第一章「ネオンの残響」/第六話「うまれた夜」
本作は、小説と連動楽曲で構成されたシリーズ作品です。
ゆっくりと進行しますが、気軽にお付き合いいただければ嬉しいです。
夜はいつも通りだった。
ネオンは滲んで広がり。
街は騒がしく。
そして路地裏は静かだった。
Astraは歌っていた。
いつもと同じように。
いつもと同じ場所で。
いつもと同じギターを抱えて。
違うことがあるとすれば。
少しだけ落ち着かなかったこと。
歌いながらも気になる。
今日は来るかな。
そんなことを考えてしまう。
歌は続く。
声は夜に溶ける。
そして。
いつもの場所。
いつもの暗がり。
その人はいた。
Astraは少しだけ安心する。
もちろん顔には出さない。
歌っている最中だし。
けれど心のどこかが、
「よかった」
と言っていた。
歌い終わる。
拍手はない。
歓声もない。
それもいつも通り。
静かな余韻だけが残る。
ギターを膝に置き、
小さく息を吐いた。
その時だった。
「ねぇ」
声。
Astraは思わず顔を上げた。
目の前には、いつも歌を聴いているあの人。
背が高くて。
少し近寄りがたく見えて。
でも不思議と怖くない人。
初めて聞く声だった。
「これさ」
その人がペットボトルを軽く持ち上げる。
「あんたがいつも置いてるやつ」
Astraの心臓が跳ねる。
「気になったから買ってみた」
少しだけ沈黙。
「でも、好みじゃなかった」
思わず吹き出しそうになる。
なんだろう。
もっと別の言い方もあるだろうに。
けれど嫌な気持ちはしない。
むしろ。
そのままなんだな。
と思った。
「文句じゃないよ」
補足するように言う。
「ただ、そう思ったから」
Astraは小さく笑った。
「うん」
それだけ返す。
それだけなのに。
言葉が返せたことが少し嬉しかった。
「これ」
今度は自分が横に置いていたペットボトルを持ち上げる。
「あのね」
少し迷う。
それでも続ける。
「あのね、これ」
あなたがいつも持っている飲み物。
「飲んでみた」
今度は相手がこちらを見る。
「おいしかった」
数秒の沈黙。
それから。
「そう」
短い返事。
けれど少しだけ柔らかかった。
Astraはなぜだか安心する。
「好みじゃないのに、なんでそれを選んだの?」
気づけば聞いていた。
ずっと聞いてみたかったこと。
「なんとなく」
即答だった。
「なんとなく?」
「うん」
「それだけ?」
「それだけ」
また笑ってしまう。
本当にそれだけらしい。
けれど。
そういうところが少し好きだと思った。
飾らない。
無理をしない。
言葉を盛らない。
ただ思ったことを言う。
それだけ。
二人の間に沈黙が落ちる。
不思議と居心地は悪くない。
その時。
「あ」
Astraが何かを思いついたように声を上げる。
「今度さ」
少しだけ勇気を出す。
「別のやつ持ってくる」
「別のやつ?」
「おすすめ」
少し恥ずかしくなる。
でも言ってしまった。
すると相手は少し考えて。
「じゃあ」
ペットボトルを軽く揺らしながら言った。
「こっちも持ってくる」
「おすすめ?」
「おすすめ」
二人で少し笑う。
本当に少しだけ。
それだけだった。
約束と呼ぶほど大げさではない。
特別な出来事でもない。
端から見れば、ただ飲み物の話をしただけ。
本人たちも、たぶんそう思っている。
けれど。
夜風が少しだけ違って感じた。
ネオンは相変わらず滲んでいる。
街は相変わらず騒がしい。
路地裏は相変わらず静かだ。
何も変わらない。
本当に。
何も変わらない。
それなのに。
確かに何かが生まれていた。
次の夜を待つ理由。
またここへ来る理由。
それはまだ、
小さな小さな芽だった。
けれど確かに。
この夜に生まれたものだった。
第一章【ネオンの残響】 終
第六話「うまれた夜」をお読みいただきありがとうございます。
次回、第一章閑話。第二章はその次からとなります。
連動楽曲
「Tiny Sprouts」
https://www.youtube.com/watch?v=SsBZTbzOw7o&list=PLotKldLgKicyyp9-bdCqgLr4qxS7-FEE-&index=1




