに対しソフィアは怖れも憤りも見せず、静かに、且つ軽やかな口調で告げる。
『森よ』
その途端、大地が微かに震え始めた。
突然のことにオークは動きを止める。地震か、とハルトも周囲を警戒する。だがそれはハルトの理解を超えるほど甚大であり、出鱈目だった。
「なっ……!?」
絶句した。
震えは徐々に激しさを増していく。木々はざわめき、小鳥たちが飛び去っていく。そしてみるみる内にこの森は形態を変えていった。
それはまるで森全体が流動するように、一箇所に集まっていく。どんどん巨大化していくそれはすぐさまオークの身長など追い越して、形成された足が大地を力強く踏み締めた。
森の木々で創造された巨人の目に光が満ちる。自然の雄大さをそのまま表現したかの風貌は、見る者全てを魅了し、圧倒させた。
「…潰せ」
淡々と告げるソフィア。巨人は彼女の言葉を理解したかのように、その巨大な右足で二体のオークを踏みつけた。骨が軋み、悲鳴を上げるオークは、暫くもがいた後、完全に踏み潰された。辺りに不快な血が飛び散る。
「私は森羅万象あらゆるモノに語りかけることで、その力を借りることが出来る。水や土…やろうと思えば天候も操作できる。これが私の煌力だ」
巨人がその姿を崩して、元の木々に戻っていく。煌力の発動を解いたのだろう。ウェーブがかった髪を翻して、軽く息を吐いた。
「…はは、は」
ハルトは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。格が違う。少なくとも自分が今すぐ勝てる相手ではない。俺はこんな人と肩を並べようとしてたのか。
「…貴方がいれば俺なんか必要ないのでは?」
「必要だと言っただろう。何をするにしても一人では限界がある。お前の力が、私には必要だ。さあ、王都に戻るぞ。お前もゆっくり休め」
彼女の後に続いて、森の出口に歩いて行く。道中、ようやくまともに休めるという安堵よりも、今後彼女に付いていける不安の方が大きかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…本当に置いていくんですか?」
王都に戻った三日後。日の沈んだ夜更けに、ハルトとソフィアは荷物をまとめてこの国から出る算段を立てていた。
後は予定したルートで出るだけなのだが、少し待って欲しいと、ソフィアが纏っている鎧を脱ぎ出したのだ。
「もう私には必要ないからな」
全て脱ぎ終えて机に置く。騎士の命である剣も静かに置いた。しばし目を閉じて、何かを告げると、荷物を持ってハルトに向き直る。
「王都騎士団第七部隊隊長、ソフィア・ソラリスは今をもって解任だ。これからは、叛逆者として生きていく」
それはソフィアの決別の言葉だった。その目に憂いはないが、ハルトには何故か泣いているようにも見えた。かける言葉が見つからず、ただただ彼女の反応を待つ。
「さて、王都を出るぞ。準備はいいな? …これからは困難の連続で茨の道だ。それでも、私に付いてきてくれるか?」
差し出される手。ハルトは彼女と始めて会った時のことを思い出した。あの時の決意は何も変わってない。自分を強くしてくれたこの人に報いるため、嬉々としてその手を掴んだ。
「はい。この力は世界のため、そして貴方のために使います。どうか俺を、導いて下さい」
「…ありがとう。では、行こうか」
世界の変革。夢物語のような目標を掲げた二つの影が、誰にも見られることなく王都を旅立つのだった。
これにて修行編は終了となります。
沢山のブックマークとご感想ありがとうございます。すべて読ませて頂いております。
今後、更新頻度が落ちるかもしれませんが、宜しければ御愛読頂けたら幸いです。




