騎士団会議
「…では、時間になりましたので会議の方を始めさせていただきます」
進行を仰せつかった騎士が静かに口を開く。
王都の中心部にある王城、その一室で王都騎士団が誇る部隊長たちが集結していた。月に一度開かれるこの会議は、部隊長たちが互いに情報を共有する場となっている。
部隊長は各々の自由な格好で座っている。腕を組んで真剣な表情で佇む者。乱れた服装でくつろぐ者。自分で持ち込んだとされる食べ物を無邪気に頬張る者。極めて混沌とした状況だと言わざるを得ない。
ソフィア・ソラリスもこの会議に参加している。
第七部隊の隊長として、参加が強制的に義務付けられている訳ではないが、他の部隊が管轄している区域の情報が手に入るのなら聞かない理由にはならないし、仮に王都における重大な問題が発生したのなら直ちに動かなければならないという責任があった。…あくまでも、表面上は。
「相も変わらず、一部隊から三部隊の奴らは欠席か」
フン、と苛立ちを隠せない表情で一人の男が言い放つ。顎髭を伸ばし、大きく肥え太った体をしており、他の騎士たちよりも一際目立つ鎧を身に付けていた。相当金をかけているのだろう。あまりにも煌びやかな光を醸し出すその金の鎧は、見る者全てに下品な印象を抱かせた。
第四部隊隊長、デェリス・ブライガの言葉に、別の男が返答する。
「第一部隊は勇者一行と共に北へ。第二部隊と第三部隊は同盟国だったアウラムの反乱を鎮圧するべく手を焼いています。もう暫くはかかるでしょうから出席は見送られたようです」
デェリスとは対極に、その男は驚くほどに痩せており、少し触れただけで折れそうな体格をしていた。髪は無造作に伸びており、顔色も微妙に良くなかった。かなりの年配のはずなのに子供っぽさが時折見えるのは、その身長のせいだろうか。
第五部隊隊長、ヒョーストン・コナーの返答に、笑い声が響き渡った。
「大変だねぇ。陛下に大役を任されている隊長様たちは。こっちは精々王都周辺の哨戒と隣国への使いぐらいしかやることないってのに。戦闘部隊が聞いて呆れるぜ」
第六部隊隊長、ダスク・モーガンが嫌味を言うように呟く。大方騎士とは思えない着崩した格好。騎士の誇りとされる剣も適当に投げやっている。だらんとした姿勢で天井を見上げていた。
「どーでもいいからさっさと始めようよ。ただでさえ退屈な時間なんだから食べなきゃやってらんないよ」
ねぇ? と同意を求めるようにそばかすのある女性が、骨付き肉に齧り付きながらソフィアに顔を向けた。バランスの取れた身体つき。紛れもなく美人に分類されるその騎士は、常に何かを食べていなければ気が済まない体質だった。
「……」
第八部隊隊長、ポーラ・ルーカスの言葉に対し、ソフィアはつまらなそうに一瞥すると、進行を担当する騎士に目配せした。
「で、では…最初の議題から。先日取り決められた税収についてですが」
そうして何処か頼りのない騎士の進行により、会議が進められていく。
進行と言ってもほぼ形だけのようなものであり、議題を振れば後は隊長たちで勝手に進めていく。特に普段と代わり映えしない内容にソフィアは内心溜息を吐きつつ、自分からも意見を出していった。
「次だ。先日話した今年度より入隊する新兵宿舎の増設の件はどうなった?」
「ああ。会議の内容そのまま通ったよ。上からも許可貰って予算下りたし。必要ないと思うけどね〜。今のままでも充分だし、わざわざ新兵のために増設する意味あるぅ?」
どうでもいい、と隠す気もなく担当しているポーラがぶっきらぼうに言い放った。というのもこの件は部隊長と任命されてまだ日が浅い彼女に任されたものであり、彼女自身やりたくもない雑用みたいなことをやらされて嫌気が差してるらしい。
ソフィアは思わず目を覆いたくなった。新兵の教育はこれから激化していくだろう魔王軍との戦いに必要不可欠であるし、その教育環境を整えるのは重要である筈だ。それに王都は莫大な面積を持ってあり、未だ手付かずの部分も多いのだから、いくら増やしても困ることはない。
目の前にいる食欲旺盛な女は、そのことを微塵も理解していない。突っかかるのは体力の無駄だと判断して、次に進めた。
「スラム街の子どもがまた問題を起こしているようです。何でも、暗殺まがいのことを王都の住民にやったそうで…」
「フン。あんな悪臭漂う場所に捨てられた奴らのことなど気にも止めんわ。こちらから介入する必要はない。そのまま野垂れ死なせておけ」
尊大な態度を取りながらデェリスが無慈悲に言葉を投げる。誰が親かも分からない薄汚れた子どもと関わるなど、彼からしてみれば耐え難いものなのだ。それが仕事だとしても、そのプライドが決して許さなかった。
「おそらく、誰かに唆されて教え込まれたんだろうなぁ。身寄りの無い子どもってのは、色々と使い道があるからな」
ダスクの下卑た笑いが響く。全員が不快な表情を浮かべるのを気にもせず、次の言葉を紡いだ。
「とは言え、ほっとくわけにもいかないか。どうだいソフィア嬢? あんたのところが定期的にスラム街を巡回するってのは」
唐突な提案に眉を顰めるが、ダスクのニヤニヤした笑みを見ていると反論するのも馬鹿らしく感じ、ソフィアは頷く。
「了解した。私の部下を何人か見回りに行かせよう」
あっさりと了承した彼女に毒気を抜かれたのか、ダスクは一瞬笑みを忘れて呆けていた。が、直ぐに眉間に皺を寄せて彼女を睨み付ける。睨まれる意味が分からないと心の中で思いながら、ソフィアは次の議題を司会に振った。
「それでは…ドゥール公爵が不正とされる獣人の奴隷を買い取っているという噂についてですが」
「あー、それについては問題ない。既に解決済みだ」
……何?
「デェリス公。解決済みとはどういうことで…?」
「どうも何も言葉通りだ。私の部下を公爵の邸に向かわせ調べて貰った。結果、疑わしきことは何も出ず、噂が全くの事実無根だと分かった。まあ、所詮は噂だ。気にする必要もなかろう」
ヒョーストンの質問に答え、高らかに笑いあげるデェリス。その天にも昇る満面の笑みを疑問に思い、流石のポーラも問いただせずにいられなかった。
「それ、ホントなの…? てか、勝手に自分とこだけ向かわせてこっちには何の話も無しって…都合良すぎない?」
「何だ! 小娘風情が私の判断に疑いを持つと言うのか! 私が嘘を付いているとでも!? そんなこと、するわけがないだろう!」
顔を真っ赤にしてギャーギャーと捲したてる。不毛な言い争いを繰り広げる隊長たちを、冷めた目で見つめる一人の女性は頭痛が酷くなるのを感じた。
見下げたものだ、とソフィアは嘆息する。彼女は確信していた。デェリスはドゥール公爵の元に向かい、獣人奴隷の件を黙ってやる代わりに何かしらの見返りを求めたのだろう。十中八九、金銭的なもの。ここに来る前に宝石の類を買い込んでいたのは見間違えではなかったようだ。
(そろそろ潮時か…)
もうこの国にいるのも限界かもしれない。第一部隊や第二部隊など、有能な人材は確かに存在するが、それはごく一部の話だ。大部分は既に腐り切っており、それは日に日に増していく。かつて自分がこの国のために尽くそうと誓った忠誠心は、いつの間にか消え去っていた。
(もうここには居られない…となると)
ソフィアは会議室の窓から外の景色を覗き込む。遠く離れたその森が見える筈もなく、彼女は語りかけるように目を瞑った。
(ハルト……後はお前次第だ…)
今頃死ぬような状況であろう少年の顔を、脳裏に思い浮かべるのだった。




