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校内No.1の清楚な副会長は、放課後だけ僕の足元に跪く。  作者: 毬藻 闇雪
第二章 境界線の欠落、放課後の戯れ
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顧問



 僕は職員室の前にいた。


 今日こそは、絶対に顧問の先生を見付けてみせるぞ!


 意気込んで来たものの、やはり不安だ。

 吉野さんの手前、鼻息だけは荒くしていた。


 ポケットの中のレースの下着を握り締め、いざ……


 ガラッ!


 勢いよく扉が開き、中から出てきた人物とぶつかる。


「うぷ……」


 柔らかい感触に埋もれ、僕はしばらくそこに身を任せていた。


 ――あぁ……


 いい匂い。

 柔らかくて、ふわふわしている……。

 触るとすごく、気持ちがいい。


 目を瞑ると、そこはまるで天上の雲の上……

 これはまるで、極上の……


「おい! このド変態! そこを退(の)かんか!」


 ハッ!



 目を開けると僕の顔面は、神坂の豊かなバストの上に張り付いていた。


 ムニムニと両手で揉みしだきながら、神坂の胸に顔を沈め、恍惚の表情で浸っていた。

 もう一度、顔を埋め……意を決し、膝から崩れ落ちる。


「も、申し訳ありませんでした!」

 床にべたりと座り込み、そのまま土下座を繰り出した。


「チッ! 土下座は強要しとらん! 面(おもて)をあげい!」

「ははーっ!」


 僕は再び頭を下げてから顔を上げ、神坂に視線を向ける。

 すると……。


「か、神坂先生~」

「神坂先生……」


 神坂の後ろから、古井戸と石田が慌てて駆け寄ってきた。


「甲斐っ。神坂先生にご迷惑だろ! む、胸に顔を埋(うず)めるとは!」

 古井戸が眉間にシワを寄せながら、神経質に言う。


「甲斐くん。今日も来てもらって申し訳ないが、顧問は誰か別の先生に当たりなさい」

 石田も呆れたような声で、静かに言ってきた。


「シャラップ! 黙れ」

 ピシャリと神坂が言い放った。


 睨みを効かせ、二人の先生を黙らせる。

 職員室中が息を殺し、こちらをジッと見守っていた。


「はっ!」

「ハイッ!」


 古井戸と石田は、反射的に返事を返す。

 直立不動で背筋を真っ直ぐ伸ばし、両手をピシッと揃えた。

 神坂は、その姿を満足そうに一瞥(いちべつ)した。


「それから甲斐、今すぐ土下座を止めんか! お前はソレをさせる側だ。自覚しろ。……ソレを、やっていいのは……」


 神坂は、古井戸と石田をチラリと見やった。


 二人はその視線の意図に気付き、互いに顔を見合わせてから、照れたような苦笑いを浮かべた。


 立ち上がるとき、石田と目が合った。


 古井戸も石田も、直立不動で背筋を真っ直ぐ伸ばし、両手をピシッと揃えた姿勢のままピクリとも動かず、目だけをギョロっとさせている。


 女王様に、お仕置きでもされているつもりか?

 その何とも言えない恍惚の表情が、真剣であればあるほど可笑しくて、思わず吹き出しそうになる。


 ……プッ。


 偉そうな態度で生徒を見下し、神坂に命令されれば、誰の前でもお構いなしに従う。


 まるで調教済みの犬だな……いや、ブタか。


 甲斐のその冷ややかな視線に気付き、神坂もフッと笑った。


「それで……名を申してみよ」

「甲斐……浩臣。2年、普通科です」


 神坂はニヤリと笑って頷いた。


「あい、わかった。さすれば……それを、見せてみよ……」


 神坂は、僕の手にしていた同好会の申請書を見下ろしながら、チュッパチャプスを口の中でコロッと転がした。


「これは……申請書でございます」

「分かっておるわ。私がなってやろう」

「……は!?」


 僕が慌てて顔を上げると、流し目でニッと笑った神坂と目が合った。


 心臓が跳ね上がった。


 妖艶で、芳(かぐわ)しいその表情に、思わず釘付けになる。

 大人の色気と、何とも言えない底知れぬ恐ろしさ。

 その両方を併せ持ち、危険な香りを放っている。

 僕なんかが関わっても、大丈夫なのだろうか……。


 底なし沼のように、一度嵌(は)まってしまったら、抜け出せなくなるかもしれない……。


 ドクン、ドクンと、心臓が警鐘を鳴らす。


「どうした? 嬉しくないのか?」


 神坂がヒールをコツンと鳴らして、僕の金縛りを解く。


「神坂先生が、顧問を引き受けてくださるんですか?」


 僕は滑稽な姿の二人を、横目で見ながら尋ねた。


「そう言ったつもりだが?」

「ありがとうございます!」


 僕は再び頭を下げた。


 神坂は僕の手から申請書を抜き取ると、壁に紙をあてがい、胸ポケットからペンを取り出す。


「ほう。Science & Math……理数科学研究同好会、か……」


 同好会名に目を留めた神坂は、鋭い目線で僕を捉えた。


「Science & Math。……S&M。……SM同好会。……なるほど。カムフラージュにしては……なかなか強引だな。だが、いい」


 神坂は誰にも聞こえないほどの声で何かを呟くと、サラサラとサインをした。


 僕の胸にそれを押しやり、「文句ないな?」と言った。

 僕が神坂に視線を合わせ頷くと、赤い唇の端でニイッと笑った。


「ありがとうございます!!」

 僕は半泣きで頭を下げた。


「私が副顧問をやります!」


 唐突に、古井戸が手を挙げた。

「いやいや、そこは若輩(じゃくはい)の私がやるべきでしょう!」


 石田は古井戸の肩を小突き、神坂の前へ飛び出した。


「副顧問など必要ないわ! 引っ込んどれ!」


 苛立ちを隠すことなく、ビシッと言い放った。

 職員室全体が再び緊張に包まれる。


「し、失礼しました……!」


(これ以上、長居は無用だ!)



 神坂先生から受け取った申請書を、僕は宝物のようにしっかりと抱きしめた。


 これで同好会が正式に認められる。

 吉野さんとの「放課後の時間」を守ることができるんだ。

 胸の奥から安堵が込み上げてきた。


「――甲斐」


 背後から耳元で、低い声が囁かれた。

 甘いチェリーの香りと、ほんの僅かな煙草の匂い。


「最初のレッスンとしては、及第点よ。……でもね」


 ハッとして振り向いた時には、神坂先生はすでに歩き出していた。

 白衣のポケットに手を突っ込み、カツン、カツンとヒールを響かせながら廊下の奥へと消えていく。


(レッスン……? なんのことだ……?)


 去り際の彼女の口元に浮かんでいたのは、教師が教え子の成長を愉しむような――あるいは、獲物が罠にかかったことを確信した蜘蛛のような、妖しい笑みだった。


「おい、甲斐! 神坂先生にお前はまだ早いぞ!」

「くそっ、何で甲斐なんだ……っ!」

 後ろで古井戸と石田が悔しそうに騒いでいる。


 しかしその雑音も、今の僕には届かなかった。


 手の中にある、神坂のサインが書かれた申請書。

 無事に顧問を確保できた歓喜の裏側で、背筋をすっと冷たい汗が伝うのを感じていた。


 僕はただ、誰にも邪魔されない隠れ場所が欲しかっただけだ。


 だが――自ら飛び込んだその先は、更なる深淵の入口に過ぎなかったのかもしれない。




 第二章 境界線の欠落、放課後の戯れ ――完



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