命令
吉野さんはスッと距離を詰めると、僕の顔のすぐ横に自らの頬を寄せた。
ふわりと舞う甘い香りと、耳元を掠める熱い吐息。しなやかな肌を僕の左顎へすり寄せて、冷たく言い放つ。
「……跪きなさい」
その威圧感に気圧され、言われるがまま、体育倉庫の冷たい床へ両膝をついた。
見上げた先には、氷のように冷ややかな瞳で僕を見下ろす彼女の姿。
吉野さんは、制服のスカートを揺らし、そのまま僕の下腹部へ、容赦なく自らの足裏を沈めてきた。
「……っ!……やめて、ください……!」
体重をかけられ、激痛と鈍い刺激が脳裏を突き抜ける。
「昨日の罰よ」
いつもの優等生スタイルからは想像もつかない低い声で呟く。
「私を置いて帰った罰」
「うっ……!」
額から脂汗がにじみ出る。
「……僕は、吉野さんと関わらないって、約束したはずです……」
「ふふっ」
真っ赤な唇の端を釣り上げ、嘲笑するように鼻を鳴らした。
「可笑しいわ。それは『霧山くん』が一方的に言い出したこと。私はそんな約束、承諾した覚えがないけれど?」
――ギュウ、と重みが加わる。
「……くっ……!」
再び強く踏みつけられ、喉の奥から詰まった悲鳴が漏れた。
至近距離で揺れるスカートの裾から、ふとした拍子に覗く眩しいほど白い太もも。
屈辱と苦痛の最中にあっても、その光景が強制的に視界へ焼き付けられていく。
「『霧山くん』は、私の言いつけだけを守っていればいいの」
吉野さんの顔が歪んで見える。
「……それがあなたの、存在理由よ」
「お願いです……やめてください。……もう、耐えられ……!」
冷汗を流しながら苦痛に耐えていたが――限界は一瞬で訪れた。
「……んっ……!」
体の奥から湧き上がった熱を抑えきれず、僕は情けない声を漏らし、その場に崩れ落ちた。
「……うぅ」
情なくて顔を上げることができなかった。
「……わかった?」
吉野さんは解放するように足を退けると、荒い息の僕を見下ろし、意地悪く微笑んだ。
「今日の放課後まで、自分で処理することも、指一本触れることも許さないから」
「……え?」
「もし破ったら……校内放送で、あなたが私を襲ったって言うわ」
耳元で囁かれた冷酷な脅迫。
僕は恥ずかしさと屈辱で、顔を背けた。
しかし、吉野さんは上半身を深く倒し、横たわる僕の顔を覗き込む。
「……分かったかしら、霧山くん?」
「……はい」
僕は、かすれた声で答えるのが精一杯だった。
彼女は乱れた制服を、何事もなかったかのように手早く整えると、一人爽やかに体育倉庫を後にした。
取り残された僕は、冷たい床に両手をつき、ふらふらと立ち上がる。
身につけていた生地の裏側に広がる、強烈な不快感を前に、どう処理をするべきかと、途方に暮れていた。
(替えの下着なんて、持ってるわけがないのに……)
汚れた制服のズボンを払う手は、小刻みに震えていた。
薄笑いを浮かべて僕を踏みつけ、冷酷な表情で見下ろしていた吉野さんの顔が浮かぶ。
しかし――。
(……あの表情は、本当に僕を嫌悪してのものだろうか?)
ふとした瞬間の表情に、かすかな違和感が残っていた。
僕が見上げた瞬間、彼女の瞳が、動揺の色を見せたこと。
踏みつける足に込められた苛立ちとは裏腹に、彼女自身の呼吸も、浅く熱く乱れていたこと。
まるで、僕に制裁を加えていること自体が、彼女自身の望みであるかのように。
(……まさか、吉野さんは……)
踏みつけられた苦痛の残響の中で、僕は彼女が抱える『歪んだ秘密』の正体に、うっすらと気づき始めていた。




