勧誘
僕は口から出任せで言い放った、新規同好会の設立を、本格的に目指すことにしていた。
それは吉野さんの強い勧めでもあった。
――ある日の放課後。
『同好会、本気で作るの?』
吉野さんが僕の教室に訪ねてきた。
片手には同好会に関する規約などのコピーを携えている。
『作らないよ。どうして?』
『ひろくんがやりたいなら、やったらいいと思う』
『あれは、君に会うために言った出任せだし……』
『でも、そういう時って、急に出た言葉と言うより、前から頭にあったことが、咄嗟に出ちゃった……ってことない?』
『んー。どうなのかな?』
『どんな同好会なら作りたい?』
『……サスペンス&ミステリー研究会とか?』
『ふふっ。ひろくんって、小説を書くの? ここはScience & Math(理数科学研究同好会)にしましょう! ぜひ私も参加させていただくわ』
『俺も!』
どこから現れたのか、霧山が出入り口から飛び込んできた。
ハァハァと息を切らせ、肩が大きく上下している。
グラウンドでは、サッカー部が練習していた。
あらかた、練習中に教室を見て、僕と吉野さんの会話を盗み見ていたのだろう。
『『えー!?』』
見事なハモりに、僕と吉野さんは顔を見合わせて笑った。
『ひろくんとあーちゃん揃ったね! 仲良しだ~』
霧山は手を叩いて笑った。
『秀人はサッカー部でしょ?』
『同好会には入れるよ。規約見てないの? 確か、規約5項の……』
吉野さんの手にした規約を、勝手にパラパラとめくりながら言った。
『知ってるわ……』
吉野さんは、ため息を付き、諦めたように頷く。
『……確かに、同好会には顧問一人、同好会部長の他に、3人のメンバーが条件ではあるのよ……』
『そそ。だから……いち』
僕の顔に指差す霧山。
『にい』と言って、吉野さんを指差す。
『……んで……さん』と、言いながら自分を指差しニッと笑った。
吉野さんは呆れたように頷いた。
『あと一人ね。……それと、顧問の先生』
――放課後になると、僕は急いで職員室に向かい、吉野さんの言っていた社会科の古井戸先生と現国の石田先生を訪ねていた。
(これまで、三日連続、断られてるんだよな……やっぱり陰キャの俺には、何も成し遂げることができないのか……)
『弱気になりそうな時は、これを見てね♡』
満面の笑顔の吉野さんに、ポケットにねじ込まれた物があったことを、思い出していた。
「これ……何だったんだろう?」
ポケットの奥に手を突っ込むと、柔らかい布地の感触があった。
引っ張り出してみる。
(なんだ、ハンカチか……。辛くなったら涙を拭けってことか?)
ぴらっと指で広げて――僕は絶句した。
「うわっ!?」
それは、繊細な刺繍が施された白いレースの下着だった。
(……いつの時代のノリだよ……!)
僕は顔を真っ赤にして、それをぎゅっと、ポケットの奥深くへ押し込んだ。
職員室に、授業を終えた古井戸先生が戻ってきた。
「古井戸先生!」
「甲斐くんか……」
苦虫を噛み潰したような顔をされる。
ちょっと泣きそうになったが、僕は伊達メガネの蔓を指で押し上げ、真剣な顔で頭を下げた。
「古井戸先生に、顧問をしていただきたいです。よろしくお願いします!」
ピッタリ90度のお辞儀で誠意をみせる。
「えー、僕?」
同好会申請書を見ながら、口元を歪めた。
「これって【理数科学研究同好会】でしょ? 僕、社会科の先生だからなぁ……。今ちょっと立て込んでるし、また来週にでも来てくれるかな?」
申請書を、胸に叩きつけるように返された。
「……はい。すみませんでした」
つい小声になってしまう。
挫けてしまいそうだ……。
ちょうど石田先生が職員室から出てきた。
もう帰り支度を済ませている。
「石田先生!」
「おー! 甲斐くん」
「顧問をお願いできませんか!?」
石田先生は、申請書を受け取ると、僕の顔と紙の上で、視線を泳がせていた。
「同好会の正式名称が決まったのか! おめでとう。【Science & Math 理数科学研究同好会】! いいなぁ、カッコいいねぇ」
石田先生はそう言いながら、僕の掌を持ち上げると、その上に申請書を握らせた。
「俺も現国・古典同好会なんていうのがあったら入りたかったところだ。だがな、甲斐! 今はそれどころじゃない。すまんが他を当たってくれ!」
石田先生は、職員室からたった今、出て行った、数学科の神坂先生を追って、走り去ってしまった。
――神坂先生、数学科なのにどうしていつも白衣を纏っているんだろう?
僕は首を傾げながら、ポケットから(無意識に)取り出した白いレースで、目元の涙をそっと拭った。
◆ ◆ ◆
石田先生が追いかけて行った先――廊下の曲がり角で、白衣のポケットに両手を突っ込んだ神坂先生が立ちつくしていた。
石田先生を冷酷な言葉のシャワーで言いくるめ、追い払ったばかりで、実に清々しい気分だった。
「バカね、言い方があるでしょ……」
甲斐の後ろ姿を眺めながら、ふっと嘲笑った。
その真っ赤な唇の端には、いつものようにチェリー味のチュッパチャプスが、咥えられていた――。




