秀人
教室に入ると、妙に熱い視線を感じた。
窓際側の前方、斜め45度。
朝日を浴び、茶色に透かした髪が、早朝の爽やかな風に揺れていた。
教室の中で一人だけ光の粒子をまとい、輝きを放っている。
量子力学の二重スリット実験ではないが、観測した瞬間に光の粒子が彼の背後に集まり、そこからクラス中に拡散しているのではないか――そんな錯覚すら覚える。
これがオーラと言うものか?
光源を背負っているみたいだ。
陰キャの僕にだけ見えてしまう、心理的投影とでも言うのだろうか。
陽キャという存在は、いとをかし。
なんとも興味深いものであるな。
〽――いとをかしきもの。
〽『陽キャ』となむいふ存在。
〽いみじく明るく、常に人の中に交じりて、笑ひの絶えぬ様子は、まことに興味深く、おもむき深きものに侍り。
〽古き世にあらば、宮廷の宴にて華やかに舞ひ、人々の心をおもしろうなだむる才人とも言ふべきでしょうか。
〽彼らの生態や、そのまばゆき光の陰にあるものなど、見つめれば見つめるほど味わい深いものがございますね。
……と、心の中の平安歌人が詠みあげてしまうくらいには、僕はこじらせている。
今日は古典モードを発動させてしまった。昨夜の予習が、四時限目の小テストで発揮されるといいが……。
……って、違う。
――ダメだ、ダメだ。
流されちゃ駄目だ。
頭を強く左右に振ると、顔を上げた。
霧山がこちらを見ながら、手招きしている。
「かーい♡おはよ」
イケメンの笑顔には殺傷力があると、改めて思う。
男の僕でもこれだけドキッとするのだ。
もし女の子だったら、恋でもしてしまっていたに違いない……。
特進棟と普通科棟の、中央に位置する靴箱の前で、吉野さんが意味深に告げた言葉を思い出した。
『秀人のやつ、何か企んでるかも。気をつけてね』
掴みどころのない霧山のことだ、油断してはいけない。そう言いたかったのかもしれない。
あの吉野さんの言っていることだ、用心するに越したことはない。
僕は口を固く結び、カバンの紐を握り締めた。
霧山は、椅子を後ろ前に座り、僕の机の上に腕を乗せている。
「おっはよ! ひろくん」
霧山に、満面の笑みで迎えられてしまった……。
「おはよう……。あの、霧山くん」
「ん?」
頬杖をついてニコニコとしている。
仕草が、いちいちかわいい……。
「……ひろくんは、やめてください」
「いやです!」
掌をこちらに向けて、静止のポーズをした。
しかし、甘い顔は見せられない。
ここはきっぱりと拒否の姿勢を貫かなければ。
「こちらこそ、いやです!」
「んー。じゃあ」
考える素振りをしながら、上目遣いで僕をじーっと見つめている。
――やめてくれ、その顔は卑怯だ。
男なのに可愛いと思ってしまうだろ……。
自戒の意味も含め、頭を激しく振り回すと、ゆっくりと自分の席に座った。
霧山は僕の一連の動作を見守ったあと、くすりと笑って、静かに言い放った。
「……ひろきゅん♡」
ひ……。
……ひろきゅん?
何だそれは?
もしそれが、君の考え出した僕のあだ名だとしたら、断固拒否に決まっている。
……だが、それが通じる相手とも思えない。
なぜなら、霧山は普通じゃないのだ。
この瞬間でさえ、唐突に立ち上がり、大声で僕と吉野さんの秘密を暴露しないとも限らない。
仕方なく僕は、最悪の選択肢の中から、よりダメージの少ない方を選ぶことにした。
「ひ……ひろくんで」
顔を伏せたまま口籠る。
究極の選択肢だった……。
ひろくんとひろきゅん。
そんな風に、僕は自分自身を慰めた。
「りょー!」
霧山は、敬礼ポーズをして、舌をペロッと出しながら笑った。
一体、いつのアイドルだ。
――ちなみに、僕には効いた……。
〽 『陽キャ』といふ 不可思議なるは まさしくも 心にのぼる 猫の如きか
(ようきゃといふ ふかしぎなるは まさしくも こころにのぼる ねこのごときか)
【現代語訳】
陽キャという本当に不思議な存在は、まさに(気まぐれに)私の心に飛び込んできて翻弄する、あの猫のようではないか。
秋の空は高く、棚引く雲はレースカーテンのように繊細で美しかった――。




