歪光
放課後の体育館。
水曜日の今日は部活動が休みで、周囲は静まり返っていた。
その重い扉の前で、僕は一歩も動けずにいた。
吉野さんに呼び出された理由は明白だ。
昨日の出来事を口止めするつもりなのだろう。
だが、その代償は昨日のうちに支払ってもらったはずだし、僕も誰にも言わないと約束した。
――それに、吉野さんに、二度と近付かないことも。
彼女は校内No.1のアイドルだ。
僕のような名前も知られていない陰キャを、わざわざ呼び出すはずがない。
もしや悪質な悪戯に嵌められたのでは、という不安が胸を押し潰す。
扉を開けた瞬間、屈強な男子生徒たちに羽交い締めにされ、惨めな姿を撮影されるかもしれない。
それをダシに脅されれば、僕の高校生活は終わる。
昨日の奇跡のような出来事は、僕だけの秘密として胸に仕舞っておこう。
そう自分に言い聞かせ、僕はそっと体育館を後にした。
――だが翌朝。
下駄箱を開けた僕を待っていたのは、ノートから乱雑に破り取られた一枚の紙切れだった。
そこには殴り書きで、『体育倉庫 よしの』と一行だけ。
裏返すと、不穏な文字が躍っていた。
『こないとしぬ』
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
どうしてだ?
秘密を握っているのは僕の方なのに、なぜ僕が脅されている?
(……まさか、見られていたのか?)
一昨日の放課後、僕と吉野さんが過ごしたあの異常な時間が誰かに盗撮されていたとしたら。
パニックに陥った僕は、朝の体育館へと走った。
体育館の鍵は開いていた。
重い金属扉の隙間から、ひんやりとした空気が漏れ出してくる。
周囲に誰もいないことを確認し、滑り込むように中へ入ると、静かに扉を閉めた。
通学バッグを防具のように胸に抱え、靴下のまま冷たい床を踏みしめる。
高い窓から差し込む朝光が、斜めに空間を切り取り、異様な静寂を際立たせていた。
本当に吉野さん一人なのか。それとも――。
破裂しそうな鼓動を必死に抑え、体育館の奥にある倉庫の前で足を止める。
呼吸を整える間もなく、奥から声が届いた。
「……入って、霧山くん」
――キリヤマくん?
吉野さんは、僕ではなく「霧山」を呼び出したつもりなのか?
「……早くして」
苛立ちを孕んだ声に背中を押され、僕は覚悟を決めて倉庫の扉を押し開けた。
そこに、彼女はいた。
重ねられた体操マットの上に浅く腰掛け、優雅に脚を組んでいる。
朝の光を浴びて浮き立つ、白くしなやかな太もも。
短いスカートの裾から伸びるその無防備なラインは、暗がりの中で妙に生々しく輝いていた。
組まれた脚が組み替えられるたび、かすかな布擦れの音が静寂に響く。
目のやり場に困り立ち尽くす僕を、吉野さんは、見下すような冷たい瞳で見つめていた――。




