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校内No.1の清楚な副会長は、放課後だけ僕の足元に跪く。  作者: 毬藻 闇雪
第二章 境界線の欠落、放課後の戯れ
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授業



 ――生徒会室。


 机の縁に尻を乗せ、優雅に脚を組んだまま、引き出しへと手を伸ばした。

 腰をひねった後ろ向きの姿勢は、長い脚で絶妙にバランスを取るのが重要だ。


 そうして取り出した、一枚の紙。


 ――何度も見ていた。

 その証拠に幾重にも皺が入り、握り潰した跡が深く刻まれている。


 つい苦々しい顔になってしまう。

 その鬼気迫る表情に、本人はまるで気付いていない。


 書類を届けに生徒会室の扉を、細く開けた書記の廣田 寿一(ひろた じゅういち)は、その見たこともない沖永の表情に息を呑んだ。


 普段の完璧で美麗な生徒会長からは想像もつかない、剥き出しの執着と憤怒。

 恐怖に全身の毛穴が開くのと同時に、ドクンと胸の奥が怪しく跳ね上がるのを感じた。


 廣田は固まったまま、吸い寄せられるようにその横顔に見入ってしまい、ハッと正気に返ると、静かに扉を閉じた。


 ドクン、ドクン……。


 胸元に当てた指先に、激しい脈打ちが伝わってくる。


(僕、どうしちゃったんだ……? 爽やかでスマートな生徒会長。今まで、何の面白味もない、退屈な男だと思っていたのに――優等生の仮面の下に、あんなにも猛々しく、淫靡なまでの色気を隠していたなんて! 感情を露わにした、あの瞳を知ってしまった! 僕のこの動揺は何だ!? 見てしまった、あの瞬間から、もうずっと頬の熱が引かない。完璧な生徒会長の姿に、『男』を見せつけられてしまった! ヤバい……この感情は一体……)


 頬を染めながら、心臓の鼓動を聞いていた。




 バンッ!



 机を力任せに叩きつける重い音が、生徒会室内に響き渡る。


「いつもあいつが邪魔をする……! 甲斐浩臣……っ!」


 ぐしゃりと歪んだ申請書を見下ろし、沖永は憎々しげに毒づいた。


 沖永は、自分一人だと思っていた。


 しかし、隣の生徒会予備室のドアの裏に身を潜めたもう一人の書記、平沢 叶多(ひらさわ かなた)が、細く開いた扉の隙間から、熱を帯びた吐息をそっと漏らした。


 荒々しく肩を上下させ、毒づく沖永の美しい横顔を、平沢はじっと見つめている。


(……ああ、いい。僕だけの会長……。甲斐浩臣に感情を乱されている会長は、凶暴なまでに甘美で、恐ろしいほど麗しい。……せいぜい、もっとあいつに掻き乱されればいい)


 甲斐への嫉妬と、会長への胸を焦がすような愛おしさと衝動で、身体が熱く痺れていくのを感じていた。

 平沢はその背中を、熱い視線で舐めるように追っていた――。





 ◆ ◆ ◆




 一方同好会の部屋の片隅では――。



「副会長! これ!」


 村木が差し出した一枚の資料に、吉野が手を伸ばした。

 持ち前の速読で一瞬にして目を通した吉野の唇が、わずかに吊り上がる。


 ピースは、揃いつつあった。

 吉野は、込み上げてくる笑みを静かに噛み殺す。


(……まだよ。まだ、焦る段階じゃないわ……)


 何が進行しているのか、甲斐にはまだ知る由もない――。



 2つの思惑が水面下で交錯する中、部屋の中央では、「あ(・)る(・)講義」が始まろうとしていた。



 神坂が壇上に上がり、その下に古井戸と石田が、狛犬のように鎮座している。


 見慣れた、いつもの通りの配置だ。


 甲斐はその目の前に、肩を縮こませた姿勢で、大人しく正座していた。


「いいか甲斐。よく見ておけよ」


 神坂がピンヒールで地面を打ち鳴らす。

 足下に控える古井戸と石田は、それを合図に這いつくばる。


「支配する側(サディスト)とは、単に痛めつける者のことではない。相手の苦痛と歓喜の境界線を見極め、精神を完璧に支配する『導き手』のことだ。

 ――ほら、このブタどもの目を見なさい」


「ひぃんっ! 神坂先生……もっと、もっと罵ってくださいっ!」

「私(わたくし)めを……私めを女王様の蔑(さげす)みの目で踏みつけてくださいっ♡」


 あられもない姿でヒーヒーと喘(あえ)ぐ二人の教師に、神坂の冷徹な言葉責めが飛ぶ。


「黙れ。無能な肉塊ども。お前たちの存在価値は、甲斐の教育資材になることだけだ!」


「「はいっ!」」


 古井戸と石田は、声を揃えて返事をする。


「……どうかしら? 支配される側(マゾヒスト)の『悦び』を引き出してこそ、真のSなのよ」


「は、はあ……(なんだこの狂気の授業は……!?)」


 水を打ったように部屋中が静まり返る。

 ろうそくのゆらめきの音さえ、聞こえてくるようだった。



「いいか甲斐!」


 白ブリーフ姿で四つん這いになった石田が叫んだ。


「Sとは単なる支配ではない! この部屋を見て分からんか? 神坂先生のように、安心できる場所を整え、Mを深く包み込み、決して嫌がることはしない! 必要とあらば互いの方向性を語り合う……そうして初めて、痛みが至高の快楽へと昇華していくのだ! お前はまず、その本質を知らねばならん!」


 石田が、真剣な顔で喋ればしゃべるほど、その姿とのギャップが目についてしまう。


 遠くで村木が小さく吹き出した。


(……ぶふっ)


 神坂の手がピタリと止まった。


 ――まさかそんな高尚な理論を展開されると思っていなかったのか、あからさまに目を泳がせ、気まずそうに、胸元に隠しておいたチュッパチャプスを取り出して舐めた。


 甲斐は目ざとく気付いていた。

 ……しかし何も言わなかった。


(……やばい。私、コイツらに対しては、日頃の鬱憤を晴らしたくて叩いてただけだったわ……)


 そんな神坂の内心に気づく者はおらず、古井戸が追い打ちをかけるように叫ぶ。


「そうだぞ、甲斐! 単なるDVが作り出す不快な束縛と、精神の繋がりによる美しい束縛は、似て非なるもの……いや、真逆の存在! SMとは究極のコミュニケーションであり、深い信頼のもとで行われる魂と魂のぶつかり合い……いや、ぶつかり『愛』なのだ!」


 ブリーフ姿で這いつくばった古井戸は、唾を飛ばして熱弁を振るった。


 石田も恍惚とした表情でそれに頷き、涙ぐみながら叫んだ。


「神坂先生は今! こうして我らに鞭を打つことで、全身全霊で『愛の施し』を伝えてくださっているのだぁっ♡」


 神坂が鞭を高々と構え、振り下ろす。


 バシーン!


 ピシーッ!


「「はぁぁんっ♡」」


 ふたりは身をよじるようにして、神坂先生の鞭の痛みを全身で受け止め、恍惚の表情を浮かべ、キラキラと眩(まばゆ)いよだれを垂らした――。



 あまりの熱量に引き気味の甲斐だったが、ふと神坂に目を遣ると、気まずそうに視線を逸らし、チュッパチャプスのプラスチック軸を、器用に転がした。


(……やっぱり、ただの憂さ晴らしで叩いてただけなんだな)


 甲斐は、口にしかけたその言葉をそっと呑み込んだ。

 確信した甲斐は、冷ややかな視線で、その愚行を眺め続けていた――。


「……」


 吉野は速読の目を休めることなく、横目で甲斐の後ろ姿を見つめていた。


(ひろくん、ガンバ! ……私も、早くお仕置きされたい……)



 サッカー部の練習の合間に、ファンサを済ませた霧山は、黄昏ながら肩で汗を拭った。


「俺も、早くS(・)M(・)倶(・)楽(・)部(・)に行きたいな……」


 盛大な勘違いをしている霧山は、夕日に目を細めながら小さく呟いた。


(サッカー部なんか辞めちゃおうかな……ちぇっ。窓が塞がれてるから、何にも見えないや……)


 霧山はグラウンドから部室棟を見上げていた。





 

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