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第五章 告白

 彼が政治の世界に現れて間もない頃、三つの「あり得ない」を的中させていた。


 一つは、誰も予想しなかった海外メガバンクの破綻。


 一つは、記録的な火山噴火の発生時刻 ―― 彼は地元自治体を粘り強く動かし、「防災訓練」の名目で、発生の直前に住民の避難を終えさせていた。


 そしてもう一つは、現職総理の突然の辞意表明。


 三つとも、この時代に降り立って間もない、まだ記憶の鮮明だった時期のことだ。市丸自身にとっては、予測ですらなかった。すでに見てきた景色を、ただなぞっただけだった。


 だが、その的中は、月日をかけてゆっくりと意味を変えていった。一つ当たるごとに、人々の畏怖は積み重なる。市丸は「稀代の戦略家」か「神がかり的な予言者」として語られ始めた。ネット上には発言の切り抜き動画が出回り、前後の文脈はすべて削ぎ落とされ、残った断定の部分だけが一人歩きしていく。


『次も当たる』


 そう書かれた投稿に、無数の賛同が並んだ。熱狂は、静かに、だが確実に育っていた。



 その異変に、一人のジャーナリストが気づく。


「偶然にしては、あまりにも多すぎる」


 やがて研究者や観察者たちも動き始めた。情報源はどこか。内部リークか。それとも、他国と内通したスパイ行為か。


 徹底的な検証の末に浮かび上がったのは、あまりにも突飛な、しかしそれ以外に説明のつかない不気味な仮説 ―― 〝未来予測〟の可能性だった。


 週刊誌が疑惑を報じ、テレビが連日取り上げ、ネットは「国家転覆を狙う陰謀か、本物の予言か」と沸き立った。


 市丸は、追い詰められた。


 このまま沈黙を貫けば、疑惑はいずれ出所不明の「陰謀論」として処理され、風化していくだろう。政治家としての身の安全を守るなら、それが正解だった。


 だが、それでは意味がないのだ。人々がこれをただのオカルトとして片付ければ、国を滅ぼす本質的な危機への「無関心」へと逆戻りしてしまう。かといって事実を明かせば、社会は根底からパニックに陥る。


 選択肢は二つ。保身のための沈黙か、破滅的な暴露か。


 混乱はいずれ過ぎ去る。だが、無関心は国を殺し続ける。


 彼は、迷わなかった。



 腹を決めた男の行動は早かった。すべてをひっくり返す会見を翌日に控えた夜、遥にだけは直接会って話そうと、彼はただ一人、静かに車を走らせた。


 人気(ひとけ)のない病院の駐車場。あの一件以来、少しの間は空いていたが、遥は当たり前のような顔をして助手席のドアを開けた。


 エンジンを切った車の中で、二人はしばらく、フロントガラスの向こうの空を眺めていた。


「明日、会見を開く」


「……何て言うの?」


「本当のことを」


 遥は目を閉じ、長い沈黙に沈んだ。



 兄が何を言おうとしているのか、きっと薄々気づいていたのだろう。気づいていたからこそ、これまで何も聞いてこなかったのだ。「当たりすぎている」と周囲が騒ぎ始めたときも、市丸の発言がまるで既知の事実を読み上げるようだと感じたときも。


 問えば、引き返せない答えが返ってくる。それを恐れていたに違いない。兄を「予言者」として祭り上げる世間の異様な響きが、彼女の元にも届いていたはずだった。



「信じてもらえると思う?」


 遥が静かに訊ねた。


「思わない」


「じゃあ、なんで言うの」


「信じてもらうためじゃない。問いを生むためだ」


 遥は膝の上でそっと手を組んだ。


「……お兄ちゃんは、変わってないね」


「変わったよ」


「どこが?」


 市丸は夜空から視線を落とし、ダッシュボードの暗がりに目を向けた。それから、自嘲の笑みを微かに浮かべる。


「……怖いと思うようになった」


 遥はそれ以上、何も聞かなかった。


「気をつけて」


 車を降りる間際、それだけ告げて、彼女はドアを閉めた。

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